4
キィィっと扉が音を立てたことで、チラリと視線を向ける。
しっかりとした木でできた扉は、少し動かすだけで音がする。
もうご飯?
それとも見回りの時間だったか。
でも、ノックがなかった……?
少しボーっとしていた自覚はあったが、拭えぬ僅かな違和感に、視線は自ずと訝しげになる。
少しの警戒心をもってそのまま凝視していると、部屋に1人の見知らぬ男が入ってきた。
「誰」
小さく、努めて冷静に尋ねる。
「そう警戒しなくていい」
男はそのまま何気ない感じで扉の横の壁に凭れる。
「俺はルキウス・クラウディウス・カルスだ。お前の名は?」
「……名前なんてない」
「なるほど。じゃあ、お前は今日からクラウディアだ」
「クラウディア?」
「ああ」
返事をしてから、自分がすんなりと受け入れてしまったことに驚いたが、それ以上に嬉しさを感じていた。
罪の子として生まれた私は、今まで自分自身を指し示す固有名詞を有していなかった。
その事実は私という存在をひどく曖昧にした。
自分は何者なのか。その答えさえ持ち合わせていなかったのだから……。
だからだろうか。
敵か味方かさえもわからない。
今しがた初めて会った人に名前を与えられて、すんなりと受け入れてしまうのは。
わからない……。
ただ、嬉しかったのだ。
何故か、なんてそんな些細なことなど気にならないくらいには。
……少し冷静になり、改めて男を観察してみる。
目が冴えるような真っ赤な髪。少し長めのそれはどことなく硬質そう。
肌は褐色で、体は程よく鍛えられているのが服の上からでもわかる。
キラキラと輝く琥珀色の目は、少しつり目なこともありとても意志が強そうだ。
そして僅かに笑みをたたえた口元は、どことなく意地悪な印象を受ける。
全体のパーツのバランスはとても良く、おまけに肌もとても綺麗。誰がどう見たって美丈夫というやつだ。
ルキウス・クラウディウス・カルス。
個人名・氏族名・家族名という3つの名前を持つのは、イルム王国の貴族だけ。
でもこの外見的特徴は……、どういうこと?
「不思議そうだな。お前の予想通り、俺はラーマ帝国の末裔だ。もっともラーマ帝国はとっくの昔に亡くなっちまってるがな。今はイルム王国だ」
「イルム?イルム王国はラーマ帝国が消える前からあったはずだけど」
「そうだな。まぁそれは今はいい。そんなことを悠長に説明している時間はないからな」
「そうね」
人の出入りはほぼないが、それでもいつ誰が来るかはわからないものだ。
「じゃあ俺はもう行くがお前も来るか?」
「え?」
「なんだ、まさかここにいたいのか?」
「いいえ。そうではないけど」
「はっ」
何が目的だろうか?
ルキウスはラーマ帝国の末裔。
まさか復讐?
確かに私はこの王家では罪の子とか言われて忌み嫌われているけど、ルキウスからしたら私も他の王族も一緒な気がするけど。
でも他の王族だと急に失踪したり死んだりしたらそれなりに大事になるけど、私ならきっとなんの問題もない。
予期せぬことにぐちゃぐちゃと考えを巡らした結果、よくわからなくなった。
「どうする?」
面白そうに窄められる目。
「連れて行って」
「わかった」
ここを出たらもしかしたら酷い目に遭うかもしれない。
けれど酷い目に遭わないかもしれないのだ。
ほんの僅かでも希望があるというのなら答えは簡単だった。
だってここには一縷の希望すらないのだから。




