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6 サイレーン国

 ヴェルデが馬車の窓の外を見ると同時に、馬車が停止した。ヴェルデは馬車を降りてローラに手を差し出す。


「さあ、どうぞ」


 にっこりと微笑むヴェルデの手を、ローラは静かに取って馬車の外に出た。


「まぁ……!」


 ローラの目の前には大きな美しいクリスタルが両側に鎮座し、その真ん中に魔法陣が光りながら浮かんでいる。そこは、国と国とをつなぐ転移魔法陣の管理所だった。近くには甲冑をまとった兵士が数人いる。


「きれい……」


 その場のあまりの美しさと清らかさに、思わずローラがうっとりとした声でそう言うと、ヴェルデは嬉しそうに微笑んでローラを見つめる。その視線に気が付いて、ローラは恥ずかしくなり赤面した。


「すみません、あまりに美しいもので……」

「いえ、そう言っていただけると嬉しいです。この転移魔法陣を完成させたのも管理所を造ったのも、私の師匠なんですよ」

「そうなのですか!魔術師としてとても素晴らしいお師匠様なのですね」


 この美しい魔法陣、そして空間を作り上げたのがヴェルデの師匠だとは。自分を百年の眠りから覚ましたほどの実力を持つヴェルデの師匠なのだ、確かにこれくらいすごいことを成し遂げても不思議はないのだろう。ローラは目を輝かせてヴェルデを見る。そのローラの視線に、今度はヴェルデが顔を赤らめる番だった。


「褒められているのは私ではないのに、そんなに見つめられると照れてしまいますね」


 ふふふ、とヴェルデが頬を指でかきながら笑うと、ローラはそれを見て胸がほんのりと暖かくなるのを感じた。


(魔術師としてすごい方で普段は落ち着いているのに、今はなんだかちょっと可愛らしく見えるわ。なぜかしら……あぁ、でもそうよね、私は百年も眠り続けていて、そう考えるとヴェルデ様は実際は私なんかよりもはるかに年下なのだから)


「ヴェルデ様だってすごい方です。百年も眠っていた私を目覚めさせてくださった上に、こうして私を連れだしてくださったんですもの。魔術師としての実力がある上に行動力もあって、本当にすごい方だと思いますよ」


 微笑みながらローラがヴェルデを見つめると、ヴェルデは片手で顔を覆ってうつむいた。手のひらで隠すこことのできない耳は、真っ赤になっている。


「それ以上はやめてください。嬉しすぎて心が破裂しそうです……」


 ヴェルデは少し顔を上げてローラを見る。嬉しさと照れくささを混ぜ合わせたような複雑な顔をして、真っ赤になっていた。


(きっと普段から褒められなれているでしょうに、まさかこんなに照れてらっしゃるなんて。なんて可愛らしい方なのかしら……!)


 照れているヴェルデを見て、ローラは嬉しそうに笑うが、ヴェルデは少し経ってからこほんと咳ばらいをして顔を整える。


「……雑談はこのくらいにしましょう。ローラ様、この魔法陣に乗るとこの国からサイレーン国へ転移します。転移魔法陣の使用にはそれぞれの国の許可が必要になりますので、もう簡単にはこちらの国には戻ってこれません。覚悟は、よろしいですか?」


 真剣な顔のヴェルデを見つめながら、ローラは胸の前できゅっと拳を握り締めた。この魔法陣に乗ったら最後、もう後戻りはできないのだ。


「……はい、覚悟はできています。もうこの国に未練はありません。ここに、私の居場所はないのですから」


 ローラの言葉に、ヴェルデは静かに瞳を伏せ、ほうっと息を吐いた。そして、目を開けてからローラの前にひざまずく。


「ローラ様、前にも言いましたがもう一度言わせてください。あなたの居場所は私がつくります。あなたのことは私が何があっても守り、幸せにします。だから、私を信じ、私と共に来てください」


 そう言ってヴェルデはひざまずきながらローラの前に片手を差し出す。ローラはそのヴェルデの手に、そっと自分の手を重ねた。


「はい、よろしくお願いします……!」


 ローラの返事を聞いてヴェルデは本当に嬉しそうに微笑んだ。そして、ローラの手をとり、魔法陣の中に入っていく。ローラがヴェルデの横に静かに立つと、ヴェルデはそっとローラの腰に手を回した。ローラは一瞬驚いたが、不思議と嫌な気持ちにはならない。ヴェルデをそっと見上げると、ヴェルデはローラを見て優しく微笑んだ。そして、ローラもそれに答えるようにうなずく。


 魔法陣の輝きが増し、二人は光に包まれて、消えた。






 目の前の光が静かに消えていく。転移中はあまりの光の強さに目を瞑っていたローラだったが、目を開くとそこには先程とは違う光景が広がっていた。転移魔法陣の両側に大きなクリスタルが鎮座しているのは同じだが、クリスタルの色が違く、近くにいる兵士の甲冑もデザインが違う。そして、管理所の風景も似て非なるものだった。


「ローラ様、ここが私の母国、サイレーン国です」


 ヴェルデが力強くそう言って、ローラの手を取り魔法陣の外へ出る。ローラがキョロキョロと辺りを見回すと、近くに騎士が一人立っていた。管理所の兵士とは見るからに違う、位の高そうな騎士だ。


「ヴェルデ様、お迎えにあがりました。ガレス殿下がお待ちです」


 騎士はそう言って静かにお辞儀をすると、横目でローラを一瞥した。その瞳には何かローラを物色するかのような感情が込められていて、ローラは思わずひるみそうになる。だが、ローラは過去に妃殿下になるはずだった人間だ、様々な思惑の視線をたくさん受けてきた経験と対応力がある。すぐに姿勢を正し、騎士に優しく微笑んでお辞儀をした。


 騎士はそう返されるとは思わなかったのだろう、ローラの態度に目を見張った。そして、そんなローラを見てヴェルデは感心したように口の端を上げ、騎士にローラを紹介した。


「こちらの女性は、私の婚約者となる人だ。ガレス殿下にはすでに手紙で詳細を伝えてある」

「……ヴェルデ様の、こ、婚約者!?……っ、失礼しました。そうであれば問題ありません。こちらへどうぞ、王城までご案内します」


 騎士は驚いたように声を上げたが、すぐに真顔に戻ってヴェルデたちにお辞儀をする。


(ヴェルデ様に婚約者ができることはそんなにも驚くことなのね……本当にヴェルデ様は今まで結婚する気がなかったんだわ)


 騎士の態度を見てローラが驚いていると、ヴェルデはそっとローラに耳打ちをする。


「ローラ様、隣国から来た人間ということで今後いろいろと嫌な思いや不思議な思いをすることもあるかと思いますが、私が絶対にローラ様をお守りしますので、気にしないでくださいね」


 そう言ってヴェルデは微笑んだが、その微笑みがあまりにも美しく妖艶で、ローラは思わず胸が高鳴った。


(さっきまであんなに可愛らしかったのに、こんなにも妖艶で頼もしくなるなんて、ギャップがすごすぎるわ……まだまだ底が見えないお人なのね)


 胸の高鳴りが早くおさまりますように、とローラは胸の前で両手を握りしめた。







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