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屋上オブセッション   作者: 藤崎莉子
莉子の回想
6/13

幽霊?

 翌朝、狂った夢から解放された私はすぐにベッドから這い出して、洗面所に向かいました。

 愛用の洗顔フォームで念入りに冷や汗でべとついた顔を洗い、化粧水を塗りたくると、いくらか気分が落ち着きました。そしてそのまま、じっと自分の顔を見ました。なんだかいつもより生気のない、濁った眼をしているようでした。

 クリスマスだというのに、とんだ朝を迎えたものだと思いながら、私はベッドへ戻ろうとしました。しかしふと思い立って、充電していたスマートフォンに目を向けました。充電器から引き抜いてみると、毎度のようにいくつか通知が届いていて、その中に母からメールを見つけました。

 メールは、「いつ帰って来るのか」といったような、至って普通の内容でした。しかし私はいつにもなく切ない気分になりました。なんだか妙な胸騒ぎがしたのです。そして一刻も早く実家に帰省しなければならないと思い、母に連絡を入れ、素早く荷物をまとめました。

「もしもし、お母さん? 今から帰っていい?」

 こうして私は一時間半電車に揺られ、木更津の実家へと帰りました。


 とんでもないことが起こったのは、それから三日が経った十二月二十八日のことでした。

 その日、私は例の廃ビル近くを一人で散歩していたのですが、この近くにはその廃ビルだけではなく、ホテルや商店、銭湯などといった様々な廃墟が点在しています。私は廃墟を見るのが好きでしたから、そういった建物を好んで探し、過去にどのような人々がその建物を利用していたのか想像を膨らませていました。

 とある廃ホテルの前を通りかかった時、「それ」は私の視界に映りました。

誰もいないはずの窓から、人の顔が覗いているのです。青白い顔をした女の人でした。誰かがいたずらで入り込んだのだろうと最初は思いました。しかし見れば見るほどその顔は不気味なもので、どこか現実味がありません。その時ピンときました。

 ――幽霊だ!

 そう確信した瞬間、頭に鋭い痛みが突き刺さりました。例の頭痛でした。

「痛っ……!」

 私は小さく呻いて、一瞬幽霊から目線を外しました。その一瞬の間に、彼女は消えていました。                             

 全身の毛が逆立つような悪寒がして、私は急いでその場を後にしました。今となっては、彼女は私の見た幻覚だったか、それとも単にいたずらで忍び込んだ誰かだったのだろうと考えるのですが、この時の私は「あれは絶対に幽霊に違いない」と確信していました。理由は簡単です。私は死という漠然とした恐怖に追いかけられていたのですから。

 死期が迫った人間は霊感を持つようになるというのは、よく耳にする話です。私は本気で怯えはじめていました。そして母から貰ったメールに対し、やけに切なくなってしまったのも、自分に死期が迫っているからに違いないと思ったのです。

 私は走りました。一度も振り返らずに、何かを振り切るつもりで走り続けました。そうしなければ、すぐに後ろから何者かの手が伸びてきて、自分を捕まえてしまうような気がしてなりませんでした。

 二十歳にもなって子供のように怯えていたのですから、全く恥ずかしい話です。

 

  ――アンタ! もうすぐ死ぬよ! 成人のユカタ着る日。もう臭い、染み付いている。もうほとんど決まったことだよ!


 人の多い通りまで辿り着き、横断歩道の前でようやく一息ついた時、また占い師の言葉が頭に響いたので、私は耳を覆いました。そして何としても生きてやろうと思いました。しかしちょうどその瞬間、私はあることを思いつきました。

 ――もしかして、全ての元凶はあの男なんじゃ……

 おそらく、この時初めて私は占い師の言葉と正面から向き合ったのでしょう。


 ――もう臭い、染み付いている。


 この言葉の意味は……? 

 もしもあの日、あの屋上で見たものが、今の状況を作り出しているとしたら? 

 あの男は確かに死のうとしていた。しかし死ねなかった。それにも拘らず、あのビルから飛び降りた直後、彼の目には生気が戻っていた。まるで最初から死ぬ気などなかったかのように。まるで何かどす黒いものが剥がれ落ちたかのように。

 何故? 何故あの状況で?

 考えても、考えても「これだ!」と思うような答えは見つかりませんでした。それどころか、私は、信号が青なのにも拘らず一向に横断歩道を渡らない不審人物と化していました。

「渡らないのかい?」

 親切なお婆さんが、私に声を掛けました。

「い、いえ、少しぼーっとしてしまって……今日はいつもより暖かいですからね」

 私は赤面しながらそう答えました。そして足早にその場から立ち去ろうとしましたが、このお婆さんは思ったより歩くのが速く、べらべらと喋りながら並走してきました。

「そうかい。あったかいとぼーっとしちまうのは、お嬢ちゃんも年寄りもおんなじだねえ。あたしはこの前なんか、湯船の中で寝ちまってね、あともう少しで死神様に連れてかれちまうとこだったよお。はははは!」

 私はどう反応して良いかわからず、とりあえず無理に笑ってみることにしました。

「は、ははは……」

 お婆さんの話を聞いた直後、また例の頭痛が始まったので、私はお婆さんを振り切って、小走りで家に帰りました。

 この会話をきっかけに、理解してしまったのです。この頭痛のメカニズムを。







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