19 噂
「レイナー騎士団長!」
声をかけてきた男性を見て、フェインが驚いたように声を上げた。
「フェイン、久しぶりだな。息災のようで何よりだ」
「はい、レイナー騎士団長もお変わりないようでよかったです。ローラ、こちらはサイレーン国騎士団のレイナー騎士団長だ」
「初めてお目にかかります、ヴェルデ・フィオリスの妻、ローラと申します」
フェインにレイナーを紹介されたローラは静かに微笑み、ドレスを両手で摘みふわりとお辞儀をする。ノエル同様、レイナーもローラの所作の美しさに驚いて目を見開いた。
「こんなに所作の美しいご令嬢は初めて出会ったな。なるほど、噂は本当のようだ」
「噂?」
レイナーの言葉に、フェインが目を細めて警戒する。
「筆頭魔術師ヴェルデが妻にしたのは、隣国で百年も眠り続けた妃候補だった令嬢だという噂だ」
フェインは一瞬驚愕したが、すぐにいつもの無表情に戻ってレイナーを見た。
「なんですか、その噂。初めて聞きましたよ」
「ほう、ヴェルデの一番すぐ近くにいる君がその噂を知らないだなんて逆に不思議だな」
フェインを見下ろしながらレイナーは低い声でそう言い放つ。その風格は威圧的で恐怖さえ与えかねない。だが、フェインはローラを庇うようにして立ち、首をかしげた。
「確かにローラは隣国からヴェルデが連れてきた令嬢ですが、そんな噂は知りませんね。その噂を聞いて、ローラにわざわざ会いに来たのですか」
「それもあるが、我が国の筆頭魔術師の新妻に、騎士団長として挨拶をしないのはおかしいだろう。婚約者時代に開かれたティアール国との懇親会には任務中で出席できなかったからな」
レイナーの話に、ローラは微笑みながら口を開く。
「そうだったのですね。わざわざご挨拶いただきありがとうございます。むしろ、サイレーン国の騎士団をまとめるお方にはまずこちらからご挨拶に伺うべきでした。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この国に来てから社交の場に出るのがまだ二回目なので、ご容赦ください」
眉を下げて微笑みながら丁寧にお辞儀をするローラを見て、レイナーは目を見張り静かに微笑んだ。
「なるほど、大したものだ。これは一筋縄ではいかなそうですね。お美しい姿に見劣りすることのないほど、礼儀も所作も申し分がない。あなたほどの人間であれば、筆頭魔術師といえどヴェルデには勿体ないかもしれませんな」
「そんな、私のほうがヴェルデ様に勿体ないくらいです。ヴェルデ様にはこの国のことをたくさん教えていただいていています。それに、ヴェルデ様からはいつも幸せをたくさんいただいているので、私なりにヴェルデ様にお返しをしなければと思っているくらいです」
まるで花がほころぶような優しく繊細な微笑みをレイナーに向けると、レイナーもフェインも思わず頬を赤く染める。図らずもそうなってしまうほど、ローラの微笑みはあまりにも純真無垢で美しかったのだ。
「まいりましたね、これほどまで強敵だとは思いませんでしたよ。少し探りを入れるつもりでしたが、その必要はなさそうだ」
「探り?」
レイナーの言葉にフェインが顔を顰めて尋ねると、レイナーは周囲を警戒しながら声を潜め、口を開こうとしたその時。
「ローラに何か御用ですか、レイナー騎士団長」
ローラの背後からローラの両肩に手をのせ、警戒した表情のヴェルデが現れた。
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