疑惑
目の前のピアスだらけの恐い雰囲気の人が僕の友達と同じ名前を言った。
いや、落ち着け。どう考えても違う。
只の同姓同名だろう。
潮はあんなに耳にピアスの穴を開けていない。
いや、考えてみるといつも耳を隠している。ピアスの穴を隠しているのかもしれない。
潮は目の前の女性より髪が長い。
いや、潮さんがお団子をとけば同じくらい長さかも知れない。
潮は眼鏡をかけている。
いや、潮さんはコンタクトをしているかもしれない。
くそっ、考えれば考えるほど同じ人に見えてきた。
もし本当に同一人物だった場合絶対にばれるわけにはいかない。
お互いにバイト禁止だからそこをばらされることは無いと思うが僕の格好が非常にまずい。
女装してるなんてばれたらドン引きされてしまう。なんとかばれないようにしなければ。
潮に女装している変態だと思われて嫌われたら二度と立ち直れなくなるかもしれない。
「朔夜ちゃん?大丈夫?」
「朔夜、格好は派手だけど沙羅ちゃんは優しいから大丈夫よ」
「すみません、ちょっと考えごとをしてしまって。もう大丈夫です」
今はとりあえず仕事に集中しよう。
仕事に集中すれば現実逃避できるかもしれない。
*
姉さんの言ったとおり、見かけによらず潮さんは優しかった。
注文の取り方、レジ打ちの仕方などを開店する前に一通り丁寧に教えてくれた。
「あと、これは普通の店にはないけど…」
潮さんはメニュー表の下の方のサービスと書かれた所を指差す。
サービス一覧
スマイル 0円
お絵かき 0円
呪文 0円
なんというか完全に姉さんの趣味全開だった。
どこぞのファストフードとメイドカフェが合体したかの用なサービス。
「スマイルはともかくお絵かきっていうのはオムライスとかにケチャップで書くやつですか」
「うん。意外と難しいから最初はまかないとかで試すのがいいかも」
「そうなんですね。練習してみます」
「うん、最初のうちは私か朔乃さんがやるから大丈夫だよ。慣れてきたらお客さんにもやってもらうけどね」
「はい、わかりました。この呪文っていうのは何ですか?」
「あーこれは料理がおいしくなるおまじないだね。フレーズが決まってる訳ではないからとりあえずおいしくなーれっていって手でハートマークを作ればいいよ」
潮さんは苦笑いしながらもやり方を教えてくれた。給料をもらっているとはいえ姉さんの趣味のせいで変なことをさせられて可哀想だな。
*
それから開店時間になり、僕の始めてのアルバイトが始まった。
事前に教えて貰っていたことと、上手く潮さんがフォローしてくれたということもあり、接客は特に問題なく、無事にその日のアルバイトを終わらせることができた。
客にも潮さんにも男とバレる気配は一切なく安心はしたが男のプライドはズタズタになった気がする。
「お疲れ、1日目にしてはすごく良かったよ」
「お疲れ様です。ありがとうございます」
同じ時間にシフトが終わったので潮さんと事務室の前で鉢合わせになってしまった。
「そういえば、朔夜ちゃんって高校生だよね?何年生?」
「高2ですね。潮さんは大学生ですか?」
頼むから大学生だと、言ってくれ。大学生なら別人だと確定する。
「ああ、朔夜ちゃんも2年生なんだね。私、普通に朔夜ちゃんにため口で話していたから年上だったらどうしようって思った。私も高校2年生だよ」
「へ、へぇ、そうなんですね」
「同い年だし朔夜ちゃんもため口にしようよ。仲良くしたいし」
「うん、わかった。じゃあ潮ちゃんって呼ばせてもらうね」
「うん!これからもよろしくね」
疑惑が濃くなり、もう僕には同一人物にしか見えなくなっていた。
*
土日のバイトも終わり月曜日となり、モヤモヤが残ったまま授業を受け続けていたらあっという間に昼休みになっていた。
やはりこれは潮が同一人物か確認した方が良いだろう。これ以上放っておくと悩みすぎてアルバイトにも学校にも支障が出てしまう。一番手っ取り早いのは潮さんにどこの学校か聞くことだが、堀川学園はアルバイトが禁止だから高校名は教えてくれない気がする。そもそも、逆に僕が聞かれても困るから聞くのは止めておいた方が良いだろう。
だが、本人に直接確かめるのも抵抗がある。どうやって確認するのがいいだろう。
「朔、弁当も出さずに何やってんだ?」
「いや、何でもない」
作戦を考えていたら岳が話しかけてきた。しかも光と潮もいつのまにか来ている。まあ、いつも僕の席の周りで4人で弁当を食べているから当たり前ではあるのだけれど今潮と会うのは少しだけ気まずい。
「月見君、大丈夫?体調悪いとか?」
「いや、ちょっと考えごとをしていただけだから大丈夫だよ」
「そっか。良かった」
潮は心配そうに僕のことを見てくる。やはり潮は優しいな。
体調……そうか体を確かめればいいのか。
手っ取り早く目の前の潮とバイト先の潮さんが別人かどうかを確認する方法があった。
「潮、ちょっと耳を見せてくれないか」
僕がそう言った瞬間、潮は焦り、光と岳は汚物を見るような目でこちらを見た。
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