勉強会3
潮はぽかんとして縛ろうと掴んでいた髪を離した。
そのお陰で耳が隠れ、岳には見られなかったが今はそれどころてはない。
僕の状態で潮ちゃん呼びは一度もしたことがないにも関わらず、動揺して呼んでしまった。
無理矢理にでも誤魔化さなければ僕と朔夜が同一人物だとばれてしまう。
「潮、ちゃんとピンで髪を留めれば縛らなくても勉強の邪魔にならないんじゃない?って言ったんだよ」
苦し紛れの言い訳。本当にこんなんで乗り切れるのだろうか。
「あれ?ちゃんとって言ったんだね。うーん、聞き間違えだったのかな」
潮は首を傾げて自信が無さそうに呟いた。
「沙羅、朔はちゃんとって言ってたよ。それよりも退屈だから髪をとかしてあげる」
「あ、そうなんだね。ありがとう」
光はベッドから降りて鞄からピンと櫛を出して、潮の髪をとかしはじめた。
「朔、ピンは私も持ってるからとってこなくていいよ」
「う、うん」
「光ちゃん、今日は髪をあげようと思ってたんだけど…」
潮の耳元で光が小声で何かを言うと、潮の顔が紅くなり、こくこくと頷いた。
光のフォローもあり、あっさりと誤魔化すことができたが、光がニヤニヤしているのが気になった。
結局、潮は耳を出さずに前髪をピンで留めるだけの髪型にされていたが、光に髪をといてもらってからはかなり機嫌が良いみたいだった。
「どう?可愛いでしょ?」
潮の髪のセットが終わり、どや顔で光が僕に聞く。
綺麗なロングヘアで前髪はシンプルな黒いヘアピンで止められている。
眼鏡をしておらず、普段と違い前髪で邪魔されていないので潮の目がはっきりと見える。
「うん、似合ってると思うよ」
「あ、ありがと」
思わず素直に褒めてしまって恥ずかしいが、潮が喜んでくれているし気にしないでおこう。
*
それから一時間ほど勉強していると僕のスマートフォンがブルブルと震えだした。
スマートフォンを見ると光からの通知が来ている。目の前にいるのに何故わざわざそんな面倒くさいことをするのだろうか。
光の方を見るとスマートフォンを見ろと合図を送っている。
『あんた、私の記憶力が良すぎるのを知ってるよね。何か訳あり?』
一瞬何のことをいっているかわからなかったが、やはり光には僕が潮ちゃんと呼んだことがバレていたということだ。
光は映像記憶だけじゃなくて普通の記憶力も異常なほど良い。
一字一句覚えていそうな光に誤魔化しは聞かないだろう。
『うん、色々あって』
『勉強会終わって解散した後にまた家に行くからその時に教えて』
『わかった』
僕は諦めて光に打ち明けることを決意した。
それから数時間勉強して、勉強会はお開きとなった。
「朔、潮ちゃんを駅まで送ってあげなよ」
「いや、いいよ。そんなに駅まで遠くないし」
潮は首を横に振り来なくていいと言ったが今の時刻は夜7時。駅までは5分ほどで着くが、女の子を一人で帰すわけにはいかない。
岳と光の家はここから歩いて帰れる距離だが駅とは反対方向だ。僕が送っていくのが良いだろう。
「いや、心配だから送っていく」
「ありがと。優しいね」
*
光達と解散し、潮と二人きりで駅まで向かう。
アルバイトの時はよく二人で話しているが、この姿で二人で話すのは学校以外では初めてかもしれない。
「思ったより勉強できたよね」
二人きりだと意識してしまったせいで無駄に緊張し、どうでも良い話題しか出てこない。
「うん、勉強もできたし楽しかった」
アルバイトの時に4人で集まるのが楽しみと言っていたし、潮が楽しかったなら勉強会をした意味があった気がする。
「そういえば、私が髪を縛ろうとした時なんで止めたの?」
岳に見せたくなかったからとは恥ずかしくて口が裂けても言うことはできない。
「潮の耳にかなりピアスの穴が開いてるのが見えたから。別に校則で禁止されている訳ではないけど、普段隠しているから見られたくないのかなって。僕はさっき髪を上げた時に見ちゃったけど」
実際の所はアルバイトの時に知ったが、勉強会の時にも見えたので嘘ではない。
「やっぱり月見君は優しいね。学校の人にはあんまり見せたくないけど、月見君と穂高君は口が固そうだから見せようかなって思ってたの。月見君は私のピアスの穴どう思う。やっぱりちょっと引いたかな?」
「別にどうも思わないよ。だって潮は潮でしょ」
「あ、ありがと」
潮はそれだけ言って下を向いてしまい、それからは無言のまま歩き続けた。
このまま、話さないで駅まで行き解散かなと思っていたら、何かを決心したかのように潮が口を開いた。
「月見君はさっきまでの髪型とポニーテールどっちが好き?」
潮は手で髪をたくしあげてポニーテールのようにして上目遣いでこちらを向く。
そんな潮の動き1つ1つにドキドキしてしまっているのが、うるさすぎる心臓の音でわかってしまう。
「うーん、ポニーテールかな?」
「そっか。それなのに月見君は穂高君に見せないために言ってくれたんだ。本当に優しいね」
優しい訳では無い。只の下らない嫉妬と独占欲だ。
「ごめん、さっきのは嘘」
「嘘?ポニーテールが好きってことが?」
「いや、そうじゃなくて。潮のために岳に見せないようにしたって言うのは嘘なんだ」
「えっ?」
「僕が潮のポニーテール姿を他の男に見せるのが嫌だっただけ」
優しさではなく下らない独占欲。引かれてしまうかも知れない。嫌われてしまうかもしれない。だがここで僕だけが本心を言わないのは不誠実だ。
潮の反応を見るのが怖くて顔を見ることができない。
「ええっと…じゃあポニーテールは二人の時だけにするね」
「う、うん」
お互い真っ赤になり、気まずい空気が流れる。
「あっ、駅ついたね。じゃあまた明日学校で」
話に夢中で気づかなかったがいつの間にか駅に着いていた。
恥ずかし過ぎて爆発しそうだったので助かったのかもしれない。
「うん、また明日」
潮は笑顔で手を振って早足で駅の中へと消えていった。
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