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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死者の行進に誘われて

 『信忠公異世界戦記』の内容とは全く関係ありません。

 あとがきに『信忠公異世界戦記』について報告がありますので、最後までこの小説にお付き合い下さい。

 十三世紀末 神聖ローマ帝国(現:ドイツ連邦共和国) XXXXXの町


 人も家畜も寝静まった頃、どこからともなく笛の音が聞こえてきた。眠りを遮ぎられ腹が立ったのだろうか、一言文句を言おうと馬小屋で寝ていた青年が音の元を辿って行くと、笛を吹きながら夜の町を闊歩する“仮面”を着けた男と遭遇した。

 男が歩いている所が陰って見えにくかったのだろう。目を凝らして見ていると何かが列を成して男の後ろを追随しているのがわかった。笛の音に誘われたのか、列に加わっていくやつが多数いた。

 気になって列に並ぼうとしたが、睡魔には勝てなかったのだろう。笛の音に文句をつけず、そのまま来た道を帰ろうと回れ右をする。一瞬、笛吹き男と目が合ったきがした。

 気のせいだろうと思い右足を前に出した瞬間、先程よりも一層強い笛の音が聴こえてきた。

 まるでこの列に誘うような甘美な音色が……。


    ◇    ◇    ◇


 西暦二〇八四年六月二十五日 日本国 某県某市


 近頃、深夜〇時から二時くらいにかけて人々が誘拐される事件が多発している。被害者は六歳から十七歳の少年少女である。彼らの素行歴は至って普通であり、家庭内暴力や学校でのいじめの被害も確認されていないという話しらしい。しかし、彼らに唯一共通する点は誘拐された当日は自室で寝ていたことである。

 彼らの親は警察に被害届を出し捜索を一任し、警察は総力を挙げて事件の捜査を行っている…………というニュースを副音声として聴きながら、少年は両親からの説教という名の主音声を聞いていた。

 少年は今年で十八歳になるので、少年と呼称するより青年と言った方が正しいだろう。青年は受験生である。

 今、青年は家族と夕食をとりながら親の説教を受けていた。


「あんなテストの点数を取ってなにがしたいんだ!」

「『数学がわからん』って言ったから塾に入れてあげたのに赤点ばっかり取ってきて! ……いっそのこと零点を取ってくれたほうが清々しいわ」

「で、塾辞めるな? これ以上点数あげられないんだったら、塾に行ってお金を払うのがもったいない。我が家には湯水のように使えるほどのお金はないんだ。……返事をしなさい!」


 父親に怒鳴られて返事を求められたが、青年は返事をせず黙ったままだである。

 青年は今回の定期テストで理系教科のほとんどで赤点を取っていた。彼は元々文系教科が得意であり理系教科はからっきしであった。特に数学は“大”が付くほど嫌いであり、小学校の算数を学習しているときから算数のテストもあまり芳しくなく、中学高校の数学のテストに至っては目に当てられない点数を取っていた。

 過去に二回集団学習塾に通い、二年前からは個人指導塾に場所を変え数学の点数を上げるために学習を続けたが一向に点数は上がらず、最近は赤点を取り続けていた。

 両親の説教はまだまだ続く。


「あなたは『赤点ばっかり取ってない。ちゃんと点数を取った教科もある』って言いたいでしょうが……日本史、百点を取ったわよね。確かに百点を取るのは難しいから百点を取れたことは認めてあげるけど、平均点を見たら九十点ってなってるよね。て言うことは()()()点数が取れるテストだったてことよ。それだけ簡単だったてこと。そんなテストで『百点を取ったからちゃんとテストの点数を取った教科もある』と主張することはできないわ。……こんなことを言われてもまだ塾へ行きたいと言うのだったら、母さんたちを納得させれるプレゼンをして頂戴。もし納得させれることが出来たら塾に行かせてあげる。まぁ、全体に無理だけどね」

「今すぐ辞めてもいいだぞ、塾を。……喋れ! 何も言わないのだったら肯定と捉えるぞ! 今すぐ塾に行って『辞めます』って言って来い!」

「……明日プレゼンをするので少し待って下さい」

「ああ? なんで明日なんだ。今ここで言え、ここで。今すぐ!」

「あなた、少し待ってあげて。コイツが『プレゼンする』って言うんだから明日プレゼンさせたらいい。さぞかし母さんたちを納得させるプレゼンをするのでしょう。納得することはないけど」


 青年は茶碗に残っていた白米を一口で食べると、食器を片付けて自室に戻った。両親を納得させるプレゼンを考える為ではない。両親の説教から逃げる為である。

 青年は過去に何回かこの手の説教を受けていた。今までなら我慢していることが出来たが、今回の説教では精神になかなか堪えるものがあったのであろう。『プレゼンを考える』と嘘をついて逃げるほど気が滅入っていた。

 青年は一人で抱え込むことができなくなっていたのである。彼は自室に戻ると学校で仲良くしている親友四人に、今晩Dascordで通話する事を頼んだ。四人の親友は快く承諾すると通話を始めた。

 今、青年の精神は非常に衰弱している。今回の説教で両親は彼のほぼすべてを否定した。彼の好きな歴史学や将来なりたい歴史学者の職業も。

 しかし、青年は両親に対しての恨み言はない。むしろ彼自身を恨んでいる。何故なら両親の言っている事は正論であり、将来やりたい事があるのにそれに向かって努力してこなかった自分に非があるのがわかっているからだ。

 歴史学者になるには全教科を万遍なくできている事が良いと言われている。それがわかっているのに青年は嫌いだからと言って苦手教科を真面目に学習しなかった。『授業を真面目に受けていたら平均点くらいは筈だ』両親から言われたが、結局テストでは赤点を取っている。それは青年が真面目に授業を受けていない証左である。

 これ以外にも両親から説教されたときに言われた言葉の数々を思い出し、青年は自責の念に駆られ嫌気がさし、この世から消え去りたいとも考えていた。

 そのことも含め、青年は親友四人に語った。親友たちは青年が語ったことを一言一句洩らさずに聴き、ときには質問したりして青年の語りが終わるまで話しを聴き続けた。

 一通り話しが終わると親友たちは青年を慰めた。青年に同情する者。慈愛の籠もった温かい声を掛けてくれる者。現実を見つつも青年を諭してくれる者。多種多様に青年を慰めてくれた。青年はこの四人にとても感謝した。こんなにも親身になってくれる者たちを友として持てたことに。

 しかし青年の精神状態は非常に悪いままだった。何故なら親友たちに語る度に自責の念に駆られ自分に非しかないと強く思うようになっていたからである。青年は自分のすべてを否定しだした。

 青年を諭してくれた友が『青年だけに非がある訳ではない』と言ってくれたが、ネガティブな思考になっていた青年は「そんなことはない」と思っていた。

 彼らは日付が変わるまで話しを聴き、青年を励ましてくれた。

 青年が一応の落ち着きを取り戻したので、学校でまた話しを聴く約束をして通話を終了した。

 通話を終えた後、青年は風呂に入り身を清め、台所である物を持ち出しベッドに飛び込んだ。

 青年は今、言い寄れぬ孤独に打ち拉がれている。

 青年は親友たちと通話をしている際ネガティブな発言をし、自分を否定し続けていた。だが、親友たちの温もりのある言葉とスマホ越しではあるが、通話を通して彼らと繋がっていると言う感覚が青年の心に安心を与えていた。青年は親友たちに背中を支えてもらっていたのである。

 しかし、通話を終えると青年の背中を支えていた八本の腕が消え去り彼の心から安定が失われ、代わりに虚無と孤独の感情が与えられた。

 彼は非常に動揺し、恐れ、そして正常な判断力を失った。青年は少し残っていた思考力を自分の過去を振り返る事に使い、無限に続く自問自答を行った。これは彼のクセでもある。

 この自問自答のせいで青年はいよいよ以て自我を保つことが困難になった。まるで肺が裏返り、心臓が張り裂け、張り裂けた心臓から溢れ出た血とともに腸が口から出てくるような感覚に襲われ、自分を失っていた。

 暫くの間青年は苦しんでいたが、さすがに疲れたのであろう。彼はゆっくりと目を閉じた。青年が目を閉じて暫くすると遠くの方から笛の音が聞こえてきた。現在時刻、六月二十六日午前一時である。この時間帯に笛を吹くのは頭の狂った奴くらいだろう。青年は耳を塞いだ。

 しかし耳を塞いでも先程と同じ大きさの笛の音が、手を通り抜けて彼の鼓膜を震わせてくる。さすがにうるさくて腹が立ったのだろうか。青年はベッドから出ると音がする方へと向かった。

 家から数メートル離れた大通りに出ると西の方角から夜の町を行進してくる謎の集団と遭遇した。先頭には奇妙な仮面を着けた男が笛を吹きながら先導し、その後ろには年端もいかない少年少女たちが列をつくって歩いていた。中には青年より一つ下の子も歩いている。彼らの目は虚ろで生気を全く感じられなかった。まるで死者のパレードを見ているようであった。

 ふと、青年の脳裏にある童話がよぎった。

 一二八四年六月二十六日、ドイツ・ハーメルンの町でネズミを退治したのに町の人から報酬が払われず、その仕返しに子どもたち百三十人を連れ去った笛吹き男の話しを……。

 青年は改めて目の前でパレードを行っている者たちを見た。笛吹き男とその後ろを歩いている子どもたち、青年より一つ下の子の衣装は中世ヨーロッパの服に似ている。その後ろには近世、そのまた後ろには近代、そして現代の服を着ている子どもたちが行進している。

 青年は驚愕した。ハーメルンの笛吹き男の話しは童話として知られているが、八百年前実際に起こった未解決の失踪事件だ。彼らが生きている筈はないのだ。しかし今、青年の目の前で行進しているのは、八百年前からパレードを行っている笛吹き男の一団である。

 青年は恐怖し、来た道に向かって駆けようとした。彼が振り向く途中、笛吹き男と目が合った気がした。気のせいだろうと思い右足を前に出した瞬間、先程よりも一層強い笛の音が聴こえてきた。

 すると青年の体が軽くなった気がした。始めは腹の立つ音色だった。だが目の前のパレードを見た後には恐怖しか感じられない笛の音であった。しかし今は心を落ち着かせてくれる魔性の音に聴こえた。そして親友たちと通話していたときのあの心の安定感が戻ってきたのである。

 青年は食い入るように笛の音を聴いた。笛の音に合わせてリズムを取り始め、気づくと彼はパレードに向かって歩き出していた。

 周りを見ると青年と同じようにこのパレードを目指して歩いてくる者たちがたくさんいた。誰もが安堵した顔をしている。おそらく青年も同じ顔をしているのであろう。

 青年はパレードに加わった。笛吹き男が言った。


「ご機嫌よう幸薄き子どもたちよ。来る者を拒まないが去る者決して許さない。死者の行進(パレード)へようこそ。」



    ◇    ◇    ◇


 西暦一二八四年六月二十六日 神聖ローマ帝国 ハーメルンの町


 青年は甘美な魔性の笛の音の力に抗えなかった。何故なら青年の将来に希望がなかったからである。乞食として暮らし、明日も生きれるかわからない生活を送っていたのである。青年は列に向かって歩き出し、そしてパレードに加わった。


 笛吹き男は、心に深い傷を負った者又は、心に深い闇を飼った者に対して、逆らえない魔性の音を奏で誘う力があった。彼の笛の音を聴いた者は決して逃れることはできない。彼はこの力を使い、ハーメルンの町に暮らす未来のない子どもたち百三十人を連れ去り歩き続けた。世界の果てにある楽園を目指して東へ東へと。

 ここまで見て頂いてありがとうございます。

 さて、前書きで書いたように『信忠公異世界戦記』について報告することがあります。

 本日六月十七日をもって、わたくし右大将秋田城介は個人的な事情により執筆活動を一時休止します。その為『信忠公異世界戦記』も一時休載とさせて頂きます。

 再開は早くても半年後になりますので、何卒ご理解の程よろしくお願いします。

 それでは半年後にまた小説で会いましょう。I shall return!

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