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「アミシアさまを教会でお見かけしまして」
「そうなのですか?」
記憶にないことを隠すつもりもないので愛想笑いしておく。教会に来る人たちってだいたいいつも同じだから、この人がいたら気づきそうなものだけど。先日、いつもと違ったのは、私がパンを配ったことと王子が来たこと。
「僕をご存じない? 王国騎士団の隊長をしております」
「え、王国の!」
ちょっと待ってよ。リュカ王子さまの騎士団の人が来たの? そこの隊長と言えば聖女を選定する任務を任されている人のはず。
「あ、クリスティーヌさま。お久しぶりですね」
「ミレーさまああ! 本当にミレーさまなの?」
クリスティーヌが私を突き飛ばして騎士ミレーに抱きついた。貴族としての作法もなにもあったものじゃない。だけど、お父さまは何も言わなかった。騎士ミレーも戸惑うばかりで私と話していたことを忘れてしまっている。
「あのときはありがとうございました! おかげで、私、聖女になることができました!」
「こ、この人がそうなのね」
「はい、お姉さまにもあの場で見て欲しかったんですよ」
私は聖女になる条件を二つとも満たしていない。
『魔力のある女性が騎士とキスをした瞬間に誕生する』
この国の古より続く言い伝え通り、魔力のある女性が前聖女の没後に宮殿に集められる。そして、王国騎士団隊長が一人ずつ女性の手の甲にキスをするのだそう。私はその時点で魔力がなかったから屋敷で留守番だったわ。
「あなたがクリスティーヌにキスをして、聖女の力を目覚めさせた人」
騎士ミレーは顔を赤らめる。
「そ、そんな言い方をされると照れますね。あ、あの日、僕は国中の女性百人ほどにキスをしたことで騎士団からも好色だの、色魔だの色々言われて困ってるんですよ」
そ、そんなに大勢の候補がいたのね。これには、お父さまもうんうん頷いている。この人数の中から聖女に選ばれたことは確かに誇るべきなのかもしれないけれど。
「あ、僕は今でも職務としてキスをしています。どうですかアミシアお嬢さまも?」
「は? 今するの?」
「今です」
「聖女はもうすでにいるのに?」
「聖女さまが一人だけとは決まっていませんので」
クリスティーヌが笑顔を作る。口元が引きつっている。ミレーって人厄介ね。ここでクリスティーヌの怒りを増幅させてどうするのよ。怒りの矛先は全部私に向かって来るんだから、やめてよね。
「私は魔力がないので」
「分かりませんよ。魔力がなかったのは、あの査定の日で、今日はあるかもしれないじゃないですか? 魔力があるのに自覚がなくて出席を控えた婦人方も多かったと聞きます」
「け、けっこうですよ」
「いやいや、ちょっとお手を拝借するだけです」
そう言うなり騎士ミレーは私の手を取る。やだ、温和な顔してけっこう乱暴。いや、本来は粗暴なのかもしれないわね。リュカ王子の率いる騎士団ですもの、柔和な笑みだけでやっていけるほどやわじゃないのよ、きっと。
クリスティーヌの見ている目の前で彼はやってのけた。ちょっと湿った唇が私の手の甲をくすぐる。こ、この人、だてに百人にキスしていないわね。自分もきっちり楽しんでキスしているわ。だけど、決して失礼ではない。キスに関してはね。




