前向きって大事だよね
「い、一旦落ち着こう。はい息を吸って──吐いてぇ…よしっ」
俺は深呼吸をして、再び視線を下へと落とす。しかし俺の右腕は相も変わらずクリアな緑色のままうねうねとしていた。
「やっぱ見間違いじゃないですよねぇ……はぁ…」
出来れば見間違いであって欲しかったが、現実は無常なものである。俺の右腕はもはや人間がしてはいけない色をしており、曲がっちゃいけない方──というか関節そのものが無くなってしまっていた。
「こんな姿見られたら大変だな…って周りには誰もいないのか。ならよし!…いやよくないけど!!」
誰かに見られて化け物認定されて、剣を向けられる事態は免れたがそもそもの問題が解決していないため何も良くはない。一応念のため頬をつねってみるもののしっかりと痛みが伝わってきたので俺の腕が俺の腕じゃなくなってる事件は現実ということで間違いない。
「まぁ原因って言ったらスライム食べたこと以外考えられないよなぁ…」
もう既に原因は分かり切っている。どう考えてもスライムをむしゃむしゃと食べた結果自分の右腕がスライムになったのだろう。今こうして自分の行動を振り返ってみると「マジでこいつ何やってんの?馬鹿なの?」となってしまう。急に死にそうなくらいの飢餓感に襲われたんだもん…仕方ないじゃん。
「というかまずこの腕ちゃんと元の俺の腕に戻るのかな…あっ戻った、よかったぁ……」
頭の中で強く自分の元の腕を想像すると、スライムだった俺の腕は何と元通り。しっかりと温い人間の腕に戻っていた。
「じゃあ逆に──あ、スライムになった」
今度はスライムになれと頭の中で思い描くと先ほど同様右腕がスライムへと変化した。
「ちゃんと人間の腕にも戻るし、逆にスライムの腕に変えることもできるのか」
スライム化していた腕を戻し、手を閉じ開きしながら自分の身体に違和感はないかを確かめる。
「俺の体を襲った急な飢餓感、そして自分の身体の一部が食べた魔物になる…まぁこんなよくわからない現象が起きた理由も、なんとなくは予想ついてるんだよなぁ」
ぺらりと自分の服をめくり、腹部に走っている紋章を見つめる。
「悪魔の印……ねぇ…」
この紋章が現れた子供は国に災厄をもたらすと言われているらしい。そういう伝承を元に差別が行われていたのは地球でも同じことではある。ただその大半はただの偏見であったり、政治的な意図が含まれていたりと差別される対象のほとんどは何も悪いことはしていないというのが俺の考えである。
だがしかし、ここは地球とはほんのちょっと…だいぶ…かなり違う。
「だからって本当に悪魔的な力があるとは思わなかったわ…」
これは悪魔の印と言われてもなんら文句は言えないですね。だって魔獣の死骸を貪ってその魔獣の力を体に宿すんだよ!?どう考えても人間の域を超えてる力でしょ!
人間に戻した右腕をもう一度スライムの腕に変化させながら、乾いた笑みを溢す。俺の順調な異世界ライフがまさか一日二日で急に脱線事故を起こすとは思わなかったよ……とほほ。
「まぁでも何も能力がない状態で魔獣がうようよ漂う森に放置されるよりかは幾分ましか」
まだ自分のこの体を魔獣化させる能力について詳しいことは分かっていないが、悪魔の印と言われているのだから多少なりとも強力な力を持っているに違いない。というか持っていてくれないと中々にハードになってしまうので非常に困ります。
この不思議な力があるのは怪我の功名、九死に一生といったところか。まぁこの力のせいで追放されたんですけどね。
とは言っても今の状況に愚痴や不満をつらつらと並べても現状は何も変わらない。数日分の食糧はあるにしてもそこから先は自分の手でどうにかしなくてはならない。
スライム化させていた右腕を元に戻し、ぎゅっと力強く握りこぶしを作る。
「とりあえず異世界ライフ第二部スタートということで!貴族とは違うかなーりファンタジーな冒険を楽しむこととしますかぁ!」