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今そこにある幸せ

 前世の記憶を呼び覚ましてしまった事で今の自分を見失いつつある明日香を助ける為、サクラの力を借りてその精神世界へと来た俺は、鈴蘭すずらんの花に似た形のガラス細工の様な物の中に居る明日香の前へと来ていた。


「明日香、迎えに来たよ。お兄ちゃんと一緒に帰ろう」

「お兄ちゃん……私、お兄ちゃんと一緒には居られない……」


 淡く白い光を放つ物の中に居る明日香に手を伸ばしてそう言うと、明日香は両膝を抱えて顔を伏せたままそんな事を言った。


「どうしてさ? 俺達が一緒に居られない理由なんてどこにも無いじゃないか」

「だって、私はいらない子だから。お兄ちゃんも見たでしょ? 前世での私を。そしてあの時の私は、生まれてきた事を後悔されてた。いらない子だったから。だから、お兄ちゃんにまでそう思われるのは嫌なの……」


 明日香のその言葉は、何よりも鋭い矢となって俺の心を突き抜けて行った。

 俺は生前の明日香の家族についてはよく知らないし、どんな人達だったのかも詳しくは分からない。明日香が生前にどんな仕打ちを受けていたのかも、その全てを知っているわけじゃない。

 もしかしたら明日香の言っている様に、本当にそんな事を生前の家族は思っていたのかもしれない。けど、それが真実なのかは俺には分からない。だけど虐待を受けていた本人である明日香がそんな風に感じていたとしても、それは仕方のない事だと思う。

 でも、『お兄ちゃんにまでそう思われるのは嫌なの』という言葉だけは、鋭い痛みとなって俺の心を沈ませた。


「どうしてそんな事を思うんだよ……」


 怒りにも似た感情と、そんな事を言われた悲しさが交じり合った様な複雑な感覚の中、俺は明日香に向かってそう尋ねた。


「だって私は、いつもお兄ちゃんに迷惑をかけてばかりだから……」

「いいんだよっ! 迷惑をかけても! 俺は明日香のお兄ちゃんなんだから! それにな、俺は明日香が居る事を迷惑だなんて思った事は一度も無いっ!」


 明日香の言葉に感情が一気に爆発してしまい、少し語気が強くなってしまったけど、俺の言葉を聞いた明日香は伏せていた顔をゆっくりと上げ、涙に濡れた顔をこちらに向けて潤んだ瞳で俺を見た。


「お兄ちゃん……」

「そうじゃなきゃ、わざわざこうして迎えに来るはずないだろ? それとな、明日香。前世での事は詳しく分からないからなんとも言えないところもあるけど、俺にとっても明日香にとっても、今一番大切なのは、二人で過ごしているこの生活とその時間じゃないのか? 俺は明日香と出会ってからの一年は、凄く思い出深い事ばかりだったよ。それまではただなんとなく日々を過ごしてたって感じだったけど、明日香と出会ってからは違った。退屈に感じる事がなくなったよ」


 明日香は黙って俺の話に耳を傾けてくれている。

 その様子から察するに、俺の言葉はしっかりと明日香に届いている。だから俺は、これを機会に俺が思っていた事を全て話してみようと思った。


「それにさ、多分だけど、俺と明日香はこうして出会う以前に会った事があると思うんだよ」

「えっ!?」

「いや、この言い方は正しくないか。正確には、お互いを感じた事がある――って言った方がいいのかな?」

「どういう事なの?」

「お兄ちゃんにはな、まだ小さかった頃に妹が居たんだよ。その妹の名前は明日香で、俺はずっとその妹が生まれてくるのを楽しみにしてたんだ。でもな、その妹とは一度も会う事はできなかった。母さんと病院へ向かう途中に事故にって、そのまま顔を合わせる事もなく居なくなっちゃったんだよ……」

「もしかして、その赤ちゃんが私だったの?」

「俺はそう思ってるんだよ。ほら、前に明日香と映画を見に行った時の事を覚えてるか?」

「うん」

「あの時に明日香が『聞き覚えがある』って言った音楽な、母さんのお腹の中に居る赤ちゃんに俺がずっと聞かせてた音楽なんだよ。それにほら、明日香もその日の朝、『温かくて静かな水の中に居た。誰かの楽しげな声が聞こえたり、綺麗な音が聞こえてたりしてた』とか言ってただろ? つまりあれは、母さんのお腹の中に居る時に聞いた俺の声とその音楽じゃないかって思うんだよ」

「それじゃあ私は、本当にお兄ちゃんの妹だったの?」

「都合のいい話かもしれないけど、俺はそうだと思ってる。仮にそれが的外れな考えだったとしても、今こうして目の前に居る明日香が俺の妹なのは間違い無いんだからさ」

「お兄ちゃん……」


 そう言うと明日香は再び瞳を潤ませて大粒の涙をこぼした。

 しかしその表情には、先ほどまで見せていた暗い感情は見えない。


「さあ。帰ろう、明日香。サクラも小雪も待ってるからさ」


 俺はそう言ってから再び明日香の方へと右手を伸ばした。


「ううっ…………お兄ちゃ――――――――ん!!」


 明日香がスッと立ち上がった瞬間、その身を覆っていたガラス細工の様な物はキラキラとした光を放ちながら砕け散り、明日香が俺の方へと飛び込んで来た。


「おっと!?」

「お兄ちゃん、ごめんなさい……」

「いいんだよ、明日香」


 俺は飛び込んで来た明日香の身体をしっかりと抱き止め、胸の中で泣きじゃくる明日香の頭を優しく撫でながら、赤ちゃんをあやす様にしてもう片方の手で背中をポンポンとした。


「よし。それじゃあ帰ろう」

「うん。お兄ちゃん、迎えに来てくれてありがとう!」


 明日香がそう言って満面の笑顔を見せると同時に、世界は目がくらむほどの光に包まれた。


× × × ×


「んんっ……」

「あっ、涼太君。気が付いた?」

「サク……ラ?」


 俺はクラクラする頭を手で押さえながらゆっくりと上半身を起こした。


「まだ無理しない方がいいよ?」

「それよりサクラ、明日香はどうなったんだ?」

「明日香ならもう大丈夫だよ。穏やかに寝てるから」


 そう言われて隣を見ると、サクラが言った様に穏やかな表情で寝息を立てている明日香の姿があった。


「妹のお迎えは上手くいったんだな」

「うん。涼太君のおかげだよ。ホント、無事に戻って来てくれて良かった……」


 サクラは緊張の糸が解けたのか、ベッドに力なく下りて大粒の涙を零して泣き始めた。


「お、おい。そんなに泣くなよ」

「だってだって! 二人にもしもの事があったらどうしようって、本当に心配したんだもん!」

「ありがとう、サクラ。心配かけてごめんな」


 俺はそう言いながら泣き喚くサクラの頭を人差し指で優しく撫でた。

 すると部屋に居た小雪がベッドに飛び乗り、俺の方へと近寄って来た。


「小雪もありがとな」

「うにゃーん」


 俺は空いている方の手で小雪の頭を丁寧に優しく撫でた。すると小雪は安心した様な穏やかな声を出し、明日香の顔を見た。


「おにい……ちゃん……」


 俺はその声に再び明日香の方へと視線を移す。

 そしてその穏やかな寝顔を見ながら、妹を守れて本当に良かったと安堵した。

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