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屋上オブセッション   作者: 藤崎莉子
番外
12/13

悦子の手記 その二

【一月十八日(水)】

 今日も特に変わったことがなかったので、もっと前まで遡って、自分の記憶を整理していこうと思う。

 

 莉子に対し、何かがおかしいと感じ始めたのは、確か去年の十二月に入ってからのはずだ。

 いや、莉子がどこかおかしいのは今に始まったことではない(彼女は私をおかしい人間と言うが、私は彼女の方がよっぽどおかしい人間だと思う)が、この時は特にひどかったように思う。言葉にするのが難しいが、何か只ならぬ違和感を覚えたのだ。彼女は普段からあまり多くを語らないため、様々な謎を持っている。それはそれで面白いと思うが、私はどうも不吉な予感がしてならなかった。

 そしてやっぱりこの感覚を、私は知っているような気がする。気になるが、思い出せない……

 

 そういえば、明日提出の課題が終わっていなかった。すっかり忘れていた。やばい。やらなきゃ。続きはまた明日。

 


【一月十九日(木)】

 クソ。結局課題は終わらなかった。未完成のまま提出したけど、多分大丈夫。昨日の続きを書こう。


 二人で上野に出かけた時から、その違和感は始まったように思う。

 動物のデッサンをするために科博へ行った時、莉子はある剥製の前で立ち止まっていた。いや、立ち止まっていたというよりは、動けなくなっている? まるで何か見えない力で押さえつけられているような、そんな気さえした。

 私が肩に手を置くと、ビクッと跳ねてこちらを振り返った。何をしていたのか聞いてみたが、単にぼーっとしていただけだという。

 確か、彼女はフクロウの剥製を見ていた。私もその剥製をまじまじと見つめたが、これと言って惹きつけられるようなものは感じなかった。ただ、何だか不吉な予感がしたことだけは覚えている。(授業で聞いたことがあるが、美術の世界でフクロウは死の象徴として描かれることがあるというが……)

 その後、博物館を出た私達は昼食を取るべく、どこかに美味しそうな店はないかとぶらぶら歩きまわった。十分ほど歩いた時、莉子はふと思い出したように、とある古民家カフェの名前を口にした。

 店内はそこそこ混み合っていた。十二月二十四日。クリスマスイブ。日付としては最悪だが、この日出掛けたのにはちゃんと理由がある。最近うまくいっていない彼氏と顔を合わせなくて済むような口実を作りたかったのだ。



【一月二〇日(金)】

 莉子が退院した。家に帰れるとあって、何だかいつにも増して元気そうだった。前に病院の食事が美味しくないと愚痴をこぼしていたが、よっぽどだったのだろうか。


 今日も記憶の整理をしよう。


「独りかぁ。莉子、彼氏とかできてないの?」

 あの日、上野のカフェで私がくだらない質問をしたのは、もしかしたら莉子にまとわりついている違和感はこれではないかと思ったからだ。別に、二十歳を目前に控えているにも拘らず、浮いた話が皆無であることがおかしいと言っているのではない。遠まわしに「もしかして彼氏できた?」と聞いたまでである。もしできていたというのなら、私の感じている嫌な予感はその男が絡んでくるわけだから、とても危ない。これから何か重大なトラブルに巻き込まれたらどうすればいい。

「できてないよ。それより今はペットが欲しいかな。猫とかインコとか」

 何とも微妙な返事が返ってきた。どっちだろう? とりあえず「できていない」とは言ったが、何故その後はぐらかしたのか。

「前々から不思議に思ってたんだよね。どうして莉子は誰とも付き合わないんだろうって。まるで『日当りは良いが、実はいわくつき物件』って感じでさ」

 私は言った。自分でも何を言っているのか、よく解らなかった。

 莉子は私がこんな話をしている間、自分の前にあるナポリタンと恋人同士のように熱心に見つめ会うばかりで、私の目を見ることは一度もなかった。彼女はこの手の話になるといつでも口をつぐんで目を逸らす。理由ははっきりしている。彼女はとにかく自信がないのだ。


 確か中学三年の時だ。

 莉子が放課後の廊下を歩いていると、柄の悪い男子生徒達が階段にカラスの群れのように座っていた。彼女は階段を下りたかったので、少し躊躇した。何故なら、その男子生徒の会話があまりにもひどい内容だったからだ。

「この学校の女子って殆どブスじゃね?」

「なんか、付き合えるレベルの顔面少ないよな」

 しかし、その階段を下らなければ昇降口にたどり着けないので、莉子は勇気を出してそこを通り過ぎるしかなかった。

 彼女が階段を降り切った直後の事である。背後からひそひそと声がした。

「そうだ、アレは?」

「あ、ムリだわ」

「いや、ギリギリオッケー?」

「お~い! ギリギリオッケーだってよ~」

「おい、なんかカワイソーだろ」


 偶然にも私は、その会話を昇降口で聞いてしまった。下品な呪いを振り撒く彼らに何か怒鳴ってやりたかったが、莉子のことを考えてやめたのだった。



【一月二一日(土)】

 昨日中学時代について書いたことがきっかけになったのか、廃ビルでの既視感の原因を思い出した! あれは今から七年前……中学一年の時だ! 私の莉子に対するあの妙な感覚は、立ち入り禁止の屋上にいた、見知らぬ女の子に対して抱いた感覚と全く同じだった! 

 あの日、校舎のデッサンをするためにグラウンドにいた私がふと上を見上げると、屋上に女の子の姿が見えた。(遠かったので、顔は見えなかった)

 最初は悪戯で誰かが入り込んだのだと思った。しかし、何故か「このままでは絶対に良くない」と感じたので、一応近くにいた先生に報告した。その後、女の子は先生と一緒に校舎の中に入っていった。

 この考えが正しければ、私は廃ビルの屋上にいた莉子の姿と、七年前の女の子の姿を無意識に重ねていたことになる。そうだとすれば、私が感じ取れるものの正体は、一体何なのだろう? 

 もしかして、死の気配だったりするのだろうか? 

 


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