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数日後の夕食どきのこと。
「ミレーさまも事業に協力して下さるのよ」と、クリスティーヌが息巻いていた。私はそれまで話半分に聞き、喉にムニエルを運んでいただけだった。
ここ数日、お父さまが浮かない顔で私と同じように食事するのを見てきた。だけど、私と目が合うとときどきほっとしたような顔で微笑んでくれるのが、なんだか嬉しい。でも、お互いに会話が弾まなくて困ってしまうので仕方がなく咀嚼に勤しむことになるんだけど。
「ちょっと、お父さま聞いてます?」
クリスティーヌがカリカリと怒るのが面白い。
「街道に建てる祠の建立がはじまったんですよ。お父さまの事業なのに、あの国家騎士団のミレーさまが協力して下さるということは、リュカ王子さまもお認めになったということですよ」
そう誇らしげに言われてもね。だけど、王子も街道整備には前向きな考えらしい。気になるのは祠。クリスティーヌが女神さまを崇拝しているのは見せかけだけだもの。お金をかけてまでやる必要はない。だから王子から出資させるの? クリスティーヌは国を赤字にさせたいのかもしれないわね。それだけで済めばいいんだけど。お父さまはなんでもクリスティーヌの言いなりだから。
「お父さま、今後の工事資金の見直しをお願いしたいとミレーさまがおっしゃってました。祠に飾る像に宝石を埋め込む案があって」
「ちょっとクリスティーヌ、やりすぎじゃないかしら。街道でしょ? 家の中ならともかく、公共の場で宝石を埋め込んだ像を飾るなんて。盗んで下さいって言ってるようなものよ」
私の指摘に真っ先に反応したのはお父さま。
「やめてくれアミシア。今は好きにさせてやってくれないか」
もう、お父さま。事業の話のときぐらいしっかりしてよ。クリスティーヌもお父さまが情緒不安定になっているのを知って、夕食のときに仕掛けてきてるのよ。ああ、それもこれも私の魔力開化のせいよね。お父さま、自分の正義を見失ってる。クリスティーヌにはもう新しい侍女が数人ついてる。前より人数は大幅に減ったけどね。
お父さまはほとんど何も口にせずに席を立った。私もつられるようにして席を立つ。食欲はあるんだけど、お父さまの後をこっそりつけるの。
お父さまの足取りは雲の上を歩いているように見える。クリスティーヌがお父さまに何かしたとまでは思わないけれど、元気がないのは確か。そして、決まってあの開かずの間を無言で見つめるのよ。あのお母さまの部屋。でも、踵を返して自室に引き上げていくの。
私もそれにならって開かずの間のドアノブの前に立ってみる。すると、おかしなことに気づいた。ドアノブや扉がきれいに磨かれている。埃の一つも見当たらない。もしかして、最近お父さま、この部屋に入ってたりするのかしら? これはチャンスかもしれない。そう思って、深夜こっそり張り込んでみた。
お父さまがひょっこり開かずの間の前に姿を見せたのは、真夜中を過ぎてからだった。廊下の窓から差し込む月明かりの中、蝋燭の炎が亡霊のように浮かび上がる。神妙な面持ちのお父さまの顔を下から照らしてちょっと怖い。
お父さまの手には鍵が握られている。遠くてよく見えない。でも、間違いない。母さまの部屋に入るのね。大きな扉に鍵が差し込まれても、さして大きな音は鳴らない。
人がかろうじて入ることができるくらいに開かれる。細い暗闇が顔を出す。中に吸い込まれていくお父さまの後ろ姿は、小さく感じられた。ばたりと締まる扉が、もう二度と開かないのではないかと予感させる。私は駆けよって聞き耳を立てる。ほんとうは覗いてみたいんだけど、そうしなかったのはすすり泣きが聞こえたから……。
お父さま――寂しいのね。だけど、私はその部屋に入れてくれないのね。いっしょに泣きたい。それは許してくれないんでしょう? どうしてなの?
何度も中を覗きたい衝動に駆られた。今なら鍵は開いている。だけど、私が中を見ることができるのだとしたら、お父さまにちゃんと許可を頂けたときにしたい。お父さまの嗚咽を聞いて思ったの。お父さまが私と共有してもいいと思えたときに、私も中に入れてくれた方が、私も幸せだもの。




