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日が暮れた遅い時刻に、クリスティーヌは屋敷に帰宅した。彼女は白い頬を紅潮させ、喜び勇んだ早足で玄関に入ってくる。屋敷の者に騎士ミレーと楽しい出来事があったのだと予感させた。
「遅かったな。心配したぞ」
お父さまは夕食を二時間も遅らせてクリスティーヌを待った。私も待たされていっしょに食事するよう強要されたのは想定内。
お父さまは私にも同じことを言わせたいんでしょう? 「遅くて心配したわよ、クリスティーヌ」って。そうすればお父さまは心痛の面持ちで「お前の帰りをみんなが待っていた」と、家族団らんを演出することができるもの。
お父さまの無言の圧力に反抗して、無言でクリスティーヌを見やる。クリスティーヌの薄緑のドレスは新品同様に見えた。騎士ミレーさまに買ってもらったのね。
「待たせてしまいましたね、お父さま。お姉さまも」
私に天使のような顔で微笑むクリスティーヌ。
「せっかくだからミレーさまと夕食もご一緒したらよかったのに」
私は懇意で伝えるのならこの台詞かなと、真心を込めて微笑みで返した。すると、お父さまが怪訝そうな顔をする。
「これ、アミシア。クリスティーヌは未成年だから早く帰ってきたんじゃないか。ミレー殿のご厚意があったに違いない」
まあ、なんでも褒めてあげれば? とりあえず自然ななりゆきでクリスティーヌといっしょにディナーができるのだから、私としては文句はない。
クリスティーヌが屋内用ドレスに着替えてきたところで、いよいよコース料理の配膳がはじまる。
お父さまとクリスティーヌは運ばれてきた前菜を咀嚼し、騎士ミレーの英雄譚に花を咲かせている。
「ミレーさまは、一人で狼の魔物を五体も退治したことがあるんだそうですよ」
「それはすごいな。ミレー殿は剣を使わずともその膂力で魔犬程度なら倒せるという噂は本当だったようだ」
「とてもミレーさまの柔和な笑みからは想像がつきません。私、ミレーさまの勇気ある行動に感動し、是非その剣さばきを見たいとお願いしたんです。そうしたら今度、魔物討伐の折には私も見学させてもらえることになりました」
「ん? それは危険ではないのか? お前に何かあったら……私は」
「聖女はどんな魔物でも撃退できるようにならないといけないので」
クリスティーヌがミレーに接近したのは、リュカ王子と謁見するためだけじゃないようね。魔物と繋がりを持つためだとしたら、今後は魔物の動きにも注意しないといけない。特にミレーはこの国の最高戦力を担う騎士。
私がギロチンにかけられたときには、王国騎士団は聖女クリスティーヌの犬になってた。ミレーさま、がたいはいいのに頭は弱いから……。とにかく二人の動向からは目が離せないわ。
コース料理の前菜が終わり、パンとスープが運ばれてくる。
やっと来たわね、コラリーとフルールが。ミレーさまの武勇伝にも飽きてきたところだし――このくだらないラ・トゥール家だけの晩餐会をぶち壊しましょ?




