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後始末

鏡月はその話を、弟子仲間の狐に聞いた。

「狐?」

「オレの従兄弟が唯一取った女の弟子でな、見た目はどうかは知らんが、匂いまで凝って男になり切っている。あれは、知らん者が見たらバレんだろうな」

 従兄弟、つまり雅の父親の弟子と言う事だ。

「目が覚めて、あいつら一行を見送ってから、一月ほどは山でぶらぶらしていたんだが、飽きてしまってな」

「あんだけ長く寝てたのに、飽きなかったのにか?」

「何を言う、飽きたからこそ、再び眠らなかったんだぞ」

 妙に力を入れて言い切る鏡月に、いい加減な相槌を打ち、蓮は先を促す。

「そういう頼まれごとをされるってことは、どこかに出かけた先で、その狐とやらに会ったのか?」

「そういう事だ」

 博多まで知り合いを訪ねた鏡月はその地に向かい、そこで宿を取ろうとしていた狐と、ばったり会った。

「そいつ、今は京で隠れ住んでいる白狐でな、久し振りに会ったんで、ついつい話し込んでしまった」

 その中で、長く山に籠っている間に、妙な怪談紛いの話を作ってしまった若者が説教される羽目になった。

 その上で、狐は言った。

「まあ、そのおかげで、利にかなった者もいたようですから、これくらいにしておきましょうか」

「……この位となるまでに、どんだけ文句並べたか、忘れてるんじゃなかろうなっ?」

 清酒を煽りながら、悔し気に言う鏡月に、狐は平然としたものだ。

「悪かった話の方が多いんですから、仕方がないでしょう」

 言ってから、ふと尋ねた。

「あなた、この先は上方へ向かうんですか?」

「いや。ここしか知った奴の所在を知らんのだ。お前は、知っているか?」

「あなたが、ここの方と面識があった事すら、初耳です」

 そうだったなと唸る鏡月に、狐は切り出した。

「丁度良かった。私が行くのも、逆に嫌なのではと思うんです。本当の所はどうであれ、私があの子の父を、連れて行ってしまったのですから」

「……ん?」

「これを、ミヅキのいた山の中に、埋めてくれませんか?」

 懐から、布袋を一つ取り出した。

 それを見下ろして、無言で目を見開く若者に、ゆっくりと告げる。

「出来るだけ、こちらの願いとなる思いは詰め込んだつもりです。ミヅキの破片ですから、それだけでもあの子とその住処を守る力にはなるはずです」

「……ミヅキの残した子供が、どうかしたのか?」

 顔を上げて問う鏡月に、狐はある男から聞いたと言う話を、ゆっくりと話し出したのだ。

 村の中には、まだほとんどの家が建っていたが、草むらに覆われ素通りするだけでは分かりにくい。

 その真ん中の土地が、ぽっかりと空いていた。

 流石に国の役人が入ったらしく、焼けた家は綺麗に片付けられていて、その時の様子を伺わせない。

「本当は、その発端の男の狐の息の根を、止めたかったらしい」

 のんびりと、鏡月が言った。

「どうやら、もう少し向こうの村で悪さを先導していた狐が、そいつらしくてな。引導を下した時取り逃がしたセイは、ここで終わりにしたかったらしい」

 だが、頼まれてしまった。

 死を覚悟した、女衆の長に。

「何かが封印されてる感じはねえから、その狐逃げちまってるな」

「ただの、言葉での縛りだったらしいから、楽に解いてもらっただろうな」

 辺りに気を配る蓮の言葉に、鏡月も頷く。

 言葉での縛り……すえが持っていた包丁は、その家の物だった。

 女の口を通した、思い込みと言う名の縛りの一つだ。

 素直な子供が縛られていた狐に気付き、声をかけただけで解けてしまう程度の、簡単なものだったらしい。

「今感じる限りでは、呪いが解けて逃げた、と言う所のようだ。雅を直に付き狙うのではなく、周りから再び攻めていくつもりだろう」

「……そう言えば、昔この村に、性悪狐の話が流れたとか……それが、その叔父狐の仕業だったんでしょうか?」

「だろうな。そいつ、元々は姉貴の気が引きたかったんじゃねえのか? 早々に出て行っちまったから、その娘に鞍替えしたのかも知れねえ」

 山の方へと戻りながらの言葉に、盲目の若者は唸った。

「その辺りが難しいところだな。あの狐、話にもあったが力を誰かに奪われている。その奪った者が雅だとすると、元々執心だったのは寿の方でなかったとする考えもある」

「……出来るのか? ただの半妖が、力のあった男の狐から力を奪うなんてことを?」

「どういう手を使ったのか、訊いてみたい気もするんだが、お前が訊いてくれるか? まあ、その男の狐は自惚れが過ぎるようだから、そこを突いたのだろうがな」

 のんびりと言いながら山の中に入り、立ち止まった。

 そこは、村人たちが糧となった土が、草木を茂らせた場だ。

「白狐の話ではロンの奴、随分嬉しそうにここの村の話をしたそうだ」

 対するエンは苦い顔になっていたと言う。

 村の女がどう考えを固めたか、知っているからだろう。

 近い場所での出来事にもかかわらず、村の男衆の死と女たちの自刃を、鼻の利く大男ですら考えなかったらしい。

「今はそうでもないが、相当染み付いていたのだな、血と死の匂いが。それこそ、狼の鼻を狂わせるくらいには」

 気づきはしたが、山狩りの末の焼き討ちとでも考えたのかも知れない。

 どちらにしても、この村のこの惨状を見て、二人は驚いただろう、

 セイは、問い詰められて話しただろうか。

 この、悔いばかりが多い話を。

 葵が顔を曇らせる横で、蓮は空を仰いだ。

 夜空が見えぬほどに生い茂った木の葉が、先程まで降っていた雨の名残の雫を、時々思い出したように降らせて来る。

 湿った足元にかがみ込み、鏡月は小刀で土を掘り起こした。

 拳一つ入るくらいの大きさの穴を掘ると、懐から布袋の一つを取り出す。

 中身は、ガラス細工に似た、掌に乗るくらいの大きさの丸い珠だった。

 透き通ったそれを掲げ、そっと土の中へ転がす。

 掘った土を戻して埋めた時、空気が震えた。

「……?」

 なぜか、眉を寄せて顔を上げた若者に、大男が声をかけた。

「すごいんですね、それ。埋めただけで、何か呪いじみたものが出来上がっちまいましたよ」

「……そんなはずはない」

 立ち上がって周囲に顔をめぐらし、鏡月は戸惑い顔になる。

「これは、呪いと言う程強いものではない。そんなことをしたら、雅まではじき出されるかも知れんだろうが」

「……また、面倒癖えのが来たのか?」

 舌打ちした蓮が、うんざりとして言いながら村の方へ目を向け、固まった。

「? 鬼の血の混じった男と、尼僧?」

 村の中の、村長の家があったあたりに、いつの間にかいた者達の気配を探った鏡月も、眉を寄せたまま固まった。

「おい、あれは……」

「ああ、何でこんな時分に……」

 何のことかと葵は声を掛けようとして、別な事に気付いた。

 山から一つの人影が、その村に来た三人に近づいて行った。


 多恵(たえ)は、その言い分を聞いて出来るだけ厳しい顔を作った。

「あなた方は、使いで来られたはずだと言うのに、そのようなとんでもないことをしでかしたのですかっ」

 老女ながら、迫力がある。

 それは当然だった。

 一月前に、師匠である先代古谷の御坊が鬼籍に入り、遅ればせながらその責を一心に背負うことになった重みは、鬼気迫る所まで多恵を追い詰めていたのだ。

 師匠を荼毘に付し、身の回りがようやく落ち着いたこの日、京の寺へ申し出ていた話の返事が届いた、のだが。

 使いとしてやってきた僧たちの、妙に落ち着かない仕草が気になり、問い詰めると天井を仰いで何かに毒づきたい気持ちになった。

 多恵が欲しかったのは、村の浄化の許しだ。

 一応京で修業をして、尼僧として戻っては来たが、その位は低い。

 勝手に事を成して目立つのは、避けたかったのだ。

 事情を、全て記したわけではない。

 ただ、不慮の事態で村人不在となった村を、気休めでもいいからお祓いじみたことをして欲しいと、役人から申し出があった旨を書簡では記しただけだ。

「それでなくとも、この件はお国の役人が申し出たものです。あなた方が手柄目的でどうこうすることのできる案件では、ありません」

「も、申し訳ありませぬ。しかし……」

「何ですかっ」

 心を沈めながら返した尼僧に、使いの一人が上目遣いで言う。

「恐れながら、あなたお一人で、あの狐の退治は、荷が重いのではないのでしょうか?」

「……誰が、狐退治すると、言いましたかっっ」

 話がどう伝わったのか、質の悪い狐を退治して、村をまた生き返らせるつもりだと、使いの僧たちは考えていたらしい。

 多恵は仮にもこの地では慕われていた、古谷の御坊の弟子だ。

 その尼僧の手伝いを買って出て、名を売ろうと言う下心が見え隠れする。

 それは誰よりも、今は亡き師匠に失礼な話だった。

 先代の古谷の御坊は、何も化け物退治で名を上げたから、この地で慕われているわけではない。

 その力を驕っていた時分もあったと聞いたが、そんなのは若い時ならよくある話だ。

 上目遣いなのに、上から見下ろされているような言われ方だ。

 気の短い所のある多恵は、一人一人使いの僧たちを見据えた。

 その目は、完全に据わっている。

 弟子が見ていたら、竦み上がること請け合いの迫力だが、その口が開く前に奥から悲鳴が聞こえた。

「セイ様っ、駄目ですっ、そのままそんなところに、お手を入れてはっっ」

 何事かとそちらを見る使い達の前で多恵は我に返り、わざとらしい笑顔になった。

「確かに返書は受けとりました。どうぞ、お引き取り下さい」

 急に話を治めにかかる尼僧に、僧たちは何かを言いかかったが、多恵はその口を持ち前の気迫で抑え込んだ。

「お引き取り、下さい」

「は、い。では。よろしくお願いいたします」

 礼を尽くして門前まで見送り、家内に戻った尼僧はすぐに奥の間へと急いだ。

 もしもの為の準備と言って、その場に時期的に必要でないはずの火鉢を持ち込んだ若者が、尼僧の弟子の若い僧に手を取られて手当てされている。

 若い僧は、涙目で言いつのる。

「ですから、繕い物は私が承ると申しておりますのに。どうして、そんな細かい事から出来るようになろうと、思われるのですかっ」

 その言葉で、先の悲鳴の理由を察する。

 若者は、今年桜が咲く時期に、この地に舞い戻った。

 その時、何と言う奇跡か、固い義手をつけていたはずの両手が、生え揃っていたのだ。

「トカゲの妖しだった、という訳じゃないと思う」

 真顔で言って挨拶する若者は、更に神々しさを増したのだが、尼僧は何とかその気持ちを顔に出さずに済んだ。

 昔の騒動と去年の事を考えると、長居していただくには崇める行いを慎む方がいいと、考えたためだ。

 その努力のせいか、元々そのつもりだったのか、セイは先代の古谷の御坊を看取って送り出した後も、こうしてこの家に留まってくれている。

 留まって下さるのは嬉しいのだが、たまに使い慣れぬ手先の扱いが乱暴になるのだ。

「どうされましたか?」

 声をかけると、セイが顔を上げた。

 透き通るような顔と、それに溶け込むような艶のある真っすぐに伸びた金色の髪。

 これを客人に見せる訳にはいかない、と言うよりもあのような者たちの目に晒す気など、欠片もない。

「大袈裟なんだよ、ただ針で指をついた位で」

 無感情のまま若者が言うと、若い弟子が言い返した。

「でしたら、慌てて火種を、手づかみしないでくださいっ」

「……すまない」

 素直に謝られ、僧が顔を上げて若者を見直した。

「わ、分かって下さったのなら、それでよろしいです」

 とても目に心地よい光景だが、そうのんびりとしている訳にはいかなくなった。

「セイ様。返書が届きました」

 何事もない様に切り出し、返書の内容を話す。

「こちらで良いようにしてよいと。ただ……」

 気になることを使いの僧たちが伝えてきた。

「山の主らしき者に、あの辺りを通った時に襲われたと。恐らくは逆に仕掛けて、返り討ちになったのでしょうが、娘一人ではなく、五人で……」

 子供が二人と、男二人が一緒だったと言う。

「男の一人は、とても大きな男だったとのことです」

「そういう、手助けしてもらえる伝手があったのなら、良かった」

 僅かに表情を変え、セイが呟いた。

 ここに戻る前、神隠しで知られていた村を通って来た若者とその連れは、その寂れ方に言葉を失くした。

 連れの内二人は、山の主を討って村は全く変わらぬ生活を続けていると思っていたから、その惨状に唖然となった。

 村人がどうなったのかを知る男とその翌朝、何事もなかったかのように、この国の娘に姿を変えて合流してきた二人の娘も、村が完全になくなっているのを見て、呆然としていた。

「逃げる方を、選んだんだな」

 オキが白々しい事を呟き、ロンは苦い顔になった。

「ってことは、山の主は健在なのね。運がいいわねえ」

「今はいないようですね」

 溜息を吐き、辺りを見回しながらゼツが言い、空を仰いだ。

「思い通りにならないことも、たまにはありますね」

 多恵は話の顛末を、師匠の見舞いに来た白狐に聞いた。

 セイたちと入れ違いに、この地を去ったその狐は、オキから詳しい話を聞きだしたらしい。

「あの村の事を、まだ悔いているらしい。だから、出来ればその話には触らないでやってくれ。せめて、話せるようになるまでは」

 去り際の頼みにより、セイたちにはその狐に使いを頼み、かねてより国の役人に頼まれていた話を、寺の最高峰に持って行ってもらった旨を話したのみで、村であった事には触れていなかった。

「……古谷さんの見舞いに来たのなら、ついでに持って来て、置いて行ってくれれば良かったのに」 

 何の含みを持たせなかったため、セイはそんなことを呟きながら首を傾げただけだった。

 だから、山の主に関する話を伝えた時のその表情に、すこしだけほっとした。

「良いお方でしたか?」

「私が知る狐は、大体人がいいんだ」

 腕を更に斬り落とされると言う、不幸に見舞われたセイは、その後宿を取った村で、あっさりと連れの探し人と顔合わせした。

 この国を放浪しながら、その人物を探す積もりだったが、目当ての人物と接触が出来てしまったため、後はただの放浪旅になった。

 壊れた預かりものの装飾品を繕ってもらうため、有名どころの上方へと足を向けたところ、そこで顔見知りの狐と再会したのだ。

 今は静かなこの近くの山に巣食っていた、鬼の討伐をセイに持ち掛けてきた狐だ。

 その時、助けられた幼い子供に交じっていたのがその時十七だった多恵で、助けるはずの子供たちに邪魔されて逃がしてしまった者が、神隠し村の後ろで画策していた狐だった。

「その子供たちは、それぞれ厳しい寺の預けたらしい。一緒だった狐二人は、知り合いの狐に預けたそうだ」

 その二人の狐の伯母に当たる少々質の悪い狐らしいが、白狐からは血縁には優しいと太鼓判をもらった。

「そうですか。……あの二人の狐は、もしや」

萌葱(もえぎ)浅葱(あさぎ)。その伯母の狐に名付けられたそうだ。間違いない、あの山の主の、弟の二人だ」

「……」

 例の狐の思惑が、ここにも見え隠れしている。

 顔を曇らせた多恵が、考え込む。

「あまり強い呪いでは、その山の方にも障りが出るやもしれません。ですが、生半可なものでは、人を介した画策を打破することなどできません」

「そこまで考える事はないだろ。あの山の主は、弱くない」

 そして、例の狐の方は、さほど強くない。

「だから、あの狐が、じかにこの辺りを縄張りにできない様、網を張ってしまえばいい。強い者は引っ掛からない類の物でもいい」

「ですが、それでは、それこそあの頃のような鬼たちが現れたら……」

「あんた達なら、すぐに分かるだろう?」

 あの時のように多すぎる鬼は、封じるだけが精一杯だが一対一なら。

 そう言ってから、セイはこともなげに続けた。

「それも難しい時は、知らせてくれればいいから」

 多恵の目が、真ん丸になった。

「つまり、セイ様。私たちを、これからも気にかけて下さるんですねっ?」

 言った後ろで、弟子たちが手を合わせた。

「有難うございます」

 座ったまま身を引いた若者に構わず、多恵は涙ぐみながら深々と頭を下げた。

「……いつ、始めるんだ?」

 逃げ場を失っているセイが、話を戻した。

 涙を拭いて、気を取り直した尼僧が答える。

「善は急げと申しますゆえ、今夜にでも向かおうと考えております」

「一人じゃないよな」

「勿論、瑪瑙(めのう)にも声を掛けます」

 その名に頷き、若者は少し躊躇ってから切り出した。

「……邪魔はしないから、私も行っていいか?」

「勿論ですともっ」

 すぐに返事してしまってから、多恵は思い出した。

 大丈夫なのかと口にする前に、セイは僅かに微笑んで頷いた。

「大丈夫だ。ただ、もう少しゆっくりと、あの村を見て回りたい」

 薄れていない思いの、収まる場所を探すために。


 瑪瑙は、もう少し遅かったら、狩られる方に成長していたかもしれない鬼だった。

 年も、その時で多恵より一つ上であと一歩の覚悟がないまま、弱い立場の幼い鬼や狐たちを守り続けていた。

 多恵と共に助け出された後、瑪瑙はこの地に残り、生きる道を決めた娘を守り続けている。

 修行に出た時にも、この地に尼僧として舞い戻った時も、瑪瑙は陰で脅威を払ってくれた。

「で、今は、村のまとめ役、か」

 セイの足元で、あくびをかみ殺しながら四つ足で歩く黒い塊が、大男を見上げた。

 この国では珍しい、毛の長い黒猫だ。

「まあ、まとめ役ではあるが、流石に表にはもう出れない。何人か後継は選んであるが、あんたたちと今後も付き合いを続けるのなら、もう少し教え込んでおかんとな」

「だから、どうしてあんたらは、大袈裟な話にするんだ?」 

 鬼にしては顔つきも目つきも温和な大男は、そのうんざりとした顔に思わず吹き出す。

「あんたが、大きなことをやってるくせに、小さい事と偽ろうとするからだろ」

 どういう意味だと、眉を寄せるセイを見上げ、足下の黒猫が大男に言う。

「悩ませるな。何を言い出すか分かったもんじゃないから」

「あんたら周りが、そういう風に甘やかすから、こう言う奴になるんじゃないのか?」

「そんなわけあるか。こいつはな、元々こんな奴なんだ」

 真面目な二人の会話は聞き流し、セイは辺りを見回した。

 草は生い茂り、家の姿はほとんど見えなくなっていた。

 焼けた家があったであろう所も、草が茂ってしまっていて、火事の痕跡は見つけにくくなっていた。

「しかし、一棟焼く火事だと言うのに、他の家は無事だったのか。どんな手妻を使った?」

「雨が多い時期だったし、風もなかった。後は、周りの家にまで、火が移らないようにしてただけだ」

 その、だけ、が難しいと言うのに、セイはこともなげ気に答え、溜息を吐いた。

「……では、そろそろ、お勤めに移らせていただきます」

 多恵がそんな若者を優しく見つめ、静かに告げた。

 ごく簡単な、呪いの準備を終えると、そっと手を合わせる。

 僧が唱える読経ではなく、古谷の御坊から受け継いだ呪いの言葉だ。

 歌うように、滔々と唱えられる言葉を耳に、セイも瑪瑙も手を合わせて黙祷した。

 夜の澄んだ風が、僅かに張り詰めるのを肌で感じ目を開くと、若者は黙ったまま辺りを見回した。

「私は、我儘だ」

 不意に、いつもの声音で呟くセイに、言い返そうとする尼僧に首を振り、更に言う。

「ここで亡くなった人たちも、山の主も、私は助けたかった。もう少し、私の口が達者なら、あの人たちを説得できたのだろうか。子供を手にかけた人の目を覚まさせるにしても、別なやり方はなかったのか……ずっと、考えてた」

 考え始めると、あの夜に至るまでの自分が取った動きや、言った言葉まで気になって来る。

「私は、まだまだ未熟だ。物事の先を見ようと目を凝らせても、悪い方へと向かうのを止める力がない」

 求められるままにあの群衆の中に舞い戻ったのも、そう考えてのことだった。

 そして、この村でその力不足が骨身にしみた。

 周りの者の手を借りようにも、説得する言葉を見つけられない。

「村の男たちは、もう抜け出さない所まで落ちていたから、山の主とどちらを助けるかと言う所は、躊躇わなかったんだけど」

 それは、初めに追いすがられた時に気付いた。

 男衆の目は、自分たちの着物や、まがい物の大小の刀を物色していた。

 その日の昼に出会った、村の話を餌にかどわかしを目論んだ、盗賊たちのように。

 考えてみれば村の男たちを虐殺した者も、その指示を下したセイ自身も所詮は同じ穴の狢であり、果たして偉そうに罰を下せる立場なのかと、国元へ知らせて罰してもらった方が良かったのではと、これも悔いることの一つだった。

「いいえ、それは、違います」

 セイの考えに首を振った多恵は、その村の男衆の事は知らないが、聞いた限りでは国元での裁きを受けさせてはならぬ事態だった。

「よくお考え下さい。あの村へ嫁を出す村はありませんでしたが、何年か前まではあの村の娘を貰った者もおりました。噂が広まるにつれ、それもなくなっておりましたが、嫁いだ娘たちは、健在のはずでございます」

「……うちの若いのも、この村から嫁を貰った。気立てのいい嫁だぞ」

 村が罰を受ければ、同じように罰を受ける事はないだろうが、嫁入り先での扱いが間違いなく変わる。

「姑との仲が元々悪かったら、それこそ格好の的だ。出戻る家もないんじゃあ、女の先は知れてる」

「そうか……」

 色恋の駆け引きや、その他の恋沙汰には、全く頭がついて行かないが、こういう分かりやすい話は、よく分かる。

 セイは頷いて、少しだけ安堵した。

「じゃあ、私は、大きなことを言った割に、村を潰してしまう方へと持って行ってしまった事を、山の主に謝ればいいだけか?」

 若者は背後を振り向きながら、多恵に尋ねていた。

 答える前に、そこに歩み寄る人影に気付く。

「……」

 体を伸ばしてその背丈のある娘を見上げた黒猫が、草色の目を見張った。

「今晩は、元気そうだね」

 セイに優しく微笑んで、狐が挨拶した。

「お陰様で。あんたの方は? 弟も元気なのか?」

「ああ、この通り」

 狐は微笑んだまま、若者のすぐ後ろを指さした。

「隙ありっっ」

 幼い声が叫び、セイが振り返る前に、事は終わっていた。

「こいつをそんなもので殴っても、獲物の方が壊れるだけだぞ」

 浪人姿の男が、男の子供を地面に押し付けながら、呆れた声で言う。

「き、貴様、どこから湧いたっ?」

「さっきからいたが」

 言いながらオキは、子供の手からつっかえ棒を奪い取った。

「というか、こんなもの、あんたの家にあるのか?」

 何でもないように瑪瑙が気になることを訊くと、狐は苦笑しながら答えた。

「さっき無人の家から拝借したんだよ。一発殴る位は、いいかなって」

「構わないけど……」

 娘の言い分に、セイは真顔で答えた。

「そんな棒切れじゃあ、すぐに折れる」

「こいつ、頭が固いからな。恐ろしく」

 頑固、と言う意味ではないオキの言い分に、狐は困ったように笑った。

「そうなのか。じゃあ、私は何に思いをぶつければいいんだろうね。守ろうと思っていたものを、殆んどあなた達に奪われてしまった、この行き場のない思いを?」

「別な物で、ぶつけたらどうだ?」

 優しく、しかし当てこするように問われたが、セイはすぐに答えた。

「そんな棒じゃなく、刃物や鈍器が、残っているはずだ」

「……話を聞くと言う、考えにはならないのか、あなたは?」

「話だけでいいのか?」

 思わず言ってしまったのは、瑪瑙だ。

 鋭く睨まれて首を竦めるが、悪びれる様子はない。

「……あれから、何度か、術師の襲撃を受けた。村の民を襲った性悪狐、そう悪し様に言われて、それでも何とか撃退してきたけれど、もう限界だ」

「だろうと思ったから、この人に呪いをかけてもらったんだ」

「ここに戻った時、お坊さんにも襲われたよ。不意を突かれて、危うく戒まで……」

 その場の来訪者たちが、全員目を瞬いた。

「何だよ」

「いや、そう言えば……お前、言ってたか?」

 オキが夜空を仰ぎながら、セイに声をかけた。

 若者も、考えながら答える。

「聞いてないから、言ってないはずだ」

「お前なあ、それは、礼儀でもあるんじゃないのか? この狐には世話になったんだろ?」

 呆れた男の申し出に頷き、セイは狐に声をかけた。

「申し遅れてた、私は、セイと名乗っている。あんたは?」

 今更? と目を見開く狐の前で、若者は真顔だ。

「……雅だ。この子は戒」

「そうか、戒ってこの子か……」

 瑪瑙が頷きながら、多恵を伺うと、案の定怒りに震えていた。

「あの者ども、このように幼い子を、術の餌食に?」

「だが、良かったな、こうしてみると、無事みたいじゃないか」

 鬼が、取り繕うように言いながら、尼僧の怒りをほぐそうと試みている。

「ええ。旅で知り合った方が、お強い方で、助かったんだ」

「男の二人連れか。一人は大きい男だったらしいな」

「……ああ、そうですよね、ああいう手合いは、何事も、大袈裟に話したがるから」

 瑪瑙が重ねて問うと、雅と名乗った狐は優しい笑顔で頷いた。

「大きなお侍さんも、いたよ。私と道連れになった方に、丁度追いついてきたのが、ここだったんだ」

 言って、ある方角へ目を向けた。

「ほら、あの方」

 振り向いた先で、何かが振動を立てて走って来ていた。

「げっ」

 思わず身を引き、逃げ腰になるオキと、その迫力に目を見張った多恵を、背後に守る緊張気味の瑪瑙の前で、その振動の主は叫びながらセイに抱き着いた。

「セイっっ、お前、生きてたのかっっ。良かったなあ、こんなにでかくなって……」

 吹っ飛ばされそうな勢いでの大男の襲来に、雅は流石に及び腰になったが、セイは目を見開いて、自分を頭の上まで抱え上げて喜ぶ男を見た。

「葵さん?」

「おう、久し振りだなあ」

 満面の笑顔に、若者も顔を緩ませた。

「あんたは、相変わらずなんだな」

「お前も、笑うとめんこいとこは、変わってねえ」

 葵は、嬉しそうにその笑顔を見ているが、周りで見ている者たちには、衝撃的だった。

「……葵、頼むからこいつに、そんな顔をさせるなっ。と言うか、お前、何でこんな所で迷ってる? 蓮と一緒じゃないのか?」

 滅多に見れない極上の笑顔に当てられそうになり、オキが大男に話しかけると、葵はようやく周りの者に気付いた。

「オキ、お前も、あれ以来、変わってねえようだな」

「まあな。お前、江戸に出たんじゃなかったのか?」

「そうなんだ、聞いてくれよ」

 葵は眉を寄せて、愚痴り出した。

「蓮の奴、お江戸のお殿様と大喧嘩しちまってな、江戸から逃げちまったんだ」

「蓮が?」

 抱えられたままの姿勢で、セイが目を丸くする。

「おう、しかも、オレが知ったのは出て行った二日後だぜ。あいつお偉いお方に顔が利くんだよ。その内のお一人が蓮の事を教えてくれてな、探して連れ戻すようにと、仰せつかったんだ」

「……無謀な方も、いたもんだな」

「だろ、本当に、何度夜中に道を確かめたか……」

 遠目がとても効く葵は、夜中に高い位置から道を見下ろし、何とかこの近くまで辿り着いたらしい。

「で、見つかったのか?」

「おう。その人と、旅の道連れになって、ここまで来てた所で追いついたんだ」

 セイの動きが、止まった。

 見下ろしていた葵の顔から、大男が走ってきた方へと目を向ける。

 そこに、もう二つの人影があった。

「あの人、オレが迷って途方に暮れてた時に、話しかけてくれてな、一緒に、蓮を探してくれたんだ」

 そんな紹介を聞き流しながら、近づいてくる二人を見守っていたセイが、葵を再び見下ろした。

「……蓮って、あんなに小さかったっけ?」

 大男が返す前に、その言葉を聞いた蓮が動いた。

 同時に、セイも大男の腕から離れ、その拳を避ける。

「……久し振りに会った旧知の者に、最初に言う言葉が、それかっ」

「仕方ないだろっ。思わず出たんだからっ」

「仕方ないだあ? なら、これも仕方ねえなあ、お前の目線が高すぎて、顔が良く見えねえんだ。ちょっくらその足、切り落とさせろ」

 怖い笑顔で、小柄な若者は刀に手を置く。

「ふざけるなよ、折角あんたより大きくなれたのに、そんなことされてたまるかっ」

 二人とも、真剣な言い合いだ。

 追いついた鏡月がその二人を前に、呟いた。

「何だ、意外にあっさりとすんだな」

「……子供が、増えた」

 雅も気が抜けた声で呟く中、オキが笑いながら二人に茶々を入れ、葵がおろおろと二人の間に入って喧嘩を止めようとしている。

 そんな中、尼僧と大男の一人と戒が、子供じみた喧嘩をしているセイを見たまま固まっていた。

「……どちらがいいんだろう。悪い虫をつけないために笑わせないのと、始終笑っているようにして、周りに見慣れさせるのと」

「前者だと、ああいう具合だな。奴ら、育て方を間違っているのではないか?」

「……育て始めから、あんな感じだ」

 オキが、聞きとがめて二人を振り返った。

 その目は、よく見るといつの間にか消えた黒猫と同じ深い草色だ。

「お前、狐と人間との間にできた娘、だったな」

「ええ」

 まじまじと見つめるオキに、居心地悪くなる雅の代わりに、鏡月が続けた

「ミヅキの娘だ」

「そうか……だから、あいつは……」

 一連の話を聞き、顔を曇らせた白狐の様子を思い出し、男は溜息を吐いた。

(りつ)の奴、気になっているくせに、古谷の坊主の、見舞いだけして帰ったんだな」

「ん? あいつ、その尼僧の所に、行ったのか」

「正しくは、その師匠だった男に、だがな。去年は、まだ元気だったが、この冬にがくりと来て、寝たきりになったらしい。最期まで頭はしっかりしていて、セイと話もしたがな」

 鏡月は曖昧に頷いてから、首を傾げた。

「ん? では、オレは頼まれ損じゃないのか?」

「何の話だ?」

「律は、セイともこちらで会ったのだろう?」

 オキが苦い顔になった。

「いや、行き違いになった。オレたちが戻った頃には、すでに去った後だった」

「お前ら、喧嘩でもしたのか?」

 目を剝く若者に、男はしばし詰まってから答えた。

「喧嘩じゃない。斬りかかられはしたが」

「……何をやったんだ、浮気か?」

 そういう、色気のある話ではない。

 だが久し振りに会った白狐に、後ろめたい気持ちはあった。

 どう話すかの心の準備と言うものが、まだできていなかったオキは、白狐の律が姿を見せた途端、本来の姿に戻ってやり過ごそうとしてしまったのだ。

「本来のって……さっきの姿の方が、あなたなのか?」

 まだ固まったままの三人に呆れていた雅が、つい意外に思って訊いてしまった。

「ああ。化けると言うより、この姿は貰ったと言った方がいい。……ランと言う、昔の主に」

 鏡月が、得心が言ったと頷いた。

「オレがお前と会った時、ついつい斬りかかってしまったから、話す方を先にしようと考えたんだな?」

 オキと昔の主ランの匂いは、混ざっている。

 だからこそ律の方は気づき、その見え透いたやり過ごし方に怒りを覚えたようで、会った途端に斬りかかった。

「お前と言い律と言い、こちらの話を聞いてから斬りかかることを覚えたらどうだ?」

「オレはともかく、あいつの方は違うだろう。自分を騙そうとする伴侶など、斬り刻んでしまった方がいいと思ったのだろうな」

「……伴侶? 狐と、猫が?」

 目を瞬いている娘を置き去りに、オキは苦い顔のまま鏡月に言い返す。

「斬り刻んでしまうより、話を聞いてくれと言いたいんだがっ?」

「それは、律本人に言え。仲直りはして来たのか?」

「当たり前だっ。だから、行き違いで帰られて、意外だったんだ」

 だが、得心はいった。

 ミヅキの娘の様子を見に行こうと出て来たはいいが、やはり後ろめたかったのだろう。

 素通りかもしくは別な道を通って古谷の家に行き、老僧が病に倒れていたのを知り見舞った後、そんな気弱な動きをしたことを知られる前に、自分達と行き違いに帰ってしまったのだ。

「後ろめたいって、どうしてでしょう?」

「ああ……」

 当然の問いに、鏡月が夜空を仰ぎながら答えた。

「お前たちを差し置いて、ミヅキの死を見届けたから、だろう」

 黙ったまま盲目の若者を見る雅に、オキも静かに言う。

「ああいう人だから、静かに死ぬことは出来なかったが、あの人らしい死にざまだった」

「……その話もまとめて、聞きたいことが沢山あるんですけど」

「そうか」

 鏡月は頷き、オキに頷きかけた。

「……分かった。まずは、この村を出るか」

 男は言いながら、不意に両手を打った。

 夜に響く乾いた音が、固まったままだった三人の我を、取り戻させる。

「いつまで呆けてる気だ。こいつと長い目での付き合いを考えるなら、慣れろ」

「そんな苦行が、課せられてしまうのですね。精進いたします」

 我に返って、力強く頷く多恵を筆頭に、村を出るべく歩き出す。

 セイと蓮も、言い争いながら歩き出し、葵も慌てて続く。

 長い夜が、明けようとしていた。


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