プロローグ
はじまります。
気が付いた時には俺はもう地球とは別の世界にいた。そう、いわゆる異世界転生という奴である。知らない天井、年季の入った家具に見たことのない装飾品の数々。俺は貴族に転生したのだ。
自分が日本に住んでいてどういう生活を送っていたのか、なんとなくは覚えているが細部まではどうにも思い出せない。自分の名前、家族や友人の名前。自分の住んでいた地域や会社の名前も。ただぼんやりと自分は普通の会社員として働いて過ごしていたなぁという事だけ覚えている。
「またなルーク」
「うん、また来週エリク」
何かしらの原因で死んでしまったこと、そして家族や友人そして青と緑の惑星地球とお別れしてしまったこと。涙が出るほどに悲しい……なんてことはなく俺は充実した異世界ライフを送っていた。
「いやぁ……異世界生活さいこー!!」
周りに人がいないのをしっかりと確認してから、俺は伸びをしながら異世界へ転生できたことへの感謝を口にする。
この世界は地球でいう中世にあたる。日本ではあまり見かけない欧風な街並みにどでかい王城。今となっては見慣れたものだが、転生した当初は見るものすべてが新鮮で心が休まることを知らなかった。
おっと、言い忘れていたが俺の新たな名前はルーク=フェーレラ。ラース王国の伯爵家であるフェーレラ家の次男として新たな生を受けた。伯爵家ということもあってかなりブルジョアな生活を送ることが出来てもう俺の口角は限りなく90度に近いレベルで上がっている。それに加えてなんと俺には可愛い婚約者もいる。所謂勝ち組という奴です、ガハハ。
俺は15歳になり、現在は学園生活を満喫していた。転生したのが確か2,3才のときだったからもう10年以上は経つのか……いやぁ思ったより早く時間が過ぎていくもんだなぁ。
実は俺は赤ちゃんの時から転生したというわけではない。この体が2、3才のときに転生したのだ。自分が目覚める前はどうやら高熱で1週間近く眠っていたらしい。もしかしたら元々この体に宿っていた意識は……等と考えたこともあったが、あまり深く考えないことにした。もし仮に俺の予想が合っていたとしてもどうすることもできないからだ。
それならばせっかくもらった第二の人生を思いっきり楽しもうではないかと割り切ることにして今に至る。控えめに言って異世界生活マジサイコ―です。
「ルーク様、お迎えが遅くなってしまい大変申し訳ございません」
ぼーっと景色を眺めながら待っていると馬車が僕の前で止まり、勢いよく扉が開かれる。そして先ほどの扉と同じくらいの勢いで執事のセバスが僕の真正面に立ち深々と頭を下げる。
「いいよ、気にしないで。あっ、でも一つお願いがあるんだけどいい?」
「何なりとお申し付けください」
「家に帰ったら出来るだけ早くお風呂に入りたいな。今日の訓練でちょっと汗かきすぎちゃったからさ」
「かしこまりましたルーク様。家につき次第準備させます」
「ありがと、それじゃあいこっか」
俺は馬車に乗り込み、家に着くまでの間適当に外をぼんやりと眺める。
この世界には魔法というものがある。地球の生活では科学が切っても切れないのと同じようにこちらの世界ではありとあらゆる場所で魔法や魔法を用いた魔道具が使われている。
魔法の属性は火、水、風、土、光、闇の6属性があり、ほとんどの人は1つの属性しか適性がない。2つ使えれば宮廷魔導士としての道はほぼ確定であり、3つ以上ともなればそれなりの地位に着けるらしい。ちなみに俺は水属性にしか適性がないです。まぁチートを求めていたわけではないし、こんな良い家柄の血筋に転生できただけでもう十分チートみたいなものだ。
「ルーク様、入浴の準備が整いました」
「ありがとう、リッテ」
俺は一言感謝を述べてそのまま浴場へと向かう。先ほど部屋に入ってきたメイドはリッテ。僕が幼いころから身の回りのお世話をしてくれている赤毛が特徴的な女性だ。
「んんー……今日は疲れたなぁ」
普段よりも訓練の授業が厳しかったせいで体が重い。今日はのんびりとお風呂につかろう、そうしよう。
「……ふふふ」
半裸になった状態で俺は鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめる。
「やっぱ俺かっこいいなぁ・・・」
軽く決めポーズを取ったり、前髪をかるくいじったりしながら鏡に向かって表情筋を引き締める。日本人のような漆黒の髪色とはまた違う、グレーのような淡い色の黒髪に琥珀を彷彿とさせる黄色の瞳。そしてバランスの整った顔立ち。うむ・・・・・・我ながらかっこいい。
そこから俺は軽く、ボディビルダーのようにポーズを取りながら自分の身体を見ていく。細身だが、それなりに筋肉がついていて程よく引き締まっている。このくらいの筋肉でもそれっぽく見えるのはやはり顔が良いからだろう。
「というか前々から気になってるけどこれって何なんだろうなぁ……」
俺は腹部へと視線を落とす。そこにはお腹全体に走っている紋章のようなものがあった。この紋章は生まれた時からあったわけではない。数年前に突如としてこの紋章がお腹に浮かび上がったのだ。
当時はどうしようかという焦りで一杯になったし、誰かに話そうかとも考えたが普通に生活できているし、妙に禍々しい感じがしたので今の今まで誰にも言わないでいた。着替えの手伝いを小さい時から断っておいてよかったと心の底から思いました。
「まぁ見られてもそんなに困るものでもないと思うけれど、なんか中二病を疑われても嫌だからなぁ」
家族やメイド、執事に冷たい目を向けられるのを想像しただけで苦笑いが込み上げてくる。そんな仕打ちをされて耐えられる自信はない。
「ってそろそろ風呂入るか」
あまり長い時間こうしてるとまじもんのナルシストみたいになっちゃうからそろそろ切り上げねば。俺が残りの衣服を脱ごうとした次の瞬間。扉がコンコンコンと規則的なリズムで叩かれる。
「失礼します。お召し物を置きに参りました」
っぶねぇ!危うくおれの全裸をメイドに見せるところだった……。タイミングが良いのか悪いのか…まぁ良いってことにしておこう。
俺は衣服にかけていた自分の手を放し、メイドの対応をしようと扉の方へと体を向ける。
「っ!?失礼しました!!───ってそのお腹にあるのはっ……!!」
メイドは俺のお腹にある紋章を見て顔を青くさせる。それほど衝撃的なことだったのか、持ってきてくれた俺の衣服をぱさりと地面に落としていた。
えっ、そんな表情しなくても良くない?中二病への扱いの方がもうちょっとましだよ?
口元を手で覆いながら驚きの表情を崩さないメイドに対して俺は困惑する。
そんなに驚くことかなぁ……まぁでも確かに珍しいっちゃ珍しいよね。
「あの…」
「し、失礼します!!」
「ちょ!!」
どうしようかと声を掛けるもメイドは最後まで表情を変えないまま、部屋を飛び出て行った。
「……まぁいいや」
何故そんなに驚かれているのか、何故あんなに青ざめた顔をしていたのかなど疑問は多く残っていたがとりあえず風呂に入ることにした。お風呂上りにでも聞けばいっかぁ。
「ルーク、すまない。これも国と伯爵家のためだ。安心しろ、痛くならないよう一撃で仕留めてやる」
はじまりました。