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幼馴染は二度覆される

 四月の、それも入学式の当日。引っ込み思案な幼馴染である安藤怜という存在が俺の目の前で覆された。


「勇樹。私と……つきあ、違う。こ、恋人になって!」


 桜の花が満開に咲いている体育館の真裏という、恋愛物漫画であるならラストシーンに持ってくるべきであろうシチュエーションが、まさかこんな行動をとるはずはないであろう人物から発せられて俺はしばらく呆然としていた。


 怜という幼馴染は、自分から行動する前はとにかく周囲の目を気にして誰かに相談するのが行動パターンだった。そんな生きにくいやり方をいつまでも続けていると幼馴染としては心配するのだが、幼馴染だからこそ大人しい性格を変えろと強く言うことができなかった。

 そして今回も周りに知り合いが俺以外いない状態だから、何かの相談に乗ってほしいといういつものパターンかと疑いもせず付いてきた。それが告白だなんて、男子の方からされるのならともかく、こんな青春の一大イベントを自らの手でするだなんて、俺の知っている限りではあり得ないことだった。


「もう一度確認するけど、コイビトって鯉の人になる魚人的なものとかオカルティズムなものじゃないよな

「恋愛の恋と愛の、本気の。告白でしゅ!」


 噛んだ。本人もそれに気づいて、すでに興奮して真っ赤な顔が熟した高級りんごのようにさらに赤らめる。百五十センチもあるかどうかの小ささと一本にまとめた三つ編みが小動物らしさを醸し出しているから素で可愛いのだ。

 うんそう。安藤怜は可愛いのだ。中学の時でも男子たちのランキング内でも上位に連ねるほどの魅力を備えている。だが人目を気にして目立つことを嫌う怜が誰かと恋仲になるなんて……ましてや俺とだなんて。


「なんで俺なんだ」

「ずっと。好き、だったから。高校生になったら言おうと決心して」


 しどろもどろになりながら必死に言葉を紡いでいく。一番恥ずかしいのは怜のはずなのに、頬に温かいものが流れて火照ってくる。自慢じゃないが、女の子に告白されるなんて経験は全くなく、ましてや淡い恋心を持っていた相手にされるなんてどんな言葉をかければいいか頭の中にある言葉の引き出しをひっかきまわしているのだ。


「な、なんか漫画みたいな展開だよな。俺もこういうの憧れていたけど、その相手が怜だったから結構びっくりした。その、これからよろしくな」


 自分の口であるが、もっとはっきり言えよと言いたくなる台詞を吐いて、ぬいぐるみのようなやわらかい手を取った。

 そして体育館の角から怒号のような大歓声が沸き上がった。


「うぉおおお!!!! マジか!! 入学早々初告白かよ!!」

「よかったぁ! 名前もクラスも知らないけど、あなたがんばったね!」

「スクープだスクープ。まず名前とクラスを調べろ」


 嗅ぎつけるの早すぎるだろうちの学校。


 とまあ、入学式早々の大事件ではあったが、桜が葉になって五月になると新しい学生生活や人間関係の構築で忙しくなり俺たちのことは話題にならなくなったが、今まで一緒に帰るたびに他の生徒からひそひそと俺たちの噂をしていたから、ようやく静かな学生生活を送れることに安心したほうが大きかった。

 放課後のチャイムが鳴ると怜が俺の席に寄ってきて一緒に帰ろうと毎日誘ってくるのが日課になっている。


「勇樹、一緒に帰ろ」

「悪いけど、ちょっと友達に呼ばれてるんだ」

「手伝い? なら私も一緒についていくけど」

「いや、女の子を連れションさせたらだめだろ。呼ばれているのトイレだから」

「あ、ああ。もう女の子の前でそういうこと言わないでよ。じゃあ私帰り待つから」


 少し頬を膨らませて教室を出ていった。本当にかわいいな。中学までは一緒に帰ろうだなんて積極的になることはなかったのに。特に姿勢もビシッとなっているから明るい感じも出ている。高校デビューってこんなに人を変えるものなのだなと、自分のことのようにしみじみと感じてしまう。

 それが怜だけでなく俺までバラ色で幸せの高校生活を送っていくのだと思うと、思わず足が浮いてしまう。

 男子トイレに入ると、転落防止の格子がはめられた窓に久米(なおし)がもたれかかって待っていた。


「よう直、急に呼び出してなんだ」

「勇樹、今まで言おうか悩んでいたが、もう付き合うのやめといたほうがいい。あいつ、ヤンデレだ」

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