猫と妹と妖精と
深夜に飼い猫である小雪を動物病院に連れて行ってから、今日で三日目。
学園での勉強を終えた俺は、今日も自宅へと帰って来てから小雪を連れて近場の動物病院へと向かっている。
救急動物病院で聞いた話では、やはり小雪は猫風邪をひいていたらしく、四日から五日は動物病院へ通院をしながら様子を見るように――と、獣医さんからは言われた。なんでも猫風邪ってのは相当にしつこいらしく、症状の強さによっては完治までに二ヶ月以上かかる場合もあるらしい。
とりあえず小雪が完治するまでにどれくらいかかるかは分からないけど、一刻も早く治る様にしてあげたいと思う。そうじゃないと、明日香も心配でしょうがないみたいだから。
「頑張って早く治そうな。小雪」
手に持っている猫カゴの出入口部分を自分の方へ向け、目線の位置まで持ち上げてから中に居る小雪にそう話し掛けた。
「にゃう~ん」
「よしよし。いい返事だ」
俺は小雪の返事に満足しながら腕を下ろす。
最初こそ明日香と一緒になって小雪の病状を心配したけど、やはり動物病院に早く連れて行ったのが良かったらしく、通院を始めてから二日目くらいにはいつもと変わらないくらいに小雪は元気な様子を見せ始めていた。
しかし、獣医さんの言っていた猫風邪のしつこさを考えると油断は禁物だろう。なにせ小雪を診てくれた獣医さんが、『猫風邪は水虫の治療をするみたいに、時間をかけて治療をしなければいけないんですよ』と言っていたくらいだし。ちなみに俺は水虫ではないので、水虫の治療にどれくらいの時間がかかるのかは分からない。
十二月を迎えて間も無い今頃は、小さく吹いて来る風でも相当に冷たく感じてしまう。そんな寒々しい外を歩きながら無事に目的の動物病院へと辿り着いた俺は、小雪と一緒に診察の順番を大人しく待ちながら明日香の事を考えていた。
小雪が病気になってからというもの、明日香はいつも以上に献身的な世話をしている。もちろん病気になる前もしっかりと世話をしていたけど、今は家に居る時はほぼ付きっ切りに近い状態だ。
別にそれが悪いとは思わないけど、ちょっと度が過ぎるという感じはする。それが明日香なりの優しさであるのも分かるんだけど、俺としてはそんな明日香の事が心配になってしまう。
そんな事を考えながら順番待ちを始めて約十分。診察室へと呼ばれた俺は、小雪を連れて診察室へと入った。
そして獣医さんに経過を診てもらったあとで追加のお薬を貰ってから病院をあとにし、俺はもっと寒くならない内に帰ろうと、急いで自宅へ向かって走り始めた。
× × × ×
「ただい――」
「そんなの嫌だよっ!!」
自宅近くまで走った俺はそこで走るのを止め、息を整えつつ歩きながら辿り着いた自宅の玄関を開けた。そしていつもどおりに『ただいま』と言おうとした瞬間、リビングの方から明日香が大きな声でそんな事を言うのが聞こえてきた。
唐突に聞こえてきた明日香のそんな声に何事かと思った俺は、急いで靴を脱いでから廊下へと足を上げ、小雪が入った猫カゴを抱えたまま声が聞こえてきたリビングへと向かった。
「お願い明日香。私の言う事を聞いて」
明日香の声が聞こえてきたリビングへ近付いて行くと、今度はそこからサクラのいつになく緊迫した声が聞こえてきた。
「二人共、どうしたんだ?」
リビングに入ってから視界に入った二人にそう尋ねると、明日香は涙目でこちらへ視線を向け、サクラは動揺している様な表情で俺へ向けた視線を逸らした。
「な、なんでもないよ……」
「あっ、おいっ! サクラ!」
そんな二人に俺が近付いて行こうとすると、サクラはそう言ってから逃げる様に壁を抜けて外へと出て行った。
とりあえず何があったのかをゆっくりと聞きたかった俺は、明日香に俺の部屋へと行っておくように伝えた。そして明日香がリビングを出たあとで小雪を猫カゴから出して薬を与え、小雪専用の寝床へと移動をさせた。
「餌はもう少ししたら用意するから、しばらくは大人しくしてるんだぞ?」
「にゃ~ん」
「よしよし。いい仔だ」
専用の寝床で身体を横たわらせた小雪を優しく撫でたあと、俺は台所で二人分のココアを淹れてから部屋で待っている明日香のところへと向かった。
「――早速だけど、さっきはいったい何があったんだ?」
自室にある小さなテーブルの上にココアが入ったカップを二つ置き、俺は向かい側に座る明日香に向かってそう問い掛けた。
すると明日香は目の前に置いたカップに一口、二口と口をつけたあとでその口を開いた。
「……あのね、『小雪を他の誰かに飼ってもらって』って言われたの」
「サクラにか?」
「うん……」
明日香は俺の問いに小さく頭を縦に振りながら答えた。
しかしそれを聞いた俺は、その話にかなりの違和感を覚えた。サクラは基本的に俺達の行動に対し、ほぼ不干渉という立場に徹しているからだ。
それでもアドバイス的なものや個人の能力では限界がある事で、明日香の為になる事なら手を貸してくれたりもするけど、やはり前提としてサクラが自分で言っていたとおりに、基本的には見守りという立場を崩さない。
そんなサクラが猫を飼うという、至って一般的にありふれている事について口出しをしたというのが、俺には相当の違和感だった。
「……サクラには他に何か言われたか?」
「うん。『明日香は小雪を飼ってたらいけない』って言われたの」
――小雪を飼ってたらいけない――か。明日香が小雪の名前を付けた時にサクラが妙な反応をしてたけど、もしかしたらそれが関係してるのか?
それにしても、サクラの言葉を聞く限りでは、猫を飼う事そのものを反対しているのではなく、あくまでも小雪を飼う事を良しとしていない――という感じに聞こえる。
「分かった。とりあえずお兄ちゃんからもサクラに話を聞いてみるよ」
「うん……」
俺としても今回のサクラの行動は気になる。前に拓海さんから聞いた話といい、今回の事といい、俺の知らない所で何かが始まっている気がしてならない。
そしてその日の夜。
俺はいつもの様にパソコンで妹もののギャルゲーをしながら、サクラが戻って来るのを待った。




