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柳眉の下に薄い水色の瞳が問いかけてくるような眼差し。どうして不安なのと? お母さまのそのお顔が私を不安にさせるの。私の瞳を見てよ。この青色はどちらかというとお父さまの目の色でしょ。それに髪も見てよ。黒髪もお父さまのものよ。
お母さまとの記憶はほとんどない。きっと、お父さまと悲惨な別れ方をしたってことぐらいしか心当たりはない。どうして亡くなったの? 誰も召使いたちはお母さまの話をしない。触れてはいけないタブーのように。
クリスティーヌに至っても、そう。孤児院から引き取られたクリスティーヌについて誰もその出自を知らない。お父さまただ一人がお母さまと瓜二つだと主張して連れてきた。お父さまの妄念とも一時は誰もが思っていたけれど、誰も口出しできず、そのままクリスティーヌはラ・トゥール家にやってきた。でも、今なら分かる。
これじゃあまるで本当に血の繋がった家族。
クリスティーヌと私は血が繋がっていないはず。ということは、お母さまと私は血が繋がっていない? お母さまはクリスティーヌと同じ魔族?
めまいがする。一日に二度倒れるわけにはいかない。力が抜けて座り込んでしまう。
そ、それじゃあ私は? 私も魔族だったりするの? 嫌。私を処刑したクリスティーヌと私が本物の姉妹だったなんて嫌! 認められるはずがない。もう一つの可能性として、血が繋がっていないとなると、私はお母さまとも血が繋がっていないことになる。何を信じればいいか分からない! お母さまのルビーの首飾りが私の時間を巻き戻して救ってくれたはずなのに。
涙が溢れる。お母さまの顔が霞む。
でも、不思議ね。涙を浮かべてみると、お母さまの安らかな微笑みはほんものの聖女みたいで、悪意を感じられない。
そうだ、持ってきた赤い本を読もう。ここにルビーの首飾りのことが書かれている。何か手掛かりがつかめるかもしれない。
「嘘? 文字が全部消えてる」
さっきまでルビーの首飾りの絵が描かれていたのに。
「もしかして、魔法がかかってる?」
そうよ、これにルビーの首飾りの秘密が載っているなら、お父さまがそのことを知らないはずはないもの。お父さまには魔力がない。私だから読めたとは考えられないかしら。まだ、私も魔法の扱いに不慣れだから、本を読めるようにする何かがあるはず。書斎でのことを思い出さないと。
「確か、さっきは。西日が差してたのよね」
光かしら? 蠟燭の火をかざす。少し黄色い染みができる。危ない。焼けちゃう。どうせ焼けるなら自分の魔力でやろうと、手のひらから小さな火を出す。
簡単に文字が浮かび上がった。冗談みたいに絵も浮かんでくる。
「やっぱり、魔力がないと読めないんだ!」
心躍らせながらルビーの首飾りの項目を読む。使い方が二つも明記されている。
『日食の日、時を戻す』
『大いなる魔族が押し寄せたとき、真価を発揮する』
「私が処刑された日。確か、日食だった! やっぱり、お母さまがお守りして下さったんだわ!」
お母さまの形見ですもの。お母さまがクリスティーヌの実の母親でも関係ない。あの首飾りだけは私がもらったものなんだもの。お母さまと一緒に走って……。
走って? あの悪夢、ただの夢じゃなかったの? ときどき見るお母さまといっしょに走っている夢。何から逃げているの? それに、あの夢に欠けている違和感。そうよ、クリスティーヌよ。もし私とお母さまが何かに追われて逃げているとしたら、そのときクリスティーヌはどこにいたの? 孤児として彷徨っていた? お母さまがクリスティーヌを捨てるなんて、そんなことをするかしら。
それに、『大いなる魔族が押し寄せたとき、真価を発揮する』というのは何のことだろう?
なんにしろ、ルビーの首飾りを取り返さなくちゃ。クリスティーヌはこの事実をまだ知らないはず。使い方も知らないで夜に練習してるのよね、あの子。夜は魔力が満ちる時刻だと聞くし、夜に身に着けると魔力が増す、ぐらいにしか思ってないのかもしれないわね。まあ、それでも十分脅威だけど。
最後までページをめくると、後ろの方にお母さまの手記が記されていた。
 




