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それから数日、屋敷の使用人たちの間で私の悪評が再燃した。
「やっぱり、アミシアお嬢さまは恐ろしい。ドレスを汚す粗相をしただけだろう? その侍女は?」
と、廊下ですれ違ったお父さまの召使いが歯茎を見せて笑っている。
下品な笑いで口外しないといけないこと? 大した鉄面皮ね。まあ、悪評の一つや二つ怖くなんかないわ。だって、毎夜フルールの報告が楽しみで胸が躍って仕方がないんですもの。
「夜遅くまでごめんなさいね。入って」
私の部屋にフルールを招き入れる。クリスティーヌの侍女となった彼女は、大事にされているとは言えなかった。クリスティーヌの表の顔は優しい聖女さまだけど、部屋の中では侍女にあれこれ命令口調で指示しているんだとか。
当然、元私の侍女ともなればいじめに近い扱いを受けるらしい。同じところを何度も掃除させられるとか。フルールが大理石の床を磨いたときには、床が綺麗になったとたん、紅茶をこぼされたり。クリスティーヌにやられるときもあれば、クリスティーヌ専属の侍女に食器を割られて再度掃除をさせられたり。
ただ、私の見込んだとおり、フルールは苦もなく文句も言わずに従事することをやり遂げてくれている。だから、ねぎらってあげないと。
「お給料は倍に出しておくわね」
「いけませんアミシアさま。私はクリスティーヌさまからも給与が与えられることになっています」
「もらえるものはもらっておきなさい。あっちは、あなたをいつ首にするか分かったものじゃないわよ。それに、深夜まで頑張ってもらってるからね。寝泊まりできる宿も手配したわ。屋敷内だと、不審がられるといけないから、そこだけはごめんなさいね」
「いえ。謝らないで下さい。感謝してもしきれないのは、私の方ですから。それより今日のクリスティーヌさまの様子をご報告いたします。本日は武器屋へ行かれました」
「騎士ミレーさまに何か買ったのかしら?」
「そうですアミシアさま。とても高価な剣を購入してらっしゃいました。柄にダイヤが十個も埋められていました」
「その剣についてもう少し詳しく知りたいわ」
「武器屋も、一番高価な品としか言ってませんでした」
「できれば、あなたがこっそり武器屋に再訪してどういった特徴のものか聞いてきてちょうだい」
「分かりました」
大きく不審な点はなかったけれど念のためね。
「クリスティーヌの出かけたときの装飾品はどう?」
「真珠の耳飾り、ダイヤの首飾り、銀のブレスレットでした」
ルビーの首飾りを身に着ける日は一向に来ないわね。
「それから、フレデリック伯爵さまに誘われて、夕食前に散歩に出かけたときのことなんですが」
お父さまがクリスティーヌだけを呼び出してあれこれ今後の展望を語ったり、クリスティーヌを褒めちぎるのは珍しいことではない。
「伯爵さまが二人になりたいと私たち使用人を引き離して、クリスティーヌさまになにか耳打ちしておりました」