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「ッミ、ミレー……さま、ありがとうございます」
クリスティーヌがショックで噛んじゃったわ。まあ、かわいいこぶりっこをする十四歳という年齢じゃ、ぬいぐるみで遊んでいると思われてもおかしくないわよね。ふふふふふふ。
でも、私もくまのぬいぐるみをプレゼントされたのよね……。
さっき、手の甲にキスされたとき、ちょっと嬉しかったんだけどな。そのことを思い出すと、再び手が熱くなった。やだ、手の内側から赤く光って、ああっ! 炎が上がった。
「きゃああ!」
身体から引き離すように手を扇いだ。
あれ?
温かいだけで火傷するような熱さじゃない。それに炎はすぐに消え、赤い光が灯っているだけ。これって、もしかして。
「……アミシア」
お父さまがうつむいている。何か不味いことでも起きているのかしら。お父さまが切歯扼腕するところなんて見たくないわよ。
顔を上げたお父さまの目に溜め涙。どうして? 何がお父さまを揺さぶったというの?
「美しい。それに――」
言い淀むお父さま。その言葉尻は息継ぎを要して苦しそうに見えた。そして、観念したかのように肩の力を抜いて私に笑いかけた。
「懐かしいよ」
その笑顔は、少年のあどけなさがあった。こんなお父さま、今まで一度も見たことがない。
「もっとよく見せてくれないか?」
クリスティーヌが青ざめている中、お父さまが私の手を取り、ミレーさまも感嘆の声を上げる。
「おお、アミシアさま! 魔力を得られたのですね! もう一度キスしますか?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいミレーさま。私も、なにがなんだか」
自覚のない不思議な力に私は歓喜しそうになるのを必死でこらえた。とうとうこの日が来た。だけど、同時に不安も募った。体内のどこかしらから湧き出る力。私に制御できるのかしら? 行き場のない魔力が爆発しそう。魔法使いはみな、魔力を苦もなく人やものに向けて行使できるの? とても恐ろしいことだわ。クリスティーヌはこれと同じ、いいえ、これよりすごい魔力を持っているのよね?
怖がる私の手をお父さまが取る。
「ひゃっ」
手のひらから火花が散る。驚いてクリスティーヌがその場で飛び上がったが、お父さまは臆することもなく私の手を握り続ける。
「母さんにそっくりだ。でも、屋内ではやめておきなさい」
そう言ってくれて嬉しい。私の中にお母さまを見たのね。私は十五になるまで一度も、お母さまに似ていると言われたことがなかったから。
「はい。そうします」
お父さまは咳ばらいをして、クリスティーヌのくまのぬいぐるみ運びを見に行った。
「アミシアさま、良かったですね」
ミレーの賛辞で私もちょっと照れてしまう。
「はい。ミレーさまのおかげです」
「もう一度キスしますか?」
「一日に何度もするのはちょっと。なんて言えばいいのかしら……」
「アミシアさまには、その魔力で善なる働きをしてもらいたい!」
「当然です。慈善活動に活かせるかは分かりませんが、必ず何かの役に立てるつもりです」
ほんとに、キス魔って言われても仕方がないと思うわ。キスするのがこの人の仕事だとしても。でも、おかげで魔力が目覚めたのも事実。聖女になる資格は手に入れた。
この人にもう一度キスをしてもらうべきかしら?
ミレーが私をまじまじと見降ろしてくる。顔にキスしましょうって書いてある。やだ、恥ずかしいわ。
私はたじたじになった自分を叱る。
(なに照れてるのよ!)




