表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パッチワークス

ウソツキの咎

作者: 蓮谷 渓介

 「おミッちゃーんホントー?」

 直後に響く車のブレーキ音

 「あ……中島ー!」

 少年の叫び声と共に遠のく視界。

 

 「……なかじまぁ……」


 「先輩、先輩。大丈夫ですか?」


 ラジオからニュースが流れる社用車の中。

 「ん、ああ。すまん、寝てたか」

 「着きましたよ。なにか寝苦しそうでしたけど……」

 「そうか?いや、大丈夫だよ。行くか」

 

 車から降りドアを閉める二人。井園勝臣、36歳、しがないサラリーマン。それと後輩である堀川勲次。今日も今日とて営業まわり、である。


 「お疲れ様でーす」

 「うーす」

 堀川帰るのか。時計を見ると定時だった。

 「最近早いじゃないか。頑張ってるなぁ」

 「ふふ、最近調子良いんですよねえ。実は……」

 と、顔を寄せてくる。

 「彼女出来たんですよ、ふふふ」

 「おお、そりゃ良かったなあ! ……いや、まさか高い壺とか買わされてないだろうな?」

 井園は自分が女だったら絶対付き合わないであろう堀川に近づく女を少し怪しく思った。

 「最近流行ってる謎の失踪事件て線もあるな……」

 半ば冗談混じりにそれらしい怪訝な顔をする。 

 「まさか〜。そんな女には引っ掛かりませんよ。プレゼントは貰いましたけどね」

 「ふーん。まぁ、お幸せにとだけ言っておこう」

 「井園さんも頑張ってくださいね、へへ。じゃ」

 「なんだよ、生意気だな」

 ドアに向かって歩く堀川の背中に向かって最後に聞く。

 「どれくらい経つんだよ」

 「一週間くらいですよ。知り合ってですけどね」

 「一週間……一週間? 知り合ってからって早すぎだろ!」

 バタン、とその声を遮るかのように閉まるドア。


 「大丈夫かな」


 その数ヶ月後、堀川は残業で残る日が多くなった。確実にオーバーワークと思える仕事を抱えだし、そして、段々と仕事の質が落ち、堀川の顔から生気が抜けていった。

 「お先にー」

 井園が帰宅しようとすると

 「お疲れ様です……」

 覇気のない堀川の声。

 「おい、堀川。最近おかしいぞ。仕事も適当だし、目も死んでるし。何かあったのか?」

 「いや、大丈夫です。なんでも、ないですから」

 「いや、明らかにおかしいぞ。ちょっと飯付き合え」

 「……はい」

 

 二人は近くのファミレスに入った。

 「どうしたんだよ。前はあんなにウキウキだったのに」

 メニューを睨みながら井園は聞いた。堀川は暫く開くか開かないか迷っていた口を重々しく開いた。

 「実は、彼女と結婚する事になったんです」

 「それは急だな。またなんで。あ、注文するぞ。いつもので良いよな?」

 近くに来た店員を呼び、注文をする井園。

 「その、なんていうか、あの……責任、と言うか」

 「なんだ、子供でも出来たのか?」

 「いや、付き合いたての頃に彼女から貰ったプレゼントが実は前の彼氏の物だったみたいで、ブレスレットだったんですけど、いきなりその元彼氏が家に乗り込んで来て、揉み合いになって、壊れて、その、弁償しろってなって……」

 「いくらなんだよ、それ」

 「600……万、です」

 井園は飲み掛けていた水を吹き出した。

 「ば、馬鹿じゃないか! んなわけ無いだろ!」

 「なんか凄い人達が身に付けていた特別な宝石が付いてたとかで、ほんとは値段付けられないんだけど、それで許してやるって。僕だけじゃなくて彼女も殴られて、誓約書書かされて……」

 「まてまて、じゃなんで結婚するんだ? お前一人で背負う感じじゃないか?その流れは」

 「僕もそのつもりでした。けど、彼女がその苦しみを一人よりふたりで分け合えばなんとか乗り越えられるって、婚姻届持ってきてて、そこで書いて……」

 「怪しすぎるだろ、それは」

 「もう、どうしようもないんですよ! 僕も彼女も、死ぬまで働いて返すしかないんです!でも彼女は、彼女の涙はもう見たくないんですよ!」

 

 そう言うと堀川は突然席を立ちその場を去ってしまった。


 「おまたせしました〜」

 そこへ店員が来て料理を並べる。二人分。

 「どうすんだよ、これ」 

 途方に暮れる井園、そこに

 「よいしょ、いっただっきま〜す」

 と堀川の居た場所に見知らぬ少女が座り、徐にフォークを手に取る。

 「おいおい、誰だ君は」

 「誰だ君は、ですって? 私はトガ。トガちゃんて呼んで」

 そう言うとテーブルにあるパスタを食べ始めた。

 「って何食ってんだよ。だからお前誰だよ」

 「あら、もうお前呼ばわり?馴れ馴れしいわね、大人って怖いわ〜」

 「いい加減にしろよ」

 「あの女、嘘ついてるよ」

 「なに? 誰だよ女って」

 「ここに居たお兄さんの彼女って女」

 「まぁ、そりゃ俺でもわかるよ。アイツが騙されてることくらい」

 井園は自身が注文したハンバーグにナイフを入れる。

 「いい歳してハンバーグなんて、子供みたい。だから独りなのよ」

 「世のハンバーグ好きに謝れよ。偏見も甚だしいぞ」

 トガと名乗る少女はパスタを頬張りながらフォークで井園を指す。

 「はいはい、大人気無い。て言うか、堀川くん放っといていいの? 今日あたり危ないと思うんだけど」

 「危ない? なんだよそれ。なんで解んだよ」

 「んー、直感? 私解るのよね、そう言う風にできてるから」

 「なんだ、女の感てやつか? まぁ、あれは洗脳されてる感じするな」

 井園は切り分けたハンバーグを口に運ぶ

 「じゃ、行くわよ」

 とトガは立ち上がる。

 「は? 俺まだ食ってないんだけど」

 「あー、そんなもんなんだ。堀川くんよりハンバーグの方が大事なんだ」

 「いや、そうじゃないけど……、、、わかったよ! くそ!」

 

 堀川の住まいは会社から一駅離れた静かとは言えない住宅街のアパート3階。


 「ここね、ウソの匂いがプンプンするわ」

 とトガは手に何やら細長く平たい板を持っている。

 「なんだそれ、坊さんが座禅で肩叩くやつか?」

 「違うけどまぁ叩くのは合ってるかな。ウソをついた子をこれでパシンとね。んー、あら、アナタもウソの匂いがするわねぇ。ふふ」

 少女の顔に浮かぶサディステイックな微笑みにゾッとする。

 「う、ウソなんて付いてねえよ。ウソなんて……」

 「ふーん。まぁ、いっか。ささ、入っちゃお」

 「ちょっと、待てって」

 トガはそう言うと堀川家のドアを開けズカズカと土足で上がる。井園はそのあとを靴を脱いでリビングへ行くとそこには正座する堀川と、テーブルを挟んだ向いのソファに座る厳つい男と、女。


 「あ? 誰だお前ら」

 男が苛ついた風に言う。

 「はは、すいませ~ん。この子が勝手に入っちゃって」

 井園は冷や汗をかきながら、ぎこちない造り笑顔で答える。ふとテーブルに目を向けると何やら契約書のようなもの。

 「ふざけないでよ、こっちは取込み中なの。出てってよ」

 「はん、まったく、純情な男を騙して金せしめようなんてちっちゃい奴ね。で次は保険金詐欺? どこまで嘘つけば気が済むの?」

 トガは例の板をペシペシ手に当て音を鳴らす。

 「ガキは引っ込んでろよ! ぶっ殺すぞ!」

 語気を強め恫喝してくる男に対してトガは怯むどころかテーブルに足を振り下ろし

 「ふざけんじゃねーよ! テメーらのチンケな金儲けの為に人の命使ってんじゃねーぞ!? オメーらの嘘でコイツはどんだけ痛みを負ってると思ってんだよ!」

 「コイツって、堀川だろ……」

 「あははっ、嘘の痛みなんて可愛らしいこと言っちゃって。まだまだ子供ねぇ。大人になったら解かるの、嘘なんて誰だってついてるわ。相手の痛みなんて知ったこっちゃないわよ」

 「そう、じゃ味わってみる?」

 トガは素早く手に持った板でソファに座る男のひざを軽く叩く。と男はお袈裟なほど膝を抱えソファから落ち転がる

 「ひっぐぁ!! なんだクソ痛え!!」

 「あらあら、そんないたかった? ひ弱ね。見掛け倒しってやつ?」

 「クソガキっ! ぶっ殺してやる! 若えからな、内蔵高く売れんぞ!」

 「ヤバい、堀川!」

 井園は咄嗟に堀川の脇を抱え部屋の隅へ引きずり逃げる。

 男はトガに向かって殴りかかる。何か格闘技の経験があるのかリズミカルにパンチ・キックを繰り出す。が、それにあわせてトガはまるで踊るようにヒラリヒラリと躱していく。と、背後に待ち構えていた女に羽交い締めにされる。

 「ハハハっ!捕まえたわ!」

 「ハイハイっと」

 トガは落ち着いた様子で手に持つ板で女の手にかるく触れる。

 「いったーい! なにこれ!」

 思わぬ痛みに手が解けるところに男のが勢い余ってもつれ込む。

 組んず解れつになっている二人にトガは板を差し向ける。

 「さぁ、裁きの時間だよ」

 「ふ、ふん。なんだよ。殺すのか俺らを、その板っぺらで。出来るもんならやってみろよ!」

 「私はそんなつもり無いんだけど。あんた達が今までついた嘘がそうさせるかもねぇ。ふふ」

 「んだと?」

 「嘘ってね、呪いと同じなんだよ。無い事を有るように言うって、無から有を生み出すのと同じ自然の摂理から外れた呪い(まじない)。だからそれなりの代償が痛みとなって人間に降りかかる。相手がキズ付き心を蝕まれるほど、強くなる、ふふ……あんた達はどれだけ代償を支払うんだろうねぇ、ふふふ」

 微笑むトガの表情に外見年齢以上の妖艶さが浮かぶ。

 「なんの話ししてんだ。お前」

 「私は、トガ。偽る者を裁く者。まぁ、安心して、この笏が安全にあなた達を地獄に落とすから」

 トガはそう言うと笏と呼んだ板で男の頭をでペシンと叩く。

 「ガッ」

 男は短い言葉を発し動かなくなる。

 「へ、なに? あんた大丈夫?」

 と女が声をかける間に見る見る白く変色していく。

 「ちょ、何をしたの?! ちょっと」

 女が男に触れた瞬間、サラサラと白い粉になって崩れていく。

 「きゃあああああ!」

 「あーあ、崩しちゃった。この男はね、自分のついた嘘の代償分の痛みに耐えきれずに塩の柱になっちゃったんだ」

 「な、なんなの! 人殺し!」

 「あら、あんただって堀川くんを殺そうとしてたじゃない。保険金たんまり掛けてさ」

 「うるさい! こんな男、誰も相手しないだろ! いい思いさせてやったんだ、死ぬくらい当然だろ! こんな奴、居なくなっ」

 「お前が死ねよ」

 トガは笏で女の頬を叩く。

 「あば」

 女は一瞬にして白く変色し、サラサラと崩れ落ちた。

 「なんなんだ、これは。何者なんだお前は」

 「あらら? またお前なんて言うの? 大人って子供には横柄よねぇ」

 トカイは笏で顔を扇いでいる。

 「さて、次は貴方の番よ。井園さん」

 「ま、待てよ。俺、ウソなんて、ついてない……」

 「あら、ウソにウソを重ねるのは代償が高くなってよ? 大丈夫? 中島……とか?」

 「くそ、わかってんのかよ……。そうだよ。俺は中島を殺したんだ。俺の嘘のせいで」

 井園は力無く座込み、昔の話しを始めた。

 「俺はただ、冗談のつもりで横断歩道をギリギリ青でわたった後に、百円おちてる、って言ったんだ。そしたら、中島が本気にしちゃって、戻ったらちょうどトラックが来てて……」

 「そう、残念だったわね。でも嘘は嘘。……覚悟はいい?」

 「ああ、何だかもう足掻く気持ちも湧いてこないよ」

 「ふふ、そう。じゃね、おミッちゃん……」

 「おミッちゃんて、お前なんでそれ」

 トガは笏で井園の頭を叩く。

 ペシン……


 「……ん、何とも、ない?」

 「あら、良かったわね。現世での禊は終わってるみたいよ」

 あっけらかんとトガは言う。

 「禊? 俺も代償を食らうんじゃないのか?」

 「貴方は事故から今までずっと何年も嘘を悔やんで、その事を忘れずに日々心に痛みを感じていたから貴方は代償分の痛みを十分に受けている。あの世での裁きは判らないけど、中島がどう思ってるかは判らないけど、今の貴方は送るべき魂ではないみたい」

 「そう、なのか。いや、それよりも今おミッ……」


 「ようやく見つけたぞ」

 突如響く聞き慣れない男の声。

 「誰だお前?」

 そこには黒いスーツを着た男。

 「お前には用は無い。そこの女だ。連続失踪、いや人体塩化現象のことで話がある。後、不法入界の疑いもあるからな」

 「トガが? 不法入界?」

 当のトガは涼しい顔で男を見据えている。

 「お前に拒否権は無い」

 男は歩み寄りトガの手を取ろうとするもトガに笏で手を払われる。

 「気安く触らないで、どうしてもってんなら捕まえてみなさい!」

 とトガは目にも止まらぬ速さでアパートの窓ガラスを破り外へ飛び出る。

 「くそ! クチコ、七志野はどうした!」

 男は部屋の外に待機していた仲間の女に呼びかける。

 「七志野は犬退治からまだ戻りません」

 「ええい、あの女は俺が行く! お前はコイツの頭を()()()()

 女は手に胸ポケットから何かを取り出し井園に近づく。

 「……と、言う訳でじっとしててね」

 「何するんだよ」

 「黒服のお仕事って言えばほら、解るでしょ?」

 「なんで……」

 「あの子、何者か知ってる?」

 「いや、知らないけど」

 「あの子は幽界、つまりはあの世の住人なのよ」

 「アノヨ? おとぎ話じゃねーんだから……」

 「まぁね。あ、そうそうビックリしたでしょ? 人間が塩になっちゃって。簡単に言うと、この世の物質を構成する最小単位であるエーテルは度を超えた痛みをうけると塩化して安定状態を取るのよ。」

 「訳分かんねえ」

 「世間で連続失踪事件て言われてる事件は私達が情報操作したもので、実はあの子が殺しまくってるのよ。今みたいに、ね。」

 「理解が追いつかねえ。つか良いのか、そんなペラペラ喋って」

 「だから黒服だって言ったじゃない。ふふ」

 女は手に持つ道具のスイッチを押す。井園の眼の前で弾ける様に光が飛んだ。


 「……輩! 先輩!」

 「ん? ああ……。なんだここ。堀川んちじゃねーか」

 「そうですよ。なんで先輩寝てるんすか? 窓ガラスも割られてるし」

 「お前が割ったんだろ? 俺じゃねー……だろ」

 なんだろう。不自然に昨日の記憶が思い出せない。

 堀川とファミレスに行ったあと、どうなったんだ。なんで此処に来たんだっけ。


 数ヶ月後


 「はぁ、疲れたな」

 井園は外回りの途中、公園のベンチで一人、コンビニ弁当の袋を破る。

 「堀川のヤツ何してんだよ。時間無くなっちゃうぞ」

 そこにスッと目の前に人影がかかる。そこには見ず知らずの少女。

 「いい歳してハンバーグ弁当なんて。やっぱり子供ね」

 「は? なんだお前、ハンバーグ好きにあやま……あれ」

 いきなり少女が罵倒してきた、が、初めての筈なのに何か既視感がある。

 「元気そうね……。またね」

 そう言うと少女は去っていった。

 なんだ、またねって。そういや、さっき()()()()って……。


 「せんぱーい! やっと買えましたよ! 話題のコッペパン! 長かったなぁ。って、先輩?」

 ぼうっとしている井園は堀川に気付かない。

 「先輩、大丈夫ですか?」

 「あ? ああ、大丈夫だよ。つか早くしろよ。次あるんだから」

 

 雑踏、喧騒、あと少し不思議なこと。


 日々は皆の全てを包み込み、淡々と過ぎる。


 井園の覚えた違和感もまた、日々の潮流にのまれ、薄まり、何事も無い日常の中に埋もれていった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ