ウソと隠し事とママとの女子会
* 家紋 武範さまご主催の「約束企画」参加作品です。
ロマンチックな「約束」ではなく、「決まり事」的な約束事を扱っています。
小学校5年生のミサちゃんは今朝先生に怒られました。
「浅倉さんは約束を守れない悪い子です」って。
昨日の帰りの会をぶっちして、おうちに帰ってしまったから。
だって男子はからかうばかりで、女子はひそひそ、ミサちゃんと仲良くするのをやめようかと話し合っているみたいで、教室に居るのが苦痛です。
「約束って難しいな」
ミサちゃんはとっても悩んでいます。
約束事がたくさんありすぎて、どれを守ったらいいのかわかりません。
一昨日のことでした。
月の初めに決めた今月のクラス目標は、「隠し事をしない」です。
みんな、これなら簡単に守れそうだと思って多数決に手を上げたのでしょう。
そんな時に限って、ミサちゃんのランドセルに教科書やノートじゃない、カラフルな絵のついた本のようなものが入っているのを、隣の子が見つけてしまいました。
「え、何、今の、マンガ?」
とその子が聞いてきます。
「見せてよ、見せて」
近くにいた男子も「浅倉、隠し事するなよな~」と騒ぎだしました。
そして6時間目の授業にやってきた先生にしこたま怒られたのでした。
とりあえず静かになって国語の授業は済みましたが、そのまま帰りの会になって、クラスのみんなは口をそろえて「隠し事をしていた」ミサちゃんが悪いと先生に訴えます。
ミサちゃんはランドセルを抱っこしたままです。
中に入っているものは大切な、ママとの交換日記なのですから。
ミサちゃんのママは看護師さんで、週4日間、夕方から夜にかけて働いています。
「休憩時間に読みたいから何でも書いて?」とママがくれた、可愛いうさぎのついたハードカバーの日記帳。
「隠し事をしないという目標はクラスのみんなで決めたことです。浅倉さん、それが守れないのはなぜですか?」
先生にそんなふうに訊かれても、ミサちゃんには答えられません。
クラスのみんなはしんとして、ミサちゃんのほうを見ています。
黙っていると先生は、「隠さなければならない、学校に要らないものを持ってきているのがいけないのではないですか?」
と言葉を重ねます。
ランドセルにお守りとかマスコット付けてる子もいるし、ケータイをこっそり持ってきている子だっています。
日記帳をお守りみたいに思っているミサちゃんが悪いのでしょうか。
「隠している物をみんなに見せて、もう持ってきませんと約束するのがいいと思います」
先生はそんなことを言いますが、誰にとって「いい」ことなんでしょうか?
日記帳を見せたとして、男子の誰かが「隠し事だろ、中身を読め」とか言ったらどうするんでしょう?
そんなことになったら、ミサちゃんとママの世界が壊れてしまいそうです。
ミサちゃんはカバンの中のうさぎちゃんを守るような気持ちで、一言もしゃべらずうつむいていました。
その分帰りの会が長引いてしまって、駆け足で下校したのに、おうちに着いたらママはもう仕事に行ってしまっていました。
日記帳を渡すことができなかったのです。
「ママが仕事の日は4時までに帰って、日記帳を手渡す」という約束を破ってしまいました。
宿題をしてひとりでご飯を温めて食べ終えた頃、パパが「疲れた~」と帰ってきましたが、今日あったことは話せませんでした。
ママとの日記にも書きたくありません。
自分の食器は自分で洗う約束なのですが、パパがビール片手にでろんと夕食を食べるのを眺めてから、パパのお皿とかも洗ってあげました。
それからお風呂に入って、テレビを見る気分でもないのでさっさと寝ることにしました。
朝起きたらいつも通りの朝で、ママが笑顔で朝ご飯を作ってくれています。
「ママ、ごめん、もう日記、続けられないかも……」
ミサちゃんはもごもごしゃべってしまいます。
ママは、「じゃ、今度はママがたくさん書くから、ミサちゃんが読んで? それはよかったですね、とか、大変でしたね、って書いてくれるだけでいいから」
「それでいいの?」
「いいわよ。書きたいことが見つかったら長く書いてくれてもいいし」
ママは明るくて綺麗で、誰にでも優しくて、自分とは全然違うなあとミサちゃんは羨ましくなってしまいます。
パパも朝になるとシャッキーンとして「じゃ、行ってくるな」とカッコよく玄関を出ていきました。
ミサちゃんは初めて、学校に行きたくないと思っていました。
そしてうんざりなことに、朝の会の前に先生に呼ばれてしまいました。
「昨日何を持ってきていたんですか?」
先生はしつこくまだ訊いてきます。
「もう持ってきません」
これはミサちゃんが昨日自分で決めたことです。
男子に奪われて中を読まれたり、傷つけられたりするくらいなら家に置いておこうと思ったのです。
いつもランドセルに入っていた重さが足りなくて心細いけれど、うさぎちゃんを守るためです。
「何だったのか話してくれませんか?」
「もう持ってきません」
誰にもウソは吐かないという約束はパパとしています。
マンガでした、とか雑誌ですというウソはミサちゃんには言えません。
「浅倉さんは強情ですね。もう朝の会の時間です」
先生はそう言って、不機嫌そうにミサちゃんと教室に向かいました。
先生と別々に教室に入ったら、クラスのみんなは昨日のことを蒸し返さなかったかもしれません。
ミサちゃんが先生に連れられてしょぼんと教室に入ってきたのを見て、男子たちは急に思い出したように、
「昨日の隠し事はなんだったんだよ?」
と質問を浴びせました。
先生は仕方なさそうに、「浅倉さんが教えてくれません」と答えました。
すると、「それこそが隠し事じゃん!!」とまた教室中が騒がしくなってしまいました。
先生も同席していたホームルームで決めた約束事だから、「もういいでしょう?」と先生も言い出せません。
それでも何とかみんなを黙らせて授業に入りましたが、ミサちゃんはぼうっとしていました。
ミサちゃんは誰とも話さず給食を食べて、掃除の時間に担当の中庭に行ったら下級生の女の子が転んで泣いていたので、「大丈夫だよ、保健室に行こう?」と手を貸してあげました。
保健室から戻ると同じ班の人に「掃除サボるな」と言われ、それはお昼休みにはクラス全体に広まり、「浅倉は隠し事して掃除をサボる」とはやし立てられるようになってしまいました。
「困っている人がいたら助ける」「掃除当番はちゃんとする」、約束事が同時に降りかかってきたらどうしたらいいのでしょうか?
それで心がとっても疲れて、昨日みたいな帰りの会になるのも予想がつきすぎて、授業が終わるや否や、ランドセルを掴んで教室を出てしまいました。
そして次の日の朝が今、先生に怒られたところです。
「私って約束が守れない悪い子なんだって」
ミサちゃんは職員室からそのままフラフラと下駄箱に向かいました。
ついさっき登校して上履きに履き替えたばかりだったのに。
今日もママはお勤めの日です。
学校が終わってからじゃちょびっとしか会えません。
ミサちゃんの話を聞く暇もないでしょう。
今帰ればママに会える、と思ったら帰る以外の選択肢はなかったのです。
田んぼの角を曲がって踏切を渡って、小学校1年から4年も歩き慣れた道なのに、いつもとは違う時間に逆行したら景色がよそよそしく感じられます。
ミサちゃんはとても心細くなってしまいました。
毎日学校で勉強するという大事な約束を破ったのですから。
公園を横切って橋を渡ろうとしたところでした、向こうからママが走ってきます。
「ミサちゃん!」
ママはぎゅうっと抱っこしてくれました。
「学校行きたくないの?」
「うん」
「そっか、じゃ、とりあえずおうち帰ろ」
「いいの?」
「いいわよ。先生ヘンなこと言ってたから。『最近問題行動が目立つ』ってバカじゃないの?」
ママはミサちゃんの手を握って、振りながらおうちに向かって帰り始めました。
「もんだいこうどう?」
ミサちゃんが聞き返すとママは、
「いいのよ、気にしなくて。ミサちゃんが帰っちゃってびっくりして先生が電話してきたの」
「なんかね、みんなにね、嫌われちゃったみたい……」
ミサちゃんは悲しくなって泣きそうです。
「ミサちゃんが嫌われるわけないでしょう? 誤解よ誤解」
ママはくるりと歩く方向を変えて、コンビニに立ち寄り小さなケーキをいくつか買いました。
そしてうちに着いたらすぐ紅茶を淹れて、「女子会しましょ、母娘女子会!」と笑ってくれました。
ティーカップには宝石のように赤く透き通ったレモンティーがたぷたぷしています。
ママに促されてミサちゃんは、「ザッハトルテ」を選びました。
ママはミサちゃんになぜ帰ってきたか訊きもせず、「モンブラン」にフォークを突き刺しています。
なめらかなチョコレートが口に広がって、ミサちゃんはやっと少しお話できそうな気がしました。
「ママはみんなとした約束全部守れる?」
ママはフォークを口にぶら下げたまま目を丸くしました。
「約束? 守る努力はたくさんするけど、守れないこともいっぱいあるな」
「そうなの?」
「うん。パパが眠る前におうちに帰ってきますって約束してるけど、パパのほうが先にぐうぐう寝てることいっぱいあるし」
「そんなとき、パパは怒らないの?」
「パパはね、ママにベタ惚れだから、『起きてられなくてごめん~』ってパパのほうが謝ってくれる」
「そうなんだ……」
ミサちゃんはやっぱり自分が嫌われてるから、約束守れなくてみんなを怒らせちゃった気がしてきます。
「ミサちゃんは約束守れないことがあったの?」
「うん……」
「例えばどんな? どんな約束が守れなかったの?」
ミサちゃんは指を折りながらひとつずつ思い出しました。
「『隠し事をしない』『日記帳をママに渡す』『掃除当番をちゃんとする』『学校で勉強する』」
ママはモンブランを食べ終えて、のんきに次のケーキに手を伸ばします。
「あらあら。守れた約束事もあった?」
ミサちゃんはザッハトルテの後に他のケーキはもう食べたくないなと思いながら、「あんまり。『ウソをつかない』と『困った人がいたら助ける』くらいかな」と答えました。
「なんかたくさん約束しちゃったのねぇ~どんどん大人になっていくんだ」
ママは紅茶のおかわりを注ぎながら笑っています。
「大人と約束と関係あるの?」
「あるわよ。大人になればなるほど約束事は増えるの」
「え~、今でも大変なのに、増えるの嫌だ」
ミサちゃんは素直に反応してしまいました。
「『春休みに家族そろってお祖母ちゃんに会いに行く』とか『パパにバレンタインのチョコを手作りする』とかは楽しい約束でしょ?」
「う、うん」
ミサちゃんはママがどっちに話をもっていこうとしているのか、よくわかりません。
「これからミサちゃんはね、どの約束を守ってどれを破るか、自分で決めていかなきゃならない」
ママは何かを決意するように、スプーンを縦に握って、テーブルの上に立てる動作をします。
「破る約束を決めるの?」
「そう。約束が積み重なったらどれを一番守りたいか、どれを破ればうまく行くか考える」
ママはそう言ってミサちゃんににっこり笑いかけました。
「大人になるってことは、ウソを吐いて隠し事をすることがとっても増えるの」
「ウソと隠し事? なんかそれ嫌だ」
ママはちょっと眉根を寄せてから、病院でのことを話してくれます。
「例えば病院でね、担当していたAくんが退院したとするじゃない?」
「Aくん?」
「うん。B子ちゃんでもいいけど」
「それで?」
ミサちゃんは話の続きを促しました。
「ママはミサちゃんに、『Aくんが退院した』って言ったとして、ミサちゃんは『よかったね』って言ってくれる。でもね、もしかしたらAくんは病気が治ったんじゃないかもしれない。もう病院に居てもしかたないからおうちに帰ったのかも」
「もしかして、『手の施しようがない』ってやつ?」
「そう。そういうこともあるの。でもママはミサちゃんに笑っていてほしいから、詳しいことは言わない。これはウソじゃないけど隠し事だと思う」
他にもね、とママは前置きしてお仕事の話をしてくれます。
「このお薬飲まないと治りませんよって言うじゃない? それって、お薬飲んだら治りますって意味になるでしょ? でもお薬飲んでも病気が治らないことってたくさんあるもの、ママはウソつきかもしれない」
「そうなんだ……そう、だよね……」
ミサちゃんは急に、看護師というママの立場を実感してしまいました。
ママはテーブルに両肘をついて落ち込んだミサちゃんの顔をじっと見ています。
「ウソと隠し事は、大事な約束を守るための大人の武器なの。大人はウソ吐いても隠し事してもいいのよ」
「え、そんなウソでしょ?」
「隠し事なんてみーんなしてるわよ? あなたはお腹にお花模様の痣がありますね。隠し事はいけません、見せてくださいって言われたら、ミサちゃん、みんなに見せる?」
「……見せない」
「でしょ? 『掃除当番をサボりましたね、どうしてですか?』って訊かれて本当のことを言いたくなかったら、『保健室に居ました。どうしてかは女の子のヒミツです~』って言えばいいから」
「女の子のヒミツ?」
「うん、そう言っておけば男子は黙るから」
「ヒミツって、隠し事しちゃいけないのに?」
「もう小学校5年生でしょ? 隠し事しないなんてムリよ。家のこと、身体のこと、お金のこと、好きな人のこと、みんなに発表できるわけないじゃない。『隠し事をしません』って約束はもう終わり」
「パパと約束したんだから、ウソを吐くのはやっぱり……ダメでしょ?」
ミサちゃんは上目遣いにそっと尋ねました。
「それは今晩パパに変更してもらいましょ」
「変更?」
ミサちゃんは目を白黒させてしまいます。
「『悪意のあるウソは吐かない』にバージョンアップ」
「バージョンアップ?」
ミサちゃんのママはやっぱりどこか不思議です。
「パパとママはね、『絶対ミサちゃんが笑っていられるようにする』っていう大事な約束をしてるの。それが守れなくなるくらいなら、『ウソを吐かない』なんていう子どもチャンの約束は廃止、『悪意のあるウソは吐かない』に変更」
「悪意があるかどうかってどこで見分けるの?」
「そこがミサちゃんの腕の見せ所よ。悪気はないぞって自分が胸を張れるウソを見つけるの。明日担任の先生に『どうしてお家に帰ったんですか?』ってしつこく訊かれるから、まずはそれに対してどう答えるか、考えなくちゃ」
「ウソ吐くの?」
「吐けばいいじゃない。さもないと、『先生が私のこと何も分かってくれないから帰りました』って言うしかないわよ? そしたら『分かってないですって? 分かってもらおうとしてないのは浅倉さんのほうでしょう!』って怒られちゃうわ」
「うん……」
その場面がありありと想像できて、ミサちゃんはうんざり悲しくなりました。
「先生電話でミサちゃんが学校に要らないものを持ってきてたって言ったけど、もしかして日記帳のこと?」
「あ、うん、そう」
「じゃ、ママがそっちには模範解答を出してあげる。『あれはお母さんとの連絡帳です。看護師で忙しいので必要なんです、家庭の事情です』」
「連絡帳?」
「いいでしょ、学校にも連絡帳があるんだから家に連絡帳があっても。あと、『家庭の事情』も決めゼリフだから忘れないようにね。これで大抵のことは切り抜けられるから」
「ふふっ」
ママの顔を見ていたミサちゃんは急に笑ってしまいました。
「お母さんに相談したいことがあって、夕方は仕事に行ってしまって会えないので帰りました。家庭の事情です」
これでなんとか切り抜けられるでしょうか?
それとももっとウソを吐かなきゃダメでしょうか?
「ママとの緊急女子会があったからです、家庭の事情です」
これでは先生は黙らせられないでしょうけれど、一晩考えたら「悪意のないウソ」を思いつきそうです。
ママとパパがベタ惚れで自分も笑っていられるならそれでいいんだよな、これからはもっと楽しい約束を増やしてもいいんだと、ミサちゃんは心から思うことができました。
ー終わりー




