勉強会
学校に着き鞄から教科書やノートを机に入れていると、岳が真剣な面持ちでこちらに来た。
「朔、恥を忍んで頼みがある」
手を合わせて何かを頼もうとしているが岳が言うことはわかっている。この時期になると見飽きた光景なので今さら驚くこともない。
「どうせ、もうすぐある期末試験の勉強でしょ?」
「流石、朔だな」
お調子者の岳は悪びれる様子もなく感心しながら笑っている。
「僕じゃなくて光に頼ってよ?」
約300人いる2年生の中で、光は毎回1位を取っている。僕も毎回10番台には載っているが、一位と10番では雲泥の差だ。
「あいつは天才型だからな。教わるのに向いてないんだよ。お前も知ってるだろ?」
「あー…」
たしかに中学の時はよく三人で勉強会をしていたからよくわかる。
光は教えるのが嫌いでは無いらしいがとにかく下手だ。言っていることが難しすぎたり、飛び飛びだったりするので呪文の様にしか聞こえない。
光は頭が良すぎて僕達が何故理解できないかがわからないらしい。
「だから頼むって」
「まあ仕方がないか。僕も一人で勉強するとついついゲームとかやっちゃうしね」
「やっぱり、持つべき物は友達だな」
「相変わらず調子いいな。やるのは明日でいい?」
「今日じゃダメなのか?」
今日はバイトがあるからできない。それに明日は店が定休日でおもいっきり勉強できるので丁度良いだろう。
しかし、何と言って誤魔化せば良いだろうか。
「今日は姉さん達と夜ご飯を食べに行くから」
「ああ、それなら仕方ないな。じゃあ明日お前の家で」
「うん、わかった」
断る口実に使ってしまったが、姉さんには散々迷惑をかけられているしこのくらいは良いだろう。
「俺は光に声かけておくから、おまえは潮に言っておいてくれ」
「え?二人でやるんじゃないの?」
「光は仲間外れにされると拗ねるからな」
「あー、なるほど」
たしかに、光は僕達が仲間外れにするとよく怒る。がさつだが意外と寂しがり屋なのかもしれない。
「そういうところが可愛いんだけどな。まあ、本人がいたら絶対に言わないが」
「はいはい、ご馳走様」
岳は光といるときは絶対にのろけないくせに、光がいないとよくのろける。
「じゃ、じゃあ俺は光に言っとくから潮に言っといてくれよな」
「うん、わかった」
照れ臭くなったのか、岳は一目散に自分の席へ戻って行った。
岳と話してから5分ほど経ち、ようやく潮が学校に来た。
「おはよう、月見君」
「おはよう、潮。いつもより遅かったね」
「うん、ちょっと寝坊しちゃって」
「そっか、間に合ってよかったね。そういえば、明日僕の家に来ない?光と岳と勉強会やるんだけど」
「え?」
急に誘ったからなのか、潮は僕の方を向いて固まってしまった。
「ごめん、急に誘っても用事とかあるよね」
「ううん、すっごく暇だから行く。学校から真っ直ぐ行くの?」
「その方がいいかな。なるべく、多く一緒に勉強したいし」
「う、うん。わかった」
*
学校も終わりいつものように姉さんの店に行くと潮が既に厨房にいた。
いつもは僕のことを潮から聞くのは照れ臭いから少し気が引けるが今日は話が別だ。
勉強会に誘った時に、少しだけ狼狽えていたのが気になったのでここで答え合わせをずっとしたかった。
「朔夜ちゃん、月見君から家に誘われた!」
嬉しそうな潮とは対照的に僕の後ろで飲み物を飲んでいた姉さんが驚きのあまり咳き込んでいた。
家に誘ったのは僕だけど誤解だ。
只の勉強会だし二人きりでもない。
「今の時期だと期末試験の勉強とか?」
知っているが姉さんにも聞こえるように大声で聞く。
「うん、友達4人でやるの」
姉さんがつまらないと言わんばかりに、溜め息をついた。
「そっか。勉強会なのに楽しそうだね」
「うん、今まで放課後にみんなで遊ぶってあまり無かったから嬉しくて。それに男の子の部屋に行くの初めてで」
たしかに放課後は岳と光の部活があるからあまり遊ぶことはなかった。
固まっていたのは僕の部屋だといったからだったのか。
「それに月見君と学校以外で会えることはあんまりないから、思いきって月見君の前で髪を上げて見ようかなって」
つまり今目の前にいるこの状態の髪型にすると言うことか。普通の人だとあまり変わらないが潮の場合は耳にピアスの穴がかなりある。
「えっ、でも他の友達にもピアスばれちゃうんじゃないの?」
「うん。でも、言わないでって言えば黙っててくれそうだし良いかなって」
たしかに岳は一見口が軽くて軽薄そうな男だが人が嫌なことは絶対にしない。光も潮が嫌がることをするわけがない。
「それに女の子の方はかなり前から知ってるから」
「えっそうなの?」
「うん、結構前に学校でバレちゃったの。でもそれがきっかけで、その女の子と仲良くなれたからむしろよかったけどね」
潮も光もあまり他の女の子と仲が良いとは聞いたことが無い。どうやってばれたかはよくわからないが、そこで余程気があったのだろう。
「それはよかったね」
「うん」
光の話をしている潮は楽しそうに笑っている。話ぶりだけで本当に光のことが大切な友達だということがわかる。
「そういえば、髪を上げるって言ってもどのタイミングでやるの?急に縛ったらちょっと変じゃない?」
「勉強する時に髪を縛ろうかなって。普段も家で勉強している時は髪が邪魔だから縛っているし、そんなに不自然じゃないかなって」
それは男ならだれでもドキッとするシチュエーションだ。
何も知らずに純粋な気持ちでその状況を見れるのは岳だけってことか。素直に羨ましすぎる。
「いいね。男の子は多分そういうの凄く好きだと思う」
「ありがと、朔夜ちゃんにそう言われると自信がつくよ」
自分から聞いておいておかしい話だが、できれば知らずに潮が勉強会の時に髪を束ねる姿を見たかった。
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