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Strange glasses  作者: 珈琲肉
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帰りのHRホームルーム

今年の夏に結婚を迎えたクラスの担任である女教師は本日もニコニコ笑顔で教壇に立つ。


「はい、そろそろ季節も冬が始まります。体調管理には十分気を付けて学校生活を送ってくださいね」


新婚の幸せオーラが目に浮かぶようなほんわか口調で本日のHRは締めくくられた。

しかし、学校という場所は授業という学生にとっての"仕事"の後に部活動という"残業"が存在する。なんというブラック企業……。

特に、私が通う"私立 舞ヶ浜学園"では全校生徒が何らかの部活動に所属しなければならないという校則が存在するため、私のような意欲性皆無な人間は部室へと進む足取りは重くもなる。

仮病や家の都合で休む度胸もない私ではあるが、極力めんどくさいことはしない主義である。

そんな私が選んだ部活動は"総合文化部"。土日に部活動は無く、朝練もない。そもそも読書以外の活動をした覚えがない。一年に一度行われる文化祭で展示をやる程度の"総合文化"とは名ばかりの部活である。

意外にもその事を知る生徒は少ない様で。━━まあ、私自身も知らなかったことなのだけれど部員は私を合わせても3人しか居ない。そしてその内の一人が私がこの部活に入るきっかけとなった人物である。


東西で別れた校舎。旧棟である東棟の2階、それも角に位置する教室"用具保管室"が部室となっている。肌寒さを感じる廊下を歩き、教室の扉を開くとそこにはいつものように窓際の机に座り読書をする彼女が居た。

高さの調整もできない木造の椅子に深く腰掛け、小さな身体に見合った可愛らしい脚は床には届かず静かに遊んでいる。長い黒髪は綺麗に三つ編みに束ねられ、色白の肌は冬服の制服で露出がかなり少ない反面際立って見える。

同学年とは思えぬ幼顔、しかし女性としての色香を纏い始めた妖艶な少女はチラリと視線を本から外し、扉を開いた私を横目で確認する。視線が重なったのはほんの一瞬。掌に収まる程度の小さくも広い世界へと埋没するように彼女は私からスッと視線を外した。


この読書以外に興味を示さない女の子。同じ部活動に所属する部員に挨拶もしない無愛想な彼女こそ、私がこの部活に入部した理由である。

所謂"一目惚れ"というやつである。今時珍しい三つ編み黒髪の文系美少女。眼鏡はかけていないけれど、図書委員像を欲しいままにする彼女に私は恋をしている。━━"LIKE"ではなく"LOVE"な方向で。

このように冷めた態度の彼女ではあるのだが、それすらも彼女の魅力とニヤケる私に不意に嫌な声がかかった。


「ああ、処沢さん。丁度いい所に来てくれたね」


そう、この総合文化部に所属する部員は三人……。一人、余計な存在が居るのだ。見た目こそ、そこそこ男前ではあるのだが人間性が色々とおかしい我が部の部長である。

はっきり言っておくが私はこの男が嫌いである。"weak"ではなく"hate"で。私は会話こそ無くとも彼女と二人で居られればそれで幸せなのだ。しかし、この男は事あるごとに邪魔してくるのだから刺々しくもなるというもの。


「なんですか部長。私忙しいので面倒はお断りですよ」

「いや、君ここに来ても本すら読まずにスマホで遊んでるだけじゃないか」

「それを今時の女子高生は忙しいって言うんです。知らないんですか?」

「そうなの?それは知らなかった。ところで君に試してみてもらいたいことがあるんだ」


こいつの耳には私が忙しいという言葉は届かなかったらしい。しかし、このような会話はいつものことであるので私はスマホを弄りながら耳だけはそちらに向けておくことにした。


「最近また新しい発明をしてね。それがこの"不思議ストレンジ眼鏡グラセズ"さ」


どこかの猫型ロボットの秘密道具の如く制服の胸ポケットから眼鏡を取り出し、私の視線とスマホの間に割り込ませてくる。非常に鬱陶しい。


「はいはいそれで?この眼鏡がなんだって言うんですか」


邪魔だと言わんばかりに私は部長の腕を払い退けつつ答える。


「それなんだがね、君にかけてもらいたいんだよ」

「嫌ですよ、私視力両目とも2.0ですし」

「心配はいらない、度なんて入ってないから」


眼鏡の度の心配ではなく拒否を込めた言葉は見事にスルーされる。


「はぁ、それで今度はどんな発明なんですか?前みたいに縦笛を吹くと火災報知機が鳴るとかだったらぶっ飛ばしますよ?」

「ああ、その件は顧問にこっ酷く叱られたから僕も学習している。他人に迷惑をかけるような発明じゃないさ」


そう言って部長は私の空いている片方の腕を掴み強引に眼鏡を押し付けてきた。正直言って迷惑である。迷惑であるのだが、私は部長の頼みを断ることができなかった。

理由は勿論ある。部長は私が彼女に好意を寄せていることに気づいているのだ……。

弱みを握られている私は今までも彼のくだらない発明の実験台として協力を余儀なくされている。


「そんな嫌そうな顔しないで。実はこの眼鏡は処沢さん用に作ったものなんだ」

「そんなお節介は本当にご遠慮したいんですけど……。で、これはどういった発明なんですか?」

「良い質問だ!でもそれは君自身で答えを見つけてもらいたいんだ」


ああ……本当に鬱陶しい。いつか私は殺意の波動に飲み込まれてしまいそうな自分が怖い。

大きくため息を一つ吐いて、私はしぶしぶとその眼鏡をかけた。

先程説明された通り、眼鏡を付ける前と視界に差異は見られない。わくわくした顔で私を見ているムカつく男の顔も鮮明である。


「何ニヤケてるんですか、ぶっ飛ばしますよ?」

「いやいや、意外に眼鏡一つで人間印象が変わるものだね。ギャルっぽい処沢さんが少々知的に見えるよ」

「外見は否定しませんが私別にギャルじゃないですし。というか、ただの伊達眼鏡が発明なんですか?」

「ん?伊達眼鏡じゃないよ。ああ、そうか。処沢さん、彼女を見てみて?」


そう言って部長は視線を彼女へと向けた。━━案外良いことを言う、普段ならばスマホを弄りながらチラチラと覗き見ることしかできなかった彼女をまじまじと見つめる口実ができたのだ。

私は脳内保存に全神経を集中させる。いつ見ても綺麗で可憐で大和撫子の文系少女である。━━しかし、彼女の美貌を損なうことはないのだが、不可思議にも彼女の頭上に数字が浮かんで見える。

眼鏡を外すと数字は消え、掛けなおすと数字は現れる。どうやら部長が発明した眼鏡は彼女の何かを数値化しているらしい。


「どう?君にはいくつに見える?」


好奇心を隠す素振りすらなくせっつくように聞いてくるこの男の目は輝いている。それが無性に腹立たしい。


「……ゴミめ」

「━━うん。君が見えた数字が"5"なのは分かったけど、その台詞を僕に向けて吐く意味はわかりかねるよ……」


肩を落としながらしょぼくれる部長を見つめる私の目は国民的アニメキャラクターの兄と同じ目をしていると思う。


「それで、この数字は何なんですか?」

「そう、それなんだよ!それを君に当てて欲しいのさ」

「嫌ですよめんどくさい」

「えぇ……」


ヨヨヨと涙を浮かべ部長はその場に崩れる様に大げさに倒れる。そのリアクションに不快な視線を向けていると、ふと気づいたことがあった。


「部長には数字はでないんですね」

「うう、僕は男性のことに興味も沸かないし所沢さんのように特殊な性癖も持ち合わせてはいなっ━━ムグ…」


慌てて部長に覆いかぶさるように跨り口を手で押さえつける。勢い余ってバタンと大きな音は古びた教室に響き渡った。


「あははー、何を言っちゃってるのかなこの部長さんは」


引き攣る表情を無理矢理に笑顔にして私は彼女に視線を向けたのだが、何のことは無い。まるで私達の存在を無視するかのように読書に耽る彼女には取り留めのない出来事だったようだ。

まあ、このようなやり取りもこの部活では日常的に起こっていることであるため私の心配は杞憂に終わる。

安堵の息を漏らし、先程からタップアウトの合図を何度も送っている根性の無い男へと視線を戻す。


「ぷはぁっ!……はぁ……はぁ」

「大袈裟ですね、30秒も経ってないでしょ」

「君は相変わらず横暴で乱暴だね……」

「乱暴になるのは部長のせいですけどね」

「僕は今何故暴力系ヒロインが叩かれているのか分かった気がしたよ」

「それは良かったですね」

「しかし何故だろう、この胸の高鳴りは……。これが吊り橋効果という奴なのか!?」

「ぶっ飛ばしますよ?」

「……はい」


部長に睨みを利かせながら私は考える。

この数字は何だろう?彼女には表示され、部長には表示されない。確か部長の言う限りでは男性には表示されないような言い方だった。

"……ふむ"と私は自分の学生鞄へと手を突っ込んで中から手鏡を取り出し自分を見てみる。

そこにはまあ随分と見慣れた面に、確かにどことなく仕事ができそうな雰囲気を漂わせる黒縁の眼鏡がかけられた私が居た。━━そしてその頭上には"0"の数字が浮かんでいる。


「私"0"なんですけど」

「うん、だと思った。━━さて、処沢さんはその数字は何を意味するものだと思う?」


私が"0"で彼女が"5"……。男性には表示されず女性には表示される。

私が"0"という数字に思い当たることがあるとすれば━━期末の数学の点数。私は確かにテスト開始直後に眠って"0点"だったが彼女が"5点"であるはずはないし、男性に表示されても良いものだ。

男性にはなく女性にあるもの……。胸?だとすれば"0"と表示した部長の発明品を叩き折ってやりたいところなのだが生憎と私は彼女よりも恐らく胸があるほうだ……。

━━そもそも数字の大小での良し悪しも分からない。圧倒的に情報不足なこの問題は私には解けそうになかった。


「分かる訳ないでしょ」


と、解けない自分に少々苛立ちながら答えると、部長はにこやかに私の肩をポンポンと叩きながら性根の腐った言葉を続けた。


「解けなかったらバラすから」


ここぞとばかりに攻勢に出る下衆部長。ああ、もう殺ってしまいたい!しかし、一時の感情に流されてしまう私ではない。日々目まぐるしく荒れ狂う女社会を生きてきた私はなんとか踏み留まり反撃に転じる。


「解けなかったら良いですよ。でも、もし解けたら私が部長を解体(バラ)しますから」

「よし、ヒントをあげるからそうゆうの無しでいこう!」

「はやくしてください」

「……う、うん。その数字は%(パーセント)を表してる訳でね。君が見て得た情報から相手の何かを数値化してるのさ。まあこの部に女性は2人しか居ないし答えを見つけるのは難しいと思うから期限を明日までということで━━どうだろう?」


恐る恐る訊ねてくる部長からは先程の攻勢は成りを潜めている。時には男よりも度胸!私の人生の教訓は見事に反撃を決めたようだ。


「はい。それで良いですよ」

「そ、それでもし正解だったとしても解体バラす方向は無しということで」

「勿論、さっきのは冗談ですし」

「だ、だよね、うん。信じてる……じゃあ、僕はまた発明に戻るから。明日また答えを聞かせてよ」

「はい」


やつれたようにうな垂れて部室を出ていく部長を笑顔で見送り、私と彼女の二人だけの空間となった部室には、いつも通りの静けさの中に時折ページを捲る小さな音がたつだけとなった。




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