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妹と妖精

 多くの人が聞いた事があるだろうことわざの中に、事実は小説よりも寄なり――というものがあるけど、まさに今の俺が遭遇しているこの状況が、それに該当するだろう。

 なぜなら目覚めたら自分の部屋に知らない女の子が居て、しかもその女の子が自分の事を『お兄ちゃん』とか言ってるんだから。


「あ、あのさ。君、いつからこの部屋に居たの?」

「お、おにい、ちゃんが、けい、やくを、むすんだ、とき、から……」


 ――契約? 俺、何か契約なんてしたっけ?


「えっと……君はどこから来たの?」


 俺の質問に対し、女の子はビクビクと身体を震わせながら恐る恐ると言った感じで天井を指差した。


 ――どういう事だ? まさか、天井裏で生活してた――とか言うんじゃないだろうな……。


 確認する様にしてジェスチャーで天井を指差すと女の子は無言で俯き、そこからはチラチラと俺の方を見ていた。

 捨てられた仔犬の様な瞳――という表現が世の中にはあるけど、まさに目の前にいる女の子がそんな感じだ。しかもこの女の子はそれにプラスして、何かに怯えている様な感じだ。

 こんな異常事態にどうしたものかと思いながら頭をぽりぽり掻いていると、その女の子は少しだけ俺から離れた。無言で見ていたのが怖かったのかもしれない。

 そんな事を思っていたその時、女の子のお腹から『ぐうー』っという音が聞こえてきた。


「あっ……」


 音が鳴ったお腹を見たあと、女の子は恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。


「お腹空いてるの?」

「う、うん……」


 女の子は視線を逸らしたままで小さく頷き、短くそう答えた。


 ――そういう事なら、まずは食べ物でもあげてみるか。


「ちょっと待っててね」


 俺はそう言ってから部屋を出て、一階の台所に置いてある最後のカップ麺を手に取った。

 そして手に取ったカップ麺のふたを少し捲り、かやくやスープの粉を入れてお湯を注ぎ、割り箸を一膳いちぜん持ってから部屋へと戻った。


「お待たせ」


 部屋にある小さなテーブルに持って来たカップ麺を置き、ふたの上に割り箸を乗せると、女の子はカップ麺に相当興味があるのか、まじまじとテーブルの上にあるカップ麺を見つめ始めた。

 そしてじーっと待つこと約三分。

 ふたを開けて割り箸を二つに割り、具やスープが麺に絡まる様に丁寧にかき混ぜる。

 カップ麺とはまさに、人類が生み出した最高傑作の一つと言えるだろう。俺のように料理ができない者にとっては、必須と言えるアイテムだ。

 しっかりと中身を混ぜ合わせたあと、俺は女の子に向かってそれを差し出した。


「ほら。ちょうどいい具合だから食べなよ」

「たべ、て、いい、の?」

「どうぞ。熱いから火傷しないようにね?」

「あ、あり、がとう、おにい、ちゃん」


 カップ麺を受け取ると、女の子は恐る恐ると言った感じでそれを食べ始めた。


「おい、しい」


 さっきまで怯えた様な表情しか見せていなかった女の子が、初めて少しだけ微笑んだ。それを見た俺は、なんとなくほっとした気分を感じた。


「食べながらでいいから聞いて。君はいったい何者なの?」

「わた、しは、あす、か。ゆう、てんし」


 ――何だそれは? 聞いた事も無い言葉だけど。


「あすかちゃんか。それでその、ユウテンシ――って何?」

「それ、は――」

「それについてはこの私が説明するねっ!」


 突然部屋の中に俺達とは違う声が響いた。

 その声に俺は何事かと思い、部屋の中を見回した。


「こっちよ。桐生涼太きりゅうりょうた君」


 再び聞こえてきた声は俺の真上から聞こえ、俺はその声がした方へと視線を向けた。

 するとそこには、小さな女の子が浮かんでいた。

 小さいとは言っても、小学生とか幼稚園児とか、そう言ったレベルではない。いわゆるファンタジー作品なんかに出て来る、小さな手の平サイズくらいの女の子だ。しかも、天使の様な白い羽付き。


「やっぱり俺、夢見てんのかな……」

「へっ?」


 俺はいそいそとベッドへ移動し、布団に潜り込んで目を閉じた。


「ちょ、ちょっと!? いきなり寝ないでよっ!」


 ――夢なら覚めろ、夢なら覚めろっ!


「もう……信じられないのは分かるけどさあ……仕方ないなあ。えいっ!!」

「いってぇ――――っ!?」


 頭にチクッとした刺激が走り、俺は布団を跳ね上げてサッと上半身を起こした。


「な、何すんだよっ!?」

「痛かった? それじゃあ、これが夢じゃないって理解してもらえた?」

「うっ……」


 白い羽の生えた小さな女の子は、そう言いながら右手に針の様な物を持って俺に迫って来る。ここまでされたらもう、これが夢だとは言い張れない。


「わ、分かったよ。で、君は誰?」

「私は幽天子ゆうてんし見守り隊のサクラ! サクラって呼んでいいからね? よろしくっ!」


 金髪ツインテールという、お決まりの様な感じの妖精みたいな女の子に明るく自己紹介をされる。


「よろしく。それで? その見守り隊が俺に何の用なの?」

「私は今回、君と明日香の見守りを担当する事になってるの」

「俺達の見守り? いったい何の事?」

「何の事――って、昨日契約したじゃない」

「何の契約? どこで?」


 俺は訳が分からずに首を傾げた。

 そもそも、契約なんてものをした覚えが無いからだ。


「昨日そのパソコンで質問に答えてたでしょ!?」

「えっ? あれって何かの契約だったの!?」


 まさかの事態に俺は本気で困っていた。

 ゲームならともかく、リアルな女の子の面倒を見るとなると話は別だから。ここは素直に断るのが賢明だろう。


「あの――」

「ちなみにこの契約を一方的に破棄する場合、君は地獄に落ちる事が確定しまーす!」

「ええっ!? 何その、『クーリングオフは出来ませんよ?』みたいな事を言う悪徳業者的なセリフは!」

「人聞きが悪いなあ。ちゃんと天界法にのっとったやり方ですよ~?」

「いや、天界の法律なんて俺は知らないし、何よりここは天界じゃないし」

「大丈夫だってば。君が日常生活に支障をきたさない様にするのも私の役目なんだから」

「本当かあ?」


 サクラと名乗ったこの妖精の様な奴の軽い口調を聞いていると、いまいち信用ができない。


「わた、し、ここ、でも、いもう、とに、なれ、ないの? サクラ」


 俺達のやり取りを見ていたあすかちゃんが、とても悲しそうな表情でサクラに問い掛けた。


「涼太君。ちょっと明日香にシャワーを貸してくれないかな?」

「えっ? 別にいいけど」


 サクラにそう言われ、俺はあすかちゃんをお風呂場まで案内し始めた。

 女の子用の服なんて俺は当然持ってないから、着替えはとりあえず自分が使っている短パンとTシャツを貸す事にした。サイズが違い過ぎるけど、この際それは仕方がないだろう。


「服はここにおいて置くから、シャワーを浴びたらこれに着替えてね?」

「うん」


 一定の距離を保ったまま俺の後ろからついて来たあすかちゃん。どうやらまだ俺の事が怖いらしい。

 そして俺はお風呂場でシャワーの使い方などを一通り説明したあと、サクラが居る部屋へと戻った。


「それで? あすかちゃんを遠ざけていったい何の話をしたいんだ?」

「おっ、涼太君は察しがいいね。そこまで分かってるなら話が早いよ」


 そう言うとサクラは色々な事を話し始めた。

 まず幽天子とは、天界に居るちょっと()()()()()を抱えた子供の幽霊だという事。その特別な事情ってのが何なのかは気になるけど、それついては教えてもらえなかった。

 そしてサクラは天界の住人で、天生神てんせいしんと呼ばれる存在らしい。まったく聞いた事が無い言葉だが、サクラいわく、現世で言うところの死神と対になる存在だそうだ。

 そんな天生神の役割は、地上で幽天子が共に暮らす人物の選定、及びその見守り。そして幽天子を地上へ送る目的は、幽天子を地上に転生させる為の重要なプロセスらしい。

 ちなみに、あすかちゃんの名前が『明日香』だというのもこの時に教えてもらった。


「――とまあ、ざっと話したけど、こんな感じかな。解ってもらえた?」

「まあ、なんとなくはな」


 サクラの話はどれも現実離れしていて信じ難い話ではあるけど、目の前で起きた出来事は現実であって夢ではない。ならば漠然とではあっても信じるしかないだろう。


「要するにさ、明日香ちゃんが無事転生できる様に、妹として面倒を見てくれ――って事だろ?」

「まあ、簡単に言うとそうだね」

「分かったよ。どこまでできるかは分からないけど、地獄に落とされたくはないしな」

「そうこなくっちゃ! それじゃあ私は、一度報告の為に天界に戻るから。明日香をよろしくねっ! 涼太君」


 そう言うとサクラは、透過する光の様に窓を突き抜けて外へと出て行った。


「よろしくね――って……軽く言ってくれるよなあ」


 それにしても、明日香ちゃんはずいぶんと戻って来るのが遅い。結構な時間が経つけど、まだシャワーを浴びているんだろうか。

 とりあえず様子を窺う為、俺は階段を下りてお風呂場へと向かった。


「あっ、明日香ちゃん。出てたんだね。さっぱりした?」

「う、うん……」


 そういえば、サクラから明日香ちゃんの事は聞いてなかったから、ちょうど良い機会だし色々と聞いてみよう。


「明日香ちゃんてさ、歳はいくつなの?」

「と、し? ゆう、てんし、ねんれ、いなら、じゅう、いっ、さい」


 たどたどしい話し方ではあるけど、明日香ちゃんはちゃんと答えてくれる。

 しかしよく考えてみれば、相手はいわゆる幽霊みたいなものだから、年齢を聞くというのもおかしな話かもしれない。


「十一歳か。となると、小学校五年生くらいって事か。あっ、とりあえず俺の部屋で休んでていいからね」


 そう言うと明日香ちゃんはコクンと頷いてから階段を上がって行った。

 そして俺はそんな明日香ちゃんを見送ったあと、明日香ちゃんが着ていた服を洗濯機にかける為に脱衣所へと向かった。


「な、何じゃこりゃ!?」


 ふと覗き込んだお風呂場は、恐ろしいくらいに泡だらけになっていた。

 俺は急いでお風呂場へと入り、シャンプーなどが入った容器を手に取った。


「ぜ、全部空だと!? まだ新しいのを詰め替えたばかりだったのに……あとで買いに行かないとな……」


 このあと俺はお風呂場にある大量の泡を洗い流し、ついでにお風呂場の掃除をした。


「――ふうっ。とりあえずこんなもんかな」

「おにい、ちゃん。わたし、いけない、こと、した?」


 聞こえてきた小さくたどたどしい声に浴室の出入口を見ると、明日香ちゃんが不安げな表情でこちらを覗き込んでいた。俺が戻って来ないから、気になって見に来たのかもしれない。


「何でもないよ、明日香ちゃん。気にしないでいいから」

「うん。わかっ、た」


 そう言うと明日香ちゃんは、静かにその場を離れて部屋へと戻って行った。


「やれやれ。これは先が思いやられるな」


 こうして妹が居ない俺に、突然妹ができた。

 ちょっと手の掛かりそうな妹だけど、この先どうなる事やら。

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