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「どうですかアミシアお嬢さま」
うーん。どうって言われても。手の甲とはいえ、キスされたらちょっと嬉しいけれど。
「答えて下さい」
「なにも。変化はありませんね」
クリスティーヌの目の前で喜んだりしたら、後でなにされるか分かったものじゃないから、あいまいなリアクションをしときましょ。事実、変化がなくて多少の落胆はしてる。魔力なんてすぐ宿るものでもないのに、もし魔力があればなんて考えちゃう。あーあー、屋敷で美味しいものを食べ続けたら、ある日突然魔力が開化するなんて奇跡起こらないかしらね?
「大変ですラ・トゥール伯爵さま!」
農場夫が走ってきた。ブドウ園の再興が一日でできるとは誰も思っていないけれど、血相を変えてどうしたのかしら。
「ま、ま、魔物がでました!」
「な、なに? 昼間だぞ!」
そ、そんな。森とかひとけのない街道なら分からなくもないけど。人里に出る頻度が上がってるのかしら。
「クリスティーヌ、それからアミシア。ここで隠れていなさい。すまないが、騎士ミレー殿。魔物退治をお願いし――」
「任せて下さい伯爵さま! この騎士ディオン・ミレー。魔物と刺し違えてもブドウ園をお守りいたします!」
「頼もしいな!」
「あのー、口出しするようで申し訳ないですが、敵はゴブリンなので命がけで戦っていただかなくてもいいかと」と、農場夫。
するとミレーが、「馬鹿を言っちゃいけない! 敵がどんな小動物であろうと命を賭す!」
ミレーって大げさな人ね。お父さまを置いて一人でブドウ園に飛び出して行ったわ。ゴブリンぐらい楽勝なんでしょうけど。クリスティーヌが後を追っていく。まずい、なにかする気じゃないわよね。私もクリスティーヌが悪さをしないように見張らなきゃ。私たちも飛び出てくるのでお父さまが面食らった顔をする。
「クリスティーヌ。お前も来るのか? アミシア! クリスティーヌに怪我があってはならん。連れ戻して大人しくしていなさい!」
どうして私が怒られないといけないのよ。指示も聞かずに飛び出したのはクリスティーヌでしょうが。
私たちがブドウ園の端に到着すると、さっきとは別のところが荒らされていた。醜いゴブリンが数匹いる。身長は成人男性と同じぐらい。はっきり言って大きい。もっとこじんまりしているものを想像していた。腰布だけを巻いた貧弱な身なりだが、赤黒い皮膚の下には発達した筋肉が埋まっている。手には金棒。武器を調達するってことは、けっこうな知性があるのかもしれないわね。今までこんなゴブリンいたかしら。
金棒が土にめり込む音がする。ミレーはすでに交戦中で、金棒をさらりと風のようにかわしたのだ。すでに彼の足元には二体のゴブリンの死体が転がっている。
「この程度なのか」
ミレーの剣が太陽を反射する。
一閃。剣はゴブリンの喉を突き刺し脳天へ抜ける。まだ二体いる。剣を引き抜くために膝をついたゴブリンの胴を足蹴にする。さわやかな笑顔と残虐な行為のギャップがすごい。
「ブドウには指一本触れさせないっ! 命に代えても!」
使命感漂いすぎ!
「あ、危ないミレーさま!」
後ろからゴブリンが金棒を振り下ろす。
「どきなさいお姉さま」
クリスティーヌが私を邪魔だと言わんばかりに突き飛ばした。痛っ。ふざけないでよ!
前に躍り出た彼女は両手を広げると、青く光る魔法の弾を放つ。ゴブリンに命中したそれは、ゴブリンを数メートル吹き飛ばした。灰になって消えていく。
嘘。そんな技を使えたの? 回復魔法しか使えないはずじゃ。もしかして今まで隠していたの?
「キャア」
すきを突かれたクリスティーヌが組み伏せられた。でも痛がっているようには見えない。な、なによそれ。女には手加減? それとも、クリスティーヌだから? これは、間違いなく茶番ね。
クリスティーヌが殺し損ねた一匹を騎士ミレーが切り伏せる。
「この醜いけだものがああ!」
ゴブリンは恨めしそうな顔をして息絶えた。




