36
ミレーさまに何度もキスをしてもらうなんて、おこがましいわ。
「アミシアさま」
言うなり、ミレーさまは私に覆いかぶさるようにして見降ろしてきた。高身長でちょっと怖い。
「手の甲ではなく正式なキスをしましょう?」
へ? 待って待って、唇にってこと?
「僕もアミシアさまのような自分の意見をはっきりと言える女性に、聖女という役割を担っていただけるのであれば、誇りに思います」
そうして私の頬に手を添える。
「ミ、ミレーさま……」
やだ、こういうの、はじめてだから緊張する。いざってときには私、弱いのかもしれない。恐々と目を閉じる。長い。吐息が頬をかすめた気がする。
温かい唇。気恥ずかしくなる。逃げ出したくなるような。だけど、溶けるような柔らかさに鼓動が高鳴る。自分の耳に届くぐらい。これじゃあ、屋敷中に聞かれる。そう思って私は飛びのきそうになったけれど、そのタイミングでミレーさまはそっと私から離れた。長いまつげの下に隠れた緑の瞳が輝いて見える。この人の目……すごくきれい。
「どうですかアミシアさま?」
最後まで私たちのやり取りを見ていた侍女たちが黄色い声を上げるので、答えに困って耳が真っ赤になるのが自分でも分かる。
「証は現れていませんね」
落胆はしなかった。雲の上にいるような感覚だった。
「気を落とさないで下さいね。アミシアお嬢さま。僕は聖女ではないあなたも、とても尊敬しています。そうだ、魔力が目覚めたばかりなので、せっかくですから魔法がどの程度扱えるのか試してみてはどうですか?」
ミレーに促されるまま、二人で庭へ出た。
「アミシアさまの魔力は赤色なんですね」
庭で私の手を取りミレーが微笑む。
「魔力の色は何か関係があるんですか?」
「情熱を現わしているようでお美しいです。なんでも、赤色の魔力はけた外れの破壊力を持つと聞きます」
そうなんだ。ちょっと物騒ね。回復魔法とかの方が聖女っぽくていいなと思っていたんだけれど。まあ、クリスティーヌと同じ魔法を習得したところで、あの子の方が上なのは確か。だけど、破壊力って、侵略するんじゃあるまいしどこでそんな力を発揮すればいいのよ。貴族社会で破壊魔法なんて役に立たないじゃない。
「火を出してみてください。アミシアさまは、きっと炎の魔法が得意なはずです」
「そうかしら」
手のひらを空に向ける。じんわり手が熱くなる。
「そのままゆっくり」
ボブアボゥオオゥゥゥゥ!
庭のベンチが燃えてしまった。危ない! なんとかして消さないと。ミレーさまが自身のマントで叩いて火を消し止めてくれた。
「ご、ごめんなさい! こんなつもりじゃ」
「これはすごい魔法ですねアミシアさま! 戦闘部隊でもこれほどの炎を習得するのに一年はかかりますよ」
「え、そうなの?」
「アミシアさまも戦場で戦って下されば百人力ですね!」
「そ、それは困ります!」思わず声が上ずる。
「冗談ですよー」




