【閑1-4】聖鐘歴2020年5月19日 ライド
「よし、休憩は終わりだ。今日の訓練だが、何の武器を使う?」
「………」
「どうしたライド」
答えに窮していた俺は、一度立ち上がった体を再び岩に落としていた。
「ゾディアルさん、武器、使わなくちゃダメですか?」
「…何が言いたい?」
そう、そこなんだ。
俺、何が言いたいんだろう。
武器を持って戦わないといいけないのは分かる。
だって相手が武器を持っていたら、こっちも武器を持たないと守りたいものが守れない。何より人相手に戦う時は俺の能力がバレない様に偽装しないといけない。ゾディアルさんはからは、お前に武器を持たせる理由の半分以上を占めると言われたし、だからこそ自分にとって何が1番かじっくり考えろ、とも。
だが何を持ってもしっくり来ない。
何でしっくりこないのか自分で理由が分からない。
「分からないんすよ。武器持たなくちゃいけねぇってのは分かるんすけど、でも…何持っても使える気がしないっす」
「使い始めたばっかりの時は皆そう言うぞ」
「いや、違うんすよ。そういう事じゃなくて…あぁ何て言ったらいいのか分かんないす」
俺がそう言うと、岩に腰掛けていたゾディアルさんがこちらに少し寄って来た。
「ライド、実験をしよう」
「実験?」
「ああ、立ってくれ」
何の試験だ?俺の適正武器見極め?
「ライド、前回の試験でやった時と同じように、魔力布で俺の右腕を突いてくれ」
はい?また唐突な事言い出したぞこの人。
もしかしてそういう趣味が…
「そういう趣味は無い。いいから早くやれ」
「……突けばいいんすね?文句言わないでくださいよ?」
そう言って俺は先を尖らせた布でチクッとやった。
ゾディアルさんが外套をめくった所から見える右腕に赤いシミが出来てプツッと血が出て来た。
「今俺の腕を刺してどう思った?」
「いや、どうもこうもやれって言われたから…」
「そうか。じゃあ次だ。この小刀を使って今度はこっちの手を同じ様に突け。切ってもいいぞ」
「何の意味があるんすか?まぁやりますけど…」
右手に持った小刀をゾディアルさんが出した左腕に近づける…………
「どうしたライド。早くやれ。今魔力布で俺の右腕を刺したみたいに」
「……………………」
どうしよう。出来ない。
なんでだ?さっきやったみたいにちょこっと刺せばいいだけなのに。
「……やはりな。実験は終わりだライド。お疲れさん」
「えっ?どういう事っすか?」
「聞きたいか?」
「はい…」
「何故小刀では刺せなかったと思う?」
何故…分からない。
「………分かりません」
そう言うとゾディアルさんは踵を返し、先程の岩に再び腰掛けた。
「フッ、相当悩んでいるみたいだな。わかった。教えてやろう。簡単な事だ。お前は武器で他人を傷つけるのが怖いんだ。いや、人どころか魔獣でさえも、だな」
ドスンと胸の奥に石を放り込まれた様な気分になった。俺、怖がってたのか?
「アルクールの森で小型魔獣を狩っていたと言ってたな。その時はどうやって狩っていた?」
「いや、魔力布でサクッと…」
「布以外の武器で殺した事は?」
「…………あ、無い…かも」
「そういう事だ。つまりお前は一般的ないわゆる武器と呼ばれるもので命を奪った事がないんだ」
よく考えてみれば、魔獣を殺す時はいつも魔力布でやって、小刀を使っていた時は解体のときだけだ。
「普通の人は、魔獣が現れれば武器を持って戦い、そして殺す。それしか方法が無いからな。だがお前の場合は武器を持って戦う必要が無かった。魔力布で殺っていたからだ」
「……………………」
「お前に武器を持たせて2週間とちょっとか。持っている時はいつも戸惑っていたな。自分で気付いていないかもしれないが、何かに怯えている様な顔をしてたぞ」
もしかしてずっと抱いていたモヤモヤした戸惑いの原因はそれか…?
「言っておくが、それは決して悪い事じゃない。お前の生い立ちからすればむしろ至極当然の事だ。だが同時にそれは途轍もなく危険な事だ」
「危険…?」
「ああ、そうだ。そんなにも武器で他者を傷つける事を恐れるお前が、魔力布を使えばあっさり命を奪える事が、だ」
今度は頭を石でゴンと殴られた様な気がした。
確かに俺は魔力布を使って魔獣を殺しても何とも思わない。
むしろそれが当たり前の事だと思っていたから。
「一般人は誰の目にも見える武器を持って戦うのが当たり前だ。その部分においては公平だ。それがお前にとっては誰の目にも見えない力を使って、不公平に戦うのが当たり前になっている。つまりこの間俺が言った予想図の道を辿る可能性が、まだお前の中で無意識に存在する。お前にいつどんな心境の変化が訪れるかわからない。この怖さがわかるか?」
顔に指をさしながら指摘された事に何も返せなかった。俺はなろうと思えば完全無敵な殺人犯になれる。その怖さだ。
そしてそんな俺が存在しているという事実が広まれば…
俺にそんなつもりは全く無いけど、俺がいつ何時そんな状況に陥るか分からない。ゾディアルさんはきっとそういう事を言いたいんだと思う。
「俺は人であろうが魔獣であろうが、相手の命を奪ったら、俺が俺の意思で殺したと自覚している。何故なら覚悟があるからだ」
「覚悟…」
「ああ、己の手で他者の命を奪う覚悟だ。当然奪われる覚悟もな。お前にはあるか?」
「分かんないっす…」
「そうだよな。それは覚悟が決まっていないんだ。そしてそれは不自然な事じゃない。そんな力を使っていたら誰でも現実感が無くて、実感が出来ないんだ。命を奪っている実感が」
「命を奪っている実感…」
「ああ、今は魔獣を討伐しているだけだからいい。だがこれから冒険者として依頼を請けていけば、いつか悪人と対峙する時が訪れる。だがお前は負けないだろう。お前は一方的に命を奪える力を持っている。そしてお前は思うかもしれない。悪人なのだから殺して構わないだろうと。確かにラメンデにとってはその方がいいのかもしれない。だがお前自身はどうなる?お前はどこへ行くんだ?お前の婆さんは喜んでくれるのか?」
ばーちゃんが真剣な顔して誰にも知られちゃいけないって、誰にも使っちゃいけないって言っていた本当の意味を、今になって初めて理解した。ゾディアルさんは魔獣を討伐しているだけだからいいって言うけど、魔獣に対してさえ命を奪っている実感なんて1回も感じた事が無かった。
けど、いつか…いつか人に向ける時が来る?
俺は自然と顔を落とし、両手を見つめていた。
何で俺にこんな能力があるんだ?
俺に何をさせたいんだ?
何の悪意も無くこの力を振るっていた自分が恐ろしくなって来た。
この力を使うのが急に怖くなってきた。
これじゃ本当にただの危険人物だ。
俺は冒険者になっちゃいけないのか?
俺はこのラメンデにいちゃいけない存在なのか?
俺がいない方がラメンデは平和なのか?
目の前が暗くなって来た。
嫌だよ、自分が自分じゃなくなるみたいだ。
俺、どうしたら…
「…イド、ライド!俺を見ろ。俺の目を見ろ」
いつの間にかゾディアルさんは俺の目の前まで来て、俺の顔を両手で覆っていた。
「いいか、教えてやる。お前に武器はある。それも誰にも負けない武器がだ」
「誰にも負けない…俺の…武器…?」
「そうだ。何か分かるか?」
分からない。
だって俺が持っているのは今初めて気付いたこの不気味な能力だ。
「わかりません…」
「ライド、今お前は本当の意味で、お前のその力と向き合っているんだ。恐ろしいだろう?だが、この前俺が言った事を覚えているか?お前の力をどう使えと言った?」
どう使う?こんな力をどう…………あ。
「その力を正しい方へ向けろ、と言われました…」
「そうだ。その力はな、誰かを守る為に使う力だ。決して誰かを殺める為じゃない。大切な人を、いや、みんなを守る為の誰にも負けない最強の武器だ」
「みんなを守るための武器…?でも武器として使えば刺し殺したり斬り殺したりしちゃいます…」
「思い出せ。お前、ファイドナ村でパンタフェルラ達が襲われていた時、あの冒険者をどうやって倒した?」
「…あの時は確か、無我夢中であんまり覚えてないっすけど…確か布を腕に纏って殴りました」
「ああ、そう言っていたな。だからお前にこれをやる」
ゾディアルさんは鞄から2つのある物を取り出して、俺の両手を包み込むように大切に渡した。
「籠手………?」
「そうだ。お前はこの籠手で弱い人を助けて、悪い奴を挫くんだ。どうしても強い奴がいたらブッ飛ばしてやれ。例えその結果相手を殺めてしまったとしても俺が許す。俺だけは許す。何故なら守る為だからだ」
俺の両手に収まった籠手とゾディアルさんの両手が、何となく俺を元気づけてくれる様な気がした。
「その籠手ならお前の能力をうまく偽装してくれる筈だ。そしてずっと考えていた事なんだが、お前のその能力に名前を付けようと思う」
「名前…?」
「ああ、いつまでも魔力布なんて言ってられない。形状も変わるのに布ってのもおかしいしな」
この力に名前を付けるなんて発想は今まで無かった。
「ライド、お前の能力の名前は『パラドクス』だ。」
「パラドクス…どういう意味すか…?」
「武器でもあり盾でもある。そういう意味らしい。矛盾しているんだ。だがそんな矛盾がお前の力になってくれる。大切な人を守ってくれる」
「ゾディアルさん…」
「ああ、お前のその両手でみんなを守ってやれ。大丈夫だ。約束しただろ?お前が1人前になるまでちゃんと俺が見ているから。だから心配するな」
そう言ってゾディアルさんは俺に微笑んだ。
その瞬間、どこに溜まっていたのか溢れんばかりの激情が決壊した。理由はこれっぽっちもわからないけど、俺はゾディアルさんに抱きつき、泣きついていた。とても15歳の男子とは思えない、情けなく、みすぼらしい姿だったと思う。俺もこんな姿誰にも見せたくなかったさ。でも柔らかく頭を撫でてくれている感覚が俺を止めなかった。
止めてくれなかった。
エンプシー・リギウスのよいこのための
わくわく魔獣図鑑
出版:生命生体研究所
共著:冒険者協会
4、インビー
もりやへいげんをとびはねているうさぎがた
まじゅうだ。おおきさは50セルメルくらいで
3つのツノでついてくるよ。あたったらおおけが
しちゃうけどうごきがのろいからしっかりよけて
ね。このまじゅうはまじゅうというよりしょく
りょうだからおいしくいただいてあげよう。
だい19しゅしていまじゅうだ。




