二人の愛
「これでローラ嬢をとやかく言う奴はいなくなるだろう」
ガレスが満足げに笑うと、ヴェルデもローラを見て微笑んだ。
「ガレス殿下、ありがとうございました」
「いいんだよ、二人にはこの国で気兼ねなく落ち着いて暮らしてほしいからな。それにしてもローラ嬢の演説には参ったよ。さすがとしか言いようがない」
「会場の人々の心をしっかり掴んで離しませんでしたからね。それにヴェルデのあの気迫もすごかった。二人の愛には誰も敵いませんよ」
ガレスの言葉にレイナーも便乗して二人を労う。ヴェルデとローラは目を合わせて少し照れ気味に笑うと、フェインも二人を見て満足そうだ。
「それじゃ、ヴェルデ、後はゆっくり楽しんでいってくれ」
「ありがとうございました、殿下」
ガレスが手を振って立ち去ると、ヴェルデたちは深々とお辞儀をしながらガレスを見送った。
「あの、ローラ様!」
突然、ローラを呼ぶ声がして視線を送ると、そこにはたくさんの令嬢が群がっている。
「ローラ様、ぜひお友達になってくださいませんか」
「えっ、私と、ですか?」
「はい、ぜひ!」
「私も!」
次々とローラの周囲を令嬢が取り囲み、ヴェルデたち男性陣はいつの間にかその山の外にいた。
「すごいな、ローラ」
「ローラ嬢が話している間、御令嬢たちはみんなうっとりしていたからな」
フェインとレイナーが苦笑していると、ヴェルデは令嬢に囲まれるローラを見て嬉しそうに微笑んでいる。
「なんだか嬉しそうだな、ヴェルデ」
「ローラにこの時代の御令嬢の友達ができるのはいいことだよ。ローラの世界が広がる」
「へえ、俺はてっきり御令嬢たちにもやきもちを焼くのかと思ってたけど」
フェインの揶揄いにヴェルデはムッとする。だが、すぐに顎に手を添えて考え込み出した。
「確かに、ローラと一緒の時間が御令嬢たちに奪われてしまうのは少し困るな……」
ブツブツと独り言をいうヴェルデを見て、フェインとレイナーはまた苦笑した。
「ヴェルデ様」
令嬢たちからようやく解放されたローラが、ヴェルデの方へ笑顔でやってくる。それを見てヴェルデは心底嬉しそうに微笑んだ。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、皆さんとても良い人たちばかりで。今度お茶会に誘われました」
嬉しそうに微笑むローラを見て、ヴェルデはつられて嬉しそうに微笑んだ。甘すぎて胸焼けしそうだな、とフェインが苦笑していると、視界に入ってきた人物を見て渋い顔になる。
「ヴェルデ、ローラ様」
「……ノエル」
「さっきの二人、本当にすごく素敵だったわ。心から愛し合っているのね。これじゃ私の付け入る隙はやっぱりどこにもないみたい」
そう言って、ノエルはローラに視線を向けた。
「私、あなたが隣国から来た眠り姫という噂を聞いていたの。ヴェルデはあなたを目覚めさせてしまった責任を感じてきっと結婚したんだと思い込んでいたんだけど……違ったみたいね。あなたは本当にヴェルデから愛されてる。昔の私とは大違い。私と一緒にいた頃は、私に対して全く何の反応も示さなかったもの」
「ノエル」
「さっきは当てつけみたいにあなたからヴェルデを引き離してごめんなさい。でも、ヴェルデにも昔から私への想いは一ミリもないってきっぱり言われたわ。だから、私のことは気にしないでね。お幸せに」
そう言ってにっこり微笑むと、ヴェルデを見ずにノエルはその場から立ち去った。
*
舞踏会が終わり、ヴェルデとローラは屋敷へ戻ってきた。夜はもう遅く、二人はすぐに寝る支度を済ませて寝室で話をしていた。
「今日はお疲れ様。ローラ、本当に素敵だったよ」
ベッドの端に腰掛け、ローラの両手を掴んでそう言うヴェルデ。隣に座るローラはヴェルデを見て微笑んだ。
「ヴェルデ様がいてくださったから、あんな風に堂々と伝えたいことを言えたのです。皆様にもわかっていただけて本当によかった」
ほうっと息を吐くローラを、ヴェルデは優しく抱きしめた。
「本当はあの場でこうやって抱きしめたかった。ローラは本当にすごいよ。俺の自慢の奥さんだ。絶対に、手放さない。ずっと一緒だ、ローラ」
「……はい、もちろんです」
ヴェルデの腕の中でふふっと小さく笑うローラに、ヴェルデは体を離して顔を近づけ、キスをしようとする。だが、なぜかローラが緊張したようにぎこちなくなった。
「ローラ?」
「あっ……すみません」
ローラの目が泳ぐ。ヴェルデは不安そうな顔でローラを覗き込んだ。
「ローラ、どうかした?」
「いえ、あの……」
「もしかして、ノエルのこと気にしてる?」
ヴェルデの言葉に、ハッとローラが顔を上げた。その顔を見て、ヴェルデは悲しげに眉を下げる。
「そうなんだね。彼女のこと、言ってなくて悪かった。正直、ノエルのことはすっかり忘れていたんだ。本当だよ、信じてくれ」
ローラの両腕を掴むヴェルデの手に力が入る。
「いえ、いいんです。私がヴェルデ様と出会う前にヴェルデ様にその、お付き合いしていた方がいてもおかしくないとは思っていたので」
「でも、気になるんだろう」
「……その、なんと言いますか、ヴェルデ様もノエル様とキスしたり、体を、重ねたりしたのかなと思って……それにノエル様の他にもきっとお付き合いされた方がいたんだろうなって」
ためらいがちに、それでもなんとか言葉にしようと懸命なローラーの姿を見ながら、ヴェルデの目は大きく見開いていく。
「でもそれは当然のことですし、気にしても仕方のないことだとわかっているんです。わかってはいるのですけど、胸の中が痛いといいますか。……ごめんなさい。こんな気持ちになるのは初めてで、どうしていいかわからないのです」
申し訳なさそうに微笑むローラを見て、ヴェルデは胸が張り裂けそうになる。そのまま、ヴェルデはローラをきつく抱きしめた。
「いいんだよ、むしろそう思ってもらえて嬉しい。俺は、ローラとエルヴィン殿下が手も繋いだことがなかったと聞いて本当に嬉しかった。ローラがオーレアン卿に攫われた時、あの男にローラが触れらただけでも許せなかった。今でも許せない、本当に」
低い声で唸るようにヴェルデは言う。ローラから体を離すと、ヴェルデはローラの顔を愛おしそうに覗き込んだ。
「前に、ローラみたいな女性に出会いたいとずっと思っていたと言ったことがあっただろう。何度か女性とお付き合いしてみようと試みたことはあるんだ。でも、キスはおろか体の関係も持てなかった。俺が、俺の体が反応しなかったんだよ」
ヴェルデの言葉にローラは首を傾げる。ヴェルデは隙あらばローラに触れたがり、キスをしたがる。夜の営みだってどこにそんな体力があるのかというほどだ。そんなヴェルデの体が反応しないというのは信じ難い。
「俺はローラにしか触れたくないし、キスもしたくない。ローラにしか反応しない。ローラに出会う前なのに、ローラにしか興味が持てなかったんだ。どうせ俺に寄ってくる女は俺の外見か地位目当てだったから、それなら女性と付き合う必要もない、そう思った」
そんな日々を過ごす中で、仕事でノエルと出会う。
「ノエルとは魔法研究で意気投合して、仕事仲間としては本当にいいやつだと思う。でも、彼女はそれだけの気持ちでおさまらなかったんだろう。何度か告白されて、周囲にも勝手に恋人同士だと誤解されたけど、俺はずっと断っていた。女性として見たことは一度もないって」
ヴェルデの表情に嘘は見当たらない。むしろ、ローラに信じてもらいたくて仕方がないという顔をしている。
(ノエル様とヴェルデ様は恋人ではなかった……。私にしか触れたくない、反応しないだなんて)
ヴェルデの言葉を思い出し、ローラはだんだんと顔を赤らめる。そんなローラを見て、ヴェルデは嬉しそうに微笑む。
「俺の言っていること、信じてもらえた?俺がずっと夢中なのは過去も今も未来もローラただ一人だよ。ローラだけが、俺をこんな気持ちにさせるんだ」
「う、嬉しいです……」
両手を頬に添えて小声でそう言うローラを見て、ヴェルデはもう我慢ならない。ローラの両手首を掴んで引き寄せ、ローラにキスをする。何度も何度も口づけ、二人はそのままベッドに倒れ込んだ。
「ローラ、愛してる。どんなことがあっても、これからも君を守り、幸せにすると誓うよ。ずっと一緒だ」
ヴェルデの言葉に、ローラは心の底から嬉しいと言わんばかりの笑顔を向ける。それを見てヴェルデも微笑み、ヴェルデはローラに覆いかぶさった。
百年もの間眠り続けていた令嬢は、目覚めさせてくれた筆頭魔術師に愛され、いついかなる時でも筆頭魔術師とその友人から徹底的に守られる。数年後、二人の間に可愛らしい子供が生まれ、その子供は二人と二人を取り巻く暖かく優しい人たちに可愛がられ、守られながらすくすくと育ってくのだった。




