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教会の集会が終わるまでとても長く感じた。私が一つ聖なる書を暗唱したからといって、なにかが今すぐ変わるわけでもない。分かっているわ。これから、あのギロチンにかけられる未来を歩まないように、細心の注意を払いながら進んでいくの。ただ、それだけよ。簡単なことよ。
帰りの馬車に乗ると、私の隣に座った侍女のコラリーが興奮した様子で言った。
「アミシアさまの先ほどのお祈りは素晴らしかったですね。私、ちゃんと見ていましたよ。いつの間に聖なる書を暗唱できるようになっていたんですか?」
コラリーは栗色の髪にメガネをかけている私の直属の侍女。
「え、それはまあ。昨日、寝る前に練習したのよ」
まあ、本当はできる子だったのよ、私。でも、そうしなかったのは本当に意地というかなんていうか。私だって人前でやろうと思えばできたわ。だけど、義妹のクリスティーヌが聖女になってからは、私がやっとのことで覚えたお祈りの言葉も、誰も喜んでくれなかった。
どこに行ってもちやほやされるのは妹の聖女様であるクリスティーヌ。誉めそやす面々は、王子さま、騎士さま、それからお父さまでしょ? ああ、もう、考えるのやめましょ。もう知らないんだから!
私が成し遂げたことに価値なんて誰にも認めてもらえないんだから……。
あれ、そういえば。私の首飾りはどこにあるの? 首につけているのは別の首飾り。これは以前、大金をはたいて買ったダイヤモンドだし。どこに行ったのかしら。
ルビーの首飾りが私を助けてくれた。にわかには信じられない。だけど、こうして生き返ることができたのはあの首飾りのおかげ。死ぬ直後に光ったんだから間違いないわ。正確には時が戻ったのが正しいのかしら?
どうしてもっと大切にしなかったの。いいえ、ルビーの首飾りを大切にすることもお父さまに禁止されていたのよ! そうよ。それで、ちょっとストレスで高いネックレスを買って気を紛らわせていただけ。
(そんなもののために、カトリーヌはな! 命を落としたんだぞ! 二度と母さんの形見だなんて言うな!)
お父さまの怒鳴り声が脳内で木霊する。嫌な思い出。思い出したくはなかったわ。お父さまが私を嫌いになった原因もあの首飾りが原因だった気がする。お母さまが亡くなってお父さまも寂しいはずなのに。どうして私にばかり八つ当たりするのよ。
あの首飾りがあったから、私は二度目の人生を歩むことができるのよね……? そうでしょうお母さま?
お母さまの顔は覚えていない。頭の隅々まで記憶に手を伸ばしてみたけれど、全然駄目。お母さまも私と同じ黒髪だったらいいな。だけど、私はお母さまではなくお父さまに似ている……。
お母さまも聖女になろうとしたのかな? 女の子はみんな女神さまに憧れる。クリスティーヌには聖女の座を取られたけど。魔法さえあれば……私にだってまだチャンスはあるはず。
うん。まだ、いけるわ。聖女になる条件は二つだけだもの。それで、手の甲に聖女の証が体現できればそれでいい。まだ、逆転できるチャンスは絶対にある。
必ずクリスティーヌを聖女の座から引きずり下ろしてやるんだから!




