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玄関の方からクリスティーヌをかわいがる父親の声がする。階下を見下ろすと、今日も何やらお父さまからブローチをもらっているのが目についた。
なんでクリスティーヌばかり……。
拾われた孤児クリスティーヌ――。
私が物心ついた頃の雨の日。外套に濡れたお父さまが血相を変えて帰ってきた。
「カトリーヌと瓜二つの娘を見つけた!」と、使用人たちをまくしたて屋敷を混乱の渦に陥れたお父さま。カトリーヌは私の亡くなったお母さまの名前。
貴族としての礼儀をかくような大声で怒鳴るお父さまの気迫に私は気後れして、侍女コラリーの後ろに隠れた。お父さまは、私を視界の隅でとらえているにも関わらず無視した。あのときは、怖かったから私が隠れたと思ったんだけど。あの日からお父さまの態度が変わった。
それからお父さまは頻繁に貧困層の住む町はずれのスラムに、足を運ぶようになった。物乞いをしている女の子がお母さまに似ているのだとか。
「お父さま、今日も帰ってこないね」
私は夕食を一人で食べることが多かった。コラリーが気を使っていっしょに食事してくれたけど。
「夜には戻りますよ。きっと、ほうっておけないんですよ。伯爵さまはお優しい方なので」
「そうだよね!」
幼い私は楽観視した。だって、フレデリックお父さまは毎日のようにお花を買ってきてくれるし。お人形さんも買ってくれる。
私はお父さまが優しい人だと誰よりも知っている。でも、そうじゃなかった。お父さまは時と場合、相手によって態度を変える人だった。
数か月ほどで母カトリーヌと瓜二つというその女の子が孤児院で見つかった。スラムから孤児院に引き取られていたようだった。それが義妹クリスティーヌ。私たちは同じように育てられたはずだった。甘やかしてたくさん買い物をしてくれるお父さま。
「これは、クリスティーヌにだ!」
クリスティーヌにはプレゼントは二つ。ぬいぐるみと、お洋服。私はそのときに付属品として販売されていたハンカチをもらった。
「やったー! 今日はハンカチだわ」
侍女たちがクスクス笑っているのが目についた。
「ちょっと、アミシアさま。よろしいですか?」
そう言って自室に入った私にコラリーが険しい顔して告げる。
「フレデリック伯爵さまがいくら優しい人でも、これは少し酷いと思いますよ」
「どうして?」
「お嬢さまがお気づきでないのなら、うーん。どうしましょう。だけど、私、我慢できないですね。フレデリック伯爵さまの豹変っぷりったら」
コラリーは忠告してくれたの。私はお父さまが変わったとようやく気づいた。あ、こんな日もあったわ。ピアノのレッスンで家庭教師をつけてもらったの。私とクリスティーヌ、二人ともにね。はじめは私たち。仲良くやってたの。
「うわあ、ここ難しいですね。アミシアお姉さまお手本を見せて下さい」
クリスティーヌはくりくりの瞳でよくそう言うの。すると、ピアノの先生も、「じゃあ、お手本を見せてあげてアミシア」
「はーい」
私もまだぎこちなかったけど、一曲演奏することができたわ。そしたら、クリスティーヌは、「まあ、お姉さま。さすがですね!」って嬉しそうに微笑むの。
でも、コンクールに出ることが決まってから、私たちはライバルになったわ。
部屋の外にお父さまが立ってた。耳をそばだてていたのね。
「今度、コンクールに出るのか?」
「あ、お父さま! はい。私、両手で弾けるんですよ」
すると、お父さまは険しい顔をした。
「両手なんて当たり前だ。クリスティーヌはどうだ?」
「はい。私も両手で弾けます。課題曲が簡単でしたので、二曲目も習っています」
え、クリスティーヌだけ二曲目を習っているの? いつ?
「え、レッスンの時間は同じはずじゃ」
「私、お姉さまが練習を終えた後も特別授業を受けてるんです。二曲目とどちらでコンクールに出るか決めかねていて」
「え、ずるい」
単純に思ったことを口に出した。私ももっと習いたかった。教えてくれてもいいじゃない。
「ずるいとはなんだ。アミシア、それはお前の才能がないからだろう」
「そんなあ」
私だけ特別授業があることを教えてくれなかったじゃない。
「アミシア。では弾いてみなさい」
「え、はい」
部屋の外で聞いていたくせにと思いながら弾き始める。
「駄目だな。心がこもっていない」
「心?」
「女の子はみな、女神さまに祈りを込めて演奏するものだ」
私にはよく分からなかった。この国ではみんな聖女になるために女神さまに祈りを捧げて演奏する。
「聞き苦しい演奏はやめるように。先生には悪いがレッスン代がもったいない」
そう言ってお父さまは私を書斎に閉じ込めた。
暗くて怖い書斎。
「お父さま! チャンスを下さい! 私、コンクールに出たいの!」
「そんなレベルでコンクールに出せるか!」
私はぐすぐす泣いた。だけど、しばらく書斎から出してもらえなかった。