手紙
「百年も眠っていた!?」
クレイの屋敷から戻ったローラとヴェルデは、仕事場に来ていたフェインにローラの過去について説明をしていた。ローラがヴェルデの元に来た当初は誰にも話さないつもりだったが、ヴェルデと昔からの仲であるフェインになら話しても問題ないだろうということになったのだ。
「突拍子もなさすぎて、信じていただけないかもしれませんが」
控えめに、苦笑しながら言うローラを見て、フェインは真剣な顔になった。
「……いや、信じるよ。ヴェルデが連れてきた時点で何かあるんだろうとは思っていたし、クレイ様が関わっていたならなおさらだ。それにあんたもヴェルデも嘘をつくような人間じゃないからな。それにしても、いいのか?俺にそんな大事なことを打ち明けて。本当は秘密にするつもりだったんだろ」
「いいんです。ヴェルデ様と古くからの付き合いであるフェイン様は信頼のおける方ですし、フェイン様には知っていてほしいと思ったので」
ふわっと優しく微笑んで言うローラを見て、フェインは一瞬固まり、思わず顔を赤らめて照れてしまう。それを見たヴェルデは少しだけムッとしたが、そんな自分に気づいてすぐに苦笑した。
「俺も、フェインには知っていてほしいと思ったんだ。……それにしてもフェインにまで焼きもちをやくなんて俺もどうかしてるな」
「どうかしたか?」
小声すぎて聞こえなかった最後の言葉にフェインが首を傾げると、ヴェルデは何でもないよと笑った。
*
クレイの屋敷から帰ってきて三日後。王城から手紙が届いた。
「来週、ティアール国から来賓を招いて懇親会を開くそうです。それに、俺とローラ様も出席してほしいと書いてあります」
「私も、ですか?」
サイレーン国の筆頭魔術師であるヴェルデが呼ばれるのはわかる。だが、そもそもティアール国を抜け出しヴェルデとサイレーン国にやってきたローラまで呼ばれるのは不思議だ。
「俺の婚約者として参加してほしいそうです。俺も、今までこういう席に一人で参加しているといろいろと面倒だったので、婚約者として一緒に来ていただけるとありがたいことではあります。……ですが、ローラ様は大丈夫ですか?」
国として招くのであれば、訪れるのは恐らくティアール国の第一王子であるメイナードとその側近たち、メイナードが来れない場合は第二王子とその側近たちあたりだろう。とにかく王家の人間がやって来るのは間違いない。その場合、ローラの素性を知っている人間が来るはずだ。
メイナードであれば事情を知っているので問題ない。だが、違う人間の場合、何かしらやっかいなことが起こりそうな予感がする。ヴェルデとしてはローラを連れて行くのは心配だ。
それにローラとしても不安が大きい。メイナードの側妃となることを拒み、ヴェルデの婚約者としてサイレーン国へやってきたのだ。ティアール国を捨てた人間だと思われてもおかしくない。どうしたものかと悩んでいると、ヴェルデが手紙の続きを黙って読みながら静かにため息をついた。
「どうやら拒否権はないようですね、メイナード殿下がいらっしゃるのでぜひローラ様を連れてこいと書かれています」
「そう、ですか。わかりました。メイナード殿下がいらっしゃるのであれば、行かざるを得ませんね」
メイナードが来るのであればまだ安心できる。ローラは覚悟を決めたようにうなずき静かに微笑むと、ヴェルデはローラの両手を優しく握って言った。
「大丈夫です、どんなことがあっても、俺があなたを守ります」
出会ってから何度も聞いた言葉だ。最初は戸惑い、複雑な思いで聞いていたが、今は違う。ヴェルデのこの言葉が、ローラの中にゆっくりとしみこんで広がっていく。そして暖かい安心感をくれるのだ。
ヴェルデを見つめ、嬉しそうに微笑むと、ヴェルデは少し顔を赤らめて一緒に微笑んだ。そして、ふと何かに気づいて口を開く。
「そうだ、懇親会と書かれていましたがつまりは舞踏会です。ローラ様にドレスを新調しなければいけませんね。いつもローラ様は美しいですが、着飾ったローラ様もさぞかし美しいでしょう!今から楽しみですね」
目を輝かせて嬉しそうにヴェルデは言った。
それから数日後。
「ヴェルデ様、これは……」
「ああ、懇親会用のドレスですよ!いろいろなデザインを用意したので、ローラ様のお好みのものを選んでください」
ローラの前に、色とりどりのドレスが並んでいる。可愛らしいものからシンプルなもの、セクシーなものまで様々だ。
(こんなに色んなドレスを用意してくださったの……!?)
ローラは唖然として見つめているが、ヴェルデはウキウキとした様子でドレスを手に取る。
「これなんかどうです?あ、でもこれはちょっとセクシーすぎますね。ローラ様の美しい肌を露わにするなんてダメです。そうだな……あとはこれとか!」
そう言ってヴェルデが手に取ったドレスのひとつに、ローラの目がとまる。ヴェルデはそれに気づいてそのドレスを見せた。
「このドレスが良いですか?」
「そうですね……ヴェルデ様の瞳の色のように美しくて綺麗だと思いました」
(アクアマリン色で綺麗だわ。デザインが落ち着いているから色の美しさが引き立っている)
ローラが微笑むと、ヴェルデは目を大きく見開く。次第に、耳がほんのりと赤くなっていった。
「ローラ様、そんな可愛いこと言わないでください」
(え?可愛い?)
ローラがきょとんとした顔でヴェルデを見つめると、ヴェルデはドレスを戻してローラの両手を握り、口元へ持っていく。
「この国では、パートナーの瞳の色のドレスを着ることで二人は愛し合っていると公言するようなものなんです。つまり、ローラ様が俺の瞳の色のドレスを着ることで、俺と愛し合っていると皆に伝えることになるんですよ」
「えっ!?そうなんですか?」
現代のこの国の文化について、まだ知らないことがあったようだ。ローラは慌てて他のドレスを探そうかとヴェルデから視線を逸らすと、ヴェルデは掴んでいたローラの両手をグイッとひいて急接近する。
「きゃっ、ヴェルデ様……?」
「せっかく俺の瞳の色のドレスを美しいと言って気に入ったんだから、着てくれますよね?」
「え、で、でも……」
(愛し合ってるだなんて、私たちはまだそういう間柄ではないのに)
そう思って、ローラはつい赤面する。そんなローラを、ヴェルデは両手をしっかりと掴んだままじっとりとした瞳で見つめる。
「俺たちは婚約しています。そして、俺はあなたに気持ちを伝えた。ローラ様も、少しずつ俺を受け入れてくれているでしょう。それでも、ダメですか?」
まるで懇願するような、でも肯定以外の答えは聞きたくないと言わんばかりのヴェルデの顔に、ローラはドキリとしてしまう。
「ヴェルデ様が、望むのなら……」
「よかった!絶対に着てくださいね」
ローラの答えにヴェルデは心底嬉しそうに微笑み、ローラの両手にキスを落した。




