タイムリープしても変わらないこと
間違いだろうと死んでしまったら終わり。
それについての文句はない。
だけど好きなところに戻れるって言うから黒歴史を処分するために中学2年生の頃を選んだのに、それも間違うとかない。タイムリープしたら高校1年生って既に手遅れ。昨夜は親兄弟から第3の眼はいつ出るかと馬鹿にされた。まさか神様が2度も間違うとは思わないよね。
「まさかまさかだよ」
「またタイムリープってやつの話? 私だから聞き流してるけど、普通なら今後の友達付き合いを考えるレベルだからね」
親友の塩谷優子が私の呟きを拾って、なかなかキツイ言葉を放つ。全然優しい子じゃない。
「嘘じゃないよ」
「50歳のおばちゃんが神様の間違いで死んで、生き返らすのは無理だから期限付きで過去に戻してもらったって話が嘘じゃない? 寝言は寝てから言うものだって知ってる?」
「ふははは、馬鹿にするならすればいい。だがあとで後悔するぞ。未来を知る我のそばにいればうまい汁を吸えるというのに」
「じゃあ中間テストの問題教えて」
「そっ、それは管轄外じゃ」
優子が目を細めて小さく息を吐く。このノリは好きではないようだ。
「ごめん、ちょっと調子にのった」
「謝ることではないけど。で、わからないところはもうない?」
「……多分。今日はテスト勉強に付き合ってもらってありがとね」
「いいよ。私も復習になるし」
「……ほんと優子は昔から変わらないなぁ」
進学、就職、結婚を経て、周りの人間も変わっていくなか、唯一友人関係が続いていたのは優子だった。
“いいよ、私も暇してたし”
“いいよ、私も聞いてほしいことあるし”
基本的に1人でいることを好むのか、人を寄せ付けない子だけれど、誘えばいつもこんな風に付き合ってくれた。
「嘘の割に徹底してる」
「何の話?」
「昔から変わらないってセリフが」
「だから嘘じゃないって。それに優子はこれからもずっと私と友達なんだよ。嬉しいでしょ」
「ここで縁を断ち切る話?」
「そんなこと言って、私のことなんだかんだ好きなくせに」
肘で優子を小突くと嫌そうに避けられる。
「話を信じてなかったけど、確かにおばさんぽい」
「そういう信じられかたはイヤだ!」
確かにタイムリープした。けれど、この過去は未来を変えられるものではない。どうあがいても私は50歳で死ぬし、子や夫も変わらないそうだ。
じゃあなんのために戻ったのか。それは、思い出づくりのため。
間違って事故で死んだ時、走馬灯を見たのだけれど、幼少期編から一気に成人編に変わった。それにツッコミをいれた。「青春編ないんかい」と。
そうしたらどこからか笑い声が聞こえて、間違えたことへの謝罪と、思い出づくりを提案された。それが期限付きのタイムリープ。しけた詫びだと言わなかったのは、笑いながらでも謝罪はされたし、謝り方にケチをつけてヘソを曲げられたら面倒だからだ。長く生きると打算的になるのは仕方ない。
それはともかく。
確かに青春時代はのんべんだらりと生きていた。夢や目標がなかったから努力をすることもなく。それでも楽しく過ごしていたのに走馬灯にないとは思わなかった。
「そりゃあね、幼少期は初めてのことばかりだし、成人してからの方が濃い体験が多いけど、青春時代だってたくさん思い出あるよ? 片想いだったけど恋の一つや二つだってしてるし。甘酸っぱい思い出なのに走馬灯にないってどういうこと?」
「よくわからないけど、告白しておけば?」
優子は退屈そうにペン回しをしながら話を聞いていたけれど、最後にそれだけ言った。
「なんでそんな話になるの」
「青春っぽくない?」
「確かに青春ぽい」
「……納得するんだ。冗談だったんだけど」
♢♢
私の片想いの相手は同中の沢井君だった。バスケ部で背が高くて、とにかくかっこいい。醤油顔ってやつでモテるけど硬派で近寄りがたいタイプ。中3の夏からずっと好きだった。
思い出づくりに告白することにしたものの、沢井君は私のことなど顔くらいしか知らないだろうし素気無く振られることはわかっている。昔の私には恨まれるだろうけど、ちゃんと言い訳の手紙は残した。
告白する場所は近所の公園と決めている。
その公園で、沢井君が夕方にバスケットボールをついている姿をよく見かけた。というか、彼を見るために犬の散歩のコースにしていた。だから今もこうして沢井君を眺めている。
――昔の私は遠くから姿を見るだけで満足してたんだなぁ……
昔の自分を懐かしく思いながら、告白しようと決めたもののやっぱりやめようかと逡巡していたところで、普段は全く吠えない愛犬コロが吠えた。同時にボールが私のいる方向に転がってくる。
初めて目が合った。お互いにほとんど会話をしたことはないし、あちらから声をかけられることはないだろう。
「沢井じゃん」
私から声をかける。沢井君は、うっすだかおっすと小声で返事をしたあと、ボールを拾いに近くまで寄ってきた。ちょっと緊張。
「練習?」
「うん」
「私は犬の散歩中」
「よく散歩させてるの見るけど偉いよな」
「え、偉くはないよっ! 好きでやってるし」
――私のこと気づいてくれてたんだ……ってトクンとするところなんだろうけど、毎日この道を通ってるんだから当たり前と思っちゃうこのおばさん思考が憎い。
「そっか」
「さ、沢井もバスケが好きなんだね」
「下手の横好きってやつだよ」
沢井君は私の目の前でボールをつきながら、シュートの練習を始めた。「高校に入ったら全然レベルが違ってさ」とひとりごとのように弱音を吐く。「こうして頑張っていればいいことあるよ」と母親目線で慰めると、「サンキュー」と私に笑いかけてきた。
これは、もしかして。
(今が絶好の告白チャンス? 振られるにしても優しい言葉をかけてくれそうだし)
「沢井……くん、あのね――」
♢♢
「ちょっ……ちょっと、待って。お、お腹が、横っ腹が痛い……ぶふっ」
横腹を押さえながら、優子が眼鏡を外した。目には涙がたまっている。
「……泣くほど面白かったならよかった」
私は初めて見る優子の爆笑にちょっとたじろいでいる。35年近い付き合いの親友なのに爆笑を見たことがないのはおかしいと思うだろうが、彼女の両親からもこの子は滅多に笑わないと聞いたことがあるくらいに笑わない子だった。もちろん大人になってからも。
「だ、だって、告白しに行ったのに告白しないで“脇を締めた方がいい”って言ったとか、笑うしかないよっ、思い出したらまたお腹が…!」
そう。私はもしかしたらキスまでいけそうなくらいの告白シチュエーションで、脇を締めろとシュートの姿勢についてアドバイスをして去ったのだ。もちろん告白をせずに。
「だって、息子はバスケ部のレギュラーだったし、練習も毎日見てたからダメなとこが気になって」
「今はその話すら笑える」
顔を赤くして笑う優子を見ていたら、家族の笑顔と重なった。
――なんだかんだ、幸せな人生だったな。最後に優子の笑顔も見れたし。もういっか。思い残すこともないや。
「優子」
「ごめん、笑いすぎだね」
「ううん、笑ってくれて嬉しいよ。そうじゃなくて、時間はまだあるんだけどもう行くね。あと私のお葬式で泣かないでね」
「……すぐに笑えるネタをたった今もらったから大丈夫」
「最後まで優子らしい」
ほんの一瞬、お互い真顔になり見つめ合う。
「じゃあね」
先に私が口を開く。
優子が深く息を吸って、何かを決意したかのような表情になった。
「敦子の明るさにいつも救われてる。私は親友だと思ってるよ」
優子はいつも私と長く付き合う理由を腐れ縁と言っていた。それでも私は優子が好きで、一方的に親友だと言い続けていたのだけれど。
「あー……不意打ちくらったわ」
「敦子が泣くの、初めて見た」
優子が目を丸くする。優子のこんな表情も滅多に見られない。私がタイムリープした話も冷めた表情で聞いていたのに。
「そういえば、私のタイムリープの話を信じてないんじゃなかった? その言い方だと信じてるように聞こえるけど」
「敦子の取り柄は嘘をつかないことだから」
「そっか」
そんな風に思ってくれてたんだ、と私が納得したと同時に目の前の優子の姿が消えた。そして私の体が金色に光りだす。お迎えというやつかもしれない。優子からのお別れの言葉を聞けなかったけど、いいか。
沢井君は私のアドバイスでバスケが上手くなるかなとか、優子の女子高生時代は可愛かったとか、私も結構イケてたとか、やっぱり孫も見たかったとか考えているうちに意識が遠のいた。
♢♢
「お母さん、さっきより笑ってるようにみえる」
「塩谷さんが来たからかな」
「母の唯一の取り柄は親友がいることっていつも言っていたんですよ」
「泣かないでください。母は笑って見送ってほしいと言って亡くなったんです。だから僕たちも泣くに泣けなくて」
「え? 泣いてしまってもいつでも笑える魔法の言葉を知ってる? よかったらその話聞かせてください」
久しぶりに書きました。
今回は優しい話を書いたつもりですが、どうだろう……