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一刻も早くルビーの首飾りを取り戻さないと。クリスティーヌが巻き戻りの力に気づく前に、必ず。
クリスティーヌではなく、私が直接受け取った首飾りよ。
お母さまの化粧台の鏡に自分の姿が映った。
ゾクッ。
一瞬だけど、自分の顔が性悪女になっていた。いや、悪女なのは元々だからかまわないんだけど、今のは明らかに悪いオーラが出ていた。まるで魔族。やっぱり、私もクリスティーヌと同じ魔族なのね。いや、こう考えよう。お母さまと同じ魔族になるのよ。良い魔族に。だけど、どうしてクリスティーヌみたいな悪い魔族と同じじゃないって言いきれるの?
自分でもおかしいって分かってる。私は魔族の血を引いていて、魔力にも目覚めた。このまま聖女になってみんなに気に入ってもらえるようになれる? お父さまが少し寛大になっただけで、これから先も私のことを大切にしてくれるとは限らないでしょ?
クリスティーヌに至っては、私を排除したくて仕方がないのよ。私が魔族だって周りが知ったら、それこそ誰も味方してくれなくなるかもしれない。涙ぐむと、この部屋をこっそり覗き見している侍女コラリーと鏡越しに目が合った。お父さまには誰にも見せるなと言っていたこの場所を見られた!
「コラリー! そこでなにしてるの?」
ついかっとなってしまう。自分が自分じゃないみたい。
「お嬢様がいつか気づいてしまう日が来るのではないかと思いました」
「コラリー。……あなた知ってたの? 私が魔族の血筋であることを。知ってて今まで仕えてくれていたの?」
突然のことに驚きを隠せない。私、頭に角とか尻尾とか生えてないかしら。怖い。お母さまの血筋であることは嬉しいけれど、人からどう思われるのかと思うととても怖い。
「もちろんですアミシア様。私は亡きあなたの母、伯爵夫人が心の広く美しい魔族であると存じております」
おっかなびっくりして、言葉を失った。
「嬉しいけど。どうして今まで教えてくれなかったの?」
「伯爵さまに口止めされていました。もう伯爵夫人を知る従者も私以外にいませんので、私への監視はまあ、それはそれは厳しいものでした。なので、フレデリック伯爵さまがアミシアさまにこの部屋への入室を許可したことが、まだ少し信じられません」
なるほどね。お父さまは今も警戒してるんだ。お母さまが魔族だと知る者は少ない方がいいものね。
「伯爵さまがこの部屋を開いたということは、アミシア。あなたが何事にも動じない強さを身に着けたと、伯爵は判断したということでしょう」
「コラリー」
今度は嬉しくて目元に涙が溜まってきた。コラリーが私の正体を知りながら教えてくれなかったことは別にいいの。それよりも黙って私のことを見守ってくれていたことが嬉しい。コラリーが味方なら心強い! クリスティーヌも恐れることはないわ。こうなったら、魔族でもなんでもなってやる。尻尾も出しちゃおう。テヘペロッ! って、違うわ。聖女になるのよ。魔族のクリスティーヌが偽りの聖女を演じているんだから、私だって魔族聖女を目指してやるわ。
お父さまにも感謝しなくちゃ。私自身が魔族であることにショックを受けないように私が成長するまで、ここを開かずの間にしてくれていたのよね? もちろん、お母さまそのものを隠す必要もあったんでしょうけど。
お母さまの部屋に別れを告げる。もう入ることはないだろう。開かずの間に戻るだけ。だけど、お母さまの顔は心に留めたわ。それに、お母さまの手記ならいつでも書斎に取りにいくことができる。それに、お母さまのことをよく知るコラリーも傍にいてくれて、心強い。
もう、怖いものなんか何もない! あれ? でも教会の集会には魔族は入れるのかしら? 明日集会の日よ。というより、入っていいの? いいわよね。悪魔じゃないんだし。女神さまも許してくれるでしょ?




