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18 居場所

「実は、あの日、エルヴィン様をかばったあの時、私はようやく死ねると思っていたのです」


 ローラの言葉に、ヴェルデは両目を見開いてローラを見つめた。


「あの頃の私にはもう、生きている意味がなかったのです。エルヴィン様が私を殺そうと知ったその日から、私の世界は色褪せました。拒絶されないように、世の中のご令嬢のようにただ相手に気にいられるような振る舞いをしていればいいだけなのかもしれません。でも、私にはそれができなかった。私は私としてただ生きていたいだけなのに、それができない。だったら、こんな世界にいる意味がないと、あの時は本気で思っていたのです」


 窓から太陽の光が差し込み、静かに微笑むローラを明るく照らす。あまりの眩しさに思わず目を細めたが、そのまま光に吸い込まれて消えてしまうのではないかと思えて、咄嗟にヴェルデはローラの腕を掴んだ。


「ヴェルデ様?」

「……すみません。あなたが、またどこかに行ってしまいそうで」


 ヴェルデの返事にローラは息を呑んだ。この人はこんな自分を知ってもまだ、自分をここに繋ぎ止めようとしてくれている。


「師匠が、ローラ様のためを思って守りの魔法をかけたけれど、余計なお世話だったかもしれないと言っていました。それは、そういう意味だったんですね」


 ヴェルデがそう言うと、ローラは静かに目を閉じた。クレイは自分の当時の気持ちに気づいていた。クレイのことだ、きっとローラに対して申し訳ないと思っただろう。


 守りの魔法のせいで、死にたがっていた人間を生かしてしまったと。自分はヴェルデだけではなくきっとクレイにも酷い思いをさせてしまったのだ。ローラの心は罪悪感でいっぱいになる。


「もしかしてローラ様は余計なことを考えてはいませんか?私の魔法のせいで死にたがっていたローラ様を生かしてしまったと私が思っている、とか」


 両手にティーセットを携えていつの間にか部屋に入ってきていたクレイが笑顔で言う。


「ローラ様が気に病むことはないのです。私は私の自己満でやったことなのですから。むしろ私の方がローラ様に酷いことをしてしまいました」

「そんな……」


 ティーセットをテーブルに置き、クレイは近くの椅子に静かに座る。


「ローラ様、あなたはヴェルデと共にこの国に来て、ヴェルデと共に過ごしてきました。その間、まだ生きていたくないと思いましたか?まだ、この世界にいたくはないと思っていますか?」


 静かに、淡々と聞くクレイに、ローラはヴェルデをそっと見る。ヴェルデはローラの腕をまだ掴んだままだ。


「私は……私は、ヴェルデ様とこの国に来てから今を生きることに必死でした。記憶があいまいだったので、夜眠っている時に夢で記憶が呼び起こされてしまうこともありましたが、辛い夢を見た時はすぐにヴェルデ様が寄り添ってくれます。ヴェルデ様のお屋敷の皆様も、ヴェルデ様の仕事仲間であるフェイン様も、私を快く受け入れてくださいました。私はここにいてもいいのかもしれないと、そう思えるようになったのです」


 ローラの返事にクレイは嬉しそうに微笑み、ヴェルデを見た。ヴェルデはローラをただただじっと見つめている。それは本当に大切なものを慈しむような、慈愛に満ちた瞳だった。


「私がかけた守りの魔法は、あなたに危険が及んだときにそれを跳ね返し、あなたの望む未来を構築する魔法です。あなたが百年も眠り続けていたと知った時、私はあなたが本当はこの世界からいなくなりたかったのだろうと思いました。私の魔法はあなたを絶対に死なせない。だから、きっと死なない代わりにあなたは眠り続けることになったのだろうと思ったのです。辛い現実を見ないように、生きて行くことのないように、ただただ眠り続ける。だが、それを百年後に弟子であるヴェルデが破った」


 ほうっと静かに息を吐いてクレイはまた話し始める。


「本来であれば私があなたを目覚めさせ、あなたの居場所を作るべきだった。だが、すでにヴェルデがそれをしてしまっている。残念ながら私の出る幕はありませんね」


 苦笑しながらクレイはヴェルデとローラを見た。


「あなたの居場所は、あなたが望めば目の前に広がっています。後は、あなたがそれを受け入れるかどうかだけです。……今日はここに二人で泊まっていくといいでしょう。これからについては、二人でゆっくり話すといい」






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