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1 目覚めた眠り姫

「エルヴィン様!危ないっ!」


 王子にドンッと体当たりをした姫に、魔法が直撃する。この先、百年眠り続けることになるその姫は、そのままその場に崩れ落ちた。




「眠り続ける姫、ですか?」


 サイレーン国の筆頭魔術師、ヴェルデは首をかしげながら隣国の第一王子、メイナードにそう尋ねた。


「あぁ、我が国には眠り姫と呼ばれる姫がいてね。隣国の筆頭魔術師である君ならもしかしたら起こす方法を知っているんじゃないかと思って」


 サイレーン国と隣国であるティアール国は同盟国であり、この日はサイレーン国の筆頭魔術師であるヴェルデがティアール国へメイナードの命で訪れていた。


「眠り姫は百年前、当時の第一王子の婚約者だったご令嬢だ。結婚式当日、王子へ向けられた魔法から王子をかばったんだ。運良く一命は取りとめたが、それ以来ずっと眠り続けている。当時は王子を救った功績を讃えられ、眠り続けたまま聖女として祀り上げられたようだ。その後、起きる気配は無く、その命を終わらせてあげようと試みた時代もあったようだが、眠り姫はどうやっても殺せなかったらしい」


 刃を向けても魔法で攻撃しても、姫には傷ひとつつかない。そのため、百年経った今でもずっと眠り続けているのだ。


「老化などはしていないのでしょうか?」

「全くしていない。若々しいまま、今でも眠り続けているよ」


 そう言って、メイナードは一つの部屋の前で足を止める。


「ここが眠り姫の部屋だ。どうする?入ってみるかい?」


 そう聞かれたヴェルデは少し悩んだ。眠り続けているとはいえ、隣国の、ましてや過去の王子の婚約者。すなわちこの国の妃殿下になるはずたった人でもある。自分が立ち入っていい場所ではないのではないかと思った。


「無理強いはしないよ。でも、僕としては君以外に姫を起こせる人間はいないんじゃないかと思っているんだ。この国でもたくさんの魔術師が姫を起こすために力を尽くしたけれど、姫は起きなかった。でも、規格外の魔術師と言われる君なら、もしかしたらと思ってね」


 ジッと美しい瞳でヴェルデを見つめるメイナード。その瞳には嘘偽りのない思いがあらわれていた。 同盟を結んで以降、メイナードとは良好な関係を築いて来たつもりだ。彼の期待に背くようなことはできればしたくない。それにメイナードからこの国に呼ばれた際の手紙には「頼みたいことがある」とだけしか書いていなかったが、恐らくはこのことが頼みたいことだったのだろう。


 実際、眠り続けているその人自体にも興味がある。一体、どんな魔法がかけられているのだろうか。


「……わかりました。お会いしてみます」

「ありがとう。恩に着るよ。もしも目覚めなかったとしても、気に病む必要はないからね」


 優しく微笑み、メイナードは目の前の扉をそっと開いた。


 部屋に入ると、部屋の真ん中に大きなベッドがある。メイナードに続いてベッドへ近づくと、一人の美しい女性が静かに眠っていた。


 明るいブラウンの長い髪の毛が窓から差し込む陽の光に照らされて輝いている。白い肌はきめ細やかで透き通るように美しい。まぶたは閉じられているが、そのまぶたが開かれた瞳は一体どんな色をしているのだろう。


 眠るその姿を見てヴェルデは思わず息をのんだ。


「美しいだろう。彼女の名前はローラ・ライラット。ずっとこうして百年も眠り続けているんだ。どうだろう、起こしてあげられそうかな?」


 メイナードに促されて、ヴェルデは静かにベッドのそばへ足を運ぶ。魔力を感知すると、姫にはやはり魔法がかかっていた。


「どうやら対象者を殺す目的で放たれた魔法のようですね。……この方の魔力が上回っていたために死には至らなかったようですが、魔力の影響変化で攻撃魔法が眠り魔法へと変換されてしまったようです」


 そう言ってヴェルデはメイナードをじっと見つめる。


「私であればこの方を起こすことは可能です。……ですが、本当によろしいのですか?隣国の一魔術師が、過去とはいえ、この国の妃殿下になるはずだった方を起こしてしまうなんて」


 同盟を結んでいるとはいえ、未だに相手の国を良く思わない人間は少なからずいるものだ。もし眠り姫を起こしてしまい、万が一両国の間に溝が生まれてしまうとすれば一大事だ。


「この国の第一王子として誰にも文句は言わせないよ。それにこの件については王にも許可を取ってある。できるのであれば一刻も早く眠り姫を起こしてあげたい」

「……わかりました。そういうことであればこちらとしてもやらざるを得ませんね」


 メイナードは静かに頷いて眠り姫の方へ顔を向ける。そして、片手をかざして静かに瞳を閉じた。


 風もないのにの髪の毛がふわり、となびき始め、周辺に光の粒が沢山あらわれる。眠り姫自体も輝き始め、姫は光に包まれた。


『その命に息吹を。止まり続ける時間よ動き出せ。汝の輝きに祝福をもたらさん』


 そう唱えたヴェルデが瞳を開いたその時。姫を包んでいた光が一瞬強さを増し、次第に光は弱まっていった。


 静かに眠り姫を見つめるメイナードとヴェルデ。何も変化が起こらないように思えたが、眠り姫のまぶたがぴくり、と動いた。


 眉をしかめ、その瞳は静かに開かれた。その瞳は、何度かまぶたを開け閉めしていたが、ふと横にいるヴェルデたちの気配に気づき、視線をおくる。


 パチッと目が合う。その瞳は美しいアメジスト色で、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。あまりの美しさにヴェルデは思わず胸が高鳴る。


(なんて美しいんだ……それに、この人は……)


 目覚めた姫に思わず見惚れるヴェルデを見て、メイナードは嬉しそうに微笑む。目覚めた眠り姫は何かを言おうとして口を開くが、すぐに眉をしかめた。


「おはようございます、ずっと眠っていらしたので、恐らく声が出しずらいのでしょう。無理はなさらないでください」


 メイナードがそう言って微笑むと、目覚めた眠り姫はぼうっとメイナードを見つめていた。恐らくは見惚れている。それもそのはず、メイナードは王家の中でも抜きんでた美貌の持ち主だ。見惚れてしまうのも無理はない。


「詳しいことはあなたの体調がきちんと回復してから追々お話するとしましょう。今はとにかく無理をなさらないように。それから、あなたを永い眠りから目覚めさせてくれたのはこちらにいるヴェルデです」


 メイナードに紹介されて、ヴェルデは静かにお辞儀をする。すると、姫はまた少しぼうっとしてヴェルデを見つめると、優しく微笑んだ。その微笑に、ヴェルデの胸はまた大きく高鳴る。


「ヴェルデ、この方を回復させることはできるかい?」

「完全に、とは言えませんが、しゃべったり起き上がったりすることができるようには」

「今はそれで十分だ」


 ヴェルデは姫の片手を優しくつかむ。姫は一瞬驚き顔を赤らめるが、ヴェルデは静かに瞳を閉じ、姫に回復魔法を施す。すると、姫は両目を見開いて驚き、ヴェルデを真剣な目でジッと見つめた。


(そんなに見つめられるとさすがに照れるな)


 姫の視線に耐えながら、ヴェルデはメイナードを見て静かにうなずいた。


「どうですか」


 メイナードが優しく聞くと、姫はパチパチと瞬きをし、静かに体を起こした。


「あ、の、私は、一体……エルヴィン様、は……?」

「その話は今はまだしない方がいいでしょう。ですが、安心してください。あなたのおかげで殿下は無事でした」


 メイナードの言葉に、姫は嬉しそうに目を輝かせ、ほうっと息をつく。


「よかった……」


 そんな姫の様子を見て、ヴェルデとメイナードは少しだけ寂し気な、困った顔をしながら目を合わせた。





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