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 魔法が激しくぶつかり合う。閃光。炎の柱。水の壁。水柱。宮殿内部を飛び散る家具。舞う書類。焼ける絨毯。吹き飛ぶ絵画。崩れる階段。崩壊する壁。


 コラリーとフルールを庭に逃がした。


 魔物が後ろから爪で狙ってきた。


「熊みたいなのもいるの?」


 クリスティーヌと一対一のつもりだった。


 ザシュ!


「あ」


「アミシア、君はあの偽物聖女を倒してくれ」


 リュカ王子が背後を守ってくれる。ミレーさまも「正々堂々と勝負しろ!」と怒る。


「ミレーさまもありがとうございます!」


「いちいち、返事しなくていいよアミシア。俺が後ろを守る。ミレー。ここは俺一人でやれる」


「リュカ王子、ご冗談を。僕、アミシアさまのために尽くします」


「むっ。ミレー、お前はコウモリと狼と熊をやれ。俺が、アミシアを守る。分かったか!」


「えええ。コウモリも狼も、えっと熊も? やりますけど、アミシアさまが危なくなったら、僕が真っ先にかけつけますよ。瞬間移動魔法で僕の方が速く到着できますし」


「いいから、お前は邪魔をしないでくれ。俺とアミシアは今取り込み中なんだ」


 もー、こんなときに喧嘩しないでよ、二人とも。


 私たちのごたごたとしたやりとりに苛ついたクリスティーヌが、渾身の魔法の弾を空から降らしてきた。


「王子これを!」


 王子の剣に炎魔法を付与した。


「アミシア! これは俺だけにくれる愛の証か!」


「ミレーさまは光魔法を!」


 聖女になってから光魔法も使えるみたい。今日はじめて出したからあんまり自信はないけれど。


「まあ。君の愛の炎を受け取ったということにしておくよ、アミシア」


「分かったから集中して下さい王子」


 湧き続ける魔物を三人で斬り、薙ぎ、吹き飛ばす。王子は英雄と言うだけあって、剣を薙ぎ払う動作だけで付与された炎を何倍もの大きさにしてしまう。剣というより鞭や扇状に炎は広がって、敵は広範囲魔法に苦戦する。だけど、しばらく戦って分かった。王宮内部には教会がある。女神の祠から出現していた魔物たちが教会からも侵入しているとすれば。キリがない。聖域が侵されているのなら結界が張りようがない。


「キリがないわ、リュカ王子。早く決着をつけないと」


 魔物の多くが私たち三人に敵わないと悟ると分散して王宮外に飛んでいく。ミレーさまがその飛び立つ魔物を撃ち落とすんだけど、戦況は悪化している。王宮以外が壊滅してることもあり得る。


 ミレーさまが肩で息をしながら頭上のコウモリの魔物を切り伏せるながら王子に意見する。


「兵士を分散させたのは失敗かもしれないですよ王子。貴族を送り届けても国中に被害が広がっていたら、意味はなかったでしょうし」


 そうよね。避難した先で襲われていたら、私たちでどうにかなる問題ではない。だけど、どうすれば……。――あの日記を信じるなら解決策はある。


 お母さまの日記にはルビーの首飾りについてこうあった。


『大いなる魔族が押し寄せたとき、真価を発揮する』


「今がそのときなら……真価を発揮する?」


 空は昼の闇。日食の今の内にやるしかない。


 ルビーの首飾りを手に取り念じる。お母さまの肖像画を思い浮かべる。銀髪。絵画の中に閉じ込められた優しい微笑み。


(お母さま。力を貸して)


 魔力が熱い。私の手火傷しそう。両手で抱えてそのまま前に投げる感じで炎を作る。大きさはこれまでで一番大きい。こんな大玉を食らったら人体なんて跡形もなくなるかもしれないわね。


 クリスティーヌがそのままに逃げずに当たってくれるとは思わないけどね。投げると、反動でこっちも後ろに転んだ。すかさずリュカ王子が抱き留めてくれた。


「アミシアも伏せろ」


 さく裂する激しい光。爆炎。上階のクリスティーヌに直撃した。だけど、黒煙だけでなく水蒸気が飛散して水で防がれたことが分かった。


「ど、どこでそんな力を! 私が身に着けていたときはそんなレベルの力は一度も……。どうしてお母さまは人間の味方をするの? お姉さまの味方をするの? どうして人間と結婚したの? ドウシテ?」


「――ニンゲン風情が。死に腐れ!」


 クリスティーヌが水魔法と闇魔法を放つ! 黒い渦になって私たちの頭上から竜のようにうねる。


「クリスティーヌ。それがあんたの出した答えだからよ」


「アミシア。最後に大技をやる。俺について来い! 魔法を相乗効果で高められるか?」


「任せて王子。クリスティーヌが一人で水と闇を混ぜてるみたいだけど、あれならこっちも真似したらできるわ」


 王子が先に剣をクリスティーヌに向けて投げる。


 魔力を付与しようと手を伸ばすと、ひとりでにルビーの首飾りが外れ、浮遊して離れて行った。魔力の源そのもの。それが流れ星のようにリュカ王子の剣に追い付く。


 ああ、お母さまがここにいる。だけど、これで――お別れだわ。


「はっ? 馬鹿なお姉さま。首飾りいらないのかしら?」


 クリスティーヌの頭上で十字に重なる剣と首飾り。


 花火が上がり、国中に純白の光が降り注ぐ。爆発はしなかった。闇魔法は霧になった。誰の悲鳴も聞こえなかった。とても静か。だけど、轟音が響いた。耳鳴り。魔物の断末魔。そこにもしかしたらクリスティーヌの声も混じっていたかも。だけど、悲鳴は国中の大地から地響きのように起こっている。


「アミシア! これは浄化魔法だ。それも、国土全土を覆う規模の……?」


 リュカ王子はその眩しさから私の目を守るために抱きしめてくれた。いいのよ、リュカ王子。この空の闇を消す白い光。ずっと見ていたいわ。あなたには見えないの? お父さま、お母さまが空に見えるのよ。浄化されるのは魔物だけじゃない。一時的ではあるけれど、この地上は天上と同じレベルまで引き上がったんだわ。


 白い光が太陽光に変わる。気づけば日食は終わっていた。空の眩しさよりも眩しかったのね。


 王宮は崩れ落ちていた。粉塵のほかは静かなものだった。


 人々が集まってきた。戸惑って怪我人が運び込まれた。


「アミシア。君、泣いているのか?」


「いいえ。私、もうさっきみたいな魔法は使えないかもしれないと思って」


 お母さまが微笑んでいたの。お父さまの手を引いて行ったわ。


「聖女アミシアの誕生だ」と、誰かが言った。別にそんな大げさなものにはなったわけじゃないわ。力は出し切ってしまったし。これからは、普通の炎魔法しか使えないかも……? 回復魔法と浄化魔法も、一から練習しなおしかもしれないわよね。だって、髪の色。元の黒に戻っているんですもの。


 上階に倒れているクリスティーヌが発見された。ボロボロになって生きてたみたいだけど、うわ言を言ってるみたい。あり得ないとかなんとか。


「聖女アミシアって呼べばいいのかな?」


 リュカ王子は私の髪の色が黒に戻っているのを見てニヤリと笑う。


「あら、皮肉で言ってるの?」


「もうさっきみたいな魔法は二度と使えないんじゃないかと思ってな?」


「そうね。でも、あなたはまたキスして下さるんでしょ?」


「ああ、何度でも聖女になってもらうためにキスしてやるよ」


「ふふっ。王子ったら。言っときますけど、私はもう悪女アミシアでも聖女アミシアでもないんですよ?」


「じゃあなんだ?」


「あなたのアミシアです」


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