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屋上オブセッション   作者: 藤崎莉子
莉子の回想
7/13

夢と記憶

 その日の夜、また夢を見ました。中学生の頃の夢でした。

 このことは誰にも言っていないのですが、子どもの頃の私は、死ぬことばかり考えていました。その時の記憶が、夢という形でふと甦ったのです。


 かつて私が、内気かつ人間不信な性格が災いし、なかなか友達をつくることができなかったという事実は、前に述べたとおりです。悦子との出会いは中学二年生の時でしたから、それまでの一年間はいつでも独りきりで、まさに「生き地獄」といった感じでした。

 私は小学生時代の仲間と一緒に同じ中学校へ行くことができず、隣町の中学校に電車で通っていました。というのは、近所の中学校は学力が低く、校内で陰湿ないじめや不良生徒による破壊行為が横行しているという噂が後を絶たなかったのです。そのため、私の母は比較的評判の良い隣町の中学校へ私を進学させたのです。私に安全な学校生活を送って欲しかったのでしょう。

 しかし、そこで私は見事に母の期待を裏切ることになりました。一向に友達をつくることができず、いつの間にかクラスの中で孤立していたのです。そして、やがて周りは私を「クラスに紛れ込んだ異物」として扱うようになっていきました。


 夢の中には、かつて私が仲良くなりたかった女の子がいました。真っ赤な夕日の差す誰もいない教室に、二人の少女の声が響いていました。私は隣の空き教室からその会話を盗み聞きしていました。

「ねえ、莉子っているじゃん? なんかあの人、最近付いて来るんだけど……」

「莉子って誰だっけ?」

「もう! あのいつも暗い人! 幽霊みたいな。わかるでしょ?」

「ああ、藤崎さんのことね」

「その人がさ、なんか最近妙に馴れ馴れしいっていうか、こっちは別に友達になった覚え全然ないんだけど、めっちゃ話しかけてきてさー」

「は? 馴れ馴れしい? それ絶対あんたのこと友達だと思ってるじゃん」

「でしょ? まじ無理なんだけど」

「無視しちゃえばいいじゃん」

「そうなんだけどさー。っていうか、なんであの子友達いないの? ちょっとやばくない? 普通に考えておかしくない?」

「隣町から電車で通ってるんでしょ、あの子。前の学校でなんかやらかしたんじゃないの?」

「えー、例えば?」

「うーん。案外いじめの主犯だったとか? ああいう大人しそうな子に限って腹ん中真っ黒って言うじゃん。実は裏表めっちゃ激しいとか?」

 心臓が弾け飛ぶほど激しく運動します。両手両足はがくがくと震え、その場から一歩も動けません。

 この時の彼女たちのやり取りを、私は過去に何度も夢に見ました。繰り返されるのはこの記憶だけでした。今では滅多に見なくなった夢ですが、この時は久しぶりに忌々しい夢にうなされることになりました。


 その後、その噂は見事に形を変えて歩き出しました。

 噂とは、形を変えてひとりでに歩き出すものなのです。出所、根拠、証拠、事実確認なんてどうでも良いのです。特にこの時期の子どもは、常に排他的であり、誰かを悪者に仕立て上げることで、集団の和を保とうとするのです。

 それから約一年、私は独りきりで過ごすことになりました。大勢の人間から拒絶された、攻撃されたというよりは、完全に存在しない人間と化してしまった、と言った方が適切かもしれません。

 あの時、別の子に話しかけていれば……いや、いっそこんな学校に進学しなければ……一人だけいい思いをしようと抜け駆けした罰が当たったのかもしれない。結局、すべては自分が蒔いた種なのかもしれない。そう考えれば考えるほど、どういうわけか私の他者への嫌悪感は増していき、やがて「他人を排除できないのなら、自分自身を排除してしまうよりない」という狂った結論を導き出しました。つまり、自ら命を絶つということです。

 線路に飛び込むことも一度は考えましたが、狂った私は学校の屋上から飛び降りることにしたのです。

 私は放課後、一人で屋上へと向かいました。扉には鍵が掛かっていましたが、その日はちょうど日直だったので、学級日誌を職員室に持っていくついでに、そっと屋上の鍵を拝借しました。

 難なく鍵を開け、そのまま真っ直ぐ歩いて柵の前まで行きました。恐怖はありませんでした。

 グラウンドではサッカー部や野球部が練習試合をしていました。誰一人として、私の存在には気が付きません。

 私が悠々と柵に足を掛けようとした時でした。

「こんなところで何してるの!」

 突然背後から担任教師の声がして、私はあわてて振り返りました。ゴボウのようにひょろ長い女の先生でした。

 その瞬間私の顔に表れたのは、なんとも不気味な微笑みでした。どうして笑ったのか、自分でも理解できませんでしたが、おそらく何かを誤魔化そうとしたのでしょう。

「ち、違うんです。私じゃないんです。扉が開いてたから、誰かいるのかと思って、だけど誰もいなかったから……」

 私は手に握っていた鍵をこっそりポケットの中に隠してしまいました。

「そう。校庭にいた子が教えてくれたから来てみたんだけど、危ないことしてたんじゃないのね?」

「違います。ちょっと気になってしまって……教えてくれたのって、サッカー部とか野球部の誰かですか?」

 私はなんとなく気になって、そんな質問をしました。だってそれは、私の存在を認め、心配してくれた人がいたということですから。

「いいえ。美術部の子。三崎さん、だっけな……」

 担任は言いました。

 これは後でわかったことですが、その美術部の子というのは他でもない悦子でした。


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