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「アミシア。無理して行かなくていいんだぞ。街に魔物が出たらどうするんだ」
「あら、お父さま心配して下さるの?」
「当り前じゃないか! おっと、仕事に行く時間だ。アミシア。くれぐれも気をつけてな。ミレー殿と一緒だとはいえ……。私の娘に傷の一つでもつけたら許さないと伝えておこう」
「大丈夫ですよ。馬車でおでかけするだけです」
お父さまは恐る恐る仕事に出かけているし、わりと街は安定してきたみたい。活気がある感じはしないけどね。騎士ミレーさまがいれば危険も少ないしね。クリスティーヌには内緒。それに、あっちは聖女としての活動が忙しいから。
「クリスティーヌがいなくて残念だなあ。でも、こうしてアミシアさまと街を巡回すると胸が躍りますね」
「そういうの浮気なんじゃありませんか?」
「婚約は決まりましたけど、挙式してませんし。それに、あんな事件があった後になんですが、アミシアさま。結局、僕とは踊って下さいませんでしたね?」
「結果的に、そうなりますね」
そう言えばミレーさま、踊りたいって王子よりも先に言ってたのよね。魔物出現で結局クリスティーヌとも踊っていないようだし。何だか、運のない人。クリスティーヌとの婚約は破棄した方がいいわよって言ってしまおうかしら?
「僕、思うんです。クリスティーヌさまと婚約が決まりましたけど。こうして、国の平和が乱れた今、僕のやるべきことは騎士の務めを果たすこと。なので、挙式は先延ばしにします」
「まあ、英断ですね」
「あ、アミシアさま。そう思われますか? 嬉しいです」
馬車で魔物が出現しそうなポイントまで行く。具体的には、森の近くの街道や国境付近の林など。一日で回り切れないので何日かに分ける予定。
隣に今日はコラリーとフルールも連れてきている。
「アミシアさまを王子さまがかばって下さったんですよね。リュカ王子さま、素敵な人ですね!」
まさかのフルールがときめいている。いつも冷静沈着で寡黙。表情からは何も伺えないベテラン顔負けのポーカーフェイスの持ち主が、目を燦然と輝かせている。
「落ち着いてフルール。リュカ王子さまに怪我をさせてしまったのよ、私は」
すると、ミレーさまが「いいえ、アミシアさまは何も悪くありません!」と、きっぱりと言い放った。
そんなにはっきり言われると。まあ、ありがたいんだけどね。でも、魔物二匹とはいえリュカ王子を守れなかった。私、半分魔族なのに下位の魔物に力及ばないなんて。これでどうやってクリスティーヌと対抗したらいいのか。騎士ミレーさまにクリスティーヌの正体を告げ口するわけにもいかないし。信じてくれないでしょうし。
「ミレーさまは魔物の王宮襲撃事件、どう思われますか?」
「クリスティーヌさまがいなければ、今ごろどうなっていたことか」
ほら。クリスティーヌを信じて疑わない。じゃあ、もう少し説いてみましょうか。
「魔物の侵入方法についてです」
魔物が人里に迷い込むのはだいたい郊外。王都に出現するのなら、空気中の魔力濃度が濃くなる場所が必要。それを浄化するのが聖女の務めなんだけど。王宮はそれでなくても、空気中の魔力濃度を定期的に測定しているらしいからそんな場所があればすぐに浄化する。簡易的な浄化なら国家結界師ができるから。
「それなら私も考えましたよ。アミシアお嬢さま。転移魔法をあの魔狼は覚えていたのです」
魔狼が転移魔法を覚えるかしら? 魔物のクラスとして決して低いわけではないけれど。転移魔法を覚えるには少なくとも知能指数が必要。なかには賢い魔狼がいるのかもしれないけどね。
「本当に? 誰かが転移させた可能性はありませんでした?」
「まさかアミシアさま。ご冗談を。魔物を王宮内部に侵入させた何者かがいるとおっしゃるので?」
「可能性はゼロではないかと」
ミレーさまは難しい顔で悩んでいる。
「そのことには思い至りませんでした。ですが、やはり考えられません。我々人間にはなんのメリットもないからです」
「本当に? 国を滅ぼそうと思っている人ならいるんじゃないかしら?」
「アミシア、何を言ってるの?」
さすがに、コラリーは困惑して私を引き留めるように私のドレスの袖をつかんだ。コラリーは私を心配してくれている。国を挙げての魔物討伐で私の正体がばれたときのリスクは高まっている。魔族はこれまでどおり、見つけ次第処刑なんだったらいつばれてもいいじゃない。それなら、仕掛けましょうよ。クリスティーヌに。
「魔物出現ポイント候補に、追加してもらいたい場所があります。といっても、これから調べに向かっていただいてからの検討をお願いしたいわ」
「おお、心当たりがあるんですね?」
王宮のは分からないけど、ほかにもあるんじゃないかと思ってね。
「では、僕は国家結界師に明確な出現ポイントが分かり次第連絡をしておきますね。浄化と結界を張ってもらうことにします」
ミレーの権限ってやっぱりすごいのね。軍のほとんどの権限を持ってるんだわ。
「頼みますね。すぐにでも呼んでもらうことになりかねませんので」
 




