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屋上オブセッション   作者: 藤崎莉子
莉子の回想
3/13

病院と悦子

 占い師から死の宣告をされた翌日、私は頭痛と共に目を覚ましました。風邪でも引いたのかと思い、熱を測りました。しかし熱はありませんでした。

 私は急にまた怖くなりました。占い師の言葉が甦ったからです。

 ――本当に死んじゃったらどうしよう。

 私は焦っていました。どうしても生きていたいと思う明確な理由があったわけではないのですが、逆に死にたいという理由も見当たりませんでした。死ねば、すべて終わり。私は肉体という器と、過去の行いという証拠品をこの世に残したまま消滅します。そんなことでは困るのです。

 その日は大学で冬休み前の最後の授業があったので、病院に行ったのはそのまた翌日のクリスマスイブのことでした。

 私は病院の先生に、頭が痛いのが二日ほど続いていることを告げ、念のために画像検査を行いました。私がしつこく頼み込んだのです。もし脳腫瘍やくも膜下出血だったりしたら……!

 しかし、彼は私に言いました。

「大丈夫。大丈夫。頭の中には何もありませんよ」

 もちろん異常をきたすものは何もないという意味ですが、私は唇を噛んで笑いを堪えていました。先生は続けました。

「かなり疲れているように見えますが、最近ストレスになるようなことでもありましたか?」

「ええ、ここのところテストやプレゼンテーションが多くてあまり眠れていなかったように思いますが……」

 先生の問いに対して、私は嘘をついていません。ただ、屋上の男と占い師について喋らなかっただけです。私は言いました。

「ストレスで頭が痛くなることもありますか?」

「ええ。主にストレスホルモンや自律神経の乱れが原因です。ドライアイが原因でなることもありますが……とにかく、生活習慣を整えることですね。タバコやアルコール、睡眠不足、食生活の乱れ、スマホやパソコンのやりすぎに気をつけてください。少し様子を見て、もし何か気になることが出てきたら、またいらしてください」

 私はお礼を言って診察室の出口に向かいました。出口のカーテンを半分ほどスライドさせたとき、先生は私に言いました。

「ああ、それからね。藤崎さん、君ちょっと心配性じゃないかい? あんまり悪いほうに考えないことだよ」

 ――ストレスか。

 冷静になって考えてみると、慌てていた自分が本当に馬鹿のようでした。

 病院から程近い学生寮まで帰ろうと歩いていると、携帯に着信が入りました。悦子からでした。

「ヒマ?」

「たった今からね」

「飯田橋にいるの?」

「そう」

「ちょっと上野に来ない? 科学博物館にいく予定ができちゃったんだけど――」

 私は上野に向かうことにしました。中央線で秋葉原まで行き、そこから山手線に乗り換えます。

 ここで、この話に度々登場するであろう私の親友について紹介しておきましょう。

 悦子は三崎悦子という名前で、どこか昭和の香りのする芸大生です。黒髪のおかっぱ(ボブというより本当におかっぱ)に薄い顔、おばちゃんのように豪快な性格が印象的です。


 そんな彼女との出会いは中学生のころでした。

 彼女はクラスの中で、常に浮いていました。原因ははっきりしています。

 単に個性的だったということもありますが、彼女の悪い癖に「説明不足」というものがありました。例えば、バドミントンの県大会で優勝した女の子に対して、「馬鹿になったから優勝できた」と言ったのです。

 もちろん、そのままの意味で言ったわけではありませんでした。馬鹿のように練習に打ち込み、努力した結果だと言いたかったのです。しかしながら、彼女はその辺の説明を大胆にすっ飛ばしてしまったので、あらぬ誤解を招き、最終的に優勝した女の子の取り巻きから猛攻撃を受けました。悦子は後に、「人間はみんな一生懸命になったら○○馬鹿になるって決まってるのに、なんでそんなに怒るのかわからない」とこっそり私に言いました。

 その他にも、美術の時間に「人の描く絵に口を出さないでください」と言って美術教師と派手に揉めたり、道徳の時間に配布されたプリントを授業終了と同時にゴミ箱へ投げ込んだりと、彼女は中学校生活の中で多くの小規模な事件を起こしました。ただ不思議なのは、彼女が何の弁解もしないことでした。どんなに他人から誤解されたとしても、その誤解を解こうとしないのです。

 一方私はというと、内気かつ人間不信な性格が災いし、なかなか友達をつくることができませんでした。そんな私に対し、悦子は「莉子は物事をよく考える人間だから、信用できる」などと言って、かなり馴れ馴れしく接してきました。今考えれば、彼女も寂しかったのかもしれません。

 そんなこんなで周りから白い眼を向けられつつ、私たちは同じ高校を受験し、毎日同じ時刻の電車で毎朝通学しました。そして今でもこうして暇な時間を見つけては、特に何をするわけでもなく、東京の街をぶらついているのです。


 上野駅に着いた頃には、頭が痛かったことなんてとっくに忘れていました。公園口の改札を通り、横断歩道を渡るとすぐに悦子を見つけることができました。        

「科博に何の用があるの?」  

「変わった動物のスケッチがしたかったの。普段じっくり見れないような」

「学校の課題で?」

「そう。まあ、獣なら何でもいいんだけど」

 私が尋ねると、悦子は黒いリュックから緑色のスケッチブックと4Bの鉛筆を取り出しました。 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 年越しになにか面白い小説をと思って、読ませていただきました。(^^) 横浜中華街で占い師に死の宣告を受けるというシチュエーションがまず面白かったです。というのは、横浜中華街には僕もたまに…
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