【3-18】聖鐘歴2020年5月28日 エドガー・オルトセルク
「お前が俺に相談?珍しいな、何があった?先に言っていいぞ」
「防音は?」
「料理が揃った時から作動させてる。心配すんな」
右手の小指に嵌めた指輪をこちら側に見せる様に掌を返したゾディアルは、食卓に唯一残されたイソッグの串焼きを口にしながら私が発する言葉を待っていた。私は手に持っていたジリ酒をコクリと飲み、頭の中で今一度整理しながら話し始めた。
「半年ほど前の事だ。とある団員が機密書庫に侵入し、何らかの書類を盗み見ていた。僕はその団員を捕縛したい」
顎を動かしながら私の台詞を噛み締めていたゾディアルは当然の返答をした。
「…したらいいじゃねーか。何を迷う必要がある?」
ここからの押し問答も予想している通りとなるだろう。
「分かっているだろう?その事実を教えてくれたのは精霊だ。」
ゾディアルは目を落とし、ふぅ、と1つ溜息をついた。
「エドガー、前から言ってんだろ?甘いぞ?お前しか知り得ない事実を素早く結果に結びつけろ。誰もお前を疑う事はしない」
「君はそう言うだろうと思っていたよ。だが何度も言う様に、僕しか知り得ない事実を基に僕の独断で人を裁く事はしない。これまでも、そしてこれからもだ」
「聖樺騎士として、か?」
「そうだね。もし僕がそれをやってしまったら独裁者と何ら変わりは無い。例え真実だとしても、ね。甘い考えだと言われようとその信念を曲げる事は無いよ。それに僕個人としてもやりたくは無い。教会の教えに背く行為だからね。」
ゾディアルは腕を組み、先程よりも深い溜息をついた。
「裁きは人心以って為せ…ねぇ。色々と言いたい事はあるが今は止めておこう。それで?そいつの目的は何だ?何を悩んでる?」
もう1度酒を煽った私はつらつらと話し始めた。
「その団員の名前はルグル・レーバン。男性で年齢は35歳。1年程前に騎士団に入団した新進気鋭の新米団員だ」
「34歳で入団?それも見込みアリだと?」
疑う様に片眉だけを顰めたゾディアルを説得する様に話を続ける。
「うん、戦闘力は申し分無い。敗けはしたけどキンダルとほぼ互角に打ち合える程度だね」
「キンダルと?あいつはウチで言えば業駑級の戦闘力だぞ?そいつ間違いなく法魔以上はあるな。経歴は?」
「オーネルバ王国のトルソーで鉱夫をやっていた様だ。職場の同僚の護衛も兼ねていたみたいで、それならばいっその事騎士を目指したらどうか?という同僚の勧めもあって入団試験に臨んだ、と聞いているね。どこまで本当か分からないけど」
杯を持ち、片肘をついたゾディアルが興味無さそうに呟く。
「テクパ山を越えて来ましたってか。ただの鉱夫がそこまで戦えるとは思えねーがな。そういや聖樺騎士団は他国の人間も入団可能なんだっけか?」
「ああ、信徒を分け隔てしてはいけないという大義名分があるからね。それに入団後は情報漏洩に関する厳しい内容の一方型魔術契約を結ぶ義務があるからそこまで問題視はされていないんだ。個人的には修正が必要な所があると思っているけど」
「まぁな。続けてくれ」
「勤務態度は非常に勤勉。教会の仕事も率先して手伝うし、戦闘力もキンダルのお墨付きだから、騎士や神父からの評判も良い。まさに理想的な騎士だね」
「ところがそうじゃなかった?」
私は深く頷いた。
「ああ。冒頭の話に戻るんだけど、半年前のある日の深夜、副団長以上にしか入室を許可されていない機密書庫にルグルが無許可侵入し、何らかの書類を確認していた事を精霊から告げられた」
「その場で捕まえれば良かったじゃねーか」
「精霊から聞いたのは翌日僕が起きてからだったんだよ。緊急度は低いと判断したみたいだね」
精霊は特段指示が無ければ気まぐれに時を過ごす。今もゾディアルに纏わりついているのを見て、心の中で思わず苦笑してしまった。
「はぁ…意思があるってのも考えモンだな。何の書類を見ていた?」
「分からない。精霊も万能じゃないんだ。『いつ何処でこういう人がそういう事をしていて次の様な状況になった』程度しか分からない。精霊には人が書いた文字の判別なんて出来ないからね」
「あぁ確かそういう事言ってたな。それで?」
「僕はキンダルへその事を伝えた。何処かの国の間諜という可能性がある、常に監視しておく様に、とね。僕も精霊を彼の周囲に常時放つ事にした」
目で続けてくれ、と促される。
「それからは一切尻尾を出さなかった。だけど精霊が1つだけ気になる事を教えてくれたんだ」
「気になる事?」
「ああ、ここからが君に相談したい事なんだけど、ルグルの胸にこういう刺青が入っていた様なんだ。何か分かるかい?」
私は上着の胸元の内側に付いている小物入れから紙を取り出し、卓の上に広げた。精霊から教えて貰ったその刺青の特徴を私が書き表した簡易的な絵だ。
直方体の硝子製の入れ物の中に蝋燭が3本立てられている。おそらく灯篭だろう。その灯篭の上には蓋をする様に天秤が描かれていた。精霊の話を総合するとそんな刺青だった。
その絵を見た瞬間、ゾディアルは左手で口を覆い、厳しい顔で思案しだした。
「知っているのかい?」
「ちょっと待ってくれ。今考えている」
所作はそのままだが目線だけを真横に向け、しばらく何かを考えている様だった。私が待っていると、彼はやっとその重い口を開いた。
「エドガー、そいつは『嘆きの灯篭』の一員だ」
「嘆きの灯篭?」
「ああ、魔獣崇拝の異端宗教集団だ。ここを見ろ。灯篭の中に入った3本の蝋燭は3大神を表している。クジャレル、ウロ、オンテルノだ。その3本を閉じ込める様にして蓋となった天秤の両側には魔獣と人間が乗るんだ。この絵には天秤に何も乗ってねーからおそらくそいつは上から3階級目と考えて良い。1つ階級が上がれば片方の秤に乗った人間が描かれ、1番上まで上がればもう片方の秤に乗った魔獣が刺青に付け加えられる」
1つ間を置いた後、ゾディアルから驚きの情報が齎された。
「こいつらの最終目的は、人間の手で神となり得る魔獣を創る事だと言われている」
過激な思想だ。
いや、過激所か狂っている。
そんな組織の構成員が1年もの間騎士団に入り込んでいた?
私は少しだけ戦慄を覚えた。
「刺青の意味は人と魔獣がレミグレイトに取って代わる存在になるという意思を表している。組織自体はまだあまり有名じゃねーし『献花葬送』や『ゴイの盃』とかに比べると規模は落ちるが、危険な地下組織の1つである事は間違いない。協会でも追っている。だが今俺が考えていたのは、もしかしたらコイツら相当長期に渡って計画してるんじゃねーかって事だ」
「長期計画?ルグルが入り込んでいた事が?」
「ああ。エドガー、聖皇国に来る前俺はイゼリフ王国のショルヘに居たって話はさっきしたよな?」
「うん。そこでライド君が色々と酷い目にあったっていう話だったね」
「そうだ。さっきはそこまで話さなかったんだが、その酷い目の1つというのが、本来そこに生息する筈の無いドッケラルがゴッフェートを捕食していたという事件だった」
ドッケラルがゴッフェートを捕食?
魔獣同士の食物連鎖はよく知っているつもりだが、その両者の生存競争は聞いた事が無い。何より生息環境が全く違う。
「にわかに信じ難いね…何故そんな事が?」
「実はその事件の直前にも、ギスヘルトがマガンボの葉を食って毒効果を高めたっていう報告が上がって来ていてな。キナ臭いと思った俺は子供達にその件の事後調査を依頼した。その後のドッケラルの件も含めてな。そしてその調査の担当者から、俺がこの国に向かっている最中に報告が上がって来た」
話に聞き入る準備が整った私は自然とジリ酒を口にしていた。
「まず、ゴッフェート捕食事件の現場となった森林で、ショルヘの筆頭冒険者が討伐した個体以外に3匹のドッケラルが居た事を確認した。担当者は速やかにドッケラルを処分。生命生体研究所に調査を依頼する為、死体を輸送する手配をかけようとしていた時だ。外套を頭から羽織った3人の不審人物を目撃したらしい。結論から言うと、情報を吐かせる為に拷問にかける前に自殺した様だが、その3人を監視していた時にそいつらが言っていたらしい。『近々に実行される聖都の計画がうまく行けば我々もやっと楽になる』とな」
杯を持った手が固まった。
「そいつらの死体を検めた結果、3人共これと似た刺青が胸に彫られてあった。蝋燭が1本だけで天秤も描かれていなかったらしいからおそらく下っ端だな」
握る手に力が入る。
「俺がこの聖皇国に来た目的の1つが、この話をお前に伝える事だった。まぁ既に向かっていたから急遽増えただけだったけどな」
腑に落ちない。
何故聖都を狙う?
計画とは何だ?
目的は?
「そうだったんだね…ありがとう。でも分からないな、聖都で何をするつもりなんだ?」
私のその言葉にゾディアルはしばらく考えた後、見解を述べ出した。
「あくまで俺の仮説だぞ?鵜呑みにすんなよ?」
大きく頷く。
「もしかしたら聖女サマかも知れねー」
まさかの名前に驚いた。
「シルを?どうして?」
「待て、順を追う。この組織はな、魔獣の研究をしてるんだ。それこそ全く違う種類の魔獣同士を切って貼ったりしてな」
「人為的に合成するという事かい?」
「その通りだ。実際にそういう事件が起こっている。そして今回イゼリフ王国で起きた事件も、十中八九コイツらの仕業だ。実例の無い魔獣同士の捕食反応を調べる実験、って所か。ドッケラルは失敗した様だが、ギスヘルトは一定の成果があった筈だ」
成程、毒の効果が上がったと言っていたな。
「比較的規模が小さいとは言え、協会が壊滅対象として指定する程の組織だ。ラメンデの至る所に研究所を構えているらしい。構成員はその研究所に捕獲した魔獣を運び込んであらゆる実験を行っているんだ。今挙げた様な移植手術や、投薬実験、その他諸々だ」
「理解出来ないな」
「する必要はねーよ。人間が100人居れば100人考え方が違う。その中でも1000人に1人くらいの割合で発生する危険思想を持った人間の集い。そういう認識でいいと思うぜ?」
異端児か。
確かに騎士団でも極端に偏った思想を持った団員も居る。そういった団員を諭すのも私の役目の内の1つだ。
「だが魔獣1匹無傷で施設に運ぶのもラクじゃねーハズだ。対象の魔獣が強くなればなる程な。冒険者や国に追われながら潜伏して任務をこなす。そして1度使用して死んだ魔獣はもう使えない。もう一度魔獣を捕まえに行かなきゃならねーんだ。これは大変だと思うぜ?」
ゾディアルのこちらを伺う様な視線を感じながら、私の頭の中にはある可能性が浮かび上がり、持っていた鉄製の杯に左手の跡がつく程握り締めていた。
「…………まさか…再生魔術か?」
「そう、その為の聖女サマ、だ」
聖皇国に歴々と受け継がれる女神メルメネスの託紋を授かった神徒。表向きにはその托紋が肌に浮かび上がる事が聖女の証とされているが、実際は違う。
メルメネスの神徒にはある能力がある。この世でただ1人しか使用する事が出来ない『再生魔術』だ。
再生魔術は文字通り、生物が受けたあらゆるキズや怪我を一瞬にして治す事が出来る魔法を放つ事の出来る魔術だ。自らを偽り神徒を騙る数多の不届き者が跋扈する中、この魔術を使用できる人間を協会は真の聖女として認定してきたのだ。
一見、医術と相違無い様に見えるが、その本質は全く違う。部位欠損までも回復させる事が可能だからだ。
飛ばされた両腕を肩から生やしたり、再び2足歩行出来る様になったり、場合によっては脳障害からも回帰させる事が出来る。まさに神に許されし領域だ。
シルゼリア教会は代々この力を秘匿してきた。知られては危険だからだ。聖女の奪い合いが始まってしまう。
知っているのはどの時代においても教皇と枢機卿と聖樺騎士の3人だけ。即ち、聖女認定時はその3人の前で「貴方が持つ魔術を見せて欲しい」とお願いするだけという極めて単純な試験を実施する事が伝統となっている。
昔とある事があって、ラムスとキンダル、そして目の前に居るゾディアルは知ってしまう事となったが、当時から即死を伴う強力な一方型魔術契約を結んでいる為、彼等が起因となる情報漏洩はまず無いだろう。
そんな極めて機密性が高い情報を非合法組織が知っている?通常であれば副団長でも知らない事だ。あり得るのか?
「魔獣を殺さない限り、どこを切り取っても復活させて実験し放題だ。奴らにとってこんな虫の良い話は無い。仮に俺が組織の人間なら何としても攫って来いと命令するだろうな」
その通りだ。
1度その種類を捕らえてしまえば、イチイチ補填しに行く必要が無くなる。効率が上がり、より実験に時間を割く事が出来る。
「君が言う様に確かに仮説ではあるけど、信憑性は高いと思う。その線で考えておいた方が良さそうだ」
「ああ。お前が居るから大丈夫だろうが、しばらく護衛の数を増やしておいた方がいい」
「うん、そうするよ。しかし、困ったね。何か証拠を見つけて早い所ルグルを捕まえたいんだが…」
「だったら簡単だ。胸の刺青を見せろと言え。ウチが非合法組織の構成員であると立証してやる」
私は諦めた様に首を横に振った。
「最初に問い詰めた時に確認したんだよ。包帯でぐるぐるに巻いていて解かせたら大怪我の跡があった。おそらく自分で皮を剥いだんだろうね。本人は任務中の失態だと恐縮していたけど」
ゾディアルは何とも言えない表情をしながら肩をすくめた。色々と言いたい事を飲み込んだのだろう。
「だとしたら、先に仲間の方を追ったらどうだ?話を聞く限りそいつはもう目立つ行動はしねーだろ。聖女が狙いだとしたら奴らは確実に近くに潜んでいる。聖都にそれらしき場所は無いか?」
私は伏し目がちに首を横に振った。
「無いね。ルグルと同じ様な刺青をした人間が居ないか聖都中に精霊を飛ばしたんだけど、結局居なかった。潜伏場所も見当たらなかった。地下水路まで隅々調査させたから間違いなく聖都には存在しない」
チッとゾディアルが1回舌打ちをした。
「お前の精霊を警戒したか?そっちの方が厄介だな。もしかしたら聖都周辺の何処かに居を構えているかもしれん」
「周辺か…各方角にいくつか街や村があるね。よし、早速専門部隊を作って調査させよう。表向きは哨戒任務と言う事にして」
「それがいい。必ず何かは引っ掛かる筈だ。お前が聖都に居る限りは手を出さねーだろう。慎重に調査させた方がいい」
「うん、明日から始める事にするよ。ありがとう、ゾディアル。君に相談して正解だった。ところで君の方の相談というのは?」
「ん?あー、忘れてたわ。いやさっき言いかけた通り、かなり忙しくなりそうでな。その間あの食いしん坊をお前に預けたかったんだ」
「そういう事か。僕は構わないよ。君が不在の間、騎士見習いとして鍛えてあげればいいのかな?」
「そうしてくれると助かる。俺が1ヶ月みっちり鍛えたから、その辺の騎士にはそう簡単に負けない筈だ。いざとなったらパラドクスもある。何だったらアイツが望むならそのまま騎士として登用してくれてもいい。正直、お前が引き取ってくれるのが最善だと思っている」
「うーん、どうだろう?その話は君が帰って来た後に本人に確認しよう。しかしどうしたものか…腕に覚えがあるのなら任務を与えてもいいかもね。んー…例えば、各都市を巡って魔獣を討伐してもらうとか……あ」
私の中にある考えが浮かんだ。
試しに提案してみるか?
「さっきの哨戒部隊なんだけど…ライド君入れてみる?」
エンプシー・リギウスのよいこのための
わくわく魔獣図鑑
出版:生命生体研究所
共著:冒険者協会
22、エルフェノム
このよのどこにでもいてどこにもいない。
そんなうわさのまじゅうだよ。あるときはひと
のすがたをしてあるときはかみのすがたをして
いるともいわれてるね。うんめいがひらかれる
ときにであうといわれているけどほんとかな?
みつけたらおしえてね。
だい19しゅみかくにんまじゅうだ。




