「彼」
「・・。」
目に映る、滑らかな白い天井。
辺りに薄らと漂う、苦い薬草の香り。
現在、自分が何処に居るのかを突き付けて来る其れ等に耐え切れず、
拒絶する為に目を閉じた。
そうすると、全身を柔らかに包むシーツの感触が、
更に追い詰めてくる様で。
「っ・・!」
音をたてながら拳を強く握り締め、下唇を強く噛む。
(また。)
瞼の裏に映るのは、ただの闇。
(またっ!)
何度次に期待をかけても、最後は何時も踏み躙られて。
(また・・っ!)
「生き返ってしまった・・。」
諦めた声音が、口から意図せず零れ落ちた。
「気が付かれましたね。」
その声に静かに目を開き、
先程から一言も発さず立ち続けていた、
ベッドの側に佇む彼を見上げる。
此方が意識を向けた事を、
白衣に似た服装の彼は認識したらしい。
優しい微笑みを浮かべ、会話を開始した。
「大丈夫ですか?」
「・・。」
「無理をせず、怪我をしたら早めに此処に来て下さいね。」
そう言ったきり、彼は微笑んだまま動きを止める。
「・・。」
彼がどんなに優秀でも、
此方が一言も発さず行動や対応をしなければ、
その微笑みは固まったままだ。
・・その事実に、少し安堵する。
特に、今から行う行動は・・誰にも見られたくなかったから。
震える右腕を目元に当て、強く押し付ける。
流れ出てこようとする涙を全部、腕を覆う布地に吸わせ、
嗚咽も漏らさぬ様に再び下唇を噛んだ。
「・・っ・・!!」
声も涙も、絶対に外へ零したくない。
外へ少しでも出してしまえば、それは「泣いた」事になってしまう。
「泣いて」しまったら・・「負け」を認めて、
2度と立ち上がれなくなってしまうからだ。
(負けて堪るか!あんな奴等に!・・あんな、卑怯者共に!!)
仲間を、奪われた。
思い出を、奪われた。
能力を、奪われた。
(ここで折れてしまったらっ・・!)
奴等に・・「誇り」までをも、奪われた事になってしまう。
それだけは、耐えられなかった。
そのまま涙と声を殺し続けていると、目元を覆う腕に
ポン
と、優しい振動が伝わってくる。
・・それは、そのまま落ち着かせる様に、静かなテンポで繰り返された。
その心地良いリズムに、少し気持ちが落ち着いてきた頃、
続いて優しい声が降り注いでくる。
「悔しかったでしょう?・・頑張りましたね。」
「・・。」
「もう、大丈夫ですよ。」
自身に向けられた労りの言葉に宿る、
温かな温度を感じさせる柔らかな声音に気付いた瞬間、
体と思考が停止した。
(これは、誰だ?)
こんな風に労る言動をとる者は、この場には居ない。
居ないからこそ安心して、こんな醜態を晒していたのだから。
(此処に居るのは、彼だけの筈だ。)
・・「彼」、は。
相手が誰であろうと、必要以上に言葉を掛けない。
相手からの接触が無ければ、行動しない。
(いや、そもそも・・。)
自分の意志では、此方には触れられない筈だ。
(なら、この手は。)
一体、誰なんだ?
・・そう、訝しく思いはしたが、相手は自分を労ってくれた。
此方を心配してくれたその「心」に応えるべく、
目元を覆っていた腕をそっと下す。
「あの・・。」
続けて、その優しい人に声を掛けようとしたが・・其処に居たのは、
白衣の彼だけだった。
ただ。
「・・。」
その、「彼」が。
困らせる子供を見る様な微笑を浮かべ、此方を静かに見つめていたから、
疑問も浮かばない程・・頭が真っ白になってしまって。
呆けた表情の自分の目から、
隠し切れなくなった涙が一筋頬を伝ったのを見た
その「人」は。
「驚き過ぎですよ。」
そう、初めて聞く言葉で、苦笑したのだった。