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時空が絡まり合う世界からの訪問者

              

1.プロローグ

「ばあちゃん。来たよ!元気?。暑いね。水ちょうだい。」

「ああ。然君、よく来たね。今日は、忙しいのにありがとうね。いろいろ頼みたいことがあって。」

「わかった。ばあちゃん。今日は、1日空けてきたから大丈夫だよ。まずは、水。あ、ビールでもいいや。」

大学生になって寮生活が始まってからは、なかなか、ばあちゃんの家にこれなかったけれど変わってないな。ガレージの中には、まだじいちゃんの自慢の2シーターZが少しほこりをかぶっているけれど健在だ。たまには走らせてやらないとかわいそうだよね。今度、ばあちゃんに頼んでみようかな。クラッチのついた車なんて買いたくても売ってないのにじいちゃんが絶対に男だったらAT免許なんか取るんじゃないといって仮免試験を2回も落ちたのに取らされた貴重な免許も健在です。なんてね。

今日、久しぶりにばあちゃんの家に来たのは、じいちゃんのパソコンデータの整理。

昨年、じいちゃんが亡くなってからばあちゃんもさびしそうだったけれど最近、やっとじいちゃんの遺品の整理をする気持ちになったようだと母が話していた。

昔からパソコンはメールとインターネットしか使ったことのないばあちゃんに代わってデータを確認して大事なものだけ保存したうえでパソコンを処分したいと頼まれたんだ。


「はい、ビール。明るいうちに飲むビールは、最高よね。おじいちゃんもよく言っていたわ。」

「ありがとう。ところで、どう。困ったことない。ちょくちょく母が来ているらしいから安心しているけれど、力仕事やパソコン関係の困りごとは、いつでも言ってね。母じゃだめだからね。」

「大丈夫。大丈夫。こんど温泉にでも行こうかねと昨日話していたんだよ。お前のお母さんも最近は、大学の講義が忙しくて暇が無かったらしいけど来月あたり1週間ほど休みが取れるといっていたよ。」

「ふーん。そうなんだ。俺にはそういうこと言わないんだよね。」

「お!風鈴。風流ですね。この辺は、まだ、夏でも窓を開けておけば風が通るんだね。大学の寮の蒸し風呂のような暑さが無くてこっちは、いいな。」


「ばあちゃん、パソコンどこ。あ、これか。ふーン、かなり時代ものだね。」

スイッチは、これか。ほえー、Windows7。ソフトも骨董品ですね。うーん。起動時間にお茶入れられますね。おっと立ち上がりました。ここまでは順調と。どこから確認しようかな。やっぱりMy Documentsからでしょうね。わっ、またいっぱい入ってますね。Private Folderか、なんかじいちゃんの秘密を覗くみたいで気が引けるけど中を確認しないとね。なんだこれ、Folder name 「ZEN」。俺宛のフォルダー?何だろう。あけてみるか。何だよ、パスワードかかってるジャン。昔じいちゃんが言っていたけれど、

「パスワード、パスワードって、覚えきれないよな。だから、忘れないように誕生日にしているんだ。違うよ、自分のじゃなくて家族の誕生日だよ。それならまだ、安全だろ。」

その時は、それでも危ないよと言ったような気がしているけれど、たぶん頑固なじいちゃんだったからそのままだろうな。ひょっとして俺の誕生日かな。入れてみるか。

「当たり!!!、ビンゴ!!」

WordのDocumentか。なんだろう。


ぜん君へ。

とうとう、君へのメッセージを書くべき時が来ました。それは、自分がもうすぐ存在しなくなる時期が来たということです。このDocumentを必ず君が読むことは、ゆきさんから聞かされていました。その時は、すでに私がこの世に居ないことも。ゆきさんとは、誰なのか気になると思いますが、それもこれを読んでもらえばわかります。あせらずに落ち着いて読んでください。君には、いや誰でも信じられない内容だと思いますが、事実です。また、この事実は、特定の人物にしか伝えられないものです。ずっと続いてきたことです。昔は、口頭で、書物でと代々受け継がれてきたと聞きました。ただ、私の場合は、より代に選ばれた年齢が若すぎて先代からのメッセージが届かない状態でゆきさんと合うことになってしまいました。ですから私の経験したことをすべて書き記して君に送ります。


2.出会い


「見て!見て!おねえちゃん。富士山だよ。すげーでかい。」

「うるさい。静かにしなさいよ。恥ずかしいでしょう。」

「何だよ。教えてやったんじゃんか。おねえちゃんだってこんなでかい富士さん見たこと無いだろ。やっぱ、本物はちがうわ。」

「声が大きいんだよ。たかしは。周りの人に迷惑でしょ。それにみんな笑っているじゃないの。まったく恥ずかしい。」


僕は、たかし。小学5年生。今は、8月、夏休みに入って5日目、けんじ君やとおる君と通っていた第三小学校に別れを告げてお父さんの転勤に引きずられてみんなと別れて新幹線に乗っている。遠くの知らない町に転校することが悲しくていやでたまらなかったけれどこうして新幹線にも初めて乗れたし、本物の富士山を見れたし、今は、少しうきうきしてきた。

おねえちゃんは、けいこ。小学校6年生。転校が決まってからずっと不機嫌。先週もお父さんに転校したくないと泣いてぐずっていた。まったく、6年生にもなって子供みたいなんだからと思ったけれどおねえちゃんの気持ちも良くわかる。しばらくは、やさしい弟でいてやろう。

半透明のプラスチック容器に入ったお茶が窓際の棚の上でゆれている。お茶がこぼれるほどではないけれどちょと気になるくらいかな。やっぱり新幹線は静かで揺れないねとお父さんが感心していた。お昼は、うなぎ弁当を奮発した。なんでだろう、家で食べるお昼よりすごくおいしい。冷凍みかんも買ってもらった。あまりにも冷たくて硬いのでどうやって食べるのかわからなかったから姉ちゃんに聞いたら、溶かして食べるんじゃないと言われたけれど、それじゃ冷凍みかんじゃないジャンとつまらないことで盛り上がって、少し、おねえちゃんも元気になってきたようで安心した。


乗換駅に着いた。もう少し新幹線に乗っていたかったけれど。今度は、人がたくさん歩いている駅の中をみんなとはぐれない様に、でもいろいろ面白そうなものもしっかりと見ながら移動していった。

乗り換えの電車は、地下のプラットフォームから発車した。地下鉄なのかなと思っていたらすぐに外の景色が見えて普通の電車になってよかった。なんか、床が油をひいたようで黒くてくさい。お父さんに聞いたらWAXという油のようなものをひいて木の床を保護しているのだそうだ。やっぱりくさい。

やたらとすぐに駅に止まる電車で、お父さんは、急行に乗ればよかったとぶつぶつ言っていたけれど、景色をゆっくり見られて僕はこの方が良かったな。

お母さんとねえちゃんは、居眠りしている。疲れているのかな。僕は、新しい景色や人を見ることでなぜか、うきうきして眠れなかった。

目的の駅に着いた。反対側のプラットフォームには、線路を渡って移動する小さな駅だ。駅前には、小さなロータリーが有ってタクシーが3台、運転手さんが暇そうにベンチに座って世間話をしていた。お父さんは、タクシーが有ってよかったと言いながら運転手さんにトランクを開けてもらい、僕らの荷物を詰め込んだ。ぼくは、前の席、運転手さんの隣に座って窓の外を見ながら10分ほど走ると小さな山のふもとのアパートに到着した。今度の僕らの家だ。2軒長屋の平屋建てで小さな庭がついている。すぐ前は田んぼで、裏は、小さな山に続いている。

「なんか、田舎だね。ここ。」

おねえちゃんは、気に入らないらしいけど、僕は、山と田んぼと川があることですでにこの夏休みの調査対象が決まった。

「ねえ、おかあさん。少し近くを探検してきていい。」

「着いたばっかりなんだから、少し休んだら。」

「大丈夫、遠くに行かないから、少し周りを見てくるだけ。おねえちゃん一緒に行く?。」

「行かない。まったく、落ち着きがないのだからたかしは。」

「わかった。じゃね。」

「暗くならないうちに帰ってくるのよ。遠くに行かないように。変な人の後を付いて行ったらだめよ。」

「わかってるって。」


山は、明日以降の探検対象にして、今日は、田んぼと川だな。

遠くから見ると緑の稲が風でそよぐたびに白く光ったり濃い緑になったり寝転んだら気持ちよさそうな田んぼが一面に広がっている。前に住んでいたところは、小高い丘の上で畑はあったけれどこんな田んぼは、見たことが無かった。近くによるとあぜ道に生えている黄色や白の小さな花や水が張られた泥の上には、ザリガニや蛙、よくわからないけど小さなえびのような虫が泳ぎまわっていた。あぜ道の横の小川は、白い砂底にみどりの水草が揺れているのが見える。なんか、きれいで飲めそうな水。

草刈したあとの匂いがする。それに香ばしいような香りが混じっている。これが稲の匂いなのかな。

今、気が付いたけれどセミが鳴いている。でも、なんか、聞いたことのない鳴き方。「ニー」とか「シャー、シャー」とか鳴いている。今度、捕まえに行こう。


ここは、お寺かな神社かな。白いきれいな土壁でぐるりを囲われて、大きな門の中に木の重そうな扉がある。今は、その扉を左右に開いて中を覗かせている。

誰も居ないみたい。大きな岩や松ノ木が日差しを浴びて輝いている。入ってみようかな。いいんだよね。怒られないよね。

「へー、中は思ったより広いんだ。」

中央の石畳の左右は、白い玉砂利がきれいに敷かれて、その上には、枯れ葉一枚も落ちていない。その石畳の先に大きな屋根を持ったいかにも時代を経たと思われる本堂が見える。

「なんか、変なものが飾ってあるよ。白い丸いもの。2つ並んで大きな絵馬のようなものにくっついている。丸いものの中心に小さな丸がひとつ。」

「なんか、おっぱいみたいだな。」

大小、さまざまなおっぱいが手のひら二つ分ぐらいの板の上にちょこんと乗って、それが大きな屋根の下に無数にぶら下がっている。硬いのかな。ちょっと確かめてみようかな。

誰もいないよね。

手近に有った一枚のおっぱいの板に手を伸ばして触ろうとしたら。

急に境内の中が薄暗くなって、さっきまでセミが鳴いて首筋に汗をかくような天気だったのに寒くなってきた。音も聞こえない。いや、聞こえているけれどなにか「キーン」としたひとつの音しか聞こえない。おっぱいの先端が光っている。もう怖くなってやめようとしたけれど体が動かない。手が、指が勝手におっぱいに近づいていく。

「わー、だめ。だめ。やだ、やだ。」

右手の人差し指がおっぱいの先に触った瞬間に体中がしびれて立ちくらみのように視界が真っ暗になってしゃがみこんでしまった。

(ばかな。まだ成熟していないでないか。早すぎる。)


「ぼうず。どこの子だ。昼寝もよいが、ちと掃除の邪魔なのでどいてくれんかのう。」

「へ。わっ、すいません。僕、今日ここに引越ししてきたばかりで、えっと、すいませんでした。」

セミも鳴いている、日差しも暑さも元に戻っている。なんでこんなところで昼寝をしていたんだろう。おかしいな。神社だかお寺だかから飛び出してとりあえず、今日の探検は中止ということでアパートに走って帰った。


ちょうど、スイカを切ってみんなで食べようとしていたところだった。

「まったく、いつもたかしは、鼻がいいんだから。スイカ切ったら戻ってきた。」

おねえちゃんのいやみを軽くいなしてスイカにかぶりつく。あまり冷えていなかったけれどおいしかった。縁側に座って口の中のスイカの種をぷっぷっと吹き飛ばしたら

「行儀悪いよ、たかしは。」

「芽が出てスイカが来年なってもおねえちゃんにはやらないからね。」

「ばか、なるわけないじゃん。」


「たかし、おねえちゃん、ちょっと買い物にお父さんといってくるからお留守番してくれる。」

「私は、いいけど。たかしは、当てにならないよ。」

「何言ってるんだよ、留守番くらい僕にもできるよ。今日の探検は、もう終わったしね。」

「なにが、探検だか。子供なんだから。」

「おねえちゃん知らないだろう。今日、すごいおっぱい見つけたんだから。」

「なにそれ、意味わかんない。」

「田んぼのむこうの方にさ、おっきな神社だかお寺のようなのがあってさ、その中におっぱいがたくさんぶらさがっていたんだ。それでね、それから、痛い!」

急に頭がしびれるように痛くなった、心臓もどきどきして息が苦しくなった。

「たかし、大丈夫。どうしたの。どこか痛いの。」

「うん、大丈夫。急に頭が痛くなって。何だっけさっき何を話そうとしたんだっけ。」

「大丈夫、本当に。おっぱいだとか言ってたけれど。休みもしないで走り回っているから疲れたんじゃないの。少し、横になる。」

「うん、ちょっと休もうかな。」

そう言えば、何を話そうとしていたんだっけ。おっぱい?何だそれ。

(この先、どうすればよいのか。この子供の体では、外に出ることもままならない。思考のコントロールもあまり強くかけると大きな負担になる。しばらくは、こもるしかないようだな。)


このアパートのお風呂は薪で炊く。前の家みたいに石油でカチカチやって炊くのではなくて勝手口にある風呂釜に外からまきを入れて火をつけて風呂の水を温めるやり方だった。初めて見た。お母さんは、お父さんに文句を言っていたけれど周りの家もみんなそうだし、そのうち石油に代わるらしいから我慢しろと言っていた。お風呂の中に鉄の丸いもの、なんかお寺のお坊さんがたたく木魚のようなものが半分出ていて、そこが熱くなるとお風呂が沸くような仕組みだった。その木魚に足が触るとすごく熱いので注意して入ったんだけれどやっぱりつま先が触って飛び上がった。やけどにはならなかったけれど。

お風呂から上がったら、おねえちゃんとお母さんがまき風呂で盛り上がっていた。お父さんは、テレビの野球中継を見ながらビールを飲んでいた。ちょっとおとうさんが、負けそう。

初日は、みんな疲れていたので早めに布団を敷いて寝た。部屋が2つしかないので布団を敷くと一部屋がいっぱいになってしまう。ちょっと期待していたんだけれどやっぱり勉強部屋はおねえちゃんと一緒に机を並べた前の家と同じだった。


3.友達


まだ、夏休みなので学校に行く必要はないのだけれど、学校に行っていないので、このアパートにどんな子供たちが住んでいるのかがわからない。どうやって友達を作ろうかなと悩んでいたら向こうからやってきた。

「こんにちは!隣のよしだです。おかあさんがこれ持ってけって。」

「まあ、ありがとうございます。おいしそうなスイカだこと。後でお礼に伺いますね。昨日越してきました。よしざきです。よろしくお願いしますね。けいこ、たかし、お友達よ。ご挨拶しなさい。」

「こんにちは、よしざき けいこです。よろしくね。」

おねえちゃんは、相手が年下だから余裕を持って挨拶している。僕は、たぶん同じ年ぐらいのよしだ君にちょっと馬鹿にされないように都会の雰囲気をだしながら「たかしです。よろしくな。」と言ったらおねえちゃんから

「なに、えらそうに挨拶しているのよ。よろしくお願いしますでしょ。」と言われて頭を上から抑え付けられた。まったく、男同士の初めの挨拶の重要性を理解していないのだから女は困る。これじゃ台無しジャン。やっぱりよしだ君笑っている。

「よかったら、上がってもらったら。よしだ君、どうぞ。」

「あ、いや、いいです。また。」

「それならたかしも外で遊んできたら、どうせ、暇なんでしょ。」おねえちゃん、畳み掛けるなよ。

「よしだ君、たかし暇なんで遊んであげてくれる。さ、たかし行って来なさいよ。」

邪魔者を追い出そうとしていることわかっているんだからな。あとでひざかっくんをおみまいしてやる。


隣のよしだ君は、やっぱり僕と同い年の小学5年生だった。6年生のお兄ちゃんがひとりいる。このアパートは、全部で20家族が住んでいて、小学生は18人いるらしい。お兄ちゃんたちは、今日、学校のプールにみんなで泳ぎに行っている。よしだ君、そう、ゆうじ君は、あまり泳げないのでおにいちゃんに置いてきぼりにされたと怒っていた。


山に行くことにした。このアパートの裏手は、そのまま山に続いている。ふもとの方は、熊笹が生い茂っているが、アパートの裏手だけは、大人たちが草刈をやってごみ焼きのスペースを作っているのだという。アパートより1mほどあがったところにそのちょっとしたごみ焼きスペースがあり古いドラム缶がひとつ置いてある。この中で時々、大人たちがごみを燃やすようで、枯れ葉や枯れ枝を燃やす時は、サツマイモやジャガイモを一緒にくべて焼き芋をやるとゆうじ君が教えてくれた。ごみ焼きスペースの奥に山に続くけもの道がある。ゆうじ君はどんどん進んでいくので迷わないように後を付いていくのが精一杯だった。

「この先に蛇沼があるからそこを通るときは、走って大声を上げていかないとだめだからね。蛇にかまれるから。」

「えーー!!」「それじゃ、行くよ。」「わー、わー」

「ちょっと待って、えーー!!、わー!わー!、ぎょえーーーー」2mほどくぼんだ、すり鉢のような底がじめじめと湿っていて、いかにも蛇がいっぱいいそうな道を一気に駆け抜けて反対側のすり鉢の端にたどり着いたときには、咳き込んでいた。

「たかし君、ギョエーていうのいいかも。こんどギョエーにしようか。」

「はあ、はあ、ゲホ。どうでもいいよ。」

山の中は、木々に夏の日差しがさえぎられて涼しかったけれどじっとしていると蚊が寄ってきて体中にたかることがわかった。

「たかし君。山に入ったらひと時もじっとしていてはだめだからね。蚊に食われないためには、いつも動いていないとだめなんだ。だからこうして今も足踏みしているの。わかる。」

「わかるけど、疲れる。はー。」

「この木の右を上に上がるんだ。ちょっと道に見えないけど。これをあがると首吊り公園に着くんだ。」

「へ。首吊り公園?。何それ。」

「僕もよく知らないけど昔、公園の木に死体がぶら下がっていたんだって。それからみんなが首吊り公園て呼ぶようになったてさ。いつのことか知らないんだけれど。」

しばらくは、手近の木の幹をつかんでは、体を上に引き上げてその木に足をかけてまた上の木の幹をつかんで登るという反復運動を続けていた。やっぱり田舎の子はすごい。もうばててきた。

「たかし君。着いたよ。」

「はー。疲れた。」そこは、芝生の公園の端っこ。僕たちは、藪の中からサルが2匹出てきたような感じだったかもしれない。学校の25mプールぐらいの大きさの芝生の公園の真ん中に大きな木が一本生えている。これが、首吊りの木?こんな明るい公園のど真ん中で首をつるの?

「ここから山の頂上までは、普通の道があるんだ。そこを登ろう。上がると景色がいいよ。回り全部見渡せるんだ。小学校も見えるよ。」

たしかに後半は、普通の道だったけれどずっと階段。ほんとに疲れた。

「へー、周りが全部、見渡せるんだね。あれは何、あの遠くに見える橋みたいなの。」

「高速道路だよ。ぼくは、まだ通ったことはないけれど」

「それとあっちに見える3階建ての白いのが、僕たちの小学校。その手前の四角いビルが市役所、その横が消防署。」

「ふーン、学校の反対側は、みんな田んぼなんだね。こんな大きな田んぼ始めて見た。」

「たかし君は、田んぼに感心するんだ。面白いね。」

しばらく、風に当たって休んでから展望台の下の売店でアイスクリームを食べようということになった。

「でも、ゆうじ君、僕お金持ってないよ。」

「大丈夫。ゴミ箱とか、ブランコの下とかアイスクリームの棒が落ちてるでしょ。あれを拾って集めるんだ。それでね。棒にヒットとかホームランとか字が書いてあったら捨てちゃだめだよ。ホームランだったらその棒一本でアイスクリームがもらえるんだ。ヒットだったら3本ね。」

僕たちは、必死になってアイスクリームの棒を拾い集めた。探して見ると植え込みの下なんかにたくさん落ちていた。ホームラン1本、これはゆうじ君が見つけた。ヒットは、2本、これは僕。あとヒット一本!!!

「なにやってんだ、お前たち。」

「あ、中学のとおるだ。」

「手に持ってるの見せてみろや。なんだアイスの棒か。へー、ホームランがあるじゃん。もらっておいてやるよ。じゃな。」

こいつ、すっごいむかつく。あとで膝蹴りをお見舞いしてやる。

「だれ、あれ。」

「中学のとおる。同じアパートだけどあいつ、不良なんだ。いつも小学生をいじめてる。そのくせ、中学じゃ上級生にぺこぺこしているらしいよ。気に食わないやつ。」

「ねえ、帰りに秘密の洞窟を見せてあげるよ。行こう。」


(あいつの気を感じた。まだ遭遇するわけにはいかない。早すぎる。)


「これが昇竜洞。秘密といってもみんな知っているんだけどね。ただ、地元の人しか知らないし、こんなところに観光客は来ないから秘密の洞窟と呼んでるんだ。」

ほとんど垂直に下に続いている洞穴だ。子供でやっと入れるぐらいの大きさの穴でお兄ちゃん達が時々下まで探検に行くことがあるらしい。ただし、大人からは、危ないから絶対に入るなと言われているので探検は秘密にするそうだ。ゆうじ君は、まだ入ったことがないそうだが、お兄ちゃんが去年、友達と入って底まで着いたそうだ。そのあとお母さんとお父さんに見つかってこっぴどく怒られたそうだけど。

底に着くとさらに横に穴が続いているそうだが、その横穴に入った人はまだ居ないらしい。入ったら戻れなくなるという、うわさもあるし誰もそこまでは、行かないようだ。

「ねえ、ここに入って見ようか。」

「たかし君なに言ってるんだよ。中はまっくらだし明かりがなければ何も見えないよ。それにお兄ちゃんだってやっと上がってこれたって言ってたから、僕らじゃ無理だよ。」

「なんか、よくわからないけどすごく中に入りたい気持ちがする。誰か呼んでるみたい。」

「たかし君、ちょっと目つきがおかしいよ。熱でもあるんじゃないの。だめだめ、今日は帰ろう。早く。」

(あいつが居る。今は、だめだ。逃げろ。早く。)

「ゆうじ君、なにか言った。逃げろとか。」

「え、なにも。でも早く帰ろう。ちょっと変な気分がするから。」

「うん、帰ろうか。」


「おねえちゃん、今日ね。ゆうじ君、そう、となりのよしだ君と山に遊びに行ったんだ。すごいよ。蛇沼とか、首吊り公園とか、秘密の洞窟とかあってさ。それとてっぺんの展望台に上ると周りみんな見渡せるんだよ。小学校も見えた。」

中学のとおるのことは、黙っていた。なんか、アイスクリームの棒を取られたことが悔しくて恥ずかしいので。

「なに、その首吊り公園て。蛇沼?なんかすごいところだね。」

「昔、首吊りがあったんだってその公園で。でも行ってみたら芝生のきれいな公園だった。ただ、真ん中にそれらしい木が一本あったけど。」

「やだねー。名前のセンスを疑っちゃうね。」

「おねえちゃんは、何やってたの今日。」

「わたしは、くみこちゃんていう同じ6年生の子と友達になった。近くの図書館に一緒に行って涼しくなってからは、ほかの友達にも紹介してもらって一緒にゴム飛びしてた。こっちのゴム飛びは、片足で引っ掛けてから飛ぶのもセーフなんだって。ま、たかしには、関係ないか。」


「ねー、おねえちゃん、頭の中で違う人の声とか聞こえたことある。」

「あんた、大丈夫?熱でもあるんじゃない。」

「ゆうじ君にも同じこと言われた。なんかさあ、逃げろとか声が聞こえてさ。秘密の洞窟の前から帰ってきたんだ。」

「やっぱ、あんた疲れているんだよ。だって、昨日から外で走り回ってるじゃない。あしたは、家にいたほうがいいんじゃない。お母さんたちに変なこと言って心配かけるんじゃないよ。」


あれからご飯を食べて、お風呂に入って、布団に中で眠ろうとしているのだけれどなぜか、頭がさえて眠れない。もうおねえちゃんは、隣で眠っている。昨日の変な神社じゃなくって観音様での不思議な経験からどうもおかしい。観音様ということは、ゆうじ君から教えてもらった。そうそう、やっぱりあの白い丸いのはおっぱいだった。思い出してきた。あの時、指から何かが自分の体の中に入ってきたような違和感があったんだ。今も誰かが自分の中に潜んでいるようないつも誰かに見られているような変な感じが続いている。

頭の中の声もそいつがしゃべっているんだと思う。


4.かえる爆弾


「たかし、おはよう。キャッ。ちょっとなするのよ。変態!!」バシっ。

「痛い。おねえちゃんなにすんだよ、いきなり。かわいい弟の頭をグーで殴る姉がいるか普通。」

「ばか、たかし、朝から姉のおっぱい触る変態弟には、膝蹴りくらわせるぞ」

「ちょっと待ってよ、誰がお前のあるどうかもわからないおっぱいを触ったって。」バシッ。

「なんで叩くんだよ。」

「あんた、まだその指、そのままじゃん。その指が何を触ったか、とぼけるんじゃないよ。変態。」

僕の指?、たしかに右手の人差し指が 前に突き出て誰かを指差しているような形で固まっている。うん高さ的には、あの凶暴なおねえちゃんの有るかどうかわからないおっぱいの高さであることも事実だね。「ギョエー、ほんとにおっぱい触ったのかしら?」


今日は、集団登校日。せかっくの夏休みなのに登校日を作るなんて学校も意地悪だよな。でも僕にとっては、新学期が始まる前にみんなに挨拶できるチャンスだった。おねえちゃんはくみこちゃんらしき髪の長い、目のぱっちりとしたかわいい、おしとやかそうな女の子と数人でおしゃべりしながらなんの違和感も感じさせずに登校班に溶け込んでいる。僕は、一番後ろでたぶんゆうじ君のお兄ちゃんににらまれながら前を向いて静かに歩いている。僕のすぐ前には、まだ名前も知らない男の子がいてその前がゆうじ君なのでこの子を飛ばしてゆうじ君と話をするのもなんとなく気が引けてさっきから黙って歩いている。この子もさっきからぜんぜん後ろを振り返らないんだよね。振り返ってくれたらにこっとして何か話しができるのにな。よし、念力で振り返らせてやろう。

「振り返れ、振り返れ、振り返れ うーん」あっ振り返った。

「わっ、ごめん」

え、なに。そうじゃなくて。また前を向いてしまった。あとで、かずお君に聞いたのだけどあの時、かずお君が振り返ったとき僕は、すごい顔でにらんでいたらしい。だから、思わず、かずお君は、ごめんと言って前を向いちゃったんだって。顔に出さないで念力が使えるようにもっと練習しよう。


ゆうじ君、かずお君とは、同じクラスだった。ラッキー。学校に着くと一旦、職員室の横の応接室というところでおねえちゃんとしばらく待たされてからそれぞれの担任の先生が迎えに来てくれて教室に入った。僕の担任の先生は、えぐち先生といって僕のお父さんよりかなり年上のおじいちゃん先生だった。結構厳しい先生のようで僕と一緒に教室に入った瞬間にクラスのみんながシーンとして椅子の上で背筋をピーンと伸ばしているのがすごかった。

「今日は、新しいお友達を紹介します。東京から転校してきたよしざき たかし君です。みんな仲良くしてあげてください。席は、ゆうじ君の横に座ってください。」

僕たちは、目と目でラッキーと挨拶をした。

「よしざき たかしです。よろしくお願いします。」

形どおりの挨拶をしてゆうじ君の横に座ったときは、やっぱりほっとした。今日は、集団登校日なので普通の授業とかは無く、1時間ほどの先生のお話と連絡事項の伝達。特に最近、交通事故が増えてきているので通学路を守って学校に来るようにということだった。

「起立、礼、さようなら。」

あっという間の一時間だった。

「たかし君、東京のどこから来たの。」

「家はどこ」

「兄弟はいるの」

「ねえ、ねえ、ねえ。。。。」

今日は、みんな暇だし、格好の暇つぶし相手の僕は、しばらくクラスのスターだった。時々、ちょっと聞きなれない方言が混じっていてわからないこともあったけどそこは、笑顔と愛嬌で切り抜けて30分ほどでみんなの好奇心が満たされたころにゆうじ君とかずお君と一緒に学校を出た。

あれほど通学路を守りなさいと先生が説明していたのに帰りは、完全に行きと違った道を通っている。

「ねえ、たかし君、今日、お小遣い持っている。」とゆうじ君。

「うん、50円持ってる。」

「お、すごいね。お金持ち!。帰りにかいぞういん寄ろうか。」とかずお君

「なに、その、かいぞうなんとかって。」

「かいぞういん。お寺さんだよ。その中に駄菓子屋さんがあるんだ。くじとかゼリーとかメンコが売ってるんだ。」

初めて町の中を歩いたけれど道がかくかく、すぐに曲がって車とか走りづらい街だと思った。そして古い家や板塀がところどころに残っていて前にいたところとは、ぜんぜん雰囲気が違っていた。

「ここだよ。かいぞういん」

「大きなお寺さんだね。すごい古そう。あ、本当だ。お寺さんの中に駄菓子屋さんがあるんだね。」

三角くじ、ふ菓子、抜き型、杏飴、ストローゼリー、紐引きくじ、メンコ、アイスなど駄菓子屋さんのラインナップはどこも同じだな。今日は僕が50円、ゆうじ君は30円、かずお君は、27円もっているから5円のくじを3回と10円のメンコを買って後で勝負することにした。くじは、ぜんぶスカだった。いつも思うけど当たりくじって入っているのかな。本当に。10円のメンコは小さな丸メンが5枚束になっている。かいぞういんの本堂の石畳の上で勝負した。丸メンを叩きつけて風を起こし、相手の丸メンをひっくり返したら自分のものになる。勝負は白熱したけれど最後は、かずお君が10枚、僕が3枚、ゆうじ君が2枚でかずお君の圧勝だった。

「ゼリーも食べたかったな。明日も行こうか。」

「いいね。」

山の東端に川が流れている。雨が降るとかなり水量も増して本当の川らしくなるらしいが、夏は、深いところでも子供のひざぐらいの水深できれいな透明な水が静かに流れている。水底には、緑の水草が流れにまかせて揺らいでいて、その中を時々小魚が泳いでいるのが橋の上からも見える。

「ねえ、蛙とろうか。」

「蛙?どこにいるの」と僕。

「この川の流れのゆるい木の下とかにいっぱいいるよ。みどりや黄色の蛙がいるんだ。」とゆうじ君。

「いいね。ゆうじ君、見て、あそこにしょうゆ樽が引っかかってるよね、あれに蛙をいっぱいにしたら面白いだろうね。」

かずお君は、すでに乗り気で河原に降りていった。僕も黄色やみどりの蛙を見たいのでその後に続いた。


蛙は、むちゃくちゃたくさんいた。流れが止まっているようなところに20,30匹の蛙が上をむいて手足を伸ばした状態で浮いているような感じ。つかもうとすると手足を動かして逃げようとするが、前が切り立った土手で蛙には登れないので押し合いへし合いしているだけで金魚すくいより簡単に捕まえられた。拾ったしょうゆ樽は、あっという間にいっぱいになった。たしかに緑色が多い蛙と黄色が多い蛙の2種類がいたけれど僕が想像していた全体が黄色や緑の蛙はいなかった。

「これ、どうしようか。重くて持って帰れないし。」

おねえちゃんに見せて今朝の仕返しをしたかったけれどあきらめた。

「そうだ、蛙カプセルにしよう。」

「なに、それ。」

「あそこに樽のふたが落ちているよね。それでね、この蛙満杯の樽にふたをしてこの川を流すんだよ。そしてね、たぶんずっと下流でだれかが、この樽が流れているのを見つけるでしょ。そして中身は何かなーとか期待して開けると蛙がドバーっていうのどうよ。」

「面白いね、よし蛙カプセル、じゃなくて蛙爆弾製造!!」

蛙たちにはいい迷惑だったと思う。

その後、蓋をして流れ始めた蛙爆弾は、橋の反対側で石に当たってそこで爆発じゃなくて蓋がとれて蛙たちは解放されたけれど。


「おねえちゃん、今日ね、蛙爆弾をゆうじ君とかずお君と一緒に作ったんだ。どんなのか知りたい?」

「知りたくない。」

「そんなー、聞いてよ。学校の帰りに山があって、その東側に川があるでしょう。あそこにね、ものすごくたくさん蛙がいるんだよ。それをね、落っこちていたしょうゆ樽にいっぱい詰め込んで蓋してそして」バシッ。

「いてーなんで叩くんだよ。これからがいいとこなんだから。」

「これ以上話たら、殺す。」

「怖えー。本当は、蛙がだめなんでしょ?でしょ?でしょ?」バシッ

「なんで叩くんだよ。反則だぞ。おっぱいっむぞ!」ドカッ。

「蹴りは明らかに反則だからな!」



5.転生


「二人で山の探検に行くなんて珍しいわね。水筒持って行きなさい。気をつけてね。」

「たかし、あんた、なにか企んでいるんじゃないわよね。なんで、しつこく誘うの。私は、たかしと違って、おサルじゃないんだから山なんかに興味は、無いの。」

「絶対、来ればわかるよ。ほんとすごいんだから。いいから一緒に行こうよ。」

(そう、お前の近くに女が必要だ。今日あたり接触がありそうだ。お前一人では、戦えない。)

「こんなとこから山に入るの。もっとちゃんとした道が無いの?わっ、やだ蚊がいるじゃない。勘弁してよ。」

「おねえちゃん。山に入ったら一時もじっとしていてはだめなんだよ。いつも足踏み。手は、ぐるぐる回している。そうしないと蚊の餌食になるよ。」

「この先が、蛇沼だからね。一気に大声を上げて駆け抜けるんだからね。底で転んだりしたら蛇にかまれるから。行くよ! ギョエー」

「ちょっと、たかし待ちなさい。ちょっと、待ってたら。ひえー」

「はあ、はあ、おねえちゃん。ひえーじゃだめだよ。ここは、ギョエーじゃなきゃ。」

「はあ、はあ、もう来ない。絶対来ない。」


「ここ上るからね。こんな感じ。上の木の幹を片手でつかんで体を引き上げてそれから反対も繰り返す。最初につかんだ幹は、その次は、足場にする。ね、こんな感じいちに、いちに。」

「たかし、もう帰りたい。」

「この先だよ。もうすぐ。秘密の洞穴。」


「ここが秘密の洞穴。ずっと下に続いていて底に横穴があるんだって。」

「ねえ、たかし今なにか動かなかった。なにか黒いの。あの洞穴の入り口付近。」

「今、音がしたよね。ガサッって。聞こえなかった。なんか暗くなってきていない。寒いし、変だよ。キーンて音がしてない。」

「おねちゃん、僕、この感じ、この前の観音様の境内で感じたのと同じ。なんかやばい雰囲気。」

「ちょっと、たかし帰ろう。ここ、雰囲気がおかしいよ。」


初めての接触は、今でも忘れられない。まず、奇妙な雰囲気が周りを支配しだして、その内、黒い、なにか本当の闇のような物体が洞穴の中から流れだしてきたと思う間に人間のような手足を持った形に立ち上がった。光をまったく反射しない黒い闇でできている。

本当に想像もできない光景を目前にすると人は、ただ、目を見開いて声が出ず、からだが固まってしまうことを初めて経験した。僕もおねえちゃんも抱き合ったまま固まってしまった。

(より代よ、たかし、お前の右手の人差し指、すなわち、私がお前の体に入ったその入り口で姉の胸を突け。早く。)

「え、誰。なに。何だって。」

(姉の胸を突け。しかたない今回は、私がお前を操る。許せ。)

その時、急に自分の体が自分から切り離された感じがした。今まで恐怖のあまりパニックになっていた自分からまるで客観的に今の光景を眺めている映画の観客のような自分に変わっていた。その自分が見ている前でもう自分ではない、たかしが右の人差し指でおねえちゃんの左胸を突くのをスローモーションの映像のように見ていた。

指が光った。おねえちゃんの胸も光りだした。胸から首、そして手足、すべてが光に包まれた。その光の中でおねえちゃんは立ち上がった。いや、すでになにか違う人になって立ち上がっている。光が消えたときには、目の前に見たことも無い女の人が立っていた。

彼女は、僕を見て少し微笑んで目の前の闇に向かって歩いていった。


闇も今は、実態を現していた。何だろう、なにか大きなカマキリのようなそれでもその目には、なにか邪悪な知性が感じられた。


(また、始まったな。お前との因縁が。ゆき)

(ああ、本当にいつ終わるのかな。虚無)

(今度のより代はどうしたことだ、まだほんの子供ではないか。お前の趣味か。)

(わからん。私も戸惑っているが、お前には関係ないこと。闇に帰ってもらおう。)


始め、ゆきと呼ばれた女の人が飛んだ。虚無と呼ばれた大きなカマキリの背後に回り、手にした一振りの剣を頭に振り下ろした。とそれと同時に虚無の右の鎌がゆきの剣を防ぎながら左の鎌が雪の腰を横に払った。左の鎌は空を切った。ゆきは、振り下ろした剣を支点に体を回転させ虚無の前に回りこみやわらかそうな無防備の腹部に足蹴りを入れていた。

虚無は、後ろに弾き飛ばされた。ただし、大きなダメージは無い様ですぐに立ち上がるととげのある後ろ足でゆきの足を払った。

その場に倒されたゆきに向かって上から容赦なく大きな鎌を振り下ろした。ゆきは、それを剣で受け止めまたも腹部にけりを入れていた。


僕は、どうすればよいのかわからず、ただ、この戦いを見守るしかなかった。なんで彼らが戦っているのかもわからず、なぜ、ゆきと呼ばれた女の人が僕の体からおねえちゃんの体に乗り移り、今、見たことも無い虚無と呼ばれる怪物と戦っているか。この現実が理解できなかった。それにかれらは、初めて会ったわけではないような言葉を発していた。そうだ、あの怪物も言葉を発していた。まるで人間と同じような口ぶりで。


(より代よ。なにをぼんやりと見ているのだ。お前のゆき、いや姉が戦っているのだぞ。お前は何もできないのか。)

(たかし、動くな。彼の挑発にのるな。)

(たかしか、お前は、なぜ、より代に選ばれたのだ。ただのでく人形か。なさけないやつめ。)


その時、無意識に体が動いていたんだと思う。意識が自分の体から距離を置いていたので不思議と恐怖を感じなかった。そして、なぜか、ゆきさんを助けることが自分の使命であるという漠然とした感覚で立ち上がっていた。


(たかし、来るな。まだ、お前には準備ができていない。早すぎる。)

(そうだ、こちらに来い。もう少しだ。そのまま。よし、もらった。)

虚無の右手が僕の足に絡みついたのを冷静に見ていた。その瞬間激痛が走った。

「うっ」体が虚無のほうに引きづられ、目の前にその邪悪な目を見たとき上から鎌が振り下ろされてきた。

「死ぬ。殺される。」一瞬の想いが浮かんだ時に目の前にゆきさんがいた。そして彼女の左腕が鎌を受け止め右手の剣が虚無の腹部を刺し貫いていた。ゆきさんの左腕から僕の顔に血が滴り落ちた。彼女の顔が苦痛にゆがんでいる。

(くっ。今日は引き上げる。いずれこの決着をつけようぞ。)

目の前にいた虚無が消えた。ゆきさんの左腕から虚無の鎌が消えたが、彼女の腕の傷はまだ血を流している。彼女の顔が少し柔らかくなった。そして、僕の上から離れ、横に仰向けに倒れこんだ。


何を聞けばいいのか、なにから聞くべきなのか。僕の頭は混乱していた。おねえちゃんはどこに行ってしまったのか。ゆきさん、あなたは誰。虚無という怪物は何。なんで僕の体の中から。


(より代よ。たかしと言ったか。混乱するのも無理は無い。今までは、すべてのことを伝えられたより代に私たちは、共生してきた。お前のように前任者からなんの説明もなく、体もまだ成熟していないうちにより代になってしまったことは、偶然といえ何かの理由があるのであろう。今からでもお前に私たちのこと、そしてお前の役割を説明しておこう。)


(私は、ゆきと呼ばれている。いつのより代が名づけたかわからないが、お前たちの世界の呼び名であると理解している。そして私が、戦っている虚無からもその名で呼ばれて、すでにお前たちの時間で100年ほどを経ている。私たちの世界と虚無の世界、そしてお前たちの世界は、絡まりあう螺旋のようにある一定の時間を経て重なりあい、離れあっている。ただし、その重なりは、お互いに意識できるものではなく、普段の生活には何の支障もない。ただし、遥かな過去、そこに虚無が干渉を試みてきた。彼らは、自分の世界から隣の世界へ移動しようとしていた。彼らの世界になにが起こっていたのかはわからなかったが、彼らの干渉は、お前たちの世界のバランスを崩し、それは私たちの世界のバランスも危うくするものだった。

私たちの使命は、お前たちの世界に虚無が干渉することをより代の協力を得て未然に防ぐことに有る。

今までもお前の血筋でわれわれと共生できる適正を備えた人間が私たちと協力してきた。それは、すでにお前たちの時間で5,000年を超えた付き合いだ。

私たちは、お前たちより遥かに長命だが、やはり、寿命がある。ただし、私たち守護者の子孫には記憶が継承されている。歴代のより代たちの記憶がすべて残されている。

はるか過去の記憶はさすがに思い出すには時間がかかるが。お前の祖父もより代だった。彼からお前に伝承できなかった理由があるのであろう。私から説明することになったことにもなにか理由があるのであろう。)


「言っていることはわかるけど、理解できないよ。そんなことがあるの。でも、目の前であんな怪物を見たし、うそじゃないだろうけど。おねえちゃんは、どこに行ったの。」

(わかった、私は、お前の体に戻る。そして姉を返そう。たかし、私の胸を右の人指し指で突け。そうすれば、私は、お前の体に戻る。そして姉も元に戻る。)


たぶん、その時は、あまりの現実離れした状況で聞いたことも無いような話しを聞いて、頭がパンクしそうになっていたと思う。ゆきさんの言葉に従って、何も疑うことなく彼女の胸を突いた。また胸が光出したと思うと、彼女の全身が輝き、それが消えた時、おねえちゃんがいた。

まだ、疲れたように眠っているので、しばらく僕のひざの上で頭を支えてあげた。

(たかしよ。このことは、誰にも説明することはできない。説明しようとするとお前の頭に痛みがはしり説明しようとしたこと事を忘れてしまう。こんなことは、やりたくないのだが、お前たちの世界への干渉を少しでも小さくするためなので許してほしい。そのかわりに、いつでも私と心の中で話ができることを覚えていてほしい。)


「他人にしゃべるなって、そんなことひどいよ。ずっとうそをつくの。無理だよ。」

(この世界で発生した虚無との戦いは、すべて時空の接点の外で行われているので他人には、感知できない。私達は、結界と呼んでいる。また、お前の姉のように私の体になってくれた人間にも危害は加わらない。記憶も残らないから安心してほしい。)

「そんなこと言ったって、さっき、ゆきさんは、左手に大怪我したじゃないか。おねえちゃんの体を使ったってどういうことなの。おねえちゃんも大怪我したの。」

(お前の姉の腕を見てごらん。なにも怪我は無いだろう。すべての記憶、傷は私が受けたもの、お前の姉にはなにも残っていない。安心してほしい。)

「なんで、おねえちゃんの体が必要なの。自分で勝手に出てきて戦えばいいじゃない。」

(私のからだは、お前たちの世界では実体化できないのだ。どうしてもお前たちの世界の人間のそれも女性の体が必要なのだ。お前の姉である必要は無い。ただし、今回は、初めての実体化であり、お前と遺伝的に近い女性が必要だった。)

「もう、おねえちゃんや僕の周りの人を巻き込まないでよ。」

(わかった。できるだけそうしよう。)


「あれー、私寝てた。やだなー。何でたかしの膝まくらなの。勘弁してよね。」

「わー、おねえちゃん気が付いた。よかった。よかった。」

「ちょっと、たかし、待ってよ。なんで泣いてるのよ。気持わる。」

「気持悪くともいいから、おねえちゃんよかった。よかった。」

「なんか、たかし、だいじょうぶ。とにかく家に帰ろうか。」

「うん」


家に帰ってから昨日の残り湯でお風呂に浸かった。二人ともお母さんがあきれるほど泥だらけだったので昼間から水風呂に入った。おねえちゃんがお風呂に入っている間にもう一度、山で経験したことを思い出していた。

ゆきという女性、大きなカマキリのようなしゃべる生き物、5000年の戦い、より代。

「なんだよ一体。冗談じゃないよ。僕が何をしたっていうんだよ。」

「たかし、上がったよ。お風呂入りな。」おねちゃんがさっぱりした顔で風呂場から出てきた。

「おねえちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど。」

「なに。」

「今日さ、一緒に山に行ったでしょ。そして秘密の洞窟の前でさ、いっ痛い。」

「たかし、どうしたの大丈夫。」

「あ、頭が、痛い。あれ、僕なにか言ってた。なんだっけ。あれ。」

「たかし、ねー本当に大丈夫なの。この前も頭が痛いって言ってたでしょ。最近、変なことが多いよ。お母さん、たかし頭が痛いって。風邪かもよ。お医者さんに連れていったほうがいいかも。」

「おねえちゃん。大丈夫だよ。なんともないもの。頭だってちっとも痛くないよ。」


夕飯は、カレーライスだった。お母さんが作るカレーは、玉ねぎやニンジンを炒めたあとに缶に入ったカレーの粉を鍋に入れてじっくり煮込むやりかただ。本人は本格的なカレーだと言うけれどご飯にかけると少しシャバシャバしていてお店で食べるカレーライスのようなトロトロ感がないのが僕としては、少し残念なのだ。でも味は、から過ぎず気に入っている。お父さんは、お子様カレーと呼んで、時々、お母さんににらまれているけどいつもお代わりしているから嫌いじゃないようだ。


お風呂に入りながら、なんとなく今日、山に登って秘密の洞窟におねえちゃんを連れて行ったことが頭に浮かんできた。洞窟に着いてから何をやったんだっけ。なんか、もやもやして落ち着かない。特におかしいのは、なぜか、おねえちゃんの顔を見ると、いとおしくて泣きたくなってしまう。絶対におかしい。あんな凶暴なおねえちゃんをいとおしく思うなんて。

知らないうちにストレスが溜まっているのかな。今日は、早く寝ようと。


6.理解


「ぎょえー!!!」

自分の声で目が覚めた。雨戸の節穴から一筋の光が部屋の隅の柱に当たっている。もう朝なのかな。でもまだみんな寝ているようだから、まだ早い時間なのかな。右には、お母さんが左には、お姉ちゃんが僕の布団を足で半分侵略して寝ている。顔まで侵略されていなくてよかった。

いやな夢だった。本当に怖い夢だった。秘密の洞窟の前でカマキリの化け物、そしてゆきと呼ばれた女の人が戦っていた。そして自分は、それを見ていた。カマキリの化け物に殺されかけた。ゆきさんは、僕を助けてくれた。これは、夢なのか。違う、夢じゃない。こんなリアルな記憶は、断じて夢じゃない。


(たかし、そう、これは、夢ではありません。)

「誰、どこにいるの。この声は、ゆきさんなの。そうだよね、ゆきさんでしょ。」

(今日は、ほんとうにごめんなさい。まさか、彼らがこんなに早くコンタクトしてくるとは予想していませんでした。ゆきです。これからしばらくあなたの体に共生させていただきます。よろしくお願いしますね。この声は、直接、たかし君の頭に語りかけています。)

「な、な、なにを言っているの。共生っていったいなに。それに昼間の化け物は、それから、えっと、いっぱい聞きたいことがあるんだけど、なんか、パニックってまとまらないよ。」

(順を追って説明させてくださいね。もう一度自己紹介からね。わたしは、ゆきと呼ばれています。私の本当の名前ではありませんが、こちらの世界で代々のより代からそう呼ばれていますのでたかし君も私のことは、ゆきと呼んでください。

昼間にも簡単に説明したのですが、私は、たかし君の住んでる世界の人間ではありません。そうね、時空が絡まり合ったとなりの世界の住人だと思ってください。そしてあなたが言ってるカマキリの化け物というのもまた、私ともたかし君とも異なった世界の住人。見かけはきもいけれど知性は、我々と同等レベル。話も通じるけれど今まで一度も説得できていない厄介な住人というより敵。)

「そう、思い出した。この話、前にゆきさんがしてくれたよね。」

(ええ、一度、説明しましたね。ただ、そのあとにたかし君が私たちのことをお姉さんに聞こうとしたので、私が強制的に介入してその質問と関連した記憶を一時的に消去しました。急に頭が痛くなったでしょ。あれがその時の後遺症。ごめんなさいね。でも、私たちの活動は、できるだけほかの人たちには秘密にしなければならないのです。私とカマキリの化け物、私たちは、虚無と呼んでいる敵のことは、この世界のほかの人たちには知られては困るのです。ですから、これからしばらくは、私や虚無にかかわる事件は、だれにも話さないでください。話そうとすると私が強制介入しなければなりません。これは、たかし君の脳や記憶に混乱を生じさせますからできるだけ避けてください。)

「どうして、ぼくの体の中にゆきさんが居るの。観音様でおっぱいをいたずらしたばちがあたったの。」

(ふふ、それは違います。たかし君は、あの時、あの場所に来ること、そしてあなたが言うおっぱいに触ることが必然的に決まっていたことなのです。そしてそのおっぱいからわたしは、たかし君の体の中に入り込んだのです。たかし君は、私たちと一緒に虚無と戦ってきた正当な血統のより代なのです。

より代とは、この世界で私たちの世界の者たちと共生できる特異的な能力を備えた人たちなのです。あなたのおじい様もより代だったのですよ。)

「これから僕はどうなるの。あんな化け物、虚無だっけ、あんなのと戦うなんてできないよ。」

(安心してください。あなたに戦わせるようなことは二度とありません。たかし君は、私のこの世界における大事な家なのです。帰るところなのです。あなたが居なければ、私はこの世界には存在できないのです。だから、私が絶対にたかし君を守ります。

あ、お母さんが起きてきましたね。今日は、ここまでにしましょう。頭の中で話をしている間は、たかし君には周りの情報が遮断されています。つまり、ボーっとしているように見られますから長い時間の会話は、人前では避けたほうが良いのです。それでは、また、機会を見つけて私のほうから話しかけますね。)

「ちょっと待ってよ!!」


「なに、たかし。どうしたの。ねぼけているの。おはよう。夏休みなのに早起きね。お父さんが起きる前にトイレ済ませちゃいなさい。お父さん、長いわよ。」

こうやって僕の全く異なった日常が始まった。いや、正確にはすでに始まっていたのだけれど。


7.2度目の転生


「ニー、ニー、ニーーーー」朝から変なセミが鳴いている。ニーニーゼミということをゆうじ君が教えてくれた。前にいたところでは、こんな鳴き方をするセミはいなかったのだけれど、ここらでは、夏休み開始の合図のようなセミだそうだ。明るくなると鳴き始めて暑くなったころに「シャーシャー」鳴くクマゼミに交代するそうだ。夏の代表のようなセミにも暑いのが苦手なやつがいるようだ。

ニーニーゼミのBGMを聞きながらこれから広場に行ってラジオ体操開始。

夏休みの間、小学生の生活リズムを崩さないように早起きさせる大人の陰謀。日ごろ意見がかみ合わないおねえちゃんもこれに関しては、僕に賛成してくれた。まったく、休みなんだから寝坊したっていいじゃないよね。広場といっても学校のプールぐらいの大きさの草原だ。もう、ゆうじ君やかずお君も来ていた。広場に着くと係りの上級生が出席確認のスタンプを首から提げたカードに押してくれる。今日は、おねえちゃんの友達の6年生のくみこちゃんがスタンプを押してくれた。

「はい、たかし君。もう、お友達もできたみたいね。また、明日も参加してね。」

ああ、やっぱりくみこちゃんは、優しいな。明日も喜んで参加します!。こんなお姉ちゃんだったら毎日がほんわかして、なんかいいな。

「たかし、ほら早く行きなさいよ。かずお君たち待っているわよ。」

へいへい、わかっております。現実に引き戻さないでよね。

広場の真ん中の朝礼台のようなところに置いてあるラジオからなんとなく聞こえてくる音楽とおじさんの元気な掛け声に合わせて10数人の子供たちが体を適当に動かして体操している。かずお君は、比較的まじめに手足を動かしているけれど、ゆうじ君は、2/3程度の工程を1テンポずれたリズムで手と足が動いている。その後ろにいる僕もなんとなくゆうじ君につられて2人してちょっとした創作ダンスを踊っているような雰囲気になっていた。

「たかし、あんたちゃんとリズムに合わせなさいよ。まったく運動神経が無いんだから。」

あのね、お姉ちゃん、言っておきますけどこれは、ゆうじ君が震源地なんだからね。なんでも弟が悪いという先入観を捨ててほしいな。


(やっぱり、たかし君、リズム感ないよ。)

「何だよ、おねえちゃんしつこいな。僕に喧嘩売ってんのかって、いや違うぞ、これは、この声は、ゆきさんだよね。えーどうして今、出てくるの。」

「たかし君、なに言ってるの。ゆきさんって、誰。」

思わず声に出しちゃった。

「ゆうじ君、ごめん、なんでもないよ。独り言。」

(たかし君、近くに虚無が居るわ。このまま黙って私の言うことを聞いてください。もう少し前に出て、そう、あの髪の長い女の子の近くに移動して。)

(ゆきさん、なにを考えているの。こんなみんなが居るところで、昨日のようなことが起こったら大変なことになるよ。早く逃げようよ。) 

(たかし君、それは、心配しなくとも良いのよ。私たち以外には、虚無は見えないし、彼らの存在も認識されることはありません。それより、早く私の体を確保しないと彼らに先手を取られてしまう。そうなると私たち以外の人間も巻き込まれることになるわ。急いで。)

(急いでって、わかったよ。)

僕は、できるだけ目立たないように少しずつあこがれのくみこちゃんの後ろに近づいていった。そろり、そろり。かなり他の人から見たら挙動不審に思われたかもしれないが、垂直とびの間に着地点を少しずつずらして、なんとか、くみこちゃんの後ろを取った。

先にくみこちゃんの後ろにいたおねえちゃんに睨まれたが、今は、かまっている暇は無い。

(ゆきさん。これからどうするの。)

(この前、たかし君がやったことをこの女の子に同じようにやってみてください。)

(ゆきさん。まじめに聞きたいのだけれど。前にやったことというのは、ねえちゃんのおっぱいを指で突っついたことでしょうか。)

(そのとおり。)

(無理無理無理。絶対無理。あんなことやったら変態と思われちゃうよ。絶対やだ。特にくみこちゃんにはできません。勘弁してよ。)

(大丈夫よ。私がこの女の子の体に移ってしまえば、記憶は無くなります。たかし君の変態行為は、覚えていないわよ。)

(今、変態行為って言ったよね。絶対、やだ。だいたい、なんでおっぱいから出入りするのかな。もっと普通にできないの。)

(ぐずぐずいってないで、早く突っつきな。先に虚無が実体化したらここにいるみんなが巻き込まれてしまうよ。やらないのなら私がやるよ。)

(わかったよ。こうなったら破れかぶれだ!)

ラジオから流れるおじさんの「大きく後ろに反って、」という掛け声にあわせてみんなが上体を後ろにそらしている時、僕は逆に前にかがんでいった。そう、くみこちゃんも後ろに居る僕に向かって上体を後ろに倒してきたので、ちょうど僕の顔とくみこちゃんの顔が上と下でお見合いをするような形になった。目が合った瞬間、くみこちゃんは、びっくりしたように大きな目をもっと大きく見開いて僕の顔を見ていた。

時間の流れが遅くなったように感じられた。僕は、この機会を逃さず、右手を伸ばして人差し指でくみこちゃんのその丸く膨らんだ胸にそっと触ったのかな?

「キャー!」とくみこちゃん。

「わー!」と僕。

みんな僕らを見ていた。くみこちゃんは、後ろに尻餅をついたような形で地面に座り込んで両手で胸を抱えていた。僕は、右手の人差し指を斜め下に向けながら固まっていた。

その時、僕の後ろからおねえちゃんの回し蹴りが尻に飛んできたと同時に、

「たかし、何やってんだ!この変態!」という言葉が突き刺さってきた。

「へ?」と僕。

(なにやってんのよ。もう私がやるから。)

その瞬間、僕の体は、ゆきさんに乗っ取られて、ただ、自分の目から入ってくる情景を傍観者のように見つめることしかできなくなっていた。僕は、しゃがみこんでいるくみこちゃんに馬乗りになって胸をかばっている彼女の左手を強引にはがして、人差し指で改めてくみこちゃんの胸をそれもその中心を正確に突っついていた。それからは、この前、おねえちゃんに起こったことと同じように、くみこちゃんが光りだしてその光が消えると目の前にゆきさんが立っていた。

それとほとんど同時に視界の隅に黒い闇、そう虚無と呼ばれる存在が認識された。

今まで、この広場にいたみんなは、どこにもいない。誰も居ない。ラジオの音も聞こえなくなった。時が止まったような広場にぼくとゆきさんと黒い闇が取り残された。

その闇は、一度人の形を取った後にその輪郭がぼやけて次にはっきりと形をとり始めた。

(なんか、胴体が、くねくねして、細かな足のようなものがたくさん生えているような。ぎょえー、これ、でっかいムカデだよね。)

隣でゆきさんが固まっている。いや、よく見ると口もとが変に曲がって体がプルプル震えている。どうしたのかな。

「キャー無理無理無理、絶対だめ。」と言って、逃げた。僕は置き去りなの?

50mぐらい離れたところで振り返って、右手で剣を振り上げながら大声で

「虚無の卑怯者!、なんではじめからそんな汚い手を使うのよ。カマキリまでは、許すけど、ムカデは反則だからね。」

「ばーか、ばか。ムカデも虫だから問題ないわ。まったく、いつまでたってもゆきの虫ぎらいは、変わらないな。そんなところでわめいているだけなら、さっさとこいつをもらって行くからな。今回は、不戦勝!けけ。」

(あのー皆さん、何をおっしゃっているのでしょうか。不戦勝ってなに。こいつをもらっていくって、ひょっとしてこいつというのは僕ですか? だいたい、この前のシリアスな戦いをしていたあんたらが、なんで今回は、こんなギャグなの。ゆきさん、いい加減にしてこっちに帰ってきてよ。)

「たかしくーん。こっちに走ってきてー。虚無の近くにいつまでもいると馬鹿が移るわよー。」

「そうは、させるか。」

(わームカデがこっちに這って来た。気持ちわる。)

僕は、後ろも見ずに走り出していた。ゆきさんほどではないけれど、僕もムカデは、見ると背中がぞぞとする。けっしてカマキリより好きな虫ではないので必死にゆきさんに向かって逃げた。あんなのにつかまったら、背中のぞぞだけですまないのは、必然なので死ぬ気で逃げた。ゆきさんのところにたどり着いて後ろを振り返ったら、ムカデがというか、虚無がなんか大変なことになっていた。

「ゆきさん、あの団子のように丸まって、もぞもぞしているのは、ひょっとしてムカデ?」

「うん、ムカデ。あいつ、手足4本しか動かしたこと無いのにあんなたくさんの足を同時に動かすことができなかったみたい。馬鹿ねー。」

「たかし君、この剣貸してあげるから、ちょっとあそこに行って団子の真ん中あたりをぶすっとさしてきてくれる。」

「待ってください。ゆきさん。簡単におっしゃいますけど。それは、ゆきさんのお仕事ですよね。それにまだ、僕は、この状況が理解できていないのですが。大体、不戦勝とかあいつがさっき言っていたけど、どういう意味ですか。」

「エーと、うん。ちゃんと説明するね。だから、その前にこの状況を納めて、元の世界に戻りましょう。ということで、この剣貸してあげる。うふ。」

「うふ、じゃない。なんで僕がこの状況を納めに行かなければ行けないの。僕だってあんな気持ち悪い団子に近づくなんていやですよ。」

「わかりました。一緒に行きましょう。そして、一緒にぶすっとやりましょう。」

「えー」

「えーじゃない。」僕は、ゆきさんの手を握ると勇気を振り絞ってムカデに向かってゆきさんを引きずりながら近づいていった。5mほどまで近づくとゆきさんの震えがピークを迎えて僕の肩まで震えが伝わってきた。その時、虚無の声が聞こえてきた。

「お前らな、俺を見てばかにしてるだろ。」

「はい、どちらかというと、あきれております。」と僕。正直に言うと、初めて虚無と出会った際の印象が強烈であの大きなカマキリの格好でゆきさんと死闘を繰り広げた虚無が目の前で自分の手足をまともに動かせないで、固まっているこの状況は、哀れを誘うものがあるな。

「ゆき、大体、俺をおいて逃げることが許されない。お前は、正々堂々と戦う姿勢がまったく見られない。だから、****」

「プス。」

わー、いつの間に。ゆきさんが右手に持っていた剣で団子虫じゃなかった、ムカデの団子の真ん中あたりを突き刺していた。すると、ムカデの形が徐々に崩れて黒い闇の固まりになった後、見る間に消えていった。

「さあ、たかし君、私の胸を右手の人差し指で突いて。この子の体から早く立ち去らないと。」

「ちょっと、待ってよ。今起こったこと説明してくれる。なんか、前回と比べてまったく迫力が無かったし、本当に虚無と死闘を5,000年も繰り返してきたの。それに、今の、最後にプスっとやったの少し卑怯じゃない。ちょっと前までムカデにおびえてプルプル震えていたのに虚無が手も足も出ないとわかったら、剣で一突きなんて、なんか、ひどいな。」

「はいはい、細かな説明は、後でたかし君の体の中でしてあげるから、早く、胸をつきなさいね。」

「わかったよ。」「チョん!」

「キャー」

「バシ!!」

「たかし、何やってるのこの馬鹿、変態。」とおねえちゃん。

なお「バシ!!」は、お姉ちゃんの回し蹴りで、その前の「キャー」は、くみこちゃんの2回目の「キャー」です。念のため。


8.真実


あれから逃げるようにうちに帰って、朝ごはんを食べているのだけれど、おねえちゃんは、一回もこちらを見ないし、話しかけてこないし、何か言っても無視している。

「あらあら、たかしとお姉ちゃん、喧嘩でもしたの。」とお母さん。

喧嘩ならまだいいよね。はっきり言って人格否定ですから。

(ねえ、ゆきさん。いろいろ聞きたいことがあるんだけど。どうして黙っているの。ずるいぞ。さっき、説明してくれるって言ったじゃないか。)

(やー、たかし君。お待たせ。今回は、もう少し長い間、シリアスに進めたいと思っていたのに、虚無の馬鹿のおかげで、1回戦から無様な試合になってしまったわね。まあ、こちらの勝利ですから問題ありませんけれどね。)

(ゆきさん。シリアスとか試合とかいったいどういう意味なの。こちらの勝利ってなに。)

(たかし君の世界にオリンピックという大きな試合があるじゃない。国同士が代表を選出して試合を行って勝ち負けを決めているでしょう。まあ、あれと同じようなことを私の世界と虚無の世界で行っているのよ。)

「たかし、ちょっとどうしたの。ぼーっとして。早くご飯食べちゃいなさいよ。片付かないから。」とお母さん。

「あ、ごめん。今、食べ終わるからちょっと待ってて。」

(ゆきさん。ご飯食べちゃうからちょっとまってて。)

(たかし君、正直、ほんと感心しているのですけど、君は、簡単にこの複雑な状況に適用できているよね。たかし君のおじいちゃんに同居したときは、しばらく大変だったのだから。まあ、私にとっては、余計な手間がかからなくてありがたいのだけれど。)

「ご馳走様でした。僕、ちょっとゆうじ君の家に行ってきます。」


ゆうじ君の家に行くといって家を飛び出して、裏山の栗の木の下に非難してきた。これで落ち着いて、ゆきさんと話ができるよね。

(ゆきさん。それじゃ、じっくりとお話をしましょうか。まず、試合ってどういう意味。)

(そうね、もう少しわかりやすく言うとこれは、一種のゲームなの。その昔は、虚無の世界と私たちの世界、そしてたかし君の世界が交わるごとに、たかし君の世界を舞台に大きな戦争をしていたそうよ。本当に殺し合いをして、それは、悲惨な歴史を繰り返してきたのだけれど、1,000年ほど前に死なない戦士がお互いの陣営に現れるようになったの。正確に言うとたかし君の世界で殺されても自分の世界にまた戻って生き返ることができる戦士が出てきたの。でもそれは、ある特定のより代によってこの世界に転生した戦士のみであることが少しずつわかってきて、お互いにこの特定のより代を確保することがこの世界での戦に勝つ条件となってきたの。これとほぼ同時に今までは、この世界のどの人間でもより代として使えたのが、特定のより代でしか転生できなくなってきたの。そして、今では、たかし君の血筋の男の子が唯一のより代となったの。だから、虚無は、この世界には人間としては転生できずに、やっと虫の形を模して不完全な転生をしているの。それも1人しかこの世界に転生できない。彼らがたかし君をほしがるのは、人間の形での転生を実現し、私たちとの戦いを有利に進めたいからなのよ。)

(昔は、本当の戦争をしていたのでしょう。それが、いまでは、なんでゲームになったの。ぼくとしては、そのほうが安心だからありがたいのだけれど。)

(考えても見てよ。この世界に転生できるのが、たかし君というより代を確保している私1人と、虫の虚無が1人。そしてお互いに戦うことはできるけれど、殺すことはできない。こんな条件を設定されたら、もう戦争とは呼べないでしょう。)

(じゃあ、やめればいいじゃない。こんなことを僕たちの世界でやられたら迷惑だよ。)

(たしかにたかし君にして見れば、いい迷惑だよね。でも私個人では、このゲームをやめることはできないの。たぶん、虚無も同じだと思う。そしてゲームの勝敗が決まるまでは、私も虚無も自分たちの世界に完全に戻ることはできないのよ。さらにこの勝敗は、私や虚無の世界が接しているもうひとつの世界ににおける資源採掘配分を取り決めているの。だから、たとえゲームとしても簡単に負けるわけには行かないのよ。)

(なんか、複雑なんだね。まだ、いろいろ聞きたいけれど今日は、これからゆうじ君たちと学校のプールに行く約束だから、また、聞かせてね。)


9.プールにて


いつの間にかニーニーゼミから「シャーシャー」鳴くクマゼミが幅を利かせていた。もう10時。太陽は、すでに頭の上のほう。朝方少しかかっていたうす雲も今は、きれいになくなってぎらぎらした日差しが肩に突き刺ささってくる。

今日は、夏休み中のプール開放日。この前の登校日に学校には行ったけれどプールに入るのは今日が初めての経験だ。ゆうじ君と待ち合わせて家を出て二人で学校に向かっている。

ビニールの巾着袋のような水泳用の学校指定の袋にバスタオルとパンツと水泳帽子が入っている。水泳パンツはすでに半ズボンの下にはいているので、プールに着いたらズボンを脱げばいいだけだ。そこのところは、ゆうじ君もしっかりと準備している。袋を蹴飛ばしたり腰の周りに巻き込んだり、僕らの周りは半径1mは誰も近づけないのだ。この袋は、なんとなく手で振り回したくなる形なんだよね。二人とも回りに迷惑をかけながら学校に向かって歩いていた。

「ところでさー、たかし君、今朝、かなり積極的にくみこ先輩にアプローチしてたけど、やっぱり都会の子は、あんなふうに大胆に女の子に触ったりするの。すごいよね。うらやましいよね。」

「ゆうじ君、悪いけどそれには、触れないで置いてくれる。ほんとに自分でもわからないうちにあんなふうになっていたんだよね。」

「うん、まあいいけど。でもやっぱり触ってたよね。おっぱいに。ねえ、どんな感じだった。やわらかいのかな。」

「頼むからもうやめてください。覚えていないんだよね。おねえちゃんの回し蹴りの痛みだは、鮮明に覚えているけどね。」

(おかしいな。ゆきさんは、記憶は、消されるといっていたのに。あいつ、うそつきだ。)


プールから笑い声や歓声、時々、監視員の笛の音が聞こえてくる。今日は、日差しも強く気温も高いのでプールは盛況みたいだ。

薄暗い更衣室に入って、さっさとズボンを脱いで水泳帽子をかぶりバスタオルを持って突入だ。カルキくさい消毒層に腰まで使って、プールサイドに到着。

「たかし君、ずいぶん混んでいるね。どうしようかな。あっちがすいているね。」

「OK。あのビート版が置いてあるあたりに行こうよ。」

持ってきたタオルをプールの金網にひかっけて陣地を確保した。

すぐ飛び込みたいけれど、さっきから監視員の先生がこちらを見ていることに気がついているので、なんとなく準備体操を手っ取り早く済ませて、足からそっとプールに入り込んだ。

「うあー、けっこう水が冷たいね。思わず震えがきちゃった。」

「僕もだよ、ゆうじ君。ところでさ、冷たい水に入るときゅっと縮まない。」

「何、何の話。」

「だから、冷たい水とかに入るとチンチンが、きゅーっとしない。」

「は、は、は、何だと思ったら。うん、きゅーとする。」


「おーい!ゆうじ君、たかし君。みんなもプールに来ていたんだ。行ってくれれば、僕も一緒に来たのに。」

かずお君が泳ぎながら近づいてきた。かずお君は、結構泳ぎが上手だ。ゆうじ君や僕は、やっと25mプールの横を泳ぎきれる程度なのでうらやましい。

「ところでさー、たかし君は、結構、大胆だよね。僕らの憧れのくみこ先輩にあんな積極的なアプローチをするなんて。やっぱり都会の子はすごいね。」

「かずお君。すいません。それには、これ以上触れないでください。本当に自分でもなんであんなことになったのかわからないものですから。」

「ふーん。ところであそこにくみこ先輩、来ているよ。見える。」

「ギョエー!ぼく、帰ります。」

「ちょっと、たかし君、待ってよ。今来たばかりなのに。まあ、君の気持ちもわかるけどね。ぼくらの後ろに隠れていれば大丈夫だよ。」

(ゆきさん。ゆきさん。黙って見ていないでなんとかしてくださいよ。記憶に残らないって言ってたよね。このままだと、ぼくは、変態のたかし君になってしまうよ。)

(いやー、悪いことしたわね。たかし君。くみこちゃんの体を貸してもらうときに1回、失敗したからね。失敗しちゃうと記憶も消せないんだよね。ごめん。ごめん。でも、今度もう一回、体を貸してもらうときにちょっと遡って、記憶を消してあげるよ。それまで、待っててね。)

(じゃあ。今すぐやりましょう。今すぐ。変態の記憶をくみこちゃんから消せるなら今でもおっぱい突っつきますから。)

(あわてないの。虚無もいないのに私が出て行ってもしょうがないでしょ。それにちょっと今は、眠いのよね。疲れが出たのかしら。しばらく昼寝しているので起こさないでね。お休み。)

(わー!、何それ。ちょっと起きてよ。ひどいよ!。ねー**)

「たかし君、どうしたの。さっきからボーとして。やっぱり、今朝のことが気になっているのかな。くみこ先輩の前だとさすがに気まずいよね。」

「え?なに。あ、そうか。」

(ゆきさんとの会話で、ボーとしてたのか。)

「大丈夫。問題なし!ただ、今すぐ、くみこ先輩には、会いたくないのでちょっと隠れさせてね。」

「痛い!、誰よ私にぶつかってきたの。」

「あ、すいませんって、おねえちゃん!なんでここに居るの。」

「げっ、たかし。おまえこそなんでプールに来ているのよ。この変態!」

「あー!、大事な弟に向かって変態とは、ひどい言い方。そんなこと言うならこっちも言ってやるからな。暴力あねき。」

ドス。

「くっ。見えないからって、水中でけりを入れるとは、反則だぞ。」

「あのー。お取り込み中ですが、周りから注目されていますので、この辺で納めていただければと思いますが。」

「あら、ゆうじ君、かずお君もいたんだ。いつもばかなたかしと遊んでくれてありがとうね。たかしも迷惑かけるんじゃないわよ。いいわね。」

「うっさい。」

「なんか言った?」

「いえ、別に。」

「ねえ、たかし君のおねえさんてスタイルいいよね。ぼく、あこがれちゃうな。うちには、ばか兄貴しかいないからたかし君がうらやましいな。」

「ゆうじ君。一度、家に遊びにきなよ。あの凶暴な姉貴の実態を見せてあげるから。」

「ねえ、たかし君。僕も一緒に遊びに行っていいかな。いいよね、おねえちゃん。」

「かずお君。絶対、それまちがっているから。」


あれから、ゆうじ君、かずお君のプロテクトでくみこちゃんには、見つからずにやり過ごすことができた。たぶん、おねえちゃんもくみこちゃんを僕から遠ざけて居たんだと思うけど。


「いやー、プールの後のアイスは格別だね。」

「たかし君、そのアイスは、例のあたりがあるやつだから、食べ終わったら棒を捨てる前になにか字が書いてあるか見ないとだめだよ。」

「了解!ホームランとかヒットでしょ。かずお君のは、当たりとかは無いの。」

「うん、これは、そういうのは無いんだけれど、このガリガリした歯ごたえがいいんだよね。ちょっと頭にツーんとくるんだけど。わ!来た、来た。」

「君たち、当たりとか、ツーんでアイスを選んじゃだめだよね。やっぱり、アイスは、乳脂肪50%以上、材料で選ぶのが正解です。この口の中でのトローとした溶け心地。どうよ。」


ドン。

「あ、すいません。」

「あ、こちらこそぶつかってしまって。ごめんなさいね。あら、ゆうじ君、かずお君、キャッ、たかし君。」

「アチャー、なんであんたらまだ居るのよ。」

(やっぱり、キャッ、たかし君だよね。キャッが付いていたものね。)ゆきさんコメント。

「くみこ先輩。ほんとうに今朝はごめんなさい。僕、どうかしていたんです。あんなことするなんて本当にごめんなさい。」

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ちょっとびっくりしただけ。そんなに気にしていませんから。男の子だからああいうこともあるよね。」

「くみこちゃん。だめよ。簡単に許したら。こいつは、図に乗るからね。たかし、しばらくお前は、くみこちゃんの1m以内に近づくことを禁止します。これを破った場合は、回し蹴りだからね。」

「けいこちゃん。そんなこと言ったらかわいそうよ。大丈夫よ。これからも仲良くしましょうね。」

(この、ばか姉貴。絶対、うちに帰ったらおっぱいをグーでぶってやる。くみこちゃんは、なんて優しいんだろう。僕の天使様だ。)

(ふーん。くみこちゃんて結構、使いやすいかも。次回もこの子にしようかな。)

(さっきから、寝ていると思ったらいろいろとコメントされていますけど、ややこしいから今は、だまっていてくれますか。ゆきさん。)

(たかしは、キャッが付いていたものね。まだ。普通あんなことしたら簡単には、許せないわよ。私だったら、絶対許さないね。)

(ゆきさん。もう一度言います。しばらく、黙っててください。それにあんなことと言いますが、そもそもゆきさんが、原因を作ったのですから。それに今、なにげに「たかし」と呼び捨てにしてませんでした。後で、じっくりと話し合いましょう。)

「おーい!たかし君。どうしたのボーとして。やっぱり、ショックだよね。くみこ先輩、かなり無理してたものね。あれは、まだ、たかし君の変態行為を完全には、許していないよね。」

「かずお君。お願いだから、もうその話から離れてくれますか。それと変態行為は、誤解ですから。」


夕食は、ぼくの好きなコロッケとサラダ。おねえちゃんは、ジャガイモは太るとか言ってコロッケ1個しか食べなかったけれど、食事の後で冷蔵庫からコロッケを出して食べているのをちゃんと見ていたのだからね。

「今日、おねえちゃんもプールに行っていたのよ。向こうで会わなかった。」とお母さん。

「うん、ちょっと見かけたような・・・」

「全然気が付かなったわ。ふーんプールにいたんだ。」と言いながらジロリとおねえちゃんににらまれたので、会わなかったことにした。

まったく、まだおこっているんだから執念深い女だな。

「あらあら、まだけんかしているの。何だか知らないけれど悪いほうがちゃんと謝りなさいね。」おかあさんは、何も知らないのだから気が楽だよね。

「ごちそうさま!」

「たかし、もうお風呂が沸いておるから先に入ってくれない。今日、お父さんは遅いから。」

「えー、食べたばかりだし」

でも、待てよ。今お風呂に入ってしまえば、7時からのウルトラマンの時間におねえちゃんが風呂に入ることになるからゆっくりテレビが見られるな。

「わかった、先にお風呂に入るね。」


今日は、朝からいろいろあったな。ラジオ体操でのくみこちゃん事件、プールでのニアミス。

(そうだ!ゆきさん、ゆきさん、起きてますか。プールの時に聞きたかったのだけど、眠いとか言って逃げたでしょう。くみこちゃんから僕の恥ずかしい記憶を消せると言ってたよね。いつやってくれるの。)

(うっさいなー。せっかくいい気分で寝てたのに何で起こすのよ。)

(ゆきさん。あなた夜行性のフクロウか、なんかですか。昼間中、ずーっと寝てるの?それで僕が寝ている間も寝ているとしたらほとんど木にぶら下がっているナマケモノと同じだね。)

(あのね。最初は、時差があるからしょうがないの。そのうち、こっちの時間に体があってくるからぶつぶつ言わないの。でも、さすがによく寝たわね。そろそろ起きようかな。

なんだ、たかし君お風呂に入っているのか。どうりで体がポカポカすると思った。)

(ゆきさん。お風呂の中だったらぼーっとしていても誰も見ていないから、昼間の続きを聞きたいんだけれど。くみこちゃんの記憶を消すにはどうすればよいのですか?)

(あら、そんなの簡単よ。もう一度、あの子の胸をチョンと突いて私が一旦、たかし君から出て、もう一度、あの子から戻るときに記憶を改変すれば可能よ。ただ、問題は、ほかの子の記憶ね、たとえばたかし君のおねえちゃんやゆうじ君、かずお君の記憶は、そのままだからね。)

(えー!それじゃ、意味ないじゃん。ぼくの変態という汚名は、消えないの?そんなのひどいよ!)

(まあまあ、くみこちゃんは、許してくれたみたいだからいいんじゃないの。このままで。そのほうがわたしも楽だし。)

(ぼく、だんだんゆきさんの性格がわかってきたような気がする。うちのおねえちゃんよりめんどくさがり屋だよね。絶対、そうだよね。もう、これからの付き合い方を考えさせていただきます。)

(終わったことはしょうがないから、仲良くやりましょうね!それにしてもたかし君は、まだまだこどもだね。いやいや、精神的なことではなくて、体の発育状況を言っているのですけどね。ちっちゃいし、毛も生えてないし。)

(ゆきさん。今、なにをコメントされましたか。なんか、馬鹿にされた感じと若干の恥ずかしさがこみ上げてきたんですけど。)

(ちょっと、触らせてね。)

突然、右手の感覚がなくなって勝手に動き出した。その右手が僕の大事なところをつまんで引っ張って、いじくりだした。

(わー!ゆきさん何をやっているんですか。やめてください。わっダメ。そこは!)

(ふーん。もう少しかな。一杯ご飯食べて大きくなってね。うふふ。)

右手の感覚が元に戻った。プールではキューっとなった僕の大事なところが、今は、ピンとなっている。

(ゆきさん。今度、またこんなことしたら二度と外に出してあげないからね。絶対に女の子のおっぱいを触らないようにするからね。わかった。)

(はいはい。ごめんごめん。もうやりませんよ。でもいざとなったら私がたかし君の右手を動かしておっぱい突っつけるんだけどね。)

(あー!そうだった。くそー)

「たかし。いつまでお風呂に入っているの?もう上がりなさい。」

「あっ、ウルトラマンが始まっちゃう。今、出るよ。」


10.お祭り


「おーい。たかし君。行くよ。」

「うん、ちょっと待ってて。今、着替えてるから。」

今日は、ゆうじ君、かずお君と観音様のお祭りに行くんだ。そう、ゆきさんが僕の体の中に入った時にはじめて訪れたおっぱいがたくさん飾ってある観音様だ。

ゆうじ君に聞いたのだけれど、あのおっぱいは、赤ちゃんが元気に育つように、おっぱいがたくさんでるようにと若いお母さんたちが奉納していくものだった。

そうとは知らずにちょっと好奇心で触ったしまったのが、ゆきさんとの出会いだった。

観音様、すいませんでした。

観音様の入り口につながってる田んぼの中の道沿いにたくさんの露店が赤や黄色ののぼりを立ててにぎやかに陣取っている。

リンゴあめ、たこ焼き、お好み焼き、綿菓子、冷やし杏子あめ、ひもくじに金魚すくい、見ているだけでウキウキしてくる。

「たかし君、ねー、最初は腹ごしらえだよね。焼きそば食べない?」

「違うよ、最初は、くじに射的、そして金魚すくい。だいたい、初めから食べ始めたら食欲に負けてお金がなくなっちゃうでしょ。まずは、男なら勝負事だよ。」といつもは、物静かな、かずお君が意外な男気を見せてきた。

「そうだね。じゃーたこ焼きでちょと様子を見て、その後にひもくじというのはどうかな。」

「異議なし!!」

3人でじゃれ付きながら、田んぼの中の一本道を進んでいった。いつもなら回りに広がった一面の稲穂とその先に見える山と空というなんの変哲も無い田舎の景色なのに今日は、大勢の行きかう大人たち、子供たち、そして道の両側には派手な色合いの露天が続いている。

遠くから太鼓や笛の音が聞こえてくる。たぶん、観音様の境内で踊りが披露されているのだろう。まだ、日は高く、暑い日ざしが頭の上から降ってくるが、じっとしては、いられない。

「たかし君、たこ焼き発見!。」

「おじさん。たこ焼き1皿、ようじを3本頂戴!」

「はいよ。3人組みだから1個おまけして2個ずつ分けられるようにしてやるよ。帰りもよってきな!」

「わー!おじさんありがとう。」

「本当にかずお君は、いつも大人受けがいいんだよな。どうしてかな。」とゆうじ君。

僕は、口には出さなかったけれどたぶん、かずお君の一見、女の子のようなかわいらしい外観が大人受けするんだろうなと思った。

(私もそう思うわね。あの子、本当に男の子なの?かわいい顔して、いじめてやろうかしら。)

(ちょっと、ゆきさん。起きてたの。今、みんなでお祭りにきているのだから邪魔しないでよね。頼みますよ。)


その後、予定通りひもくじをやって、予想通り3人ともスカの飴をもらって、しゃぶりながら観音様の境内に入った。

やはり、中央の舞台で踊りが披露されていた。舞台の右端に着物を着た大人たちが座って太鼓や笛、つつみ、そして鐘を鳴らしている。そして舞台の中央では、白い着物に赤い袴を着た女の子が舞っていた。

確かに舞っているのは、女の子なんだけれど、白い鳥が大きな翼を広げて今にも空に飛び立つような情景が頭に浮かんできた。そしてしばらくその舞に見とれているうちに、どこかで見たことのある女の子であることに気がついた。

「あれー!あそこでおどっているのは、くみこ先輩だよね。」と僕。

「そうだよ、くみこ先輩は、小学校の1年生のときから舞台で舞っているんだよ。だって、ここは、くみこ先輩の家だもの。」

「へ?」

「だから、この観音様が、くみこ先輩の家なの。お父さんがここの住職さんだよ。」

(そうかあ、あの小僧の子供が、くみこだったのか。なるほどね。)

(ゆきさん。急に出てきてなにを一人で納得しているのですか。)

(いや、なんかあの子、この前、初めて体を借りたとき、すんなりと収まったんだよね。使いやすい体だなと思ったんだけれど。この観音様の血筋だったか。どうりでね。)

「もしもし、たかし君。起きてますか??。どうしたのボーっとして。こんなところでくみこ先輩に会ってドキドキしてるのかな?」

「そんなんじゃないけど。きれいだよね。くみこ先輩。」と僕。

「賛成」「同感」。とゆうじ君とかずお君。

しばらく、僕達は、舞台のくみこちゃんの舞に見とれていた。少し風が出てきたようだ。雲が夏の太陽を一瞬さえぎって、境内がすっと涼しくなったように感じられた。その時。

(たかし、虚無が近くにいるよ。)

(え、そんな。)

「たかし君。なんか、涼しくない。というよりちょっと寒くない。」

「かずお君もそう思うの。僕もちょっとさっきから寒気がするんだよね。たかし君は、なにも感じないの。」

「うん、僕もさっきからちょっと変だと思う。」

「あれ、たかし達も来ていたんだ。」

「あ、たかし君のお姉さん。えっと、けいこ先輩も来ていたんですね。」

「かずお君だっけ。くみこちゃんが踊るといっていたんで、見に来たんだよね。あの子、踊り上手だね。見とれちゃった。ところで、ちょっと寒くない。」

その時、僕は、周りの音が聞こえないことに気がついた。そして音だけではなく、色も消えて白黒写真のような世界の中で、くみこちゃんが静かに舞っている。

(たかし、行くよ。舞台に駆け上がれ。そして今すぐ、くみこの胸を突け。)

(なんだかわからないけれど、やるしかないんだよね。了解。)

祭りの雰囲気がいつもより僕の気持ちを少し大胆にしていた。そして、異様な回りの雰囲気がためらうことを忘れさせた。

一気に舞台の左側の階段を駆け上がり、くみこちゃんの前に立ちふさがった。くみこちゃんは、僕に気がつかないのか、そのまま舞いつづけていた。その動きがスローモーションのようにゆっくりと感じられた。僕の右手の人差し指が持ち上がり、くみこちゃんの左胸のやわらかそうなふくらみの中心を突いた。その時、予想外のことが起こった。

くみこちゃんが、前につんのめるような姿勢で近づいてきて、彼女の顔が僕の目の前に来た。それと同時に彼女の柔らかな唇がそっと僕の口に重なってきた。これって、キス!!!!

そこで、僕の記憶は停止してしまった。


たかしに胸を突かれたくみこが光りだして、ゆきの姿に変わると同時に、たかしも光を放ち、男の姿に変化していた。年齢的には、たかしより成熟した、人間で言えば20代の青年の姿だ。そう、ゆきと同じぐらいの年齢に見えた。2人は、しばらく無言のままにらみ合っていた。特にゆきは、その表情に困惑が見て取れた。

「やったぞ。ついに体を手に入れたぞ。長かった。待たせたな。ゆき。」

「お前は、いったい。まさか。」

「そうさ、虚無だよ。この姿でお前の前に立つのは、初めてだな。なにをそんなに驚いている。お前の良く知っている虚無さ。」

「どうして人の姿をして私の前に立っているのだ。そうだ、たかしは、どうした。お前は、たかしだったはずだ。わたしのより代の。」

「俺にも良くわからん。そんなことより今までの礼をたっぷりとさせてもらうからな。」

虚無が一気に間合いをつめた。彼の右手の剣が水平に一閃された。その瞬間、ゆきは、反射的に体を後ろにそらし直撃を避けたが、跳ね上がった彼女の髪が指先ほどの長さで切断され宙に舞った。

不安定な体勢ながら、ゆきは、虚無の腰を剣でなぎ払いながら間合いを広げてひとまず安全圏に避難した。

「虚無。お前はなぜ、人の体でこの世界に存在できているのだ。こんなことは、私の代になってから初めてだ。説明をもとめる。」

「ゆきよ、だからさっき言ったではないか。俺にもよくわからん。試合に集中しろよ。いつもの俺ではないぞ。」

虚無が再び、間合いをつめながら攻撃を開始した。ほとんど跳躍して2人の距離を詰め、右手の剣を振り下ろすと見せかけて、左手に持ち替え、下からすくい上げるようにゆきの右足をなぎ払った。

ゆきの右足から鮮血が飛び散った。同時にバランスを崩しその場に倒れこんだ。この好機を虚無は見逃さなかった。そのまま、ゆきに馬乗りになると剣を深々とゆきの左胸に突き立てた。

ゆきの全身が光だし、その光が消えた瞬間にくみこが現れた。横たわっているくみこに虚無とよばれた青年がかがみこみ、そっと唇にキスをした。

それと同時に青年の体が光だし、後にたかしが横たわっていた。


「こ、こ、こ、これは、いったい何!!。ゆうじ君、かずお君、みんなも今の見ていたよね。そうだ、たかしは、大丈夫なの。たかし!!!」

けいこは、叫びながら横たわっているたかしに駆け寄り体を抱き上げて泣き出した。

かずおもゆうじもその場に立っているだけで、動けなかった。


「あれ、おねえちゃん。どうしたの。なんで泣いているの。」

「たかし!、気がついたのね。どこも痛くない。体は、大丈夫なの。これは、いったい何なの。」

「ちょっと、待ってよ。おねえちゃんどうしたの。それにあそこにゆうじ君やかずお君がいるし、えっと。そうだ。ぼくたちは、くみこ先輩の踊りを見ていたんだ。そしたら、急に寒くなって、そして、あとは、わからないや。」


「うーん、あれ、私なんでこんなところで寝ているんだろう。けいこちゃん、たかし君どうしたの。けいこちゃん、なんで泣いているの。」

「くみこちゃん、大丈夫なの。どこも痛くない。怪我してない。いったいこれはなんなのよ。」

「けいこちゃん、うん。大丈夫だよ。どこも痛くないし。あれ、かずお君やゆうじ君もいるんだ。私の踊りを見に来てくれたのね。ありがとう。」


その時、音、人声、そして風やにおい、色が回りの世界に戻ってきていることに気がついた。

(ゆきさん、ゆきさん。これは、いったいどういうことなの。)

あれから、何回も心の中でゆきさんを呼んでみたが、彼女からは、なにも帰ってこなかった。

舞台の上で、倒れている僕やくみこちゃんを見て、周りの大人の人たちがあわてて寄ってきて、そのまま、奉納の踊りは中止になった。ねえちゃん、ゆうじ君、かずお君、くみこちゃん、そして僕の5人は、観音様の境内の奥にあるくみこちゃんの自宅でしばらく休ませてもらった。やっとおねえちゃんも落ち着いて、泣きやみ、ゆうじ君、かずお君も話ができるようになったので、少しずつ僕が記憶を失っている間に何が起こったのかがわかってきた。

ゆきと名乗る娘と虚無と名乗る青年が、舞台の上で剣を交えて殺し合いをし、娘が刺されたこと。そしてその瞬間、娘の体が光り輝き、気がついたらくみこちゃんに代わっていたこと。そして青年がくみこちゃんにキスをすると彼の体が同じように輝き、僕に代わったことをおねえちゃんが説明してくれた。

そうだ、これは、ゆきさんと虚無の戦いが行われたのだ。だが、なんで今回は、僕の記憶が無いのだろうか。また、虚無が人間のそれも青年の姿で現れていたというが、ゆきさんの話では、彼らは人の形でこの世界に現れることができないはずではなかったか。

ゆきさんが刺されたということだが、本当に今回は、ゆきさんが負けてしまったのだろうか。

一番、不思議なのは、どうして今回は、ゆきさんと虚無の戦いにおねえちゃん達がまきこまれて、記憶もそのまま残されているのだろうか。


いつの間にか、日が傾いて昼間の体を差すような暑さは、なくなっていた。セミの鳴き声もどこか涼しげな「かな、かな、かな」というヒグラシにかわっている。

くみこちゃんのおかあさんの「本当にみんな、もう大丈夫なの。暑さにやられたのかしらね。気をつけて帰りなさいね。」という言葉に送られてぼくらは、家に向かって歩き始めた。まだ、たくさんの行き交う人たちとちょうちんの明かりに照らされた露店がお祭りの雰囲気を保っているが、僕らは、どこにも寄らずに家への道を無言で歩いて帰った。

家に着く直前にかずお君が、「あ、たこやきのお店に帰りによるのを忘れちゃったね。」

とつぶやいたが、誰も答えることなく、「じゃね。おやすみなさい。」と言って分かれた。


11.新たな仲間


家についてすぐに、おねえちゃんが、お母さんに何か言おうとして頭を抱えてうずくまった。お母さんが心配して、いろいろ聞いていたが、その時は、上の空の感じでボーとしていた。お母さんは、心配して本当にどうしたのと聞いてきたので、観音様でくみこちゃんの踊りを見ている時にみんなが倒れてしまい、しばらく休ませてもらって帰ってきたことを手短に説明した。たぶん、暑さにやられたんだろうと当たり障りの無いことを言ってお母さんの心配を少し、やわらげてあげた。

おねえちゃんは、僕の説明を聞いているときに何か言いたそうだったが、時々、頭を抱えて下を向いていた。

夕食の後、お父さんがテレビのナイター中継を見ている間、お母さんが洗い物をしていたのでおねえちゃんが小さな声で話しかけてきた。

「たかし、お前も今日のこと覚えているよね。」

「おねえちゃん、ごめん、正直、僕は、気を失っていたみたいだからなにが起きていたのか覚えていないんだけど、おねえちゃん達が見たことには、心当たりがあるんだ。」

「どういうこと。」

「ここに引っ越してきてからおねえちゃんと山に登ったことがあるでしょ。覚えている。」「うん、なんかあの時は、わたしが気を失ってしまったみたいで、気がついたらたかしが泣いていたよね。その後、うちに帰ってからもなんか、お前、ぼーっとしていて変な感じだった。」

「あの時、今日と同じような戦いが僕の目の前であったんだ。僕の体の中からゆきと呼ばれた女性がおねえちゃんの体を使って、僕たちの世界に現れて、虚無と呼ばれる敵と殺し合いをしたんだ。」

「うそ。」

「本当だよ。それから家に帰ってそのことをみんなに話そうとしたら急に頭が痛くなって、そのあとぼーとなって、誰にも話せなかったんだ。」

「それ、今の私と同じだ。だけど、こうやってたかしには、話せるのはなぜなのかな。」

「たぶん、僕達は、ゆきさんの秘密を共有する仲間になったんだと思う。後で、ゆきさんと話せれば、理由がはっきりするよ。」

「お前、あの女と話ができるの。どうやって。」

「うん、今までは、ゆきさんは、僕の体の中に一緒にいたんだ。たぶん、ゆきさんの心というか精神活動全体が、僕の体に共生していたんだと思う。」


その後、僕は、手短にゆきさんから聞いた虚無との戦いの理由や今までの歴史、そしてなぜ、このことがほかの人たちに話せないようになっているかの理由を説明してあげた。

まだ、おねえちゃんは、納得いかないような感じだったが、その日は、疲れていたし、お父さんやお母さんに話を聞かれるとまた、頭が痛くなってしまうので、明日に二人で秘密会談をする約束をして風呂に入って寝た。


それにしてもあれから、まったく、ゆきさんが話しかけてこない。どうしたんだろう。虚無に刺されたと聞かされたが、本当に怪我をしてしまったのだろうか。心配だ。


「わっ!」目を開けたらおねえちゃんの顔が目の前にあった。

「たかし、早く起きて。」

「びっくりした。なんだよ。おねえちゃん。まだ、お父さんもお母さんも寝てるじゃない。」

部屋の中は、まだ雨戸がしまっていて暗いけれど、よく見ると節穴から光が差していた。外は、もう明るいのか。今日は、日曜日だからお父さんものんびり寝ているんだな。

「あら、もう二人とも起きているの。日曜日なのに早起きね。そっか、まだ夏休みだから日曜日もなにも関係ないわよね。もうちょっと寝てたら。」

「おかあさん、ごめんね。でも今日、くみこちゃん達と朝から公園に集まる約束しちゃったの。起きるね。たかしも行くよ。」

「ちょっとおねえちゃん。」

「はいはい、わかりました。早起きと言ってももう日が昇っているものね。6時か。ちょっと早いわね。でも、せっかく目が覚めたんだからご飯つくろうかしらね。」

「おい、たまの日曜なんだからもう少し寝かせてくれよ。」

「お父さんは、寝ててかまわないわよ。ふすま閉めておいてあげるから。お姉ちゃん、たかしは、起きるなら早く起きて顔洗いなさい。今ご飯作ってあげるから。」

「おねえちゃん、なんでこんな早起きなんだよ。」

「たかし、あんた良く眠れるわね。わたしなんか途中で何回も目が覚めちゃって明るくなるまで布団の中で待ってたんだから。」

「ご飯食べたら、外に行くよ。そうだ、人に話を聞かれないように首吊り公園に行こう。」

「えー、山に登るの。面倒だよ。」

「うるさい。文句言わないの。」


僕達は、味噌汁と卵焼きのご飯を急いで食べると、歯を磨いて着替えて、外に飛び出した。

あれだけ、人をせかしていたのに最後は、僕のほうが早く支度が終わって、家の前で5分ほどおねえちゃんに待たされた。全く、山登るんだから洋服なんて何でもいいのに。

今日もいい天気。まだ、日差しはきつくないけれど後2時間ほどすると頭を刺すような太陽がうす曇の空から顔を出すような夏の朝だ。セミはいつものニーニーゼミ。まだ、クマゼミはお休み中。

朝の7時前なのでアパートの周りには、誰も居なかった。そのまま、裏山の秘密ルートで首吊り公園まで10分ほどで登りきった。

途中の蛇沼で「ギョエー」の発声をして頭をすっきりさせてきた。ねえちゃんは、まだ、「ワー」だったから今ひとつ割りきりが不足しているな。

朝の公園は、僕たちだけだった。

ベンチに座ったとたんに「たかし、ゆきさんとは、話ができたの。」とおねえちゃんが切り出した。

「まだなんだ。昨日から何回も頭の中で話しかけているのにこたえてくれないんだ。なんか、今は、ゆきさんが僕の中に居ないみたいに感じるよ。」

「わたし、まだ、たかしの説明に納得したわけじゃないんだけれど、あんなすごい光景を見てしまうとたかしの言うこともありかなって思えてきた。」

「でも、本当に納得するためには、そのゆきさんという人と話をしたい。」

「うん、わかった。僕もゆきさんのことが心配だし、なんとか話せるようにするよ。」


「おーい!たかし君。」

公園の入り口からかずお君、ゆうじ君、そしてくみこちゃんまで揃ってこちらに向かってくるのが見えた。

「くみこちゃん、どうしたのこんな朝早くから。そしてかずお君やゆうじ君まで。それよりくみこちゃん体の具合は、もういいの。わたし、昨日すごく心配で。」

また、おねえちゃんが泣きそうになってきた。

「けいこちゃん。昨日は心配かけてごめんね。わたし、なんにも覚えていないんだけど、ここにくる途中でかずお君やゆうじ君から昨日あったことを説明してもらったわ。でもまだ、全然信じられない。本当なのけいこちゃん。」

「そうよ。わたしも見たもの。でも、信じたくない。あんなこと。」

僕は、昨日の不思議な体験の話になる前にすごく気になっていたことを聞いてみた。

「ねえ、どうしてみんなが一緒にこの公園に来たの。」

「いや、偶然に公園の入り口で一緒になったんだ。別に約束していたわけではないんだけれど。」とかずお君。

「僕は、なんとなく公園に散歩に行きたくなったから早起きして来たんだ。でも考えてみると不思議だよね。なんで日曜の朝早くから首吊り公園に来たのかな。」

「わたしは、そうね。何でだろ。気がついたら公園の入り口にいたって感じ。」

偶然なのか、昨日の5人が同じ場所に集まっている。そして、今、気がついたけれど僕たちの間では、昨日のことがなんの苦労もなく普通に会話できている。お母さんにだって話ができなかったのに頭が痛くなることもなく、話せている。これは、ゆきさんの言っていた会話の制限が僕たち5人の間には、存在していないということだ。

「昨日のこと、どう思う。」おねえちゃんが、ぽつりと言った。誰に対して聞いているのではなく、独り言のように。


「君たち。じつは、話があってここに集まってもらったんだ。」くみこちゃんが先生のような口ぶりで話し出した。でも、声はくみこちゃんのままだけれど。

「へ?」おねえちゃんも僕も、そしてほかのみんなも一斉にくみこちゃんを見つめた。

「昨日、みんなを驚かせてしまい、申し訳なかった。わたしは、虚無と呼ばれているものだ。今は、くみこの体を借りて話をしている。ゆきと戦った男のほうだ。」

「くみこちゃん、いったいどうしたの。しっかりして。」

おねちゃんが、くみこちゃんの肩を抱いてゆすっている。もう涙目になっている。

「けいことか言ったな。たかしの姉だろう。心配するな。くみこは、問題ない。今は、眠っているようなものだ。まずは、私の話を聞いてほしい。」

「やあ、たかし。また会ったな。ゆきは、居ないのか。」

「お前、虚無なのか。ゆきさんをどうしたんだ。昨日からゆきさんが居なくなってしまったんだ。お前がゆきさんを刺したからなのか。」

「落ち着け、たかし。ゆきは、問題ないはずだ。たぶん、自分の世界に戻って体調を整えているんだと思う。今回は、完全な俺の勝ちだったからな。」

すると、くみこちゃんの体が光だし、昨日見た青年に変わっていた。

かずお君とゆうじ君は、なにが起こっているのか理解できないという顔をして、ただ、くみこちゃん、いや、今は虚無の顔を見つめている。

「事態が大きく変わった。」

虚無が語りだした。そしてその内容は、想像もできないことであった。

僕たちの世界とゆきさんの世界、そして虚無の世界が一時的に交わるこの時期に5,000年以上にわたる戦いの歴史が繰り返されてきた。最近の戦いは平和的な競技会になっていたわけだが。今回の交差タイミングに第4の世界からの人為的な干渉が確認された。

はじめは、単なる計測誤差か交差世界のゆらぎではないかと虚無の世界の関係者は、予想していた。しかし、今回のたかしの世界でのゆきさんとの2回の戦いの場で、明確な第4世界の介入の痕跡が認められた。そして、昨日の3回目の戦いの時になぜか、急に虚無がくみこちゃんの体を通してこの世界に存在できるようになった。同時に同じようにここにいるみんなの体もくみこちゃんと同じような存在になっていた。さらにその存在、かれらの言葉で言うとより代の対象が一気に拡大する動きを見せた。

その時、ゆきさんの世界の関係者がこの現象に気づき、力ずくで第4世界からの介入を阻止したということだった。

第4世界からの介入者との直接的な接触は、まだ無いが、この世界のより代を簡単に拡大できる大きな力を持っている。そして、虚無を人間の形でこの世界に存在させる力を持つより代が無制限に増えていくことは、第4世界の住人もこの世界に彼らの姿で存在できる機会を拡大していくということになる。それは、ゆきさんと虚無の世界のパワーバランスを壊し、しいては、この僕たちの世界の存在を危うくすることになるというものであった。


「で、僕たちは、どうなるの。」

「しばらく、休戦ということだ。まだ、第4世界の存在とコンタクトが取れていない段階だが、我々やゆきの世界の住人は、第4世界の介入を歓迎してはいない。そして、もし、彼らとの平和的な共存関係が成立しないと判断された時には、一緒に殲滅してもらいたい。」

「殲滅って。戦うっていうことなの。冗談じゃないは、そんなの認められない。なんでわたし達があんたのいうことを聞いて戦わなければならないのよ。それより早く、くみこちゃんの体から出て行きなさいよ。」

「まあ、待て。けいことか言ったな。たかしの姉だろう。たかしからゆきのことは、聞いていると思うが。この世界で我々が戦う際には、君たちの体をより代として使うが、決して直接的な戦いに巻き込むことはしない。戦うのは、我々であり、ゆき自身だ。ただし、戦いに巻き込まれる可能性はゼロではないがな。そして、お前達が、反対しようがしまいが、すでにこの方針は、我々の間、すなわちゆきと俺の世界の間で合意されたことなんだ。悪いが、仲間になってもらう。」

虚無がそう言った瞬間におねえちゃん、かずお君、ゆうじ君の体が光った。そして光が消えた後に、見たことも無い人たちが目の前にいた。


おねえちゃんは、男の人に変わっていた。そしてかずお君とゆうじ君は女の子になっている。

その男の人が話しだした。

「わたしは、虚無と同じ世界の住人だ。名は、時空だ。」

「わたしは、ゆきの妹よ。あやと呼んでね。」とかずお君だった人が自己紹介した。ゆきさんの妹?確かにゆきさんより幼い感じの女の子だ。

「わたしもゆきと同じ世界からきた。はるだ。」とゆうじ君だった人。この女の人は、ゆきさんと同じぐらいの年かな。ちょっと背が高くてショートヘアーの女の人だ。

「今回彼らは、より代の体をそのまま使ってこの世界に実体化したが、通常は、たかしが知っているようにほかの人間の体を使うことになる。その時は、オリジナルの体と意識は、そこに残っているので今のような違和感はないと思うので安心してほしい。」

「俺とゆきの世界の関係や、この世界での今までのいきさつは、それぞれお前たちに共生している者たちからおいおい聞いてほしい。」

そこまで、虚無が説明し終えると、くみこちゃんも含めてみんなの体がもう一度光りだし、その光が消えたときには、もとの姿にみんな戻っていた。

昨日といい、今日といい、もう付いていけない。いくらみんなより事前にゆきさんとの共生が始まっていた僕でさえ、この変化は、理解を超えている。だから、ほかのみんながしゃがみこんでしまっているのは、当然だよね。


あれから、みんなと公園で別れて別々に家に帰った。たぶん、パニックにならなかったのは、虚無やゆきさんの仲間がみんなを制御していたんだと思う。家に帰ってから、おねえちゃんは、まだなにも話しかけてこない。ゆきさんも、まだ帰ってきていない。お風呂から上がったら疲れてすぐに眠ってしまった。



12.訪問者


体がだるい。頭が痛い。二日酔いの朝のようだな。ここは、どこだ。

まぶしいな。何だこのにおいは、そうか、オゾンのにおいだ。帰ってきたのか。

天井パネルからの白い照明に照らされていくつものポッドが並んでいる。ポッドは、医療器械のひとつで、生体の再生環境を最適にして安定化および加速化する装置である。

ゆきの世界では、広く普及しており、怪我の治療に使われている。この装置が無かったころは、虚無との戦いで負傷した戦士の回復には、1週間以上の時間を要したといわれている。


「やあ、ゆきちゃん。お目覚めですかね。気分はどうかな。」

「目覚めて初めて会うのがお前か。まったっく最悪だ。私は、どのくらいポッドの中にいたのか教えてくれ。」

「そうだね。ちょうど1日というところかな。ゆきちゃんがこのポッドを使うのは、久しぶりだね。虚無さんにやられちゃったかな。」

「うるさい。そうだ、確認したいことがあるんだ。お母さんじゃなくて、議長に連絡してくれないか。」

「偶然だね。先ほど議長からゆきちゃんが目覚めたら連絡するように依頼があったばかりなんだよね。あちらさんも何か話したいようだったよ。」


「ゆき。お疲れ様。もう気分はよくなりましたか。」

議長と呼ばれた女性が、ゆきの病室のベッドの脇の椅子に座っている。

たかしの世界の年齢を当てはめるならば、50歳ほどであろうか。ゆきに似た整った卵形の顔に年相応の優しそうなしわ、体は、ゆきよりふくよかで全体的に落ち着いた雰囲気をもった女性である。

「お母さん。あちらの世界が、おかしなことになっているの気づいていた?わたし、ここに戻ってくる前に向こうで虚無に会った。それも人の形をした虚無に。今までこんなこと無かったのに。そうだ、あいつは、私のより代のたかしの体を借りて現れたんだ。

私が、たかしのからだから離れてくみこの体に入ったと同時にくみこの体から虚無がたかしに入ったように感じた。まるで入れ替わるように。」

「ゆきに聞いてもらいたいことがあるの。」

「なに、改まってお母さん。」

「この映像を見て。」

そこには、一見、人のようなものが動いていた。頭、手、足、胴体のバランスは、ゆきとおなじような人間のように見えるが、動き方がなぜか不自然で気味が悪い。映像が拡大されていく。胸がある。女性なのか。いや、少女といったほうがより正確だろう。

顔が見えた。整った、美しいといえる顔だが、なぜか気味が悪い。

そうだ、表情が無いのだ。目の動き、口の動きが全く無い。人形?

「これは、何?」

「新たなお客さん。第4世界からの。」

「どういう意味。」

「私たち、虚無、そしてお前のより代のたかしの世界とは異なる4番目の世界からの訪問者。彼女たちは、3日前に急に現れたの。この映像は、たかしの世界に設置してある監視装置からのものなの。」

「お母さん。今、彼女たちって言ったよね。この訪問者は、何人も居るの。」

「今まで、確認されたのは、4体。どの固体も非常に似通っているんだけれど、髪の色が微妙に異なっているので独立した個体だと認識できたわ。」

「彼女達は、どこから来たの。そして目的は。」

「まだ、わからないの。まだ直接コンタクトを取っていないので、彼女たちとの意思疎通もできていないのよ。今のところ攻撃的な行動は見られないのだけれど、ひとつ大きな問題をもってきてくれたの。」

「どういうこと。」

「より代の拡大と拡散。彼女たちのたかしの世界への進行に伴って、人の姿で転生できるより代が1対1の割合で増えていくことがわかったの。一人目のお客さんが現れたときにくみこという人間がより代になったようね。その後、けいこ、かずお、ゆうじがより代になっていったの。

なぜか、たかしの近くに居た人間からより代が生まれているのは、なにか理由があると思いますが、ここまで状況を把握した時に私たちの議会が、彼女たちの出現ルートを特定できたの。そして、そのルートを力ずくで閉鎖したわ。」

「でも、より代が増えていくなら、それらを私たちで占有してしまえば、虚無たちに対して圧倒的なアドバンテージになるんじゃない。」

「たしかにそういった意見もあったけれど、虚無側も同じことを考えるわよね。そしてこのより代を取り合うことが新たな紛争になることが容易に予想できるでしょ。そこで、私たちの議会は、この事実を虚無側と共有することにしてこのお客さんたちへの対応を協力して行うことにしたの。すなわち、一時休戦ね。」

「もう、この休戦協定は、虚無側と結ばれたの。」

「ええ。すでに基本的には、あちらも合意済みよ。」

「具体的には、どのような対応を虚無側と協力してやることになるの。また、お母さんの説明では、すでにより代が4人増えていることになるでしょ。その新たな増えたより代は、どうするの。」

「お客さんに占有される前に我々側で押さえる事にしたわ。2人は、私たちで、残りの2人は、虚無側で折半したの。」

「ということは、私と同じような戦士を2人、たかしの世界に送ったということなの?」

「そういうこと。より代への適合性を配慮して、ゆきに近い人間をすでに送り込んだわ。

お前の妹と従姉妹。たかしの世界であや、はると名のるように申し伝えてあります。お前の体調が整ったらあちらで合流してね。」

「えー!妹と従姉妹ってまさか、KeyとKaz?冗談でしょ。」

「なにか、問題があるの。2人ともいい子じゃない。戦闘能力もお前に引けを取らないし、我ながらいい選択でしょ。それにすでに向こうの世界でたかし達に会ったいるころよ。」

「はいはい、わかりました。時すでに遅しということですね。ところで、虚無側からの新たな戦士は、どんなやつなの。お母さん知ってる?」

「1人は、虚無本人ね。あなたが、人の形の虚無と戦ったでしょ。あの時、すでに彼は、より代の1人を使ったのよ。そしても一人は、男性らしいわよ。名前までは知らないけれど向こうで自己紹介でもしてもらいなさい。」

「それからひとつ大事なことがわかったの。お客さんの故郷は、私たちが資源採掘を行っている惑星。数ヶ月前に採掘現場から古代の遺跡が発見されたの。遺跡と言っても我々の現在の科学水準をはるかに超えた古代の機械のようなもの。

当初は、我々だけで秘密裏に調査を続行していたんだけれど、ある時、この遺跡が動き出したの。正確には、物理的に動き出したのではなく、内包されたシステムが作動を開始したような感じね。関係者は、本当に驚いたわ。いや、ほとんどパニック状態ね。しばらく発掘現場から避難して、資源採掘も1週間ほど停止したの。

そもそも地質学的に第4世界の惑星の起源は、我々の世界に比べて非常に古いことがわかっています。数万年の時間的な差があるわね。そんな古い惑星のさらに地下から発掘された文明の痕跡とも言える機械装置が作動するわけが無いと思っていたので本当に大事件だったのよ。でも事件は、それだけではなかったの。しばらくするとお客さん、そう、あの気味の悪い少女型アンドロイドが現れて、たかしの世界に移動し始めたのよ。移動に関しては、我々が使用している次元転生装置と同じようなメカニズムを使用していることが、推測されたわ。同じような外観の転生装置らしきものも確認できました。

その後は、さっき説明したとおり。4人のアンドロイドがたかしの世界に転生し、4人のより代が彼女たちと同時に存在することになったの。ここまで来て、我々、議会は、転生装置の破壊を命じました。本当は、この貴重な遺跡の調査を続行したかったのですが、際限ないより代の拡散は、致命的な問題になると判断されたからなの。

そして、虚無側の代表者にも情報を共有化しました。」

「ふー。なんか頭が痛くなるような問題ね。でも、増えたより代は、こちらで抑えたんでしょ。あとは、何をすればよいの。」

「まずは、お客さんたちの監視。彼女たちが次に何をするかまだ全く予想がつかないの。また、発掘された遺跡だけれどまだ、本体は、作動中なの。正確には、なにも変化していませんが、システムとして待機モードに入っているような感じね。さすがに本体まで破壊するには、遺跡が貴重すぎて我々の世界の誰も決断できていないわ。当然、虚無側も今は、この事実を知っているので反対するでしょうね。我々がもっとも知りたいテクノロジーは、どうやってより代を拡大できたのかということね。」

「そうね、お母さんの言うことは良くわかるわ。私もできるだけ早く、たかしの世界に戻ることにします。ちょっと心配なのは、お客さんたちがおとなしくしているかどうかね。より代を取られて黙っているかしら。」

「そうね。私もそこが一番心配なの。」

お母さん、いや議長はしばらくして戻っていった。私は、1週間のリハビリを3日間で終了させて、久しぶりにたかしの世界に戻っていった。


13.ゆきさん再び


あれから3日、いや4日たった。ゆきさんが居なくなってもう。

本当にどうしたんだろう。虚無に刺されたと聞いたけれど大きな怪我をしたんだろうか。まさか、死んじゃったりしてないよね。あんなめんどくさがりでわがままなゆきさんだけど、このまま会えないで終わりなんていやだな。考えてみればけっこういいところもあったし。いいところ?エーとなんだろう。うーん。そうだ明るいところ、前向きなところ、積極的なところ。僕を守ってくれるところ。ちょっとエッチなところ。

(寂しかったかな。たかしくーん。)

その時、お風呂に入っている僕の右手が急に意識を離れて動き出して、僕の大事なところをぎゅーと握ってきた。

「ワー!! 何するんですか!」

(相変わらずね。チャンとご飯食べてるかな?? ご無沙汰でした。たかし君。)

(ゆきさん。今までどうしていたの。本当に心配していたんだからね。ゆきさんが居ない間にこっちは、大変なことになっているんだから。あと、勝手に僕の手を乗っ取らないでよね。前にも言ったけれど。今度、ゆきさんが出てきたときにおっぱいもむぞ!)

(はいはい、元気でよろしい。私を心配してくれたのね。ありがとう。それから、こっちの世界で起きていることは、すでに説明を受けてきたので理解しているつもりよ。仲間が増えたんでしょ。)

「たかし!なにかあったの。大きな声出して。大丈夫。」

「うん、大丈夫だよ。お母さん。なんでもない。」

それから、ゆきさんから最近の大きな事件の背景を説明してもらった。なぜ、虚無が人の形で現れたのか。どうしておねえちゃんやくみこちゃん、かずお君、ゆうじ君が、僕と同じようなより代になったのか。そして、その原因がどこにあったのか。

お風呂につかりながらゆきさんの説明を聞いていて思わず長湯になって、のぼせてしまいそうだった。

「たかし!はやくお風呂出なさいよ。わたし、待っているんだからね。」

「今出るよ。ちょっと待ってて、おねえちゃん。」

お風呂から出ておねえちゃんとすれ違った時に、彼女は、僕の顔を見てびっくりしたように大きく目を見開いた。たぶんおねえちゃん、もしくは、おねえちゃんに共生している時空が、僕の中にゆきさんが戻ったことを認識したんだと思う。後で、ゆっくり話をしなければ。


僕は、早めに布団に入って、ゆきさんと話始めた。

(ゆきさん、うちのおねえちゃんに虚無の仲間の時空という男の人が入っているの知ってる?)

(ええ、こちらに来る前に私の母親から説明を受けていました。そう、時空と呼ばせているの。全く、虚無も時空も色気の無い名前ね。ネーミングセンスがだめね。)

(いや、そこのところではなくて、僕のおねえちゃんは、虚無側の人になっちゃったんだよ。大丈夫なの同じところに住んでいて。突然、おねえちゃんが襲ってきたりしないよね。)

(まあ、大丈夫でしょう。虚無側とは、正式に休戦協定を結んでいるし、今は、戦闘行為自体に意味が無くなっているからね。まずは、お客さん対応が第一優先事項だから。)

(ねえ、そのお客さんて何?第4世界からの侵入者だという説明だけど、まだ、僕らは、見たこと無いんだよね。)

(うん、私もまだ、直接会った事ないのだけれど映像を見せられたわ。そうね、一見、かわいらしい少女のような外見だけど、どう見ても人間ではないわね。人形というか、ロボットのような無生物をイメージさせるわ。動きがぎこちなかったし、表情が無いのよね。すごく見ていて不気味だったわ。)

(そのお客さんを僕達は、どうするの。)

(まずは、監視でしょうね。まだ、この世界で彼女たちに遭遇していないのだけれど、私たちの最大の関心事は、彼女たちがこれから何をするか、そしてそれが私たちに対してどのような影響を与えるかを把握することが第一ね。)

そんな話をしているときにおねえちゃんが、布団に入ってきた。

「たかし、手をつなぎなさい。」

「へ?何。手をつなぐって、おねえちゃんと?何で?」

「いいから手をつなぐの」

(たかし、たぶんこれは、時空が話をしていると思う。けいこの顔を見てごらん。こちらを向いていないでしょ。)

「わかったよ。はい。」

手をつないだ瞬間に頭の中におねえちゃんと時空の声が同時に響いてきた。

(たかし、そんなに強く手を握らないでよ、暑苦しい。)

これは、声の調子もおねえちゃんのままだ。

(やあ、ゆきさん。始めまして。たかしには、すでに自己紹介を済ませているのだが、君には、初めてお目にかかる、いや、まだ姿はお互いお目にかけていないが、初めてのコンタクトだな。私は、時空とこの世界で呼ばれている。虚無と同じ世界からこちらに転生した。よろしく。)

(ふーん、あんたが時空か。よりによってたかしの姉に共生するとはね。)

(それは、私のせりふよ。勝手に私の体に入ってきて、ややこしいったら無いわね。それから、言っておきますけど、これは、私の体だからね。あんたの自由にはさせないからね。お風呂とトイレの時は、眠っていること。話しかけたりこの前みたいに勝手に体を乗っ取ったりしたら殺す。)

(いやいや、けいこよ。それは心配しすぎだ。このように精神は、共存しているがより代のお前にことわり無く体を乗っ取るようなことはしない。まあ、緊急事態はしょうがないがな。そして、風呂のときは絶好の会話タイムだから話すことぐらい許してほしいものだな。まあ、お前の気持ちもわかるが、こうなってしまっては、一蓮托生、一心同体、この生活にもおいおい慣れるしかないな。)

(けいこは、まだこの状態になってから日が浅いから違和感がかなりあると思うけれど、たかしなんかは、けっこう早く慣れたから時間が解決すると思うわ。どこかで折り合いをつけるしかないのよ。それより、この先のことを話したいのだけれどいいかしら。)

(うん、僕もそのほうが心配だな。さっき、ゆきさんから大まかなことは聞いたけれどこの後、僕らはどうすればいいのかが、一番の心配事だよ。)

(わかったわよ。それでこれからどうするの。)

(当面は、お客さんの動向を監視することになるわね。ただし、まだ、彼女たちがどこに潜伏しているかつかめていないのだけれど。それと、私達は、グループで活動することが必要ね。ここに居ない虚無、はる、あや、そうたかしのお友達のくみこ、ゆうじ、かずおと連携する必要があるわ。このようにより代のあなた達をまじえて会話をするには、物理的な接触が必要なの。たとえば、手をつなぐとかね。だから、明日にでもどこかで集まりましょう。私たちや虚無たちは、離れていても簡単な情報なら共有できるから明日の集合場所、時間を決めれば、ほかのメンバーを集めることはできるわ。たかし、この近くであまり人目に付かない、みんなで集まれる場所は、ないかしら。)

(そうだね。裏山の昇竜洞の前あたりはどうかな。あそこは、普通の人は、めったに来ないし。みんなも場所は、知っているし。)

(わかったわ、連絡しておくわ。たかしもけいこも寝る前に遅くまでつき合わせてわるかったわね。もう、私達は、引き上げるからあなたたちもお休みなさい。)

「たかし、あんたよくこんな状況で落ち着いていられるわね。自分の体の中に他人が入っているのよ。気持ち悪くないの。」

「おねえちゃん、僕も最初は、違和感があったんだけど、正直、なれてしまったんだ。ゆきさんが居ないと最近は、不安になるくらいだったよ。」

「あんた、風呂とかトイレのときに恥ずかしくないの。」

「あ、それあんまり考えていなかった。でも、ゆきさんは、ぼくの大事なとこを握って。

いや、なんでもないです。」

「なんか、たかしは、男だし鈍感だからいいわよね。もし、時空とかいっているあいつをぶん殴れるんだったらそうしてるわ。くみこちゃんもかわいそう。あの子、気が弱いから虚無とかいってるやつに変なことされていなければよいのだけれど。」


夏休みもほぼ、半分過ぎた。こんなエキサイティングな夏を過ごす事になるとは。

寝る前にまだ、おねえちゃんと手をつないでいることに二人同時に気がついて、同時に叫んで自分の布団をかぶった。「早く離しなさいよ。早く離せ。気持ち悪い!!」


14.作戦会議とお客さん


ニーニーゼミのBGMを聞きながら山登りだ。なんか、最近、山に登ることが多いな。

家を出るときにお母さんが、「最近、たかしとおねえちゃん、仲がいいわね。今日も一緒にピクニックなの?」

「おかあさん、それは、大きな誤解です。」

「たかし、なんでもいいから行くわよ。早く来なさい。」

僕達は、お母さんの誤解をあえて正すことも無く、いつものコースで蛇沼で叫び、山道で全身運動をしながら昇竜洞に向かった。おねえちゃんは、いつものように暑い、だるい、蚊に食われる、と文句を言いながらついて来た。時空さんが共生していても体力は全く変わらないらしい。ついでに性格、根性も。

「たかし、まだ着かないの。こんなに遠かったかしらねえ?」

「おねえちゃん、文句言っても近くにはならないよ。口より手と足を動かしてね。」

「たかし、なにえらそうなこと言ってるのよ。元はといえば、あんたのせいだからね。ゆきだか虚無だか、変なのに取り付かれて。最後には、私まで。なんなのよ。」

「おねえちゃん。僕も好きでゆきさんと共生したんじゃないんだからね。人のせいにしないでよ。」

(ほう、たかしが生意気なことを言ってるわね。わたしが居ない時、さびしがってたのは誰かしらね?)

(ゆきさん、めんどくさいから今は話しかけないでね。)

(ふん、いいわよ。そんなこと言うと呼んでも来てあげないから。)

(はいはい、わかりました。後でお話しましょう。)

「ちょっと、たかし、なに黙っているのよ。わたしの話聞いてた?」

「あ、ごめん、今、ゆきさん出てきちゃって、少し話し込んじゃった。何?」

「いいわよ。なんでもない。早く、行きましょう。」


ああ、やっと着いた。僕たちが一番早く来たみたいだ。昇竜洞の前は、5m四方ほどの平らな広場があってその奥に子供が1人、ぎりぎり通れる程度の竪穴が開いている。まわりは、木々に囲まれていて、ちょうどいい目隠しになっている。ここは、正規の登山道からもかなり離れているので、この場所を知らない人は、たどり着けない秘密の場所だ。

クマゼミに変わったセミの声を聞きながら息を整えていると、かずお君とゆうじ君が昇ってきた。

「おはよう。かずお君、ゆうじ君」

「おはよう。たかし君」

「おはようございます。けいこ先輩」とかずお君。

「あ、おはよう。みんな。朝からお疲れ様ね。」

「あと、くみこちゃんか。あの子、ここまで昇って来られるのかな。」


「みなさん。おはようございます。はあ。」

「あ、くみこちゃんおはよう。ってあんた、どうしたのその格好。スカート泥だらけじゃない。だいたい、山登りになんでスカートなのよ。こっちに来なさいよ。泥はらってあげるから。」

「ありがとう。けいこちゃん。わたし、スラックスとかあんまり持ってなくて。昔のスラックスはこうとしたらウエストがちょっときつくて。ああ、疲れた。途中で2回、転んじゃったし。」

(くみこ、ちょっと話したいので、体を借りるぞ。)

(あ、はい。)

「みなのもの、よく集まってくれた。それでは、第1回の作戦会議を行いたいと思う。」と虚無のくみこちゃん。

「ちょっと、なにえらそうにしゃべってるのよ。あんたがリーダーじゃないんだからね。」と勝手に僕の体を乗っ取ったゆきさん。

「そもそも、この休戦状態における活動に必要なお客さんに対する情報は、わたしの側からくるんだから、取りまとめはわたしがやります。いいわね。虚無。」

「だいたい、いつもお前は、そうやって勝手に突っ走るからとんでもないことになるんだよな。わかってるのかな。それに、」

「はい、そんなことはどうでも良くて、今日、みんなに集まってもらったのは、私が把握してきたお客さんに対する最新情報の共有化とこれからのわたしたちチームの活動方針を決めること。言葉で話していると全員が参加できないから、丸くなって手をつないで。」

(わ、僕の隣にくみこちゃんが来た。わ、手をつないじゃった。やった。でも、虚無のやつも一緒だと思うと複雑だな。)

(おねえちゃん久しぶり!!Keyだよ。じゃなくてあやだよ。いつもおねえちゃんばかり虚無と戦って、わたしの出番が全然無かったから、今回も待機かなと思っていたんだけど、やったね。来ちゃった。)

(やあ、ゆき、こんなところで会うとはな。ここでははると名乗っている。おばさんにたのまれたから仕方なくやって来た。早く仕事を片付けて帰ろう。)

(KeyとKazか、こっちでは、あやとはるだっけ。何であんたらがよりによって来るのかね。とにかく危ないまねはしないようにね。)

(ぼく、かずおです。あやさんと同居しています。あらためてよろしくお願いします。)

(ぼくは、ゆうじです。はるさんと一緒に居ます。)

(くみこです。虚無さんといっしょです。)

(おれは虚無だ。そもそも、、)

(はい、わかりました。わたしは、ゆきです。そして同居人がたかし。)

(たかしです。ちょっと、ゆきさん。同居人は、ゆきさんのほうでしょ。)

(時空だ。けいこと暮らしている。)

(ちょっと、へんな言い方やめてよ。あんたと暮らしているわけじゃないからね。全く。けいこです。よろしくね。)

(こうやって全員がそろったのは、初めてだわね。10人そろうとけっこう、大所帯よね。それじゃ、まず、わたしから今までわかっていることを説明するわね。)

それから、ゆきさんのお客さんに対する説明がしばらく続き、みんながある程度理解するまで30分ほどかかっただろうか。じっとしていると蚊がたかってくるのでたまに足踏みしたりつないだ手をそのままに上下に振ったり、はたから見ていると5人で輪になって創作ダンスでも踊っているように見えたかもしれない。ゆきさんが、僕のすでに知っていることを説明していたので何気なしに僕の隣のくみこちゃんを横目で盗み見ようとして顔をそちらに向けたら、かわいい女の子と目が合った。

髪の毛は、肩まで位でちょっと赤みがかったさらさらヘアー、目はパッチリとしてまつげが長く目の色は、不思議な紫色。背丈は、僕と同じくらい。白っぽい体の線がくっきりと出るような服を着て、そしてなにげにおっぱいを確認するとおねえちゃんよりちょっと小さいくらいかな。

(って、君だれ??)

「ギョエー!!君は、誰??」

(なに、たかし騒いでいるのよ。まじめに会議に参加しなさいよ。)

「って、キャー、あんた誰??」

5人の輪の中にいつの間にか、一人の少女が混じっていた。

その子は、回りの騒ぎを全く気にせずにしばらく、たたずんでいたと思うと一気に跳躍して僕の正面に着地した。そして僕の顔を両手でつかむと彼女の顔が近づいてきて。

(ちょっと待って。これってこの前くみこちゃんに観音様でやられたことだよね。ひょっとして。)

やられました。しっかりとキスを。その瞬間、僕の体の中からゆきさんの意識が消えて全く、知らない何かが入ってきた。


(たかし、逃げろ。こいつがお客さんだ。なんでじっとしているんだ。しょうがない、私が体を動かす。なぜだ、たかしの体にわたしの感覚がリンクしない。たかしがわたしの目の前に見えるということは、こ、これは、やつの体じゃないか。それでは、たかしのからだの中には、やつが入っているのか。だめだ、体が動かない。)


ずいぶん長く感じたが、あとで、みんなに聞いたら実際には1分ほどの出来事だったらしい。僕の体にいったん入った知らないものがまた、出て行くと同時にゆきさんが戻ってきたことを感じた。そして、今まで僕にキスをしていた女の子が、ゆっくりと顔を離すと僕の顔をもう一度見て、にこりと微笑むとそのまま跳躍して昇竜洞の穴の中に消えていった。


「たかし、大丈夫。」

「うん、なんとか。ゆきさんも戻ってきたし。」

(たかし、ちょっと体を借りるよ。)

「みんな、ゆきだ。さっきの少女がお客さんだ。まさか、むこうから接触してくるとは思わなかった。不意をつかれたな。とにかく、この場所は危険だ。いったん、避難しよう。」


ゆきさんの指示で、僕らは、急いで山を降りた。作戦を立て直さなければならなったので、くみこちゃんの家、観音様に避難することにした。

くみこちゃんのお母さんが入れてくれた冷たい麦茶を飲みながら、今起こったことをみんなで確認した。5人もいてなにも話し声が聞こえないのは、いくらなんでも不自然なので、僕たちの声で会話をすることにした。知らない人が見たら2重人格者の集まりのようなとんでもない会話になっていたと思う。でも、会話の内容まではくみこちゃんの家の人に聞こえないから大丈夫だ。

「ゆきだ。さっきの状況を説明したい。お客さん、そう先ほどの少女がたかしにキスをしている間、わたしの意識は、たかしの体を離れてやつの体に飛んでいた。やつの目を通してたかしの体がわたしの目の前に有った。自分で意識を飛ばしたのではない。強制的に飛ばされたのだ。そして、しばらくして、また、たかしの体に意識を戻された。その間は、1分ほどだったらしいが、わたしの体感時間では、5分以上たっていたように感じた。」

「たかしです。僕も同じように長く感じました。ゆきさんが僕から居なくなるのと同時に全く知らない何かが入れ替わりに入ってきて、なにか、人間の意識とは異なる冷たく静かな感じの存在だった。その存在が、僕の体の隅々まで広がったと思ったらまた、僕の中から居なくなって同時にゆきさんが戻ってきたんだ。」

「虚無だ。一瞬、お客さんがたかしの体に共生したということだな。やつらは、より代のお前たちに転生できるということは、我々と同じ能力を持っていることになる。ただ、より代にいったん入り込んだのになぜ、すぐに出て行ったのか。目的は何なのか。良くわからんな。」

「はるだ。私の想像だが、お客さんは、たかし君の体に会わなかったのではないだろうか。一旦、意識を移動したにもかかわらず、すぐにもとの体に戻ったということは、拒絶反応のようなものがあったのではないだろうか。」

「あやです。もともとたかし君以外は、お客さんが作り出した新たなより代なんでしょ。かずお君、ゆうじ君、けいこさん、くみこさんの4人は。だけど、たかし君は、彼女から見れば、未知のより代であり、意識をたかし君の体に飛ばして中身を調査したのではないかしら。そして、そこでゆきさんの存在を認知してあわててもとの体に戻ったんじゃないかな。」

「時空だ。いろいろな仮説が、存在するが、はっきりしていることは、お客さんが接触した後でも、特にたかしやゆきに変化が無いということだ。つまり明確な敵対行動では、無かったと認識できる。すなわち、今後のお客さんとの遭遇を想定した場合に戦闘行為を避けられる可能性もまだあるということだ。」

「ちょっと、難しい話ばっかりでよくわからないんだけれど。えっと、けいこが話しているからね。わかっていると思うけど念のため。あんな不気味なやつが急に現れて、わたしの大事なファーストキスを奪われるなんて冗談じゃないわ。それにわたし、女の子とキスする趣味はありませんから。」

「あの。わたしもちょっと怖いです。えっと、くみこです。キスもやだな。」

「僕も最初は、好きな人がいいな。そうだよねゆうじ君。」

「うん。でもちょっとあの子かわいかったかも。」

「はい、はい、ちょっと話がずれているんで元に戻しますね。ゆきです。これ、ファーストキスの話じゃないから。念のため。とにかく、お客さんからコンタクトがあったこと、そして意識が一時的にせよ乗っ取られたことをわたしの世界に帰って報告してきます。たぶん、むこうでも新たな情報が得られている可能性があるから。虚無、時空もそれでいいかしら。」

「ああ、ちょっとくやしいが、お前に頼るしかなさそうだな。時空もそれでよいな。」

「ああ、了解だ。」

「それじゃ、わたしは、一時的にたかしの体から離れます。ただ、いつ、お客さんが接触してくるかわからないので。みんな、わたしの留守中、たかしを見守ってよね。特にいつもたかしと一緒に居る時空、そしてけいこ、よろしく頼むわ。」

「当たり前よ。わたしの大事な弟だもの。」

「任せておけ、ゆき。」

「おねえちゃん。いざとなるとやさしいんだね。僕、見直しちゃったよ。」

(じゃ、たかし、行ってくる。しばらく留守にするが、泣くなよ。)

そして、僕の体からゆきさんの存在が消えた。

その後、くみこちゃん、虚無を観音様に残して、僕らは、アパートに一緒に帰った。

途中でお客さんと遭遇するかもしれないという緊張感からみんな無口で足早に田んぼのあぜ道を進んだ。しばらくは、あや、はる、虚無、時空の意識をリンクしておくことにしたそうだ。これにより何かあった際の情報の共有化が瞬時にできる。ただ、おねえちゃん、いや時空から聞くとその状態を保っていることは、けっこう疲れることらしい。ごめんね、おねえちゃん。


15.第4世界からのメッセージ


「おや、ゆきさんではないですか。ずいぶん早いご帰還で。また、虚無にやられちゃいましたか。」

「うるさい。違うわ。議長は、どこに居るか知っているか。至急、報告したいことがある。」

「今、ちょうど会議中だよ。発掘された古代遺跡の調査隊から緊急連絡が入ったようです。ゆきさんなら会議室に入れると思いますから議会本部の大会議室に行ってみなさい。」

「ありがとう。このMover借りるわね。」

「あ、ちょっとそれは。」

Moverは、一人用の移動デバイスで、磁気浮上するスケートボードのような形をしている。ゆきの世界では、屋内の比較的長い移動に使われている。

「この部屋の最後のMoverだったのに。また、取りに行かなければ、ふう。」


「ゆきだ。至急、議長と話がしたい。」

「ちょっと、待ってください。今、会議中ですので確認を取りますから。」

「ええい。時間が無い。そこをどけ。」


「誰です。この会議は、関係者以外は、遠慮していただいているのですが。あら、ゆきじゃないですか。ずいぶん早い帰還だこと。まあ、ちょうど良いですね。あなたも報告を聞いてください。」

「議長、わたしも報告が有ります。お客さんと遭遇しました。」

「まあ。そちらも大きく事態が動いているようね。わかりました。まずは、あなたの報告を聞かせて頂戴。」

「昨日、お客さんとわたし、およびたかしが接触しました。その時の状況は*****」

ゆきからの説明を聞き終えると、議長はゆっくりとうなずいて、おもむろに話し出した。

「皆さん。状況は、わたしたちの想定以上に早く進行しているようです。Big motherも聞こえましたか。」

「ええ。理解しました。わたしの子供達は、状況把握プロセスに移行したようです。」

「議長。」

「なにかしら、ゆき。」

「Big motherとは、どなたなのですか。」

「そうでした。まだ、あなたに紹介していませんでしたね。彼女は、と言ってもわたしたちのような人間の形態をとっていないのですが、古代遺跡の意思です。昨日、機能を停止していた遺跡が急に音声信号を発信し始めたの。当初は、全く意味不明の音楽なのか、雑音なのか判断がつかないものでしたが、2時間ほどしてわたしたちの古代言語に近い会話のようなものと特定できるまで一気に変化したの。さらに2時間ほどで何とか意味がつかめる言語であることが認識できました。その段階で彼女が要求にしていることが理解できたので、わたしたちの言語情報を2進法の音声信号に変換し、超高速で発信しました。驚くことに半日たったころには、今のように会話できるまでなったのよ。彼女は、超古代、約16,000年前の第4世界を支配していた種族が残したAI統合意識という存在だそうよ。」

「それって、いったい。でも。」

「混乱するのは、わかるわ。わたしたちもまだ、完全に理解できていないの。でも彼女の説明は、理路整然と超古代の文明、種族の状況をわたしたちに理解させるものだったわ。」

「Big mother、紹介するわ。彼女がゆきです。今回の交差タイミングでのわたしたちの世界からの守護者いや戦士です。彼女がたかしをより代にしてむこうの世界で戦っていました。今は、すでに説明したように虚無たちと合意の下、わたし達は、お客さんと呼んでいましたが、あなたの子供達との接触を果たしたようです。」

「ゆきさん。はじめまして。私は、皆さんが資源発掘されている星にはるかな過去、生存していた種族の代表の意識です。正確には、その意識のコピーとひとつです。このようにわたしと意思疎通が可能な新たな種族が繁栄していることを本当にうれしく思います。今からわたしのオリジナルが託したメッセージを説明させてください。」

Big motherなる意識のコピー、たぶん、AIだと思われる存在が語りだした長い物語は、要約するとこのようなものであった。


今から数万年前、第4世界には、わたしたちと同じような人型の種族が高度な文明を築いていた。ただし、生物学的には、出生率の低下、過度の遺伝的な均一化、そして身体的な衰退が生物の種としての終わりを告げていた。

Big motherと呼ばれた彼女の本体は、その世界においてすべての人間の遺伝的な起源となっていた。彼女は、はるかな過去に医学的な延命処置により特異な遺伝体質を獲得した。それは、細胞の老化を否定したものであった。それと時を同じくして、出生率の低下と原因不明の子供達の突然死が全世界を襲った。

当時の医学、科学が総動員されこの種としてのカタストロフィーに立ち向かった。最悪の事態を解決したのは、彼女の遺伝子を受精卵に後天的に加えるという遺伝子治療だった。

この治療により子供達の突然死は回避された。その治療が開始されて数百年が経過したころ新たな課題が持ち上がった。遺伝子治療を受けた子供達が、世界中に広がることによって生物学的に過剰な均一化が進んでしまった。これにより免疫系の低下が様々な病気を引き起こすようになった。昔であれば、薬も必要としなかった病気で命を落としたり、それを治療するために高度な医療が必要となってきた。

すでに数百年の時代を生き続けたBig motherは、極秘裏に当時の科学者と種の再生計画を立案し、実行した。

当時、すでに実験段階にあった時空間移動の技術を活用し、我々と同種の生物が生存可能である3つの惑星を特定し、時空リンクを構築した。あなたたちが認識している螺旋状の時空リンクの構造を作ったのだ。

このリンクを通じて3つの惑星に我々の遺伝情報を受け入れて繁栄できる可能性のある生物を特定した。その後は、設定されたタイミングに従って、わたし達が子供達を使ってその生物に干渉し、進化の方向を定めてきた。

皆さんは、私たちの子供達なのだ。

私は、この再生プログラムの最後の段階を担当するBig motherです。私の役割は、3つの世界に育ててきた種の中で最有力なものを残し、残りを抹消することにあります。


ここまでの説明を聞いていた会議室の面々やこの会議にリンクしている参加者から大きなざわめきが発せられた。


「Big mother, 議長です。質問させてください。今、種の選択と抹消があなたのミッションであると言われましたが、それは、この世界、虚無の世界、そして今、お客さんいや、あなたの子供達が居るというたかしの世界の種族の内、1つを選択し、その他を殲滅すると言うことですか。」

「そうです。私のミッションは、もっとも有力な種を特定し、その他は、切り捨てることです。」

「そんな。いくらなんでも。」

「ただし、ここに大きな前提条件の相違が発生しています。本来は、このミッションは、もっと早い段階で実行されるべきものでした。そうですね、あなたたちの祖先が火を使い始めたころの文明段階で選択がされるべきでした。ところが、何らかの原因で私のプログラムの発動が著しく遅れたようです。このような場合を想定してオリジナルのBig motherは、次のようなリカバリープログラムを設定しています。

最終判断時点で、対象となる種族の文明レベルが我々と意思疎通できる段階に達していた場合には、その対象すべての種族にこの計画の趣旨を説明し、抹消プログラムを破棄すること。」

この説明を聞いて、すべての参加者が安堵のため息をついた。ただし、それも次の彼女の説明で打ち消された。

「しかしながら、問題がひとつあります。抹消プログラムの破棄は、私から子供達に伝える必要があるのですが、今、その手段がありません。彼女達は、すでに選択するための情報取得段階に進んでいるようです。今回のように私との意思疎通の手段が途絶えた場合にもプログラムが遂行するように子供達は、現在、自立的に活動しています。そのプログラムの中には、私が持っている抹消プログラムの停止機能がありません。」


「Big mother, このまま、あなたの子供達がたかしの世界で動き続けると、どのような結果になるのですか。」

「最終判断を実施するためには、本来は、5,000体の私の子供達が情報収集に当たり、その結果から判断することになっていました。ところが、今回は、4体しか時空転生していませんので、その4体の収集した情報で判断することになります。そして皆さんにとっての最大の課題は、現在、私の子供達がすべてたかしの世界にしか転生していないということです。皆さんの世界にも虚無と呼ばれる方々の世界にも存在していません。ここから推測される最終判断は、たかしの世界の種族の選択とそれ以外の世界の種族の殲滅です。」


ここで、参加者から悲痛な叫び声が聞こえた。


「Big mother、最悪のシナリオを回避する手段は無いのですか。このままでは、あなた、いやオリジナルのBig motherの意思に反する結果になるのではないですか。」

「皆さんのご心配は、理解できます。わたしもオリジナルの意志に反することを回避しなければなりません。しばらく時間をいただけますか。あらゆる可能性を検討いたします。」

「ありがとうございます。Big mother。少しでも時間を稼ぐためには、私どもの戦士、いや現時点では守護者と呼んだほうが良いな。彼女たちには、どのような指示をすべきか助言をいただきたい。」

「そうですね。できるだけ、私の子供達との接触を回避してください。もっと具体的に説明するならば、彼女たちの情報収集方法である、口との接触を回避してください。ただし、子供達を傷つける行為は、敵対行為とみなされて本格的な防御プログラムを発動させることになりますので、注意してください。」

「口との接触?それは、私とたかしが経験したことか。」

「そうです。みなさんの言葉ではキスという行為ですね。不思議ですね。栄養を摂取する器官の口と口を接触することが皆さんの世界でも、愛情を表現することなのですね。オリジナルのBig motherの記憶にもこの行為の経験が暖かな記憶として存在しています。」

「いや、あれは、愛情表現と呼べるものではなかったがな。議長、大体のことは把握した。私は、このことをたかしの世界の仲間に伝えて、できるだけお客さんとの接触を回避する対応を始める。時間を稼いでいる間になんとか、最悪のシナリオを回避する方法を見つけてください。」

「たかしの世界に戻る前にひとつ聞いていいですか。Big motherにも名前があったのですよね。彼女の名前を教えてもらえますか。」

「はい、ゆきと呼ばれていました。」


16.お客さん対応


「と言う訳だ。みんな状況は理解できたか。」とゆきさん。

ゆきさんが帰ってきて、重要な話があるということで、今日もまた、くみこちゃんの家に5人が集まった。いつものようにくみこちゃんのお母さんが、にこにこ笑って麦茶を用意してくれた。

ゆきさんの説明は、理解できたけれどやはり、驚くべきものであった。

数万年前の種族の再生計画、プログラムというよりAIのBig mother、子供達、情報収集、選択と殲滅。

そんな重大な決断があの少女たち4人の情報収集結果で決まるなんて。

特に虚無や時空さん、あやさん、はるさんのショックは大きかった。それはそうだよね。過去に滅んだ種族の残したAIが自分たちの世界を壊すと宣言しているのだから。

「虚無だ。この情報は、我々の世界にも伝わっているのか。」

「私は、正確には把握していない。しかし、このような重要な情報を我々側だけで秘匿することは無いと思う。」

「時空だ。今、連絡があった。至急、一時的に帰還するようにとのことだ。重要情報の展開があるということだ。たぶん、ゆきさんの説明されたことだと推測できる。」

「そうか。それで、時間稼ぎということだが、具体的に策はあるのか、ゆき。」

「この前のお客さんの接触状況からすると、彼女たちの接近行動は非常に迅速だ。我々が感知できないレベルだった。ただ、どうやって彼女たちが我々の存在を認識したのかがまだわかっていない。もっとも効果的な方法は、彼女たちから我々の存在を隠すことだと思う。」

「あやです。おねえちゃん、それは、隠れるってこと。」

「そうね。簡単にいえばそういう事。」

「でもどうやれば、隠れられるの。それよりどうやって彼女達は、私たちを認識したのかしら。」

「はるだ。我々が彼女に遭遇した場所は、たかしの言う昇竜洞という洞穴があった場所だ。虚無や時空も知っていると思うが、この世界には、我々が転生できる特異点のような場所が点在している。彼女たちも時空転生でこの世界に現れたとすると、この特異点を使用した可能性が高い。」

「それでどうするのだ。」

「虚無、時空、あなた達の世界の特異点情報を我々と共有化してもらえないだろうか。そして、すべての特異点に観測装置を設置する。これにより彼女たちの動きを我々が先行して察知することができる。彼女たちの動きが明確になれば、接触を回避する行動を取れると思うのだが。」

「虚無だ。特異点情報は最高機密に当たる。それを開示せよというのか。」

「ゆきだ。私は、はるの推定と提案を支持する。最高機密だかなんだか知らないが、そんなものを今、論議している暇は無い。私も我々の特異点情報を開示することをすぐに提案してくる。そして、観測装置の設置を急ごう。」

「わかった。まずは、帰還して情報の収集とこの提案を打診してみよう。」

今回は、ゆきさんや虚無たちの一方的な打ち合わせで終了した。そもそも僕らには、とても対応しきれない状況が発生しているし、科学技術も彼らのほうが相当進んでいることが理解できているので、静かに聞き役に徹していた。

おねえちゃんもほかのみんなも何も発言することなく、1時間ほどの作戦会議は終了した。

今回は、ゆきさんと虚無が各々の世界に戻り、はるさんの提案を説明し、その決定事項を持ち帰ることになった。しばらくまた、ゆきさんとは、お別れだ。


17.あやとはるの場合


(かずお君、ねえ、もう起きなよ。朝だぞう!!)

(あ、あやさん。おはようございます。)

(かずお君さあ、わたし、初めてこっちの世界に来たんだけど、近くの山登ったり、観音様で話したりで、ちっとも遠くに行かないじゃない。なんか、退屈なんだよね。ねえ、今日、二人でどっか行かない。)

(はあ、でもゆきさんや虚無さんが言ってましたけど、あまりうろうろしてあの子達に見つかるとまずいと思いますけど。)

(そんなこと言って、ずっとここにこもっているの。そんなのやだよ。せっかくこっちに来たんだから、どこかに行こうよ。それにこう見えても私、けっこう強いんだから。おねえちゃん、えっとゆきのことだよ、念のため。あいつより格闘技は得意なんだから。お客さんが出てきたって、余裕で逃げちゃうから大丈夫。)

(なんか、心配だな。でも僕だってずっと家にいるのは、いやだけど。あと、一人で出歩くのはちょっと心配だな。ゆうじ君を誘おうか。)

(だめ。はるは、けっこう固いから絶対、反対するに決まってるもの。二人で行きましょう。)

あやさんの強引な誘いに逆らえずに布団から抜け出して、朝ごはんを食べた。

「お母さん、ちょっと外に行って来るね。」

「はーい、今日は、たかし君たちと一緒じゃないの。」

「うん、ちょっと夏休みの自由研究の資料を図書館に調べに行くんだ。暗くなる前には帰ってくるよ。」

「そう、行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

(あやさん、遠くに行きたいといわれても、僕は、小学生だしお金も少ししか持ってないからそんな遠くに行けないよ。)

(わたしもそんなに遠くに行こうとは思っていないから。図書館でいいよ、そこに行こうよ。本がたくさんあるんでしょ。どんな本があるか見てみたいな。)

(ねえ、あやさんの世界にも本とか図書館とかあるの。それと、僕、前から不思議だったのは、あやさんとどうしてこんなに簡単に話ができるのかな。だって、あやさんの世界は、全く僕たちの世界と違うのでしょう。言葉も違うよね。)

(あら、そうね。言われてみれば不思議ね。今までなんとも思っていなかったんだけど、たしかにどうしてかずお君と話せて、かずお君の世界の文字が読めるのかしら。何の努力もしないで普通に読めるわ。あの看板は、銀行でしょ。そしてあっちがパン屋さん。)

「それは、より代に転生したときに彼らの知識と経験が我々にも共有されたからだよ。」

「ふーんそうなんだって。わっ、ゆうじ君、どうしてここにいるの。」

「はるだ。あやとかずおに言って置く。勝手に出歩くんじゃない!お前たちの会話は私や時空に駄々漏れだったぞ。もう少し、静かに会話しなさい。これじゃお客さんにも聞こえてしまうぞ。」

「あやでーす!そうか、私たちの話がみんなにも聞こえちゃうのか。これからちょっと気をつけないとね。でも、静かにってどうやればいいのかしら。」

「あやは、そんなことも知らないのか。話す相手だけに神経を集中して会話すれば良いだけさ。今朝のお前たちの会話は、会議室の中で参加者にプレゼンテーションしているようにはっきりと聞こえてきたぞ。はるは、固いからどうのこうのとか言ってただろ。」

「おっと。」

「すいません。かずおです。あやさん、頼みますから僕の声で女の子の話し方しないでもらえますか。周りの人がさっきから振り返って僕を見ていくのですが。ゆうじ君がよければ、手をつないでくれるかな。やっぱり頭の中で話したほうがわかりやすいから。」

「うん、僕もそう思っていたんだ。やっぱり1人2役は、きついよね。それと周りの人からするとちょっと変だし。」

ゆうじ君と手をつなぎながら図書館への道を歩いていたと時、大学生ぐらいの2人の女の人とすれ違う時に聞こえてしまった。

「ねえ、あの子達見て、かわいいわね。手をつないで。右の子は、女の子みたいね。でも男の子かしら。」


(あら、言われちゃったわね。かずお君かわいいもの。)

(あやさん。黙っててください。これでも、僕、気にしているんですから。)

(いや、かわいいということは良いことだぞ。なあ、ゆうじ。)

(はるさん、それ以上かずお君をいじらないでください。)


市立図書館は、2階建てのビルで、中は、冷房が効いているので、夏休み期間であるが、かなりの人たちが利用していた。高校生や中学生ぐらいが半数程度、あとは、おじさんおばさん、おじいさん、おばあさん、と僕たちのような小学生が半々ぐらいだった。

さすがに図書館の中では、手をつないでいると回りから好奇の目で見られるのでゆうじ君とは別行動にした。

(へー、紙の本がまだたくさんあるのね。私たちの図書館にも以前は、紙の本があったそうだけど、今は、ほとんどデータになって端末で閲覧するか、データをダウンロードしていくようになっているわ。なんか、博物館に来たみたい。)

(あやさんの世界には、もう本が無いんですか。なんかさびしいな。僕は、けっこう本が好きだから。端末とかデータってどういうことなの。)

(そうね、かずお君の家にあるテレビのうんと小さいのをみんなが持っていて、それに本の情報が入ってくる感じかな。その小さなテレビみたいのでいつでも本の中身が見られるんだよ。)

その後、しばらくは、雑誌コーナーや絵本を見てあやさんの好奇心を満足させてあげた。図書館では、黙っていても不自然ではないので頭の中であやさんと会話していても変に見られず、気を使わないでよかったな。


(ねえ、なんかやばい雰囲気になってきた。)

(え、急になんですか。やばいって。)

(来るみたい。彼女。)

(なに、彼女って、ひょっとしてお客さんのこと。)

(うん、この感じは、この前と同じ。今、はるからも連絡があった。彼女も感じているって。)

(あやさん、逃げましょう。お客さんに会うわけにはいかないじゃないですか。)

(そうしたいんだけど、もう遅いみたい。図書館の中に居るわ、きっと。すごく気配が近いもの。かずお君、手じかの女の子の胸を突っついてよ。そうね、君の前で本を読んでいるこの子でいいや。)

(わー!、また、急にそんなこと言われても。)

(ぐずぐずしていられないわ。早く。)

(わ、わかりました。)

僕は、心の中でごめんなさいと叫びながら半分目をつぶって目の前の知らない中学生ぐらいのお姉さんの胸に右手の人差し指を出した。

「キャー!!」

(えー!この人あやさんに変わらないじゃない。これじゃ、いつかのたかし君のくみこ先輩への変態行為と同じだよ!!)

僕の前の中学生のお姉さんは、胸を両手でかばいながら、ものすごい目で僕を睨んでいた。

これとほぼ同じタイミングで図書館の奥のほうから女の子の悲鳴が聞こえてきた。たぶん、ゆうじ君だな。彼もこれで、変態の仲間入りだ。

(あやさん、どうするんだよ。何とかしてよ。)

(かずお君、どうもはるの方も同じ状況みたいね。仕方ないからこのままかずお君の体を借りて転生するよ。非常事態だから許してね。)

そういうと、僕の意識は、自分の体を離れてあやさんが僕の体を支配したことが感じられた。同時に僕の体は、光り輝き、あやさんの姿に変わったようだ。鏡が無いので全身は確認できなかったけれど、手足、腰つき、それに胸を見ると、どう見ても女の子だ。

「あや、ちょっとまずいな。」

声が聞こえたので振り返ると、とは言ってもあやさんが振り返ったのだけれど。そこに、はるさんが立っていた。首吊り公園で一度この姿のはるさんに会っているけれど改めて見るとはるさん、やっぱりかっこいいな。すらっとして少し、クールな感じがいいよね。

いや、待てよ。なんか、回りがすごく騒がしいんだけれど。

「はる、なんかおかしいくない。結界に入ってないみたい。まわりの人間がみんなこちらに注目しているし。音も聞こえているし、やばい、ここから早く出ようよ。」

「ああ、賛成だ。このままだと我々の存在がこの世界で認知されてしまうぞ。」

「待って、彼女がいる。お客さんが、図書館の入り口に立っているわ。あいつも結界に入ってないということみたい。ものすごく注目されているもの。」

「とにかく、ここで騒ぎをおこすともっとまずい。力ずくで突破して外にでるぞ。いくぞあや。」

(わー、どうなっているの。力ずくって。それにもう、こんなに騒がれているし)

あやさんとはるさんの2人は、同時に走り出した。入り口の女の子に向かっている。彼女は、まだ、動かない。向かってくる2人のどちらにも視線を向けず、図書館の外の景色を眺めているようだった。

はるさんが彼女の右横に迫った瞬間に女の子は、消えた。いや実際には、消えたように見えてはるさんの後ろに回っていた。彼女の動きが早すぎて目で追えないのだ。

はるさんの首に手をかけると後ろから彼女の顔をはるさんの顔に近づけていった。

その時、あやさんの手が彼女の腰にかかるとそのまま、一気にはるさんから引き離すように突き飛ばしていた。はるさんも彼女と一緒に横倒しになったが、すばやく起き上がるとあやさんと一緒に図書館の外に飛び出すことができた。

お客さんの動きは、ものすごく早いが、はるさん、あやさんの動きも普通の人間から見ると非常識なぐらいすばやい。図書館に居た人たちからの悲鳴が上がる前に二人とも外に脱出していた。

「あや、とにかく逃げるぞ。そしてできるだけ人の居ないところを目指せ。」

「わかったわ。街中から早く抜けましょう。そうだ、むこうに見えている田んぼに逃げ込みましょう。姿を隠すことはできないけれど、少なくとも一般の人間の目からは、逃れられるわ。」

「了解。」

2人は、飛ぶように走り出して街中を抜け、田んぼの中に駆け込んだ。

「どうだ、彼女は追ってくるか。気配を感じるか、あや。お前のほうが感覚は私より鋭いはずだ。」

「いや、今は気配を感じないわ。このまま、家に一気に戻りましょう。ここで彼女を待っていても何も私たちは、有利にならないわ。」


そう言って、2人は、アパートに走った。

(あやさん、大丈夫なのかな。また、あの子が出てきたらどうするの。)

(逃げるしかないわね。ただ、ちょっと不思議なのは、なぜ、追ってこないのかということよ。それとなぜ、私たちの居場所に現れたのかな。結界に入り込めなかったことも。)

アパートに着いた。そのまま家に逃げ込もうと思って気がついた。

(あやさん、それとはるさんも。そのままの姿じゃ家に入れないよ。お母さんやみんながびっくりしちゃうよ。)

(おお、そうだった。体を返すぞ。)

光ったあとは、元に戻った。手足、腰、胸を見ても元の自分の体だ。ゆうじ君も目の前に居た。

「ねえ、ゆうじ君、今のこと時空さんや虚無さんそしてゆきさんに連絡しないとまずいんじゃない。」

「そうだよね。僕もそう思うよ。」

(そうだよね。でもおねえちゃん怒るだろうな。やだな。)

(あやさん。そんな事言っている場合じゃないですよ。虚無さんたちに連絡してください。皆さんは、離れていても会話できるんでしょう。)

(ああ、すでにはるが報告しているわよ。とりあえず、今はおねえちゃんは居ないから、怒られる事は無いと思うけれど。そういえば、虚無さんも今は居ないよね。)

(あ、今、連絡がはるからあった。観音様に集合だってさ。時空さんがみんなに連絡してきた。)

(えー、今から行くの。ちょっと休みたいな。)

(しょうがないでしょ。むこうで休ませてもらいましょう。さあ、かずお君行くわよ。)


18.新たな局面


観音様に行ったら、くみこ先輩が庭掃除をしていた。

「あら、かずお君、ゆうじ君、今日はどうしたの。」

「え、観音様に集合って言われたので来たんですけれど。」

「え、そうなの。ふーん。いいわよ。あがっていって。今お茶入れますからね。」

「あれ、くみこ先輩、集合の事、知らなかったみたいだね。」

(そうだ、今、虚無は、むこうの世界に返っているんだった。という事は、たかし君にも通じていないかな。)

「おーい。ゆうじ君、かずお君。」

「あ、たかし君。おねえさんも一緒ですか。おはようございます。」

「おはよう。かずお君。いろいろあったみたいね。時空さんから聞きました。たかしは、私が集合の事を伝えて一緒に連れてきたのよ。まだ、ゆきさんむこうだものね。」

「そうか、ありがとうございます。」

(さて、まずは、手をつないでもらおうかな。情報の共有化は、口ではかったるいからな。)

(時空が、手をつないでほしいと言っているわ。かずお君、みんなに手をつなぐように言ってあげて。)

(わかりました。あやさん)

 

しばらく、5人で手をつないで今日、起こったことをあやさん、はるさんからほかのみんなに説明された。たかし君、くみこ先輩も手をつないでいれば、あやさんたちの声が聞こえると言っていた。

(これは、想定外の状況だな。特に結界が発生しないということは、私が知っている限りでは全く無かった事だ。我々がこの世界に転生するための条件の一つが結界の存在だと認識していたのだが。ところで、君たちが遭遇したお客さんは、この前、たかしとゆきさんが遭遇したやつと同じだったか。)

(どうだろう。あやは、気がついたか。)

(違っていたわ。髪の色が青かったもの。この前のやつは、赤だったでしょ。ねえさんが、前に説明してくれたけれど、お客さんは、すごく似ているけれど髪の色が異なっていて区別がついたって言ってたでしょ。)

(そうか、お前よく見ているな。私は、気がつかなかったけれど。)

(僕も覚えているよ。青い髪が珍しかったもの。ゆうじ君、気がつかなかった。)

(うーん、ごめん。僕もあまり覚えていないや。)

(まあ、あやとかずおの2人が覚えているなら、お客さんは、前回とは異なるやつだったんだろう。)

(となると、新たな情報収集が目的だろうな。2人目か。このまま、第3、第4のお客さんが接触してくるのだろうか。なにか、対策を立てないと逃げるだけでは、いずれつかまってしまうな。)

(時空、武力で排除する事はできないのか。)

(ゆきも言っていたが、Big motherとやらの情報によると武力行使をするとそれに比例した防御システムが発動して、やつらも武力を行使してくるらしい。そのような状況は回避しなければならない。特に結界が発動しないこの条件下で、武力行使をする事はあまりにも危険であり、この世界への影響も大きすぎる。)

(たしかに。)


19.新たな事実


「ゆき、行ったり来たり大変ね。お疲れ様。」

「ほんと、疲れるわ。大事な相談があって来たの。」

「なにか、あちらで大きな変化がありましたか。」

「ええ、相談があって来たの。というのは、お客さんの動向を把握するために特異点に観測装置を配備できないかってことなの。それもたかしの世界のすべての特異点に配備してほしいの。我々が把握してる特異点だけでなく、虚無側が把握している特異点も含めて。ただ、特異点の場所は、私の世界でも虚無の世界でも最高機密事項でしょ。その情報をお互い開示できないかってことなんだけど。」

「そうね。彼女たちの動向を把握できれば、接触が回避できる可能性も高まるわね。そのための特異点の位置情報の開示なら問題ないと思うわ。」

「本当なの。こんな簡単に決めていいの。」

「じつは、たかしの世界の特異点は、2箇所しかないのよ。あなたたちが転生に使っている観音様と虚無たちが使ってきた昇竜洞。これは、虚無側もすでに把握しているわ。」

「本当なの。たった2箇所しかないの。」

「Big motherにも確認したのよ。あちらの世界には、この2箇所しか無いそうよ。」

「という事は、お客さんは、私たちのすぐ近くに潜んでいるという事になるわよ。すぐみんなに連絡しなきゃ。それと、監視体制を整備してほしいのだけれど。」

「すでに、衛星からの24時間体制の監視体制をスタートさせました。夜間や曇り空でもお客さんが転生すれば、すぐに連絡できます。」


(おっと、またお風呂タイムに戻ってきたかな。体がぽかぽかして気持ちいいね。それでは、恒例のご挨拶。)ギュっ。

「わー!。何をするんだ。!」

「たかし、どうしたの何かあったの?」

「なんでもない!お風呂で転びそうになっただけ。大丈夫だよ。」

(ゆきさん。この前も言っておきましたけれど、勝手に僕の体を動かして、その、なんというか変なところをいじるのはやめてください。それもなにが、恒例のあいさつですか。いい加減にしてくださいね。)

(いやー。良いではないか。親愛の印だよ。今回もしばらく留守にしたけれどさびしくて泣いていたかな、たかし君?)

(とんでもありません。頭の中から変に話しかけてくる人が居なくて清々していました。そうだ、ゆきさんに説明しなくちゃ。実はゆきさんが留守の間に、また、お客さんと遭遇したんだ。それも今度は、あやさん、はるさんが同時に。さらに今回の遭遇では、結界が生まれなくてすべての現象がまわりに人たちに筒抜けで大騒ぎになったんだよ。それでね。)

この後、観音様でみんなで共有化した事実を5分ほどかけてゆきさんに説明した。彼女は、黙って聞いていたが、僕の説明が終わると、ポツリと言った。

(この世界への干渉が始まったのか。)

(たかし、もっと詳しい話を聞きたいのだが、時空いやけいこは、家にいるか?)

(うん、いるよ。)

(それでは、寝る前にまた、4人で話し合おう。)

時空さんの情報によると、虚無さんもすでにこちらに帰ってきているということ。そして、虚無さんの世界でもお客さんの存在が認識されていること、さらに特異点の関しては、虚無さん側も問題なく場所を開示できることがわかった。


(最近、くみこの家に厄介になってばっかりだな。申し訳ない。おかあさんにも宜しく言っておいてね。)

(はい、わかりました。ゆきさん。うちは、いつでも大歓迎だから。0

(さてと、私と虚無が向こうに戻っている間にあやとはるがお客さんと遭遇したことは、たかしから聞いた。あや、なんで家にじっとしていないんだ。あれほど勝手なまねをするなと言っておいたのに。)

(いや、だってさー。)

(言い訳は、今は聞きたくない。あとでしっかりと説明してもらおう。)

(あーあ。)

(まず、私と虚無が向こうに帰って調整した結果を説明する。特異点の位置情報の開示に関しては、どちらも合意した。問題なく開示できる。ただ、たかしの世界の特異点そのものは、2箇所しかないそうだ。ひとつは、ここ。観音様。私たちがより代に転生する際に使用している場所だな。もうひとつは、昇竜洞。虚無が使っていた場所だ。この2箇所しかないそうだ。したがって、特異点の位置情報そのものは秘密でもなく、すでに両者が把握している場所だから開示に関しては問題ない。そしてお客さんの監視には、衛星によるモニターを開始したそうだ。これにより特異点からお客さんが現れた場合は、すぐに知らせが入る。ただ、みんなも気がついているだろうが、ここに我々が一同に集まっているということは実は、非常に危険なことなのだ。今、この場所にお客さんが現れたら、彼女にとっては非常に都合の良い場面に遭遇するわけだな。すなわち、調査対象が目の前にそろっているということだから。)

(ゆきよ。Big motherからの新たな情報は無かったのか。情報収集プロセスに入ったお客さん達へのなにか効果的な対処方法が無いのか。ただ、逃げ回るだけではいずれは、つかまってしまうぞ。武力行使もできないと聞いているし。)

(虚無よ、残念ながら、今回は、Big motherからの新たな情報は無かった。)

(はるだ。ひとつ報告しておきたい。先日、あやとともにお客さんに遭遇した時に、はじめは、より代のかずおやゆうじの体から出て代わりの女性の体に転生しようとしたのだが、それができなかった。理由はわからないが、仕方が無かったのでかずおやゆうじの体をそのまま使って転生し、お客さんから逃げた。その際、感じたのだが、本来の私の力が出せなかった。力も瞬発力もすべて半分以下のレベルに感じられた。あやは、どうだった。)

(ええ、言われてみれば体が重かったわ。何でだろう。)

(これは、推測だが、我々は、生物学的には女性だ。だから、より代は、男性を選択するが、実際に転生して活動するためには、女性の体のほうが合うのではないだろうか。お客さんから逃げている間、体が思いという感じとともに違和感も感じていた。ここから考えられることは、女性の体に転生できれば本来の力が出せるのではないだろうか。)

(はる、でも、転生できなかったじゃない。実際。)

(ひとつ、実験を提案したいのだが。協力者が必要だ。時空とけいこ、ゆうじと私にキスしてくれないか。)

(えー!何言ってるのよ。冗談でしょ。私の大切なファーストキスをなんでゆうじ君じゃなかった、はるさんとゆうじ君にしなければならないのよ。)

(時空だが。私は、かまわないぞ。はるのやりたいことが大体、理解できたからな。)

(なに、私に許可無く、OKしているのよ。このばか時空。)

(あの、ゆうじですけど。僕は、ちょっと恥ずかしいけれどけいこ先輩ならいいかな。)

(ゆうじ君もなにばかんこといってるのよ。実験だかなんだか知らないけれど、勝手に決めないでよね。)

(はるよ、埒が明かないから私がけいこの体を一時的に制御する。)

(OK)

おねえちゃんは、ゆうじ君の顔を見つめるとそのまま両手で彼の顔をそっと支えるとやさしくキスをした。同時にゆうじ君は、おねえちゃんの胸を右手の人差し指で突いていた。

そうだ、僕とくみこちゃんが観音様の舞台でやったことと同じだ。

その後は、ゆうじ君もおねえちゃんも光につつまれて、その場に時空さんとはるさんが現れていた。

「うん、やっぱり女性の体のほうがしっくりくるな。違和感もないし、体も軽いわ。」

「たしかにそうだ。男の体のほうが動きやすいな。」

「実験の結果は、私の予想通りだったな。我々の身体的能力を最大限に活かすには、同性の体が必要なのだ。そして、現在の我々が置かれた条件下では、くみこ、けいこの女性陣とかずお、ゆうじ、たかしの男性陣の間で転生を組み合わせることにより能力の強化ができる。ただし、男がひとり余るがな。」

「ちょっと、時空、じゃや無かった、えっとはるさんだよね。どきなさいよって言うか、わたしにじゃべらせなさい。」

はるさんに変わったおねえちゃんが、はるさんの声でしゃべりだした。

「私の大事なファーストキスをこんな形で終わらせるなんて、はると時空、責任取りなさい!!」

「いあ、責任取れといわれてもな。まあ、これは、挨拶のようなものだし、ノーカウントだな。」

はるさんが、今度は、はるさんの言葉でしゃべった。外から見ていると一人芝居を見ているようでなんか、滑稽。

「あの、ゆうじですけど、僕は、責任とってもいいですよ。けいこさんなら。」

「ゆうじ君、気持ちはうれしいけど、ややこしくなるからちょっと、黙っていてくださいね。」

しばらく、はるさん、時空さんvs おねえちゃんと時々ゆうじ君の論争が続いたが、ゆきさんの提案で、あやさんと虚無の組み合わせでの実験を追加することになった。今回は、かずお君とくみこちゃんがキスすることになる。ぼくとしては、断固反対したかったのだけれどゆきさんに僕の気持ちを見透かされて、口を開く前に前回は、すでにたかしとくみこちゃんの転生のケースが確認されているからな、といわれてしまい何も言えなかった。

くみこちゃんは、ゆきさんの提案を聞いて顔を赤くして下を向いてしまった。かずお君もおなじように下を向いている。このままでは、実験が進まないので、虚無さんが「くみこよ、私が対応するが良いか?」と聞いてきた。その時、くみこちゃんは、「いえ、私がやります。これは、実験ですものね。やらなければいけないんですよね。」と言いながら立ち上がるとかずお君の前に立って、少し下を向きながらそっとキスをした。

光の後に虚無さんとあやさんが立っていた。

「うん、たしかに動きやすいや、くみこちゃんの体。かるいわ。」

「私は、それほど大きな違いを感じないがな。まえにたかしの体を借りたときもさほど、違和感も無かったのだが。」


「うん、みんな協力してくれてありがとう。これでわかったわね。これからお客さんへの対応は、この組み合わせで転生すべきね。たかしと私は、余っちゃたけれど。

だけど、実は、私は、たかしの体で転生しても違和感を感じなかったのよね。前回、くみこちゃんの体で転生して虚無と戦った時や初めてけいこの体で転生して戦った時と比べてもなんの違いを感じていないのよ。これは、想像だけれどたかしは、歴代のより代の血統なので私たちとの相性が良いのかもしれないわね。たとえ女性と男性という性別の違いが有ってもここにいるみんなほど違和感を感じないのかも。というわけで、我々の戦闘態勢は、この組み合わせで行きましょう。」


20.お客さん再び


「おねえちゃん。やばい気がする。」

「なによ、あや。やばい気って。」

「お客さん。図書館で遭遇したときもこんな気配がしたんだ。」

「ほんとうか。あや。ゆきよすぐに外に出たほうがよいな。ここでは、戦えない。」

「そうだな。みんな。そのまま転生状態を維持してくれ。わたしもたかしの体に転生する。たかし、良いな。」

「わかった。いつでもいいよ。」

たかしの体も光出し、その後、ゆきが姿を現した。

これで、5人の守護者、ゆき、はる、あや、虚無、時空がたかしの世界にそろった。

5人は、観音様の境内を抜けて外の田んぼに移動した。まだ、刈り取りには早い腰の高さほどの緑の稲穂が風に揺れている。セミの声が山から聞こえてくる。クマゼミだな。幸運なことにあたりには、5人以外のだれの姿も無かった。太陽は真上、夏の日差しが頭、肩を刺す。

「あや、気配はどうだ。」

「うん、おねえちゃん。近くに来ている。」

「おい、見えたぞ。あそこに3人いる。」

「青い髪と黒髪と金髪か。やはり1人は、図書館ではる達が遭遇した1人で、あとは、新たな2人だな。」

「ゆき、作戦はあるのか?」

「無い、そういう虚無はどうなんだ。」

「残念ながら、おれにも無い。とにかく口の接触を回避するしかないんだよな。」

「そういうことだ。」

「見た目は、かわいい女の子なんだがな。事情が異なれば、Welcome なんだがな。」

「なにを馬鹿なことを言っている、時空よ。しっかり逃げ回れよ。」

3人は、こちらを見ることも無く、淡々と歩いてくる。稲穂が腰より少し高い。それにしてもこの泥の中を平然とふらつくことなく歩いてくる。

お互いの距離が10mほどになった時に突然、動きがあった。3人が別方向に跳躍した。そそして一気にあや、はる、時空の前に着地した。時空達も一気に後ろに飛び、距離を取った。今回の3人は、あや、はる、時空をターゲットにしているようだ。

あやもはるも今回は、お客さん達の動きに後れを取っていない。完全に安全な間合いを取って彼女たちの動きに対応している。

時空は、さらに余裕があるように見えた。ある時は、彼女の手を取って踊るように回転してまた、離れていくような動きを見せた。

「時空、油断するな。」

「わかっている。虚無。」

とりあえず、彼女達は、虚無とゆきには興味が無いように見えた。

「虚無よ、彼女たちに嫌われたようだな。近寄るそぶりさえ見せないな。」

「ゆきよ、少し残念だが、この間に対応方法を考えなければな。このまま逃げまわっていても埒が明かないぞ。」

「ああ、同感だ。しかし、どうすればよいのか。今までのお客さんとの遭遇を振り返ってみると、最初に私とたかしが遭遇した際には、不意を突かれたこともあり彼女の情報収集手段であるキスをされてしまったわけだが。それで目的が達成されたことで彼女はそれ以上、姿を見せていないな。たしか、赤い髪の少女だったと思うが。

次にはるとあやの場合だが、結果としては情報収集の目的は達成できなかったわけだ。だから今回もここに出てきたんだろう、あの青い髪の少女だな。

ここで気になることは、なぜ、目的を達成する前に青い髪の少女は、姿を消したかということだな。」

「ゆきよ、これは、私の想像だが、彼女達は、一定の時間しかこのたかしの世界に転生できないのではないだろうか。より代が無い状態で、この世界に転生していること自体、我々の常識では考えられない状況だ。いかに科学技術が進んでいた超古代の生体アンドロイドといえども安定してこの世界に長時間、転生できないのではないか。もしくは、我々が意識していない行動が彼女達の転生時間を妨げているのではないかな。」

「可能性のある推論だな。今回、時空達が逃げ続けていけば、ある時点で彼女たちが消えるわけだ。確かめてみたいな。」

すでに10分ほど経過しただろうか。時空達もさすがに息が上がっている。あやは、すでに限界かもしれない。

「おねえちゃん。そこで見てないで少しは、助けてよ。もう、しつこいったら無いわ、この子。」

ゆきが、あやに絡んでいた黒髪の少女を後ろから羽交い絞めにした。抵抗されると思い、かなり強く抱きしめていたが、思いのほか抵抗されることも無く、抱きしめられたままでうなだれていた。しばらくすると抱いていたはずの体がふと軽くなったと感じたら目の前で消えてしまった。


同時にはるに絡んでいた青き髪の少女も時空と踊っていた金髪の彼女も消えてしまった。


「助かった!。もう、いい加減疲れて参っていたんだ。」

「はるよ、だらしが無いな。俺はもう少し彼女と踊っていたかったな。」

「時空よ、馬鹿なことを言っているんじゃない。油断してキスされたらみんなの笑いものだぞ」

「そういうなよ、虚無。おまえは、高みの見物していただけではないか。」

「おねえちゃん、ありがとう。わたし、もう彼女の相手は、こりごりだわ。しつこいのは、嫌い。」

「みんな、とりあえず、しっかりと逃げ切ってくれてありがとう。みんなが、彼女たちの相手をしている間に虚無とわたしもただ、ぼーと眺めていたわけではないのだよ。はっきりしたことがあるので聞いてほしい。

お客さん達は、限定された時間しか、この世界に転生できないようだ。そして、彼女たちそれぞれが情報収集の相手を特定しているようだ。黒髪は、あや。青い髪は、はる、そして金髪は時空だ。お前たちの対応を客観的に観察していたのだが、黒髪の彼女は、はるや時空になんの関心も示さなかった。たとえ、すぐ横にあや以外が無防備な状況で居たとしても一切、干渉することは無かった。そして、本日の接近戦に最初に現れた赤い髪の少女が居ないのは、すでに彼女がわたしとたかしの情報をキスを通じて取得したからだと推定できる。」


「じゃー、おねえちゃん。あのしつこい黒髪の女の子は、私とキスをするまでは、ずーと付きまとってくるのかしら。あー憂鬱。」

「あや、キスじゃないんだからな。情報収集。そしてあの3人が情報収集に成功してしまうと殲滅プログラムとやらが発動して大変なことになるんだからな。あたかも死の接吻だな。」

「ゆき、うまいこと言うね。死の接吻か。」


(ゆきさん。気がついてましたか。5,6人の人たちが大騒ぎをしながらこちらを見ているのですが。)

(わ、まずい)

「みんな逃げるぞ、各自、人目につかないところでより代の体に戻って解散。」


翌日の朝刊の地方版に小さな記事が出た。「仮装した若者たち、田んぼで大暴れ。数日前の図書館で騒ぎを起こしたグループと同一か。」


家に逃げ帰った僕とおねえちゃんだったが、少し、おねえちゃんの様子がおかしい。

「たかし、わたしはるさんを連れてきちゃった。」

「へ?、何言ってるの。はるさんを連れてきたってどういうこと。」

「だから、さっきの実験のまま、逃げてきたでしょ。今、私に同居しているのは時空じゃなくてはるさん。」

「いやあ、申し訳なかった。時間が無かったからそのまま逃げてきてしまったんだよね。そして、たかし君のうちの前に着いて転生を解いたらけいこの体になったんで、より代を元にも戻すことを忘れていたことに気がついたなんだな。」

おねえちゃんの声ではるさんが話していた。

「はあー。もう、今日は、仕方ないですね。このまま姉の体に共生していてください。」

「ちょっと、たかし、勝手に決めないでよね。まあ、時空のかわりに虚無が共生してこなかっただけ良かったんだけど、同じ女性でもちょっと恥ずかしいな。」

「はあ、そう言わずに一晩とめてくださいな。」

「はいはい、わかりました。はるさん」

そんな、会話があった後、僕達は、いつも通りに夕食をとり、お風呂に入って早めに布団にもぐりこんだ。 実は、はずかしがっていたおねえちゃんもお風呂に入っている間にはるさんと話しこんだらしくて、その後は、いつもよりはしゃいでいたくらいだった。

後で布団の中で4人で話し込んだ時にわかったのだけれど、はるさんの世界の恋愛話、俗に言う恋話で盛り上がったそうだ。これでは、時空さんが元に戻るといってもおねえちゃんが、駄々をこねて嫌がるんじゃないかと心配になってしまった。


僕が眠っている間にゆきさんが、また、向こうの世界に帰っていたようだ。朝起きたら早速、観音様集合指令が出た。あそこは、特異点とか言う場所で、お客さんに遭遇しやすいから危ないのではと思ったが、とにかく緊急な要件であり、じかにみんなと話さなければならないということでくみこちゃんの家に集合となった。


21.決断


いつものようにくみこちゃんのお母さんが麦茶で歓迎してくれた。

もう、何回目だろうか、このメンバーで集まるのは。なんか、ゆきさんもじっと黙っているし悪い知らせなのかな。心配だ。

かずお君やゆうじ君、くみこちゃんの顔を見てもみんな心配そうだ。さらにみんなに共生している相手が今までとは異なっていて、その緊張が顔に出ているのかもしれなかったけれど。今は、かずお君は、虚無さんと、くみこちゃんは、あやさんと、そしてゆうじ君は、時空さんとペアだものね。

(みんなに集まってもらったのは、新たな事実の共有と重要な決断をお願いしなければならないからだ。)

だれも、話す人は居なかった。ただ、黙ってゆきさんの次の言葉を待っていた。

(昨日、Big motherからひとつの提案があった。しばらく、彼女は、お客さん達、彼女から言えば、子供達だが。彼女たちが進めている現状把握のプログラムの停止、もしくは、その結果から発生する最終的な種の選択を行うプログラムを抹消することを検討していた。そして、その対策案が昨日、説明されたのだ。

まず、我々も予想していたが、お客さん達は、たかしの世界により代を確保できなかったために長時間、実体として転生できないそうだ。だから、昨日もしばらく逃げ回っていたら消えてしまったのは、時間切れになったということだな。

そして、4体の中ですでに1体は、情報収集を完了しているのだが、その固体が現状を正確に判断できずに一種の機能停止、フリーズ状態になっているらしいことが推測された。この1体は、初めて我々の前に姿を現して、たかしにキスした赤い髪の固体だな。

このフリーズの原因をBig motherは、このように推定したそうだ。

たかしにキスをした赤い髪の固体は、たかしの中に私が存在していたことに混乱したようなのだ。ひとつの種の体の中に全く独立した意識が2つ存在していることが、彼女の現状把握の基本条件から想定できなかったのだ。そしてたかし+私の意識を同時に取り込んだことで矛盾が発生し、分析のプログラムがフリーズしたらしい。)

(ゆきさん。そうすると残りの3体も私たちがより代のかずお君やゆうじ君と一緒の状態でキスをされれば、おなじようにフリーズしてしまうのかしら。)

(はる。その通り。Big motherは、その可能性が非常に高いと説明した。)

(なんだ、それなら早くキスしちゃってフリーズさせちゃえばいいのか。)

(ゆきよ。フリーズという状態が、永続的に続くことは証明されているのか。)

(虚無の言うとおりね。それが、一番の課題なの。Big motherにもフリーズ状態がいつまで続くのかはわからないそうよ。)

(それでも、まずは、フリーズ状態に追い込めば、毎日、彼女たちに襲われる心配からは開放されるわけだな。)

(時空は、彼女とダンスを踊りたかったんじゃないの?)

(はは、それもそうだが、やっぱり毎日じゃ疲れるからな。)

(それで、おねえちゃん、私達は、これからどうすればいいの。それと、気になっているのは、重要な決断てなによ。)

(それでは、これから私の話をみんな、よく聞いてほしい。現時点で、種の選択プログラムを停止させるためには、お客さん達をフリーズさせることが最も確実な対応です。ただし、フリーズ状態がいつまで続くかわかりません。1ヶ月、1年、10年続くのか。もし、今回の螺旋世界の接続期間を過ぎて、お客さん達が活動を開始したら、その活動を停止できる可能性のある力を持っているのは、私たち、そう、はる、あや、虚無、時空、そして私になります。私達は、お客さん達の目覚めを見守るためにたかしの世界に残る必要があります。

そして、たかし達、くみこ、けいこ、かずお、ゆうじは、この先ずっと私たちが共生した状態で人生を歩むことになります。その決断をお願いすることになる。)

しばらく、みんな黙って今のゆきさんの話を考えていた。僕もゆきさんと暮らし始めてまだ、1ヶ月もたっていないけれどこれが、一生続くということは、どういうことなのかを一生懸命想像してみた。

(もうひとつ、言っておかなければならないことがあった。私たちは、たかしの世界の人間と比較して相当長い寿命を持っています。たとえば、私は、たかしのおじいちゃんと前回の螺旋世界の接続期間を過ごしました。そんな私たちですが、この先、より代のみなさんと生活を続ける中で、不幸にして誰かが事故や怪我で亡くなってしまうと共生している人間もこの世界に存在できなくなります。つまり死んでしまうの。)

(ゆきよ。それは本当か。より代から離れて自分の世界に戻ればよいだけではないか。)

(今は、それができるわね。だって、螺旋世界が接続しているから。でも、もうすぐ、この接続期間も終わります。そうなると私達は、元の世界には、戻れなくなります。それは、Big motherに確認するまでも無く、私たちの世界の科学者が説明してくれたわ。)

(お客さんのお目覚めの対応だけなら、ここにいる全員がたかしの世界に残る必要は無いかもしれないわ。重い決断だから、今日は、家に帰ってじっくりと考えてください。当然、より代のみんなとよく話し合ってください。)


思いがけないゆきさんの話に全員が無言で、しばらく席を立とうとしなかった。

(そうだ、みんな元のより代に戻ってから家に帰ってね。はるとあやは、ゆうじ君と和夫君にそして時空と虚無は、けいことくみこに。)


僕とおねえちゃんで家に向かったけれど、途中、なにも話せなかった。それより、自分の頭の中でゆきさんと今後のことを話すことで一杯いっぱいだった。


(たかし君。さっきの話だけれど、どう思った。)

(あの女の子達がまた、目覚めて動き出すとゆきさんや虚無さんの世界の人たちが大変なことになるのでしょう。だから、だれかがここに残って見張り番をする必要があるということでしょう。)

(そうね、簡単に言うとそういうこと。何も無ければ、ただ、こっちの世界にしばらく残っているだけなんだけど。次の螺旋世界の接続までたぶん、たかしの世界の時間で、60年から70年ぐらいかしら。私たちにしてみれば、そんなに長い時間ではないのだけれど。たかし君にとっては、一生に近い時間よね。大事なたかし君の人生をそんなに長い間、邪魔することになるのよ。)

(ゆきさん。僕は、ゆきさんを邪魔だなんて思ってないよ。ここに引っ越してきてからゆきさんが僕の体に住むことになってまだ、1ヶ月もたっていないけれど、ちっともいやじゃないよ。最近は、ゆきさんが居ないと本当は、さびしいんだ。)

(たかし君。やさしいね。本当にもう少し、君が大きくなってから会いたかったな。そうすればもう少し、違ったお付き合いもできたのにね。)

(他のみんなは、どうするのかな。僕は、ゆきさんがここに残るなら協力するよ。これからだってうまく、やっていけるよ。)

(できることなら、たかし、お前を抱きしめたいな。)


(けいこ、お前はどう思っているのだ。この先、70年、お前がおばあちゃんになるまで俺がお前の中にいることに耐えられるかな。)

(時空さん。私は、あなたとの短い共生生活で感じたのだけれど、私は、女だからどうしても男性が自分の中に存在することにこれからもずっと耐えられるとは正直、思わないの。あなた自身がいやな人とかそういうのではなくて、わかるでしょう。)

(ああ、俺もいろいろと気を使うことが多かったからな。俺とけいこの組み合わせは、難しいかもしれないな。同じことがくみこにも起きているかもしれないな。)

(ねえ、時空。この前実験的に私の中にはるさんが共生した時があるでしょ。そうね、昨日のことだわね。あの時、はじめは違和感を感じたのだけれど家に帰ってから寝るころには、すっかり友達になっていたの。いろいろとはるさんが、向こうの世界の話をしてくれて、私もこちらの学校のこととか好きな人の話とかで盛り上がって。女同士だったらもう少し問題が無いかもしれないわ。くみこちゃんやあやさんにも聞きたいけれど。)

(そうだな、俺もゆうじの体に共生している間は、あまり気を使わずに楽だったな。ゆうじやかずお、虚無にも聞いてみるか。)

(うん、そうしようよ。私とはるさん、くみこちゃんとあやさんならうまくいくと思うな。)

(同性同士がうまくいくという原則だと、たかしとゆきがはじかれてしまうのだが、どうするかな。)

(時空、あなた鈍感ね。たかしは、もうゆきさんにぞっこんよ。自分から時空や虚無と共生したいなんて言うわけ無いじゃない。それに私がゆきさんから感じている雰囲気からは、彼女もまんざらでは、無いわね。ただ、たかしが子供だからこれ以上発展しないんだけど。考えてみれば、かわいそうな二人ね。でも、ちょっと待って、たかしが成長して今のゆきさんぐらいの年齢になると、ゆきさんは、同じように年を取ってしまうのかな。)

(いや、それは、違うね。我々は、君たちより年を取るのが遅い、寿命が長いんだ。ゆきも言っていただろう。彼女は、この前の螺旋世界の接続期間にたかしの祖父をより代にしてこの世界に存在していたんだから。)

(じゃあ、あと10年もしたら、お似合いのふたりになるかもね。でも結婚できないか。)

(そうだな、肉体的な接触はできないだろうな。)

(なに、変なこと想像しているのよ時空は、私は、結婚って言っただけで、そんなこと言っていないからね。)

(いや、けいこよ。俺がわかるほど、顔が熱くなっているぞ。心臓の鼓動も早くなっているし、どうしたのだ。結婚という言葉は、生殖行為を意味するのだろう、この世界では。)(時空のばか。)


その晩、寝る前におねえちゃん達と話をして時空さん、おねえちゃんの考えがまとまったことを聞いた。僕もゆきさんと僕の考えがまとまったことだけを伝えて、その表明は、明日のみんなとの話し合いの中ですることを約束して眠った。


今日は、いつの間にか夏休みの最後の日になっていた。この町に引越しして来てから約一ヶ月、僕の人生の中で最高にエキサイティングな夏休みが終わろうとしていた。


くみこちゃんの家の客間の円卓に5人が座っていた。もう何回、この形でみんなで集まったことだろう。

くみこちゃんのお母さんも最近は、みんなが来ないと、どうしたのかと心配するようになっているそうだ。今日の打ち合わせの目的は、この後、誰がどのような形でこの世界のお客さんの見張りに残るかということを決めることだ。

初めて、僕が最初にしゃべることになった。

「ゆきさんは、僕とこの世界に残ります。昨日、ゆきさんと話し合って決めました。」

「ゆきだ。今、たかしが話たように私は、この世界に残る。だから、他のみんなは、無理をして残る必要は無い。それを理解した上で、みんなの考えを聞かせてほしい。」

「けいこです。わたしは、時空さんと話しました。時空さんは、この世界に残ってもいいといわれました。ただ、その場合、私からひとつ提案があります。より代の私たちと同性の皆さんとの組み合わせにならないかしら。時空さんは、男性なのでどうしても私の中で気を使うことが多いのです。でも、昨日の実験で一時的にはるさんが私の中に共生した時は、同性の気安さから変に気を使わなくて本当に楽だったの。そしてはるさんとのお話も楽しかったわ。」

「くみこです。わたしも虚無さんは、嫌いではないのですけれど、お風呂とかトイレの時にちょっと気を使うことがあって、大変だったかな。わたしもあやさんと共生した時は、楽しかったわ。」

「はるだ。けいこやくみこの気持ちは理解できるな。わたしもゆうじの体に時々戸惑うことがあるからな。これが、ゆうじが成長して恋愛し、結婚するような事態を想定すると女の私がゆうじの中に居ることは、ゆうじを混乱させるかもしれないな。」

「あやです。わたしも同性の組み合わせに賛成。かずお君は、まだ女の子みたいにかわいいからいいけれど大きくなっておひげでも生えてきたら幻滅だわ。」

「あやさん、変なこと言わないでくださいよ。でもぼくもあやさんがいつも一緒に居ると気を使うかもしれないな。」

「ぼくは、はるさんと一緒にいることは、いやじゃないけれど。さっき、はるさんが言ったようにこれから大きくなってガールフレンドとかできたら、ちょっと恥ずかしいかな。」


「ゆきだ。大体、みんなの気持ちは分かったが、全員がこの世界に残る前提で話をしているように聞こえるのだが、その理解でよいのか。」

「虚無だ。ゆきを一人でこの世界に残していくような仲間では、我々はないぞ。ちょっと前までは敵だったが、今は、仲間だ。一緒に残る。」

「ありがとう。みんな。そしてくみこ、けいこ、かずお、ゆうじのみんなも私たちを受け入れてくれるのか。」

「ええ、もちろん。ただし、同性の組み合わせにしてくれればね。」

みんなの合意の下、ゆうじ君とおねえちゃん、かずお君とくみこちゃんがキスをした。もちろん同時にかずお君とゆうじ君は、くみこちゃんとおねえちゃんの胸を人差し指で触っていたけれど。

これで、女の人同士、男の人同士のより代の組み合わせになった。例外は、僕とゆきさんの組み合わせだが、僕は、ゆきさんを他の人に譲るつもりは無いので、これでよかったけれど。


そして、夏休みが終わった。

僕たち5人は、朝は、一緒に登校し、帰りもできるだけ一人にならないようにみんなで帰るようになった。1週間ほどして、くみこちゃんとかずお君、ゆうじ君とおねえちゃんがいつも一緒に帰っているので付き合っているのではないかとうわさになった。僕は、非常に不満だったけれど仕方ないな。それと近頃、かずお君がやたら男らしくなって残念だとクラスの女子が騒いでいたけれど、かずお君にとっては、良いことだよね。ただ、僕もちょっと残念だったけれど。

心配していたお客さんは、なかなか現れなかった。家に帰るとゆきさん、はるさん、おねえちゃんのおしゃべりがうるさくってしばらくは、閉口したけれど最近は、大分慣れてきた。意識をおしゃべりからはずしていれば、テレビを見ていられるまでになった。ただ、お母さんから見えないようにおねえちゃんと手をつないでおかなければならないので、面倒くさい。

おねえちゃんは、最近、大人になったのかしら、あまりたかしと喧嘩しないし、おとなしくなったのねとお母さんから全くの誤解の評価をもらっている。

静かな時は、はるさん、ゆきさんとおしゃべりしているんだからな。



22.エピローグ


然君、長い話を読んでくれてありがとう。そろそろまとめに入らなければいけないね。そうそうお客さんだが、学校が始まって1ヶ月ほどして、別々にはるさん、あやさん、時空さんを襲ってきました。ただし、今回は、我々もお客さんに情報を渡してフリーズしてもらうことが目的でしたから、喜んでキスしたようです。まあ、本当に喜んでいたのは、時空さんだけだったかもしれませんがね。


それからは、2度と私たちの前に現れることはありませんでした。

もう、気がついたと思うけれど、然君のおばあちゃんは、くみこさんです。そして、かずおおじさん、ゆうじおじさんは、然君もよく知っているよね。あとは、けいこ姉さんです。

私達は、あの夏の日からずっと一緒に成長して来ました。中学、高校、大学、そしてそれぞれの世界での社会人として皆、成功したことは知っているとおりです。

かずお君は、多次元宇宙論でノーベル賞をもらうまでの科学者になりました。ゆうじ君は、AIとロボットのGlobal企業であるBig Mother 社の今も、CEOかな。けいこねえさんは、

総理大臣になっているかしら。くみこちゃん、君のおばあちゃんは、たくさんの本を書いて世界中に読者が居るまでになりました。わたしは、医学の道に進み、遺伝子治療の普及に生涯をかけて挑みました。少しは、難病で苦しんでいる人たちを助けられたかなと思っています。そんな、私が病に最初に倒れるとは、自分でも悔しかったのですが、勝てなかったのです。この物語は、私の記憶にあるゆきさんたちとの出会いのすべてです。

私達は、「日本の奇跡の5人」などといわれていますが、私には、奇跡を起こして病から逃れることができませんでした。自分が死んでしまうことは、許容できても私の死が、ゆきさんまで道ずれにしてしまうことが、最後まで受け入れられませんでした。

然君にもゆきさんを紹介したかった。本当にごめんなさい。然君、そしてゆきさん。


僕は、おじいちゃんの残した物語を気がついたら、おばあちゃんの家の書斎で一気に読み終えていた。もう、夏の刺すような日差しは、無く、ヒグラシが「カナカナカナ」と鳴いていた。

いつからそこに居たのか気がつかなかったけれど、おばあちゃんが僕を見て微笑んでいた。

「おばあちゃん、これは、いったい。」

「然君、おじいちゃんの物語を読んでくれたんだね。ありがとう。ひとつお願いがあるのだけれど、これから私の実家に一緒に行ってくれないかな。」

「おばあちゃんの実家って、たしか、観音様だったよね。」

「そうよ。実は、今日、みんな観音様に集まっているの。けいこ姉さん、かずおおじさん、ゆうじおじさん達みんな。」

ぼくは、まだ、何が起こっているのか理解できないまま、くみこばあちゃんの後に付いて田んぼの中を歩いていた。

しばらく行くと、白いきれいな土壁でぐるりを囲われて、大きな門の中に木の重そうな扉が見えてきた。観音様は、その扉を左右に開いて中を覗かせている。

「くみこおばあ様、よくいらしてくださいました。今、お茶を入れますから。すでに皆さんは、客間でお待ちですよ。全く、びっくりしちゃいました。あんな偉い方々が突然尋ねてこられて、くみこさんは、いらっしゃいますかなんて聞くんですもの。」

「おどろかせてごめんなさいね。和子さん。そうそう、この子が孫の然君です。宜しくお願いしますね。」

「まお、初めまして、よくいらっしゃいました。どうぞ中に入ってくださいな。」

「あ、はい、お邪魔します。」

奥の客間には、3人のお客様がすでにお茶を飲みながら歓談していた。僕とおばあちゃんに気が付くとひげ面の大きな男の人が、

「いやー、くみこちゃん、久しぶり。元気そうで。いつ見ても君の美しさは変わらないな。」

と叫んだと思ったら、となりのやせた男の人が、

「くみこさん。ご無沙汰しておりました。ほんとうに久しぶりですね。」と声をかけてきた。

「やー、くみこ、そして然君、元気にしてた。最近、忙しくて顔を見る機会も無かったんだけれど元気そうで何より。」とけいこおばあちゃんが元気な声で挨拶してきた。さすがは、総理大臣、声が大きい。

「みなさん、お待たせしました。この子が、孫の然です。たかしさんの血筋を受け継いでいます。」

「そういわれてみると、たかしの面影があるな。ところで、然君の年齢を聞いてもよろしいかな。」

「はあ、20歳になりました。大学の2年生です。」

「そうか、僕らのときよりずっと大人だな。そのほうがよいな。」

「いったい、なんのことでしょうか。」

「いや、ごめんごめん、少し先走ってしまったようだ。これからの説明は、くみこさんからだな。」

「そうですね。皆さんにもお伝えします。先ほど然は、たかしさんの物語を読み終えました。まだ、彼自身、驚きと疑念で一杯だと思います。」

「けいこさん、螺旋世界との接続は、すでに始まっているのだよね。」

「かずお君、私も確信は無いのよ。ただ、私の中のはるさんが、そう言っているの。みんなもそうでしょう。」

「ああ、時空もそう言っている。」

「じゃあ、くみこさん、始めてもらおうか。」

「そうですね。はじめましょう。」

一体、なにを始めるというのか。この人達は、みんな何がこれから起こるかを知っているようだ。それにはるさんとか時空というおじいちゃんの物語に出てきた名前を話していたような。


「然君、こちらに一緒に来てくれるかい。」

そう言うと、くみこばあちゃんは、客間から外に出て、観音様の境内に向かって歩き出した。僕は、何が始まるか不安だったけれど、言われるままにおばあちゃんの後に付いていった。


「然君、あそこに白い丸いものが二つ、絵馬の中に見えるでしょ。たかしさんが書いていたと思いますが、あれが、おっぱいです。ゆきさんとたかしさんが出会った。あのおっぱいを右手の人差し指で突っついてもらえますか。」

「おばあちゃん、これなにかの冗談、それともドッキリかなんかですか。そんなこと言って後でみんなで僕を笑うんじゃないの。」

「いいえ、私達は、真剣です。これは、たかしさんの遺志です。お願いですから私の言う通りにしてください。」

おばあちゃんは、真剣な顔をしていた。そして、先ほどまで楽しげに笑っていたおじさん達も今は、じっと僕を見つめている。これは、本気なのかな。

「わかったよ、言うとおりにするよ。でも絶対に後で笑い者にしないでよね。」

そう言って、恐る恐る、おっぱいの絵馬に近づいて、右手を伸ばし、人差し指でおっぱいの真ん中の丸いものを突いた。


急に回りが暗くなった。そして寒い。音が聞こえなくなった。自分の中になにかが入ってきた。めまいがする。そのまま僕は、意識が遠のいてその場に倒れてしまったようだ。

「然君、大丈夫。みんなちょっと手を貸して。」

「分かった。今行く。」

「どうしたのだろうか、転生は終わったのか。世界は繋がったのか。」

「まだ、分からない。より代の然君の意識が戻らないと結果は、確認できない。少し、寝かせて気がつくのを待とう。」


「おい、あそこに居るのは、誰だ。みんなも見えるか。あの、緑の髪をした少女が。」

「ま、まさか、お客さんなのか。まずいぞ。すぐにみんなも転生しろ。あいつが襲い掛かってきたらより代の体のままでは、太刀打ちできない。」

かずお君の言葉が終わると同時にそこに居た4人の体が光出し、その後には、はる、あや、時空、虚無の姿があった。

「本当に久しぶりだな、この姿で転生するのは。あやもはるも老けておらんな。」

「なにを馬鹿なことを言っている、虚無。お客さんに集中しろ。」

「ねえ、はる。あの子、こっち見て笑ってるよ。あ、手を振ってる。」

「これは、一体どういうことだ。」


「はる、あや、虚無、時空、本当に久しぶりだな。元気なみんなに会えてうれしいわ。」

「ええー!、おねえちゃん。」

「おお、ゆきではないか。お前、生きていたのか。」

「ああ、死んではいないさ。時空」

「ゆきさん、ほんとうにゆきさんだよね。」

「ああ、心配かけていたようですまん。はる。」

「ゆきよ、いったい今までどこに居たんだ。誰にも連絡もせずに。」

「あー、虚無さん涙目になってる。」

「うるさい。あや」

「ああ、説明させてくれ。たかしが病に倒れた時、わたしもこの世界で一生を終えることになると覚悟を決めて居たんだ。本当に病院では、くみこやけいこ、はるやあやの世話になった。ありがとう。たかしとも病室のベッドの上で、本当にゆっくりと話ができた。彼との人生に悔いは無かった。彼が天命を全うした時、私の意識は、彼の体を離れて外に漂いだしたんだ。自分ではどこに向かうのか分からないままに昇竜洞に引き寄せられていったんだ。竪穴を降りて底の横穴を進んでいくと4体のお客さんが横たわっているのが見えた。ただ、そこにとどまることができないまま、吸い込まれるように横穴の奥に向かっていった。そして気がついたら自分の世界の特異点の前に倒れていたそうだ。」

「それじゃ、おねえちゃんは、たかしさんとお別れした後、ずっと元の世界で暮らしていたの。なんで連絡してくれなかったのよ。」

「あやよ、螺旋世界の接続期間が過ぎてしまうとすべての干渉ができなくなることは、お前も承知しているではないか。連絡したくともできなかったんだよ。」


「そういえば、おねえちゃんは、然君の体をより代にして、今転生しているんだよね。」

「そうだが。」

「あそこに居る緑の髪のやたら愛想のいい女の子は誰か知っている。お客さんだよねあの子」

「ああ、そうだった、紹介するのを忘れていた。おーい、タマちゃん。こっちに来ても、もう大丈夫だよ。」

「た、タマちゃん?」

「この子は、Big motherが作り出した第2世代の生体アンドロイドなんだ。私達と戦った第一世代のアンドロイドたちの抹消プログラムを消去するプログラムを携えて、今回、私と一緒にこの世界に来てもらったんだ。」

「皆さん。宜しくお願いします。アンドロイドのタマです。タマちゃんと呼んでくださいね。」

「はあ、宜しくお願いします。ねえ、おねえちゃん、こんな愛想がいい子に見えるけれど、突然襲ってきたりしないよね。」

「それは、大丈夫。Big motherが保証してくれてますから。それから、彼女は、すでに私達の世界の言葉から虚無の世界、そしてこの世界の言葉、すべてに精通しています。さらにより代が無い状態で永続的にこの世界に転生できるスペックを持っています。」

「くみこやけいこたちも話に加わりたいと言っているから、どうだろう、久しぶりに手をつないで会話してみるか。」

「いいわね、わたしもくみこちゃんと話がしたかったわ。」


僕は、このやり取りをずっとゆきさんといわれた女の人の体の中から聞いて、見ていた。でも、その後、みんなが手をつないで話し出すとすべての声が頭の中に入って来て、また、めまいがした。でもこれでおじいちゃんの物語が本当のことであることが確信できた。

今回は、お客さんが仲間に加わったようだ。緑の髪の女の子。ちょっとかわいいかも。


でも、これから、僕は、どうなるんだろう。たかしおじいちゃん。助けてー!


「螺旋世界のゆき 第1章 完」



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