出会い
「朔、私の店でバイトしてくれない?」
「バイト禁止。姉さんだって知ってるでしょ」
僕が通ってる堀川学園は姉さん母校でもある。何十年も前から進学校だったはずなので姉さんがいた頃もバイトは禁止のはずだ。
「ああ、あそこってまだバイトしちゃ駄目なの?あれ、でも……」
「どうしたの?」
姉さんは急に歯切れが悪くなりぶつぶつと独り言を呟く。
「いや、何でもない。それに禁止だろうとばれなければどうでもいいのよ」
「まあそれはそうかもしれないけど」
言いたいことはわかるが大人が言って良いことではない気がする。
「てかそもそも姉さんの店ってあのイロモノ喫茶でしょ」
「イロモノ言うな。小さい店だけどそこそこ客入ってるんだから。あんた料理できるんだし調理補助やってよ」
店員がコスプレしたりメイド服のような服を着ている喫茶店。
26歳の姉さんもメイド服で接客をおこなっている。
まあ童顔で身長も150センチあるかないかくらいなので、似合っているとは思う。
端から見ると明らかにメイド喫茶だと思うが姉さんは頑なに普通のお洒落な喫茶店だと言い張っている。
「え、でも男が料理作ってもいいの?姉さんの店もメイド喫茶みたいに女の子が料理してるんじゃないの?」
「あんた夢見すぎ。料理は誠也がやっているわ。そもそもメイド喫茶だって普通に料理は男が作ってる店が多いから。メイドがやっているのなんてケチャップで文字を書いておまじないを唱えるくらいよ」
男の夢をあっさりと砕かれた気がする。それに言われるまで忘れていたが、姉さんの旦那さんの誠也兄が料理を作っているのは当然のことだ。なにせ姉さんの料理はお世辞にも上手いとは言えないのだから。
「バイトはしたいけどばれたらヤバイしやめておくよ」
「時給1100円でどう?」
「え……?」
僕の月のお小遣いが1時間で稼げてしまうのか……
「お姉様、やります」
「よろしい。今週の土曜からね」
この時の姉さんの表情を、もっとしっかりと見ておくべきだった。きっと悪い顔をしていたに違いない。
*
土曜日になり、裏口から店に入る。
時間はまだ朝の7時。9時開店なのになぜこれほど早く来なければならないのだろう。
「久しぶり、誠也兄」
「ああ、久しぶりだな。朔」
この人は姉さんの旦那で僕が小学生になる前からの知り合いだ。血はつながっていないが僕とは実の兄みたいに仲が良く、昔は一緒にゲームをしてもらったりしていた。誠也兄は人が良すぎるせいでいつも姉さんの尻に敷かれている気がする。
「それよりも本当にいいのか。手伝ってもらって」
「もちろん。手伝いっていっても給料もらえるんだよね?」
「ああ、それは当然渡すが……」
誠也兄の様子がいつもと違う気がする。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「誠也、余計なことは言わなくていいからね」
「ああ、わかってるって。まあがんばれ」
肩をポンと叩いて同情するような顔で僕のことを見る。
「今日からバイトしてもらうから着替えて準備して。他のキャストも来るから早くね。
「うん、わかったよ」
「着替えは事務室でね。流石に女性用の更衣室は使わせられないから」
何の疑いもなく大きな手提げ袋に入った制服を受け取った。誠也兄が来てるコックコートの様な服かな。
事務室に入り手提げ袋の中を確認するとフリフリのメイド服一式が入っていた。
流石に冗談だよね?
一度目を離し再び袋の中を覗くと間違いなくそこにはメイド服があった。
すぐに事務室から出てドアの目の前にいる姉さんを睨み付ける。
「姉さん、これ中身間違ってるよね?」
「あってるわ」
「もう一度聞くよ。これ間違ってるよね」
袋からメイド服を取り出し再び問い詰める。あっけらかんとおかしなことを言う姉さんのせいで自然と僕の声に怒気が混ざってしまう。
「だから合ってるわ。いいじゃない、あんた可愛いんだし」
そういう問題じゃないし、可愛いと言われても嬉しくない。男の僕がこんな服を人前で着られるわけがない。
「良くない。こんな格好できるわけないでしょ」
「あんたなら余裕でできるわ。必要ないと思うけど一応かつらとメイク道具まで用意したのよ。店の経費で落としてあげたんだから感謝しなさい」
世界一いらない親切の押し売りをされた気がする。確かに普段から女性に間違えられるから化粧とかつらをして少しだけ声を変えれば、よっぽどのことがない限りは男だとはばれることは無いだろう。
「だいたい、ホールじゃないのに何でこんな格好をしないといけないの?調理補助なら女装なんてする必要ないでしょ」
「そんなの私の趣味よ」
「ふざけんな」
「私は可愛いものは可愛く見たいの。それに調理補助とは言ったけど、接客をしてもらわないとは言っていないわ」
「は?男の接客なんてこの喫茶店の雰囲気に合わないでしょ。それに接客なんて、やったら学校にばれる」
学校にばれることが無さそうだからやると決めたのにこれでは最初の話と違う。
「そうよ。だから女装してもらうんじゃない。高い時給出してあげてるんだからいいでしょ。それに女装していたほうが学校にバレないんじゃないの?」
「それはそうだけど…」
この時僕は初めて騙されたのだと言うことに気がついた。
姉さんは初めから調理補助ではなく接客として僕を雇いたいと思っていたということだ。
姉さんに騙された怒りはあるが、冷静に考えると、姉さんの店以外ではアルバイトを許可されることは無いだろう。
ボケモンは欲しいからそのお金と、僕のために揃えた服や化粧品の代金だけ稼いで仕事を辞めるというのはありかもしれない。それなら姉さんも文句はないだろう。
「わかった。新しい人が入るまでの間はやるよ」
「オッケー。じゃあもうすぐ他のスタッフも来ちゃうから早く着替えなさい。似合わなかったら諦めるから」
なんか言いくるめられた気がしないでもないが、嫌々メイド服に着替えて事務室からでる。
「私の目に狂いはなかったわ」
着替えて事務室からでると満足そうに姉さんが呟いた。
「あと20分くらいでバイトの子きちゃうから今のうちに化粧してあげる」
*
姉さんが僕にノリノリで化粧をしていると店員らしき人が裏口から入ってきた。
「おはようございます。朔乃さん、この人は?」
派手な化粧。切れ長の目。そして両耳合わせて10個はついているピアス。
格好良いし綺麗だとは思うが、恐いという感情が勝ってしまう。
人生で一生話すことが無いと思っていたタイプの人が目の前に立っている。
「おはよう。紹介するわね。今日から新しい子が入るって言ってたでしょ。私の妹の久坂朔夜よ」
いや、朔夜って誰だよ。それに久坂って姉さんの苗字じゃん。姉さんは僕のことを男とばらさないつもりなのか?
だが、どこからばれるかはわからないし、男だと隠せるなら隠した方がいい。
「久坂朔夜です。これからよろしくお願いします」
恐る恐る男だとばれないように、やや高い声で挨拶をする。こんな恐そうな人と一緒に仕事なんてできるのだろうか。
「潮沙羅です。よろしくね」
目の前の女性は風貌からは想像もできない優しい声色で僕の友達と同じ名前を言った。
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