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7 ガレス殿下

「なるほど、君がヴェルデに起こされた隣国の眠り姫か」


 ローラを面白そうにジッと見つめるのは、サイレーン国の第一王子、ガレスだ。赤めのブラウンの短髪に琥珀色の瞳、しっかりとした体つきで三十歳前後といったところだろうか。ローラを値踏みするように見るガレスへ、ヴェルデが真剣な顔で口を開く。


「お手紙にも書いたとおり、彼女と婚約をしたいのです」

「それは別に構わない。ヴェルデが婚約だなんていまだに信じられないが、ヴェルデが決めたことなら俺が口をはさむことではないからな。ただ、その前に聞きたいことがある」


 そう言って、ガレスはヴェルデからローラへ視線を移した。


「君がこの国に来た理由を君の口から直接聞きたい。君が隣国のスパイでないという確証は何処にもないからな。ヴェルデをうまいこと丸め込み、こちらの国の内部事情を詮索するつもりで来た可能性だってある」

「何を言い出すのですか、ガレス殿下!そのようなことは……」


 ヴェルデが抗議しようとするが、それをガレスは片手で制した。ローラがしゃべるまではヴェルデに発言権はないと言わんばかりだ。


 ヴェルデはローラを心配そうに見つめるが、ローラは大丈夫だという意思をこめて力強くうなづき、ガレスと視線を合わせた。


「私は、百年もの間ずっと眠り続けていました。眠っていたことすらわからないほどに、ただ眠り続けていたのです。ヴェルデ様によって眠りから覚めた私は、この時代にもう私の知る人たちは誰もいないこと、私の知る世界はどこにもないことを知って絶望しました。この時代に、ティアール国に、私の生きる意味はありません。いっそ目覚めなければよかったとさえ思ったほどです」


 ローラの言葉に、ヴェルデは眉をしかめて目を伏せた。ヴェルデをちらりと見て、ガレスはすぐにローラへ視線を戻す。


「そんな私に、ヴェルデ様はこのサイレーン国で居場所をつくると言ってくださいました。新しい場所で一緒に生きよう、と。死に場所を求めていた私に、生きる場所をくださったのです。なぜ目覚めさせたのだと詰め寄ったこんなひどい私に、ヴェルデ様は優しく手を差し伸べてくれました。私は、そんなヴェルデ様と一緒に生きていきたい、そう思ったのです」


 凛とした態度でガレスをジッと見つめながらはっきりとそう言ったローラを、ヴェルデは顔を上げ瞳を輝かせて見つめた。


「私が百年も眠っていたこと、そして今回目覚めたことについて、ヴェルデ様は魔術師として解明したいとおっしゃっていました。私がヴェルデ様に、そしてこの国の魔法の発展のためにお役に立てるのだとしたら、この身を喜んで差し出しましょう。そうすることで、ガレス殿下の信頼を得ることができるのであればためらいはありません。どうか、この国でヴェルデ様と共に生きることをお許しください」


 そう言って、静かにローラはお辞儀をした。それを見たガレスはふっと不敵な笑みを浮かべる。


「……合格だ。ヴェルデが見込んだとなればどれほどのものかと思っていたが、予想以上だったな」

「それでは、ガレス殿下」

「ああ、ローラ嬢の身の潔白は証明された。二人の婚約を認めよう」


 ガレスの言葉に、ローラとヴェルデは目を合わせて嬉しそうに笑った。


「いや、だがヴェルデの婚約者にするのはもったいないくらいだ。百年前とはいえ、ティアール国の第一王子の妃となる予定の女性だったのだろう。たたずまいも身のこなしも頭の回転も申し分ない。俺の妃にしたいくらいだな」


 ガレスはローラに近寄り目を細めて笑いながらそんなことを言う。王家の人間の言葉遊びのようなものだとローラは苦笑したが、すぐにローラの腕がグイっとひかれ、ヴェルデの腕の中に閉じ込められる。


(えっ!?)


 あまりに突然のことでローラは動揺しヴェルデの顔を見上げるが、ヴェルデは腕の力を緩めない。


「もうしわけありませんが、ガレス殿下であっても、ローラ様をお譲りすることはできません」


 はっきりと言い切るヴェルデに、ローラもガレスも驚く。そしてガレスは楽しそうに声をあげて笑い出した。


「はははは!そうかそうか、ヴェルデ、お前……そうか。はー、いや、すまない。からかいすぎたな」


 クククと笑いながらガレスはヴェルデの肩をポンポンと叩く。ヴェルデはそんなガレスをあきれたように見ながらはぁ、と静かにため息をついた。


(ガレス殿下は第一王子なのにずいぶんときさくな方なのね。ヴェルデ様との信頼関係がきっと厚いんだわ)


 ローラが二人を暖かい目で見つめ微笑んでいると、ガレスはそんなローラに気づいてニッと笑った。

 

「ヴェルデのこと、これからよろしく頼む。魔法のことしか頭にないやつだが、どうか見放さないでやってくれ」





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