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年末年始の兄妹

 クリスマスを過ぎればあっと言う間に大晦日とお正月がやって来る。

 小さな頃はお年玉の増額を目論んで親へ必死にこびをうっていたものだけど、さすがに離れて暮らす様になってからはそんな事を考えなくなった。

 それに昔は手渡しだったお年玉も今はクリスマス前に銀行振り込みだから、情緒もへったくれもない。だけど毎年忘れずにお年玉を振り込んでくれるんだから、そんな事で文句を言うのは筋違いだろう。


「年越しそば、楽しみだなあ♪」


 かぐわしい椎茸の出汁だしが香る大晦日の夜の台所。

 そこで調理をする俺の様子を見ながら、明日香は年越しそばが出来上がるのを今か今かと目を輝かせながら待っていた。我が妹の好奇心は、いついかなる時でも尽きる事はない。


「あと少しで出来上がるから、リビングで待ってていいぞ」

「うん。分かった♪」


 元気で明るい返事をしてリビングへと向かう明日香。

 時が経つのは早いもので、明日香が妹になってからもう八ヶ月が経つ。親と離れて暮らし始めてからは毎年何気なく一人で過ごしていた大晦日だったけど、こうして無事に年の終わりを迎えられた事に感慨かんがいいだくのは初めてかもしれない。


「よし。できた」


 茹で上げたおそばが入った器に出来上がった出汁を入れ、仕上げに刻んだ小ねぎをぱらぱらと表面に散らす様に乗せる。

 我ながらなかなかの出来栄えに満足しつつ、二人分の年越しそばをトレーに乗せてからリビングへと運ぶ。


「お待たせー」


 リビングのソファーに座って待っていた明日香の前にあるテーブルにトレーを置き、乗せていた器を置く。


「お兄ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして」


 明日香の向かい側に器を置いたあとでトレーをテーブルの端に置き、ソファーへと座る。


「それじゃあ食べようか。いただきます」

「いただきます」


 両手を合わせてから箸を持ち、立ち上る湯気と芳しい香りを放つそばをすすり上げる。


「あれっ?」


 しかし年越しそばを食べ始めてすぐ、明日香が小首を傾げながら箸を止めた。そしてその様子を見た俺も、同じく箸の動きを止める。

 両親と離れて暮らす様になってからは、毎年年越しそばと言えばカップ麺のお世話になっていた。そんな俺が琴美に作り方を聞いて初挑戦した年越しそば。自分では結構上手く出来たと思うんだけど、初挑戦という事で至らないところがあったのかもしれない。そう思うと明日香の反応に不安の一つも抱いてしまう。


「美味しくなかったか?」

「あっ、ううん、そんな事ないよ。とっても美味しいけど――」

「けど?」

「どうしてこのおそば、お箸で掴むと簡単に切れちゃうの?」


 確かに今出しているそばは普段食べているそばとは違うから、色々な事に興味を持つ明日香には当然の疑問かもしれない。


「それはな、このそばが十割そばだからさ」

「十割そば?」

「簡単に言うと、そば粉だけを使ったそばって事さ」

「へえー、それでいつもよりおそばの風味が強いんだね」

「そうそう。ちなみに何で年越しにそばを食べるか知ってるか?」

「ううん、知らない」

「それはな、年越しそばの由来には諸説しょせつあるんだが――」


 各ある諸説の中で広く知られているのは、その年に背負った厄災と縁を切る為に切れやすいそばを食べる――というものではないだろうか。年末の店に十割そばなどの切れやすいそばが立ち並ぶのも、そういった諸説からきているのだと思う。

 他にもそばには五臓ごぞうの毒を取り除くと信じられていた事があるので、一年の体内に溜まったけがれを出すと言った意味合いもあるとの事だ。ちなみに薬味のねぎにまで縁起の意味合いを持たせてるんだから、日本人てのはとことん縁起を大事にするものなんだなと、いたく感心してしまう。

 こんな調子で俺は年越しそばの由来について話を聞かせた。それはもう、俺が知りうる限りの話を。


「――へえー。お兄ちゃんはやっぱ物知りだね。百科事典より凄いよ」


 説明を終えた俺に対し、明日香は感嘆かんたんの声を上げる。

 明日香の中で俺は百科事典にも勝る物知りだと思われていると由梨ちゃんから聞いた事があったが、どうやら本当らしい。


「ははっ。さすがに百科事典にはかなわないと思うけどな。あっ……」


 テーブルの上に置いていた箸を持ち、再びそばを食べようとしたその時、俺は自分のしでかした失敗に気付いた。


「お兄ちゃん、これ……」


 明日香も器に入ったそばを箸でつまんで呟く。

 俺が長々と年越しそばに関するうんちくを話している間にそばはすっかり伸びきっていた。そのせいでただでさえ切れやすい十割そばは出汁を吸って更に切れやすくなっていて、箸で摘むだけでプツッと切れ落ちる。


「ま、まあ、これなら色々な厄災とも縁が切れそうじゃないか」

「そ、そうだね」

「「あはははは」」


 二人で乾いた笑いを出したあと、今度は器の中身がなくなるまで黙ってそばを食べた。


× × × ×


「寒くない様にしておくんだぞ?」

「はーい」


 年越しそばを食べ終わってから三十分もしない内に年も明け、俺は明日香と一緒に自宅から一番近い神社へ初詣に出掛けようとしていた。


「夜中なのに沢山人が居るね」

「みんな初詣に向かってるんだろうな」


 日付が変わって新年を迎えたばかりだが、沢山の人の姿があちこちに見える。

 本来なら初詣などかったるくて仕方ないけど、こうして明日香と一緒に初詣へ行くのはちょっと楽しみだった。


「初詣、楽しみだね。お兄ちゃん」

「そうだな」


 繋いだ手からは毛糸の手袋越しに明日香の体温がじわりと伝わってくる。

 初詣なんて大した事をやるわけじゃいけど、なんとなくワクワクする感じは分かる気がした。

 寒々とした風が時折吹いてくる中を、身体を震わせながら歩いて行く。ある程度の防寒をしているとはいえ、やはり冬の寒さは骨身に刺さる様に鋭く冷たい。


「――うわー、思ったよりも並んでるな」


 二十分ほどの距離を歩いて神社へと辿り着いたが、決して大きくはない神社にもかかわらず、沢山の人が境内の方へと向かう為に並んでいた。


「明日香。人が多いからはぐれない様にするんだぞ?」

「うん。分かった」


 明日香は返事をすると繋いでいた手を少し強く握った。俺はそれに応える様にして優しくその手を包み込んだ。

 そして二人で境内へと向かう列の最後尾に並び、お願い事をする順番が来るのを待つ。


「――やっと順番が来たか。明日香、これお賽銭さいせんな」

「ありがとう」


 ポケットから取り出した二つの五円玉、その一つを明日香へと手渡す。

 神社で出すお賽銭の金額は人によって様々だろう。願い事の大きさによって沢山のお賽銭を出す人もいれば、願いの大きさとは釣り合いも取れない様な小額の場合もある。

 しかし前に見たテレビで神主さんや住職さんが言っていた事だが、お賽銭には特に決められた額というのはないらしい。単純に願いを叶えたいと思う気持ちの強さが大事なのだと言っていた。

 でも実際のところは、五円=ご縁がありますように――と言ったような、語呂合わせ的な感じの縁起担ぎでお金を入れる人が多いと思う。


「明日香。上にある鈴を鳴らしてからお賽銭を入れるんだぞ?」

「うん」


 明日香は目の前にある太い縄を手に持ってからゆらゆらとそれを振る。すると大きな鈴からガランガランっと周囲に大きく鈍い音が響く。

 そしてその音が鳴り止んだあと、俺がお賽銭を入れるのを見た明日香が続けてお賽銭を入れた。パチ、パチ、と手の平を二度叩いてから一礼し、明日香とずっと仲良く暮らせますように――と願う。そして頭を上げてからもう一度手を叩く。

 神頼みなんてほとんどした事もないけど、この願いだけはどうしても叶えてほしかった。それが無理な事だと分かっているから。だから尚更叶えてほしかった。


「お願い事は終わったか?」

「うん。ちゃんとお願いしたよ」

「よし。それじゃあ帰りの出店でお汁粉でも食べて帰るか」

「やった! お汁粉大好き!」


 満面の笑みを浮かべて手を握り、明日香はお汁粉がある出店へと俺を引っ張って行く。


「そ、そんなに慌てなくてもいいだろ?」

「ダメだよ、お兄ちゃん。お汁粉がなくなっちゃうもん」


 甘い物の誘惑は何よりも強いらしく、明日香は更に歩く速度を速めて行く。

 俺はそんな妹を見ながら微笑み、今年も無事に過ごせますようにと強く願った。

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