無意識に
その日の夜、何とも奇妙な夢を見ました。
今にも崩れそうなボロボロの家の前に、干し草だらけの広場がありました。
そこでは野放しにされた動物や、狂人たちが騒ぎ、そこら中を走り回っているのです。信じられないことに、私もそのうちの一人であり、目の前にいる見知らぬ人間に向かって怒鳴り散らしていました。自分でもびっくりするほど大きな声が出たので、とても清々しく思いました。
馬に跨った男が、サイに追いかけられていました。檻の中の兎は、空洞のような瞳孔を真っ白に濁らせていて、弱った犬は背中を撫でる度に夥しい量の毛が抜けました。
――なにこれ。
私は干し草を踏みしめながら、広場をうろつきます。ただ、周りがあんまり騒ぐので、「うるさい!」と怒鳴りました。何度そうしたかわかりません。そして怒鳴るのに飽きてしまうと、今度は笑い始めました。
私が狂ったようにゲラゲラ笑っていると、突然地面がせり上がりました。周りにいた人々や動物たちはごろごろと転がりながら、亀裂の中に落ちていきました。地面は私一人を乗せたまま、ぐんぐん上昇します。まるで大木が猛スピードで生えるかのように。
「おーい!」
どこかで誰かの声がします。男の声でした。
「おーい」
「おーい」
その声は、拡声器を通したようなガサガサしたものでした。
「俺はここにいるぞー!」
私は辺りを見渡しましたが、どこにもそんな人影はありません。地面はどんどんせり上がり、辺り一面青空しか見えなくなりました。
「助けてー!」
私は叫びました。このまま地面が上昇し続けたら、どうなってしまうか。きっとこの調子なら、大気圏を突き破って宇宙まで行ってしまうに違いありません。
その証拠に、私の頭上には満天の星が輝いていました。「まずい」と思ったその時、星空を塗り替えるように、重苦しい曇天がぬっと姿を現しました。地面の上昇は止まり、目の前に見覚えのあるらせん階段がするすると滑らかに降りてきました。
私は階段を上りました。その階段がどこにつながっているのか、はっきりとわかっていました。
例の廃ビルの屋上です。そしてやはり、そこにあの男はいました。
「私を呼びましたか?」
私は彼に尋ねました。彼はびっくりした表情でこちらを見ました。その顔はとてもやつれていて、見るに堪えないものでした。真っ黒なスーツはどういうわけか歪んで見えました。まるで真っ黒な影がゆらゆらと漂っているかのようで、何とも言えない不気味さを纏っていたのです。
「俺は、今からこいつを殺すんだ」
「は? こいつ? 一体誰を――」
男はそういうと、私の問いかけを無視して屋上から飛び降りました。
――またか。この人何回死ねば気が済むんだろう。
私は男が飛び降りていった場所を覗き込みました。そこには確かに男の体が転がっていました。ただあの時と違うのは、男は完全に死んでいるということです。夥しい量の血液が流れだし、その臭いを嗅ぎつけたカラスやフクロウたちがどこからともなくやって来て、死体を貪り始めました。
「あの、もしかして呼びましたか?」
背後で突然声がして、私は振り返りました。そこにいたのは、たった今飛び降りたはずの男でした。
彼はもうやつれてなどいません。体も歪んで見えたりなどしません。どこにでもいるような、健康な人間の姿をしていました。