引き金
教室のドアに手を掛けると、ドアについている小さなガラス越しに見覚えのある男の姿が目に留まった。
ツーブロックの髪に高い身長。つり目ぎみなのがやや残念だが、かなり格好良いと言っても良いだろう。一瞬見ただけで昼間に会った近藤だということがわかる。
「近藤?」
「おう」
2年1組の教室に入ると窓際の机に腰かけていた近藤が僕の方に近づく。
僕がドアを締め、近くの机に腰かけると近藤は真剣な面持ちで机に座る。
「この手紙って近藤が僕に出したの?」
「ああ、悪いな。急に呼び出して」
「いや、それは全然いいんだけど…」
僕の勘が間違っていなければ、近藤は志奈乃が好きなはずだ。
だが、近藤の顔は真剣そのものでイタズラや冗談を言う雰囲気ではない。沈黙がその場を包み気まずい空気が流れる。
いくら僕が女の子っぽい容姿だとしても僕が恋愛対象として見ているのは女の子だ。近藤の期待に答えることはできない。近藤が話す前に断るべきなのかもしれない。
「ごめん、僕は女の子が好きなんだ。近藤の気持ちには答えられない」
「アホか。告白なわけないだろ」
近藤は真面目に答えた僕をごみを見るような目で見るが、僕のこの女っぽい容姿のせいで何回か男に告白されたことがあるので誤解しても仕方がないだろう。
「ああ、ただ呼び出しただけなんだね」
ラブレターじゃないことはわかったが、腑に落ちないところはまだある。
普段から二人で話すことのない近藤がわざわざ僕を呼び出すのは明らかに不自然だ。
「おう。どうしても聞きたいことがあってな。ストレートに聞くけど河野と付き合ってるのか?」
志奈乃が転校して来てから、数十回は聞かれた質問。
そしてそれを聞かれた時の答えも決まっている。
「付き合ってる訳ないでしょ」
「でも、お前ら仲良いだろ。昼間も見せつけてたよな」
昼間?見せつける?潮もいたしそんなことは一切していない。
「いや、そんなことしてないけど」
「だーれだってやってただろ」
近藤にはあれが見せつけているように見えたのか。
勘違いで嫉妬をしているのか僕のことを睨みつけている。
「いや、あれは志奈乃にからかわれていただけだから。小学校の時からああいうスキンシップはよくあったよ。それに、志奈乃には好きな人がいるって言ってたし」
「お前俺に自慢してんのか?」
突然立ち上がり僕の胸ぐらを掴む。
言葉や態度、表情の全てに怒気を感じる。
「は?何言ってるの…ゲホ」
急に胸ぐらを捕まれ驚きのあまりに咳き込んでしまった。
「その好きなやつってどう考えてもおまえのことだろ」
的外れなことを言われ、まばたきすら忘れていると真っ直ぐに僕を見る近藤の顔が目に入る。
「えっそんなわけ…」
「転校してきてもう好きな人がいるっておかしいだろ。遠距離かこの学校にいる幼なじみとかしかいないだろう」
「それこそ岳だって幼なじみだけど」
「岳には全く興味無いだろ。お前以外いねーよ」
たしかに志奈乃は小学生の時から、人気者の岳に全く興味がなかった。会えば軽く話す程度で特別な感情があるとは思えない。
「でも、志奈乃は僕にだけちょっかいをかけてくるし、一番恋愛対象じゃないんじゃ」
「あ?河野が男にそんなことをするのはお前にだけだろ」
「たしかにそうかも…」
「っち」
近藤は軽く舌打ちをすると、胸ぐらから手を離して再び近くの机に腰掛ける。
「まあ俺としてはお前が河野に興味なくて良かったわ。それなら俺に協力してくんねーか?」
「協力?」
「ああ、おれは河野と付き合いたい。あんな綺麗な奴中々いねーしな。だから協力してくれよ。岳に何回も言ってるのにずっと断られててよ」
もし、近藤の言うとおり志奈野が僕のことを好きで岳がそれに気づいているなら、岳の性格を考えれば近藤に協力をするわけが無い。
「ごめん。さっきの話を聞いたら余計に手伝えないよ」
「あ?なんでだよ。まさか河野がお前のこと好きってわかったから付き合うつもりか?」
「そういうのじゃないよ。もし本当に僕のことが好きなら、僕から別の男を紹介されたりアシストされるのは絶対に嫌だと思うから」
「そもそもいきなり胸ぐらを掴んでくるような暴力男に大切な友達を紹介する奴はいないよ」
「あ?その顔で凄んでも恐くねーよ」
堂々と睨み付けたがどうやら僕の顔は一切恐くないようだった。この男らしくない顔がこういう時には憎らしい。
怒りが収まらない近藤は僕の横にあった椅子を蹴り飛ばし、威嚇なのかストレス発散なのかわからない行動をとりながら舌打ちをする。
「っち。本当にうぜーな。お前にはもう頼んねーよ。替わりに今日のことは黙ってろよ。誰かに言ったらぶん殴る」
「わかったよ」
僕には全く何の利点も無い取引だが、これ以上関わりたくないので同意する。
近藤は不機嫌のままドアの方に向かっていった。
納得はしてないようだが近藤としても僕が絶対に手伝わないということはわかったらしい。
自己中心的な近藤に付き合わされた挙げ句、志奈乃が僕のことを好きかもしれないということを知ってしまった。
これからどんな顔をして志奈乃に会えば良いのだろう。照れくさくて直視できないかもしれない。
近藤が教室を出るのを見送る必要もないので、教室のドアを背にして近藤が蹴った椅子や机を定一に戻そうとすると近藤が開けたドアの音だけが鳴り響く。
しかし、数秒経っても閉める音は聞こえない。
――パンッ
替わりに大きな破裂音が耳を貫いた。
ドアの方を振り向くと、ゴミを見るような目をした志奈乃と頬を押さえている近藤、志奈乃の後ろで苦笑いをする岳の姿が目に入ってきた。
お読み頂きありがとうございます!!
投稿期間がかなりあいてしまって申し訳ありません!
色々落ち着いたのでこれからは長期で投稿ができないことはないと思います!