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翌週にはチャリティに顔を出せるようになった。教会に魔族が入っても罰は当たらないようね。当然ね、今まで普通に入れたし。だけど、このごろ無償で提供していたパンの人気がなくなった。それどころか、近所のパン屋が「無料で配ってもらったら困る。こっちは商売なんだから」って怒り出した。クリスティーヌが何かしたわけではないけれど、教会で聖女ではない私が活躍できる場なんて、そうそう簡単にあるわけがなかったんだ。
そうねぇ。この際、パン屋はきっぱり諦めるわ。そそくさと帰宅して次の作戦に移る。
私なりにピアノの演奏会を開こうかしら。音楽家の仲間入りを果たして王宮で王子のためにピアノを弾くの。いい考えじゃない? 発表会はこの前終わったばかりだけど、先生主催の発表会じゃなくても私個人でできるはず。ガンガン弾いちゃおっ!
「お、これはアミシアさま」
屋外に馬車が止まった気配はなかったのに、突然の騎士ミレー来訪だった。
「ミレーさま? どうしてここに」
「ピアノの音色につられて来ました」
「本当かしら」
そんなことある? もしかして教会から私をつけてきたとか。今日は教会に王子は来なかったし、ミレーさま一人で私に用がある?
「警戒なさらないで下さいよ。アミシアさまの聡明で人を見抜く目には敵いません。実は、王子から手紙を預かってきました」
ほらね。私に用事なんかないのよ。手紙を受け取ると、何故かミレーさまは照れている。勝手に照れていなさいよ。あんたはもうクリスティーヌと婚約したんだから。もしかして、私に少しは気があった? 今頃私のいいところに気がついた? 遅いのよ。でもまあ、クリスティーヌの歌声を聞かずに、私にわざわざ手紙を届けてくれただけ感謝しないとね。今頃クリスティーヌが教会内で怒ってるわよ。
王子の手紙に目を落とす。
『ラ・トゥール伯爵家アミシアお嬢様。
教会のお勤めいつも頑張っておられますね。最近、お嬢さまの体調不良の話をミレーから聞き及びました。お大事になさってください』
一体どこから私の体調不良の話が流出してるのよ。クリスティーヌ本人かしら。ミレーを完全に丸め込んだと思って吹聴して、それが王子の耳に入る? とか。王子はそれから女性関係のあれこれを書き連ねていた。
ちょっと面白いことに、『本当はこんなことしたくないし、書きたくないんです』とか前置きがしてある。
『聖女の歌声は申し分ないのですが、私には少々退屈で』
本当? クリスティーヌは王子の趣味じゃないらしいわね。でも、どうしてそのことを私に手紙で伝えるの。
『アミシアさまと私は同じ匂いがします』
匂いってなに???
どういうこと。普段「私」とか話さないくせに。これ、本当にリュカ王子の手紙かしら。
『私は大勢の女性たちの憧れの的、英雄を演じなくてはなりません。戦場で戦果を挙げたこともありますが、そのほとんどは騎士ミレーという彼の存在があってこそ。私は、本当は誇らしい人間ではありません。自分には英雄という仮面が必要で常にそれを被り、ときに仮面に飲み込まれる気がするのです。この感覚、アミシアお嬢さまも覚えがありませんか?
私はアミシアお嬢さまが世間で評判どおりの悪女ではないと思っております。
話題は変わりますが、私は交流のある騎士と貴族で舞踏会を催します。お嬢さまもぜひ参加して頂ければ嬉しく思います』
へぇ。王子も仮面を被るのねえ。どこからどう見てもドS王子だけど。
ギロチンにかけて「執行せよ」って、あんたが言ったこと忘れないんだから!
手紙をくしゃくしゃに丸めて捨ててやろうかと思った。だけど、そうしなかった。再度読み返して、クリスティーヌの歌声を批判しているところが気に入った。王子は遊び人だけど、聖女の歌声が退屈ってよっぽどね。




