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16 愛情表現

 屋敷へ戻ってから、ヴェルデは急にローラに抱きついた。驚くローラだがヴェルデはローラを離そうとしない。


「ヴェルデ様……?」

「ローラが無事で本当によかった。もう、二度とこんな危険な目に合わせたくない」


 ぎゅうううっと力いっぱいローラを抱きしめるヴェルデの肩は少し震えている。


(ヴェルデ様……)


 ローラは静かにヴェルデの背中へ手を回し、優しく抱きしめ返す。


「ああするしかなかったのはわかる。でも、ローラがイヴのためにエルヴィン殿下の元へ行こうとした時、本当に心臓が止まるかと思った。あんな、俺と死に別れるのを覚悟して別れの挨拶をするなんて……ひどいよ、ローラ」


 ヴェルデから放たれた言葉は、低く静かで微かに震えている。怒りたいのに怒れない、どう感情をあらわしていいのかわからなくて困っているような、それでも言わなければ気がすまないとでも言うような、そんな声音だ。


「すみません……でもイヴを助けるには、ああするしかないと思ったんです」

「わかってる、わかってるんだ。わかってるからこそもどかしくて悔しくて……俺がもっとちゃんとローラのことを守れていれば、ローラにあんな選択をさせなくてもよかったんだ」

「ヴェルデ様……」


(ヴェルデ様は何も悪くないのに。それでも私を守れなかったと御自分を責めてらっしゃるんだわ)


 ヴェルデの気持ちが嬉しいと同時に申し訳なく感じてしまう。


「ローラ、あんな選択肢しないで。俺の前からいなくなるなんて、あんなお別れの言葉を言うなんて許せないよ。俺はローラがいないこの世なんて考えられない」

「ヴェルデ様」


 ヴェルデのローラを抱きしめる力が強まって苦しいくらいだ。それでも、ローラはヴェルデに身を委ねていた。


「ごめんなさい、ヴェルデ様。ああするしかなかったとはいえ、ヴェルデ様にお別れを言うなんて……私も、辛かったです」

「でもローラの顔は覚悟を決めたすっきりとした顔だった。ローラのそういう潔さは素敵だと思うし、そういうローラのことが好きだよ。でも、だから余計に俺は……仕方ないってわかってるけど許せないよ。許したいけど許せない。俺自身が一番許せない」


 ローラを抱きしめながらヴェルデはふーっと息を深く吐いた。そして、ローラからゆっくりと体を離してローラの顔を覗き込む。


「もう二度と、ローラにあんな選択はさせない。どんなことがあってもローラを守って、ローラの命を狙いローラに近づく奴らはローラに出会う前に叩き潰す」


 そう言うヴェルデの顔は決意に満ちていて、ゾッとするほどの恐ろしさを秘めている。そんなヴェルデの顔を見て一瞬ローラがビクッと体をこわばらせると、ヴェルデはすぐに悲しげな顔になった。


「ごめんローラ。こんな俺、怖いだろう。でも、ローラのことを思うと気持ちが抑えられないんだ。俺からローラを奪おうとする奴は絶対に許せない。ローラの明るい未来を踏みにじろうとする奴は、俺が絶対に許さない」


 そう言って、またヴェルデはローラを抱きしめた。ローラの予想を超えて、いつもヴェルデは大きな愛を惜しみなくぶつけてくる。本来であれば怖がってもおかしくないのかもしれない。でも、ローラはヴェルデからのそんな愛情表現を、心の底から怖いと思うことはなかった。


「……怖くなんかないです。だって、ヴェルデ様は私のことを思って怒ってくださってるのでしょう?ヴェルデ様は何も悪くないのに、御自分のことを責めてらっしゃる。むしろそんな風に思わせてしまった私も悪いんです」


 そう言って、ローラはヴェルデの背中を優しく擦ると、しばらくしてからヴェルデは大きくため息をつく。


「当分、ローラと二人だけでゆっくりしたいな。イヴの兄たちのせいで、出店市もゆっくり回れなかったし、ずっと緊張したままで過ごしていただろう?二人でただただゆっくりしたい」

「そうですね。……でも来週は確か王家も絡む社交パーティーがあったのではありませんか?ガレス殿下に絶対に来るようにと言われていたはずです」


 ローラの言葉に、ヴェルデはローラから体を離しゲンナリとした顔をして、また大きくため息をついた。


「そうだった。ああ、めんどくさいな。でもローラも一緒にと言われていたし……そうだ、結婚してからは初めての社交の場だよね」

「そうですね、前回は婚約者の時でしたし」


 ヴェルデはゲンナリとした顔から一転、目を輝かせる。


「ふふ、そうか、ローラが俺の奥さんとして一緒に出れるのはそれはそれで楽しみかもしれない」


 ヴェルデは嬉しそうに笑ってローラを見つめると、ローラもそんなヴェルデを見てつい嬉しくなって一緒に微笑んだ。




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